【近未来SF短編!】原動力は配信力! 犯罪都市にヒーローロボット『ドローン・エース』は舞う。
人気は、財産。
だから注目されているものには、それに見合った力が投資される。
それが商業を優先する、この都市のルールだった。
「予定時刻まであと10分……落ち着け、落ち着けよオレ……!」
男子中学生、蜂谷 美一は路地裏で一人、計画の最終確認。
友人らからビーイチと呼ばれる彼の人生では一大事で、当たって砕ける大勝負。
ビーイチは携帯端末を構え、この企業都市が推奨している高機能SNSアプリ、Jointsの画面を何度も何度も見返した。
今のところ彼の計画に狂いは生じていない。
まず、彼の通う中学校グループに新規登録されたアカウント“ドローン・エース”は、今朝早くにこう書き込んでいる。
『2年B組の貴崎 蜜花さん。伝えたい事があるので、今週水曜の下校の際に六角通りの銀行隣り、カフェ・ロイヤルにいらしてください』
――これはビーイチの手によるものだった。
なんてことはない、サプライズ告白のための呼び出し。
ビーイチが潜んでいる路地も、舞台となるカフェ・ロイヤルの真向かい。
もし彼女、キサキが来なかったら?
それは今回の失敗というだけだ。
雑に用意された捨てアカウントが、引っ掛かる人もいなかったイタズラとして消えるだけ。
そして更なる計画を考えて、その為に新しい努力をするだけ。
ただ、用意した物量が物量だけに、仕込みを片付ける事になれば少し手間だろうけれど。
何せ今回の事はビーイチの小遣いを、全てとは言わずもほとんどを注ぎ込んでの大計画。
小遣いの出元、ビーイチには特技があった。
学校内ではNo.1を自負していた。地域では……もう少し劣るだろうけれど。
その特技のJointsでの動画配信が彼の小遣いにあぶく程度を乗せ、それを今回のために使い込んだ。
繰り返される、最終確認の最終確認の、とにかく確認。
手元に構えていたドローンのローターがきちんと回るか、もう何度も繰り返していたことをビーイチはまた始める。
けれど今度に限っては、動作確認しすぎて終いには故障するのではないか、という危惧に至った。
何か手持無沙汰の意識を移せるものを、何か――と、彼が視線を持ち上げた先には街頭3Dビジョン。
そのサイケデリックな色合いの映像効果の中でチャーミングに歌い踊っていたのは、この都市で活動する大人気アイドルの“クイン・ビィ”。
『ヒーローの登場だよ! みんな、クイン・ビィを応援してね!』
映像はそこから引きになって、踊る彼女を手のひらに乗せたビビッドに彩られた機械の巨人をも映す。
アイドルのクイン・ビィと名前を共有するその機械巨人は“街を飛び回るダンスステージ”であり“ヒーローとしての武器”だ。
そう、彼女は歌って踊るだけのアイドルではない。
経済活動を優先しすぎたためか事故・犯罪が増加してしまったこの商業都市において、犯罪に立ち向かい救難活動を行うヒーローアイドル。
その華々しい活躍が、登場して一年ほどでしかないクイン・ビィの人気を不動のものとしている。
『人気は財産。注目されているものには見合った力が投資される』
この都市の合言葉でもあるそれは、ただの言葉だけのものではない。
