表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

葦谷砲台跡

 朝の4時ごろから活動を開始して、経ヶ岬、天橋立といった観光の合間に博物館を巡りました。かなり過密なスケジュールを組んでいたのですが、ほぼ予定通りです。西舞鶴に到着したのは4時半ごろでした。西舞鶴では、今晩の酒のアテである干し魚の調達と汗を流すことが目的でした。まず向かったのは銭湯になります。


 西舞鶴湾に流れ込む伊佐津川の河口部に山を背にした住宅街があります。古い木造建築にはトタンが張られ、窓枠はアルミではなく木枠でした。細い小道にそうした木造の家が、隙間なくすし詰め状態で並んでいます。そうした小道の真ん中に、百年の歴史がある木造レトロ銭湯「日の出湯」がありました。銭湯そのものが有形文化財に登録されているようで、是非とも行ってみたかったのです。ところが、この日は定休日でした。事前に確認はしていたのですが、未練がましく店前までスーパーカブを走らせて写真だけ撮ってきました。残念。


 ところが、ここ西舞鶴にはまだ銭湯があります。商店街の中にある「若の湯」でした。実はこの銭湯も有形文化財に登録されています。創業は明治36年で「日の出湯」よりも更に古い。120年の歴史があります。外観は明治の洋館風で、壁にタイルが張られているのが特徴的でした。なんというか可愛い。レゴブロックで作ったようなミニチュア感があるのです。興味津々で番台に料金を支払い中に入りました。利用客は地元の人ばかりのようで、僕は異邦人になります。脱衣所は狭く風呂そのものも広くはないのですが、とても感じが良かった。風呂に浸りながら、明治時代にタイムスリップしたような感覚を楽しみます。ゆっくりと風呂につかり汗を流しました。銭湯を後にした僕は、今度はこの商店街にある魚屋に向かいます。ただ、「平七水産」でも少し紹介しましたが、魚屋どころか商店街そのものがシャッター通りでした。


 小売業の隆盛は商店街から始まります。様々な専門店を一つの商店街に集めることで、消費者は買い物の利便性が高まりました。戦後のベビーブームと足並みを揃えるようにして日本各地に商店街が誕生します。ところが、この商店街を脅かす存在が誕生しました。ダイエーをはじめとする大規模小売店です。商店街の専門店ではとても敵わない価格破壊を打ち出し、エブリデイロープライスを謳い文句に全国各地に進出していきました。ただ、大規模店の強みは価格だけではありません。高度成長期からはじまったモータリゼーションの影響こそが大きかった。それまでの自転車での買い物から、車での買い物というスタイルが一般的になるにつれて、駐車場が完備された郊外の大規模店は非常に便利が良かった。逆に、駅や町の中心にある商店街は、駐車場を完備するための土地がないのです。現在では、大規模店はもちろんのこと国道沿いに多くの店舗が立ち並んでいます。小売店や飲食店にとって駐車場の完備は非常に重要でした。ただ、近年の大規模店はネットショッピングに押されているようですが……。


 そんな分けで干物を探して少し道を戻ることにしました。西舞鶴に向かう道中で「とれとれセンター海鮮市場」を見かけていたからです。大きな駐車場は満車状態。ツーリングバイクも沢山停まっていました。ただ、ここの商品は観光客用で価格が高い。店内を一巡してすぐに店を出ました。西舞鶴にある大型ショッピングセンターに向かいます。ここも大きな駐車場が完備されており、半分くらい埋まっていました。このスーパーで、実は驚いたことがあります。それは、商品内容や陳列風景それから価格帯にいたるまで大阪のスーパーとほとんど変わらないことでした。大阪とは違う舞鶴感は、ヘシコが陳列されているくらいです。ぶりの刺身と鰆の西京漬けとサラダを買いました。ただ、それらは大阪でも買えるものです。しかも案外と高い。丹後半島の干しカレイがあまりにも美味しかったこともあり、二日目の夜の期待値はダダ下がりです。残念。


 汗を流し買い物を終えたので、次は宿泊地へ移動します。舞鶴湾は、西舞鶴湾と東舞鶴湾に分かれていました。地図で俯瞰すると、二股に分かれたサクランボのような形状です。西舞鶴は漁港の町で、東舞鶴は自衛隊が駐屯しています。明治から続く赤レンガが有名なのはこちら東舞鶴でした。黄昏時の赤レンガを左手に見ながら、スーパーカブを走らせます。東舞鶴湾を反時計回りにグルッと回り込んでいくと、舞鶴クレインブリッジが現れます。名前負けしない立派な橋で、全長735m、水面からの高さは95m。橋の上からの眺めがとても素晴らしくて東舞鶴湾を一望できました。舞鶴クレインブリッジを渡りきると1kmほどの長いトンネルが続き、更にもう一本の短いトンネルを抜けると目の前に関西電力(株)舞鶴発電所が現れます。この辺りは舞鶴湾の玄関口でした。