クイン・ビィが乗る機械巨人――機種の総称“バズロード”には、SNS Jointsでの注目数に応じたエネルギー送信帯域が割り当てられる。
すなわち、アイドルとして人気のある彼女には、ヒーローとしても素晴らしい力が備わる。
そしてヒーローとして活動すればアイドルとしての注目も集まる、その相乗効果を彼女は利用していた。
――けれど。
そんな彼女よりも、ビーイチにとっては貴崎 蜜花の方が何倍も可愛らしい。
キサキはクラスでは、とにかく地味な立ち位置の彼女。
縁の太い眼鏡に着崩さない学校指定の制服、配色としてモノトーン。
清潔でも飾らない、真面目でも割り込まない、そして大人しく見えて正しいことは譲らない。
それでも受け身な彼女は何かと貧乏くじを引かされがちだった。
頼まれた雑用を断り切れずに抱えている彼女を、ビーイチはよく見かけていた。
二人の接近はただの偶然。
ビーイチは階段で足を滑らせ、辛うじて受け身を取った腕に大きく擦り傷を作ってしまった。
その時、傍に居たキサキが駆け付けて手持ちの救急セットで手際よく手当を施してくれた。
「これで大丈夫、だからね」
キサキは眼鏡越しの優しい笑顔でそう告げた。
それ以来、ビーイチにとってはキサキこそがヒーローでアイドルになった。
キサキの事で頭がいっぱいになったビーイチは、彼女のために動き出す。
できることと言っても彼女に積もった雑用を肩代わりするぐらいが精一杯だったけれど。
それがもう三ヶ月ほど。
周囲からはビーイチの露骨な姿勢に冷やかしの声が増えてきた。
分かりやすく言えば、さっさと告白しちゃえよ、と。
ついにビーイチは決意した。
そして、やるなら盛大にやろう、自分の得意技能をフルに活用しての一世一代の告白をしようとしての現在。
計画の最終確認の最終確認の最終……傍から見れば馬鹿馬鹿しい行動をしていたビーイチは、突然動きを止める。
彼の隠れる路地から大通りを跨いだ正面、奇妙に人だかりができていたカフェの前。
何か周囲を気にする素振りのキサキがそこにいた。
ビーイチの全身の毛が緊張に逆立つ。
声を出して自身を勇気づける。
「おち、おち、おちおちおち落ち着け……! 練習は、したんだ! その通りに――」
「邪魔だ、どけ! クソガキっ!!」
いきなりの暴力がビーイチを襲った。
突然、揃いのコートを着込んだ男達が路地の奥から駆け出てきて、ビーイチを乱暴に押しのけて大通りへ向かう。
それでもビーイチも狭い路地の真ん中で奇行を繰り返していた自覚もあって、怪訝に思っても声を荒げるようなことはしなかった。
ただ、ビーイチを押しのけた勢いで姿勢を崩した男のポケットから、拳二つ大の何かが零れ落ちた。
しかし四人の男達は随分慌てていたようで、その事に気付かずに先へ先へと向かっていく。
「なんだよ……あれ」
ビーイチは不審を口にしながら、男達を見送った。
見送ってから、彼らの落とし物に気付く。
汚れたアスファルトに転がっていたのは、方形の電子機器。
それを拾い上げたビーイチには、この機械に関して思い当たることがあった。
「……え? あれ? まさか、これって……」
学校の他愛無いうわさ話の中に、それは登場していた。
Jointsのアカウントと紐付けすることで起動する方形の機器。
それはマッチボックスと呼ばれ、実体映像を作り出し機械の巨人を組み上げる都市の火種――。
悲鳴!
そう遠くない大勢の悲鳴が、ビーイチの意識を手元の機械から周囲へと向けさせた。
続いて響いたのは轟音。
更に悲鳴があがる。
「――キサキ!?」
ビーイチは少女の安否を気にして、路地から大通りに飛び出した。
そこに待ち受けていたのは、大通りに立ち並ぶ三体の巨大な影。
群衆が口々に叫んだ。
「強盗だぁ!」
「バズロードが出たぞぉ!」
突如として大通りを違法に封鎖した、黒い機械巨人の群れ。
それを避けようと急制動をかけて軽度の事故を起こす自動車たち。
一方で、まるで事前に何かあるかを知っていたかのような一部の群衆。
《予告どおーり!! 我らブラック・スクウェアはこのイチジク銀行を襲わせていただく!》
黒いバズロードの一体から、拡声器越しの声が響く。
更に、他の二体は銀行のガラス壁面を打ちこわし、そのまま内部に腕を突き入れて内部を破壊し始めた。
「銀行……強盗!? よ、予告って……」
ビーイチは呆然となって、頭の中の事をそのまま言葉にした。
それに、答える声があった。
「おー学生、知らなかったのか? 何時間か前に犯行予告があったんだよ。今日は、ここだってな」
気のいい野次馬からの回答。
彼は、手に構えた携帯端末で対岸の破壊行為を撮影していた。
そして“今日はここ”――。
――この都市では、こういった犯罪は珍しい事ではない。
行き過ぎた経済活動が見落とした公正、集まった富に自制が利かなくなった者たち。
メディアの事件欄は毎日、強盗・恐喝・詐欺で溢れてしまっている。
それでもこのような大掛かりな事件はJointsに流れる予告に注意を払っていれば、わざわざ巻き込まれずにも済む。
しかし今日のビーイチは告白大作戦に頭がいっぱいで、トピック検索を怠っていた結果に無知のままこの事件に遭遇してしまった、というわけだ。
ここまでくればビーイチも気付く。
さっき、彼の傍を乱暴に通り過ぎていった四人の男が強盗団だったと。
一方でバズロードを用いる犯罪者は、怪盗を気取って予告をしているわけではない。
それは――。
《ばっかもーん!! 撮影するなぁ!!! 配信するなぁ!!!!》
パトカーのサイレンと共に、増幅された野太い叫びが近づいてきた。
駆け付けた三台のパトカーの中央、司令車に乗る警邏隊長から発せられた群衆への停止の要請。
それもあって群衆らの多くは犯罪シーンの拡散を自制し始める。
《いいかーっ!! 無責任な拡散が、奴らの力になってしまうのだぞーっ!!!》
警邏隊長の怒りの声が、騒然とした街角に投げかけられる。
しかし既に手遅れだった。
この都市のルールについて繰り返そう。
『人気は財産。注目されているものには見合った力が投資される』
ただし、これは正の方向への注目に限った話ではない。
高機能SNS Jointsは国の法律すら差し止める企業連合が、この商業都市で効率的に活動するための宣伝&エネルギー配分システムとして機能させている。
そして複雑怪奇に対立し合い牽制し合う権利構造は歯止めもできず、負の方向への注目にも等しく力を与えてしまっていた。
《残念だったなぁ、ポリ公! ここまで広がっちまえば自前の配信で十分だぜェ!!》
侮りの言葉を吐いた一体のバズロードは足音荒く素早く動き、逃げ損ねていた群衆へと向かった。
そして、その巨大な機械の腕が群衆の中から哀れな一人を掴み上げる。
「きゃあああぁっ!!」
拘束されて悲鳴を上げた少女。
彼女を、ビーイチは声も出せずに見つめていた。
彼の目の前で、キサキは銀行強盗の人質となった。
警邏隊長は拡声器に向けて常套句で吼える。
《ぐっ!! 人質を解放しろぉ! 既に貴様らは包囲されているんだぞぉ!!》
《だったらますます人質も離せねえなァ!! それに――!》
人質を手にしたバズロードは乱暴に突進して、パトカーの司令車を蹴り上げた。
衝撃で宙を舞って一回転し地面に叩きつけられた司令車だが、安全機構が働いて電源爆発などもなく、警邏隊長らは一足早く逃げ出しての無事。