 火力発電所を見たことがあるでしょうか。僕は初めてでした。道沿いに三角帽子の円柱サイロが5棟並んでいるのですが、とにかくデカい。見上げるようなデカさで、まるで自分が小人になったような気分です。見ているだけで押しつぶされそうな威圧感がありました。正直なところ、とても気味が悪い。サイロの横から巨人でも現れて襲われるんじゃないのか……そんな想像をしてしまいます。火力発電所の敷地面積もかなり広く、そこそこの町がすっぽりと収まってしまいそうでした。発電所からは低くて鈍い音が発せられ、その音も気味が悪い。逃げ出してしまいたい。スーパーカブを走らせていくと、発電所の北端からトンネルが始まります。このトンネルの手前に左に抜ける道がありました。この先が今回の宿泊予定地になります。葦谷砲台跡あしたにほうだいあとでした。


 葦谷砲台跡は、舞鶴に残る明治に建造された赤レンガ遺構の一つになります。軍港を護るために、湾の入り口の両翼の山の上に砲台を設置しました。建造は明治30年で、先ほどお世話になった「日の出湯」と同じくらいの歴史ある遺構になります。ただ、そこまでの道のりが、ネットの情報だけでは不確かな部分がありました。火力発電所を回り込むようにして道が続きます。敷地に侵入しているわけではないのですが、火力発電所が一望できました。やっぱり怖い。


 南下していたアスファルトの道が、グルッと北向きになる頃には林道に変わりました。200mほどの小さな山ですが、周りは鬱蒼とした森になります。日が暮れてきたので、辺りは暗くなっていました。二つの分岐点で上り道を選んでいると、少し開けた場所に出ます。その広場から左手に道が伸びていました。道の両側は石垣になっています。なだらかな坂道を登っていくと、目的地の葦谷砲台跡がありました。


 砲台跡は、赤いレンガで作られています。弾薬庫の倉庫が山と一体になっていました。危険なのか多くの倉庫は入れないように塞がれています。スーパーカブを進めていくと、入り口が塞がれていない倉庫がありました。黄昏といっても太陽は沈んでいます。ほとんど夜に近い。山と一体になった砲台跡倉庫の入り口は、大きな妖怪が口を開けているように見えました。後方では火力発電所からの低い地鳴りのような音が、ドッドッドッと聞こえてきます。不気味どころの話ではありません。とても怖かった。スーパーカブのヘッドライトを倉庫に向けて、写真を撮ります。ライトに照らされて不気味に浮かび上がったその写真は、まるで心霊写真のようでした。更に怖い。当初は、そうした倉庫内で宿泊することも想定していましたが、無理です。絶対に無理です。慌ててその場から逃げました。ただ、日は暮れています。遠くにはいけません。先ほどの広場でスーパーカブを停めました。


 ――今夜は、ここで野宿しようか……。


 ただ、先ほどは気が付かなかったのですが、この広場の北側に小さな墓がありました。南無阿弥陀仏と彫られています。後ろを振り返ると葦谷砲台跡。前を向くと小さなお墓。悩んだ挙句、お墓の方がまだマシだと判断しました。お墓に一礼して、一晩宿泊することを断ります。広場をぐるりと見まわしました。お墓を頂点として、トタンで囲われた小さな小屋と、フェンスで囲われたアンテナみたいな施設があります。その周りは黒い森でした。弱い風で葉っぱや枝が揺らされます。常にザワザワと葉擦れの音が鳴り響いていました。そうした音とハーモニーを奏でるようにして火力発電所の低い音が被さります。実に嫌な音でした。


 スーパーカブに固定されている荷物を解き、テントを立てます。炭を熾して七輪の用意を済ませました。昨晩と同じように食事を始めるのですが、テンションが上がらない。やっぱり怖いのです。自宅から持ってきた白鶴「まる」を呑みはじめましたが、酔いが回りません。食事も美味しかったのか不味かったのか記憶がありません。あまりお酒を呑むこともなく、二日目の夜はテントに逃げ込みました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