それでも刺激的な映像が配信されて、犯罪シーンの拡散を助長していく。
《――包囲されたって怖くもねェ! こっちは全員バズロードに乗ってんだからな!!》
強盗の操るバズロードはそう言って、銀行の前に陣取りなおす。
その背後では二体のバズロードが銀行からの強引な略奪を続けていた。
誰もそれを制止できるものはいない。
難を逃れた警邏隊長らは、地形防御を考慮して銀行の斜向かいの路地に構えた。
そこには、同じように逃げ込んでいた群衆らも詰まっていたが。
「重装機動隊が到着するまで、ここで連中の監視と情報収集だ!」
警邏隊長は自分達の行動を正当化した。
現状、彼らは何もできないのだ。
すると部下の一人がぼやき始める。
「そろそろクイン・ビィちゃんが助けに来ないですかねえ?」
すぐに若い隊員が付和雷同しだした。
「そうですよ、この地区なら彼女が真っ先にやってくるものじゃないんですか!?」
彼らが言う通りにそれは奇妙な話だった。
クイン・ビィは都市に数いるヒーローの中でもスピードを売りにしているヒーロー。
それがこれだけの規模のバズロード犯罪に駆け付けてこないのは、彼女の登場以来でも珍しい。
「ばかもん! 民間人に頼るな! それでも公僕か!」
部下らの他力本願に、警邏隊長は正論を返す。
しかしどうにも無力な精神論。
「じゃあ、せめて警邏隊でもバズロード採用してくださいよ……」
若い隊員は一見では妥当な話を持ち出す。
しかし――。
「新人よぉ……うちらは内部無線とか対応計画とか、リアルタイムではオープンにはできねーのよ」
先輩であるらしい隊員は、警察が抱えた切実な実情を漏らしだした。
そのまま彼は建物の影から銀行の側をうかがってから、もう一度後輩へトドメの言葉。
「事件解決後にしか情報出せない警察公式の帯域繋いだバズロードなんざ出力負けするだけのデクノボーだ。目くらましにゃなるかもだが……」
そこまで言われてしまうと若い隊員は意味のある返答もできず、あうあうと呻くばかり。
新人に現場を理解させた先輩隊員は、今度は隊長に向かって策を訪ねる。
「どうします? 都市ヒーローが来ないなら、あとはJ.E.T.T.E.Rにでも出動要請しますか?」
「申請書類だけで何時間もかかるわい! ……奴らの配信の炎上賞味期限切れを見逃さず、重装機動隊との連絡を密にするのだ!」
警邏隊長はそう言うと通信機器に耳を澄ます。
新人を除いた隊員らも、それがいつもの事と気を抜いた態度を取り始めた。
――警察は、頼れない。
一連のやり取りを、ビーイチはすぐ近くで見聞きしていた。
それはたまたま傍に居たのではなく、強盗一味が落としたバズロードを生む機器――マッチボックスを警察なら何とかできるのではと思っての接近だった。
失望を抱えたビーイチは警官の一団越しに銀行の方をうかがう。
前衛をしているバズロードの手には依然としてキサキの小さな体が握られたまま。
ビーイチからは距離があって彼女の細かい表情などは見て取れなかったが、どうやら泣き叫んだりしていない。
あとは――どうやら、その状態にあっても携帯端末を手にしているらしいのは現代っ子の本能だろうか。
けれど、それがむしろ痛ましかった。
何もできないビーイチは、彼女を人質にしたバズロードを睨み続けた。
そうするうちにある事に気付く。
人質を取っているバズロードの足元に、ちらちらと人影が動いている。
どうもそれは逃げそこなった銀行の行員ではない。
体型をごまかせるようなコートの姿は、ビーイチには見覚えがあった。
それは、強盗一味とビーイチだけが知っている情報。
強盗の内で一人だけマッチボックスを落とした者が居る。
――バズロードを出せない強盗が居る。
先ほど、人質を取ったバズロードからは、こう宣言があった。
『包囲されたって怖くもねェ! こっちは全員バズロードに乗ってんだからな!!』
でも怖くないなら、何故人質を取った?
簡単だ、連中は計画が万全じゃなくなって怖いんだ。
警察の行動を無力化するバズロードが揃っていないから、何かあれば一人だけ確保されてしまう――そこから全部が辿られてしまう恐れを背負ってしまったんだ。
だからわざわざ人質を取って、そして人質を取ったバズロードが強盗のみそっかすを庇っている――。
――じゃあ、もっと計画を乱せば。
それはあまりにも蛮勇だった。
中学生少年の無計画だった。
好きな女の子の危機に対する混乱だった。
けれど、ビーイチには強盗一味を二重に混乱させられる手段があった。
そして行うべきはキサキの救出だけとしか考えていなかった。
ビーイチは、路地の奥へと駆けだす。
走って走って人目のない場所を探して、やっとたどり着く。
裏通りは、表通りの強盗事件に人を吸われてがらんとしていた。
「機械だろ……! 誰でも動かせるようになってるはずだ!」
ビーイチはマッチボックスを弄り回す。
幸い、起動スイッチは簡単に見つかった。
マッチボックスに光が灯り、そして――。
『ユーザー:ブラック・スクウェア3と未接続です。接続を確認しなおすかJointsのアカウントを新規登録してください』
機械音声は噂通りに、先ほどの警察らの会話通りに、Jointsとの連携を求めてきた。
戸惑うことなくビーイチは携帯端末をかざして認証を通し、一瞬迷ってその項目を選んだ。
『ユーザー:ドローン・エースを新規登録しました。バズロードを構築します。マッチボックス本体を手放さないでください』
それは、ビーイチにとっては既にどうなってもいい捨てアカウント。
やるべきことは強盗一味を脅かして、バズロードに乗っていない一人を燻り出して、あわよくばキサキを助けて庇う。
『Joints接続機器とのリンク融合を確立中……完了しました』
少し、よくわからない文言が語られた。
それを理解しかねたビーイチだが、その間にJointsへ、こうとだけ書き込む。
『銀行強盗を挫き、少女を助ける。ヒーロー配信スタートだ!』
次の瞬間、ビーイチは光に包まれた。
強盗団、ブラック・スクウェアは苛立っていた。
彼等が持っていたバズロードのセッティングは出力重視型が3、精密作業型が1。
それで銀行を襲って手早く事を済ませる予定が、よりによって精密作業型を失ってしまっている。
できることは力任せで銀行の建造物や機器を破壊し、足の着きやすい金券を奪うことだけ。
本来に狙っていた金庫室の貴金属類は手に入らないだろう。
挙句に不足をカバーするためとはいえ人質を取り、罪状が加算されている。
どうせ罪が増えるなら、この人質からの身代金でもせしめようかとリーダーの男が考え始めた頃だった。
周囲に、衝突音が響く。
野次馬の群衆がまず振り向いた。
続いて警察らが路地から飛び出て確認に動いた。
そこまできて警察の動きではないと理解した強盗団も警戒をそちらに移した。
それは1ブロック先の交差点。
信号機柱に正面衝突した、鮮やかな蛍光黄のバズロードの姿があった。
不明バズロードは、折れ曲がった信号機を気まずそうに見た後、もたもたと姿勢を取り直して銀行の方に向き直る。
しかし、そこからの動きも酷かった。
道路とは少しずれた角度で直進して近くの店舗アーケードをなぎ倒し、それを補正しようとしたのか明後日の方向に歩きだす。
場にいる全員が、その残念さに呆気に取られていた。
その中で、人質を取っている強盗バズロードの足元、みそっかす強盗が身内への通信へ叫ぶ。
《あれ!! あれ、俺の3番です! 新規アカが捻じ込まれてて、デザインもなんか違いますけど……!》
《っんだと!? ……そうか! 誰かがマッチボックスを拾って、起動させやがったんだ!!》
強盗団が状況を理解した頃に、不明バズロードは何とか強盗バズロード達の前に立った。
その向きは強盗団から50度ほど横を向いていたけれど。
背中に蜂翅を生やした蛍光黄のバズロードは、ズレた角度のままで指を突き出し、宣言する。
《ドローン・エースのヒーロー配信だ。人質を放して降参するんだな》
成人男性の、気取った喋りが通りに響く。
断っておくが、この残念バズロードを操っているのは、当然にビーイチ。
ただ、外に向けた音声は彼の持っている携帯端末経由。
“Vivid Virtual Voice 5.5”――誰でもバーチャルアイドル! 好きな声色へラグなし変換! という触れ込みのアプリは、ビーイチが級友との遊びで一度二度使った後は容量の肥やしだったもの。
それが今回はバズロードと合わせて正体不明のアバターを成立させてはいた。
しかし、周囲にいる誰もがビーイチのバズロード、ドローン・エースに信頼も脅威も感じていなかった。
あまりにも不様な登場からの、操縦の未熟を露呈した挙動では当然の話。
「ばっかもーんっ!! ふざけるな民間人! 人質が危険に晒されるぞー!!」
警邏隊長から当然のお言葉。
周囲の人々もこれはダメだと言わんばかりの視線を送る。
――ただ一人、人質となっているキサキの表情だけは、少し質が違ったようだが。
《そうかい、そうかい。なるほどねェ。せめてバズロード乗れる奴を連れてくるべきだったねェ……》
人質を握る強盗バズロードはゆっくりと、ドローン・エースへと近づいた。
ドローン・エースが、まともな戦闘行動をとれないと見抜いての侮りきった態度。
挙句には、人質のキサキをドローン・エースへ近づけてさえみせる。
ビーイチが近づいたキサキに気を取られた、次の瞬間だった。
強盗バズロードは素早く踏み込み、ドローン・エースを激しく蹴り上げた。
その容赦なしのケンカ蹴りは高く振り抜かれ、ドローン・エースの全身を空中へ吹き飛ばす。
バズロードのコクピットにはダッシュボード類が無い構造だったのは幸いだった。
でなければビーイチはそれに顔面や胸部を強打してのノックアウトか、それ以上もあっただろう。
ただ、助かったのは前面からの衝突加速度だけ。
吹き飛ばされて一秒もなく、ドローン・エースは轟音を立てて後方の建物壁面に叩きつけられた。
「げ……ほっ……!!」
バズロードの構造が出来る限りの慣性を分散させて、それでも残った衝撃がビーイチに襲い掛かる。
簡素なシートに強烈に押し付けられて、ビーイチの肺から空気が無理に絞り出された。
遅れて、打撲の痛みがビーイチの全身を苛む。
「お、おい! 大丈夫か民間人!! 死んではおらんな!?」
生真面目に不審バズロードとその乗員を心配する警邏隊長は、しかしすぐに危険を察知して後退した。
強盗バズロードが、倒れたままのドローン・エースに歩み寄ってきたためだ。
《おい、今ので中の奴もちったぁ痛い目みただろ。このままシェイクされて死にたくなけりゃ、そのバズロードを返しな》
強盗のリーダーは、最後通牒を突き付けた。
しかし――。
ビーイチは激痛の中にあっても、目標を捕らえ続けていた。
今、二体のバズロードがいる場所はカフェ・ロイヤルの正面。
相手は計画の“射程内”に入った。
《てめぇ聞いてんのか? 気絶してんのか? さっさとバズロードから降りやがれ》
強盗が喚く。
ビーイチは、このバズロード――ドローン・エースが起動してすぐ、何ができるかを試した。
だから、ドローン・エースができる事は十分理解できている。
残念ながら、歩行だけは上手くいかなかった。
けれど、ビーイチの特技はそんなところには無い。
そして彼は、サプライズ告白のために仕込んでいたものを起動させる。
《おい! もういっぺん蹴り飛ばされたいか……あぁっ!?》
脅しを怒鳴った次の瞬間、強盗リーダーの目にはピンクのハートが映っていた。
空中に描かれた、巨大にまばゆいピンクのハートマーク。
それは、ビーイチがキサキに告白する時の舞台装置、小遣い全投入のドローン群れが強烈に投影したもの。
巨大なハートはそのまま、光の壁面となって強盗バズロードにぶつかっていく。
《なんっ……だぁっ!?》
視界がピンクに染まった強盗リーダーは、それでも瞬時の判断でドローン・エースからは距離を取っていた。
視界を埋めている光の壁も、実体のない目くらましだと気付く。
そして後退した場所は、まともに動けないドローン・エースには何もできない範囲だと侮った。
しかし、強盗バズロード直前の光の壁から蛍光黄の拳が突き出る。
それは想定外に素早かった。
強盗バズロードは、重要な人質を握り潰さないように振り回さないように、角度は水平に突き出したままだった。
そのすぐ傍に、ドローン・エースの拳が現れた。
強盗リーダーは相手が狙い損ねたのだと一瞬勝ち誇る。
直後、ドローン・エースの手首から垂直放射方向に複数の鋭い刃が伸びた。
《なっ……あ、プロペラァッ!?》
強盗リーダーが、その形状を理解した時にはドローン・エースの腕部ローターブレードが一閃一周。
それは鋭く強盗バズロードの腕を切り落とす。
ドローン・エースはキサキを捕まえていた強盗バズロードの腕をキャッチし、そのまま“空”へと突き抜けた。
《……ドローン・エースは伊達じゃあない。大空のエースだ!》
ビーイチの声が変換されて、騒然となった大通りの上空から響く。
ドローン・エースは片腕にキサキを掴んだ機械腕を抱え、もう片腕のローターをフル回転させて、空を飛んでいた。
ビーイチの特技は、ドローンの操演だった。
学校では並ぶ者なく、地域では……レースで6位、テクニックで3位と言ったところ。
しかし3位でもローソクの火を消さずに間を飛ばし、ローターブレードでキュウリを切り、素早く宙返りをさせるぐらいはできた。
ドローン・エースが裏通りに立った直後にビーイチは一通りの機能を試して、その飛行能力を知った。
そうなった原因は、先ほどまでビーイチが抱えていたドローン。告白計画でハートマーク群れの誘導をするための中央マーカー用だったもの。
それがマッチボックスに自動接続されて取り込まれ、ドローン・エースの形態を飛行型へと変化させていた。
ビーイチは自身の計画が思ったより円滑に進むと理解してから行動を開始したのだ。
そして、案の定に強盗団はドローン・エースを侮って、罠にかかった。
あとはこのまま、キサキを救ったまま飛んで逃げれば万事解決。
――けれど、ドローン・エースはそこで墜落した。
何故か、機体を浮かばせていた腕部ローターの回転出力が不足してしまっていた。
『アカウントのお試しパワーパケット残量が不足しています。ユーザー課料を行うか、スーパージョイントポイントを使用してください』
機械音声は無慈悲にバズロードの仕様を伝える。
ビーイチは、そんな仕様だとは知らなかった。
力を失っていくドローン・エースは機体色まで灰色に変わっていく。
ビーイチは少ない残量でドローン・エースの腕を動かしてキサキを庇い、一度は飛び立った路面に落ちて転がる。
そこに待ち受けていたのは――。
《脅かしてくれやがって……おめえら、人質を取り戻すぞォ!!》
怒りに燃えて冷静さを欠いた三体の強盗バズロードが一斉に襲い掛かった。
地に堕ちたドローン・エースは蹴り飛ばされ、叩きつけられ、踏み躙られる。
一度は優勢を取って見せたドローン・エースは、前以上の不様を晒していた。
その暴力を止める者はいない。
その力を持つものがいない。
ヒーローがいない。
ビーイチは、機体を揺るがす衝撃と絶望の中に居た。
今となって彼に出来るのはドローン・エースを亀の構えにして機体下にキサキを庇い、あるかないかの好転までは諦めない事。
バズロードの仕様を把握していれば、そのままさっさと逃げていれば、キサキだけでも逃がせていれば――……。
幾つもの後悔がビーイチの中で膨れ上がり、それが思わず言葉になって溢れ出る。
「ごめん……キサキさん……! 君だけでも助けたかった……!」
ドローン・エースの中のビーイチと、外で庇われているキサキの距離は2mもない近さ。
けれどバズロードの構造はビーイチの言葉を遮断して彼女まで届かせない。
――軽快な電子音が聞こえた。
それはビーイチの携帯端末から。
聞き慣れたJointsのアラーム。
こんな時になんだよと恨みながらビーイチは画面を覗き込む。
『もう大丈夫、だからね』
それはアカウント:ドローン・エースへのコメント。
送り主は貴崎 密花の学校アカウント。
しかし、何が大丈夫なのだろうか――?
軽快な電子音が聞こえた。
『そこから負けるんじゃねえよ! ちゃんと貴崎を助けろ! 怒』
それはアカウント:ドローン・エースへのコメント。
送り主は学校の級友。
精一杯やったんだよ。やってこれなんだよ。
軽快な電子音が聞こえた。
『出オチヒーローは笑う まあガンバレ』
それはアカウント:ドローン・エースへのコメント。
送り主は名も知らない誰か。
……どこの誰だろう?
急激にドローン・エースの惨状を自身で映す配信のPVが増えていく。
ただ、少し奇妙な増え方だった。
軽快な電子音が聞こえた。
軽快な電子音が聞こえた。
軽快な電子音が聞こえた。
電子音は聞こえ続けた。
誰かが、ドローン・エースの配信を拡散させているのだろうか?
そんな影響力のある人物に注目でもされたのだろうか?
ビーイチが疑問に思うその間も接続帯域は増加し続け、ドローン・エースは再び蛍光黄に彩られだす。
一際、重く響く電子音が聞こえた。
『クイン・ビィ さんが スーパージョイント999,999ptsを投入しました!』
『新しいヒーローの登場だよ! みんなもドローン・エースを応援してね!』
《……え? あ……ス、スパジョイ、いつもご支援ありがとうございます。ただご無理のない範囲で――》
ビーイチは戸惑っていた。
戸惑って反射的に普段見ている配信者のお礼コメントを真似てみた。
けれど、よく見てみれば投げ込んだ人物は驚きで、投げ込まれたポイントの額はさらに驚きだった。
「……クイン・ビィ!?!? それに限度額!?」
とんでもないインフルエンサーが食いついていた。
一体どんな経緯でこのアカウントに辿り着いたのだろう。
更にビーイチは、彼女はこの事件を知っているのにどうして助けに駆け付けてくれないのだろうかとも思った。
しかしそれは支援されておいて良くないと思って、頭から追い出す。
「……ん? あれ??」
そこまできて、やっとビーイチは気付く。
外部映像では強盗バズロード達が攻撃を続けているのに、先ほどから衝撃は伝わってきていない。
だからこそビーイチには戸惑えるだけの余裕が生まれていた。
――警察らが騒いでいるのが聞こえる。
「強盗どもめ! ついに炎上の燃料切れを起こしおった!!」
「それだけじゃ……なさそうですけどねえ!?」
――強盗らが悪態をついているのが聞こえる。
《クソがぁっ!! まだ十分に帯域は繋がってるんだぞ!? なんで押し負けるッ!!》
《パ、パワーが違いすぎる……!》
ここまでくれば、ビーイチでも分かる話だった。
今あるのはクイン・ビィから貰った力だということも理解しながら。
それでも散々にやりたい放題をしてくれた強盗どもへ、体の痛みの恨み分を言い返す。
《……女の子を人質にとる悪党なんかより、ヒーローに注目が集まるのが不自然かよ?》
投入された額に疑問こそ持ってはいたけれど、それ以外は考えようが無かった。
すなわち『人気は財産。注目されているものには見合った力が投資される』
強盗らよりも、ドローン・エースの方が注目と人気で上回ったのだ。
そうなってしまえば強盗バズロードの打撃は莫大な力を得たドローン・エースに通用もしない。
ドローン・エースは、相変わらず片手でキサキを胸元に庇いながら、立ち上がる。
その背中の虫翅がXの字に展開して、しかし羽ばたかずに回転を始める。
攻撃の意思が、強盗バズロード達へ向く。
《――!!? やめっ!! やめろぉぉぉぉおおおお!?!?!?》
“腕のプロペラ”の危険性を知っている強盗リーダーだけが悲鳴を上げた。
先ほどのプロペラより、ずっと巨大なプロペラをドローン・エースは背負っていた――。
それでどうなるかなど考えるまでもない。
ドローン・エースは、軽くステップして飛び上がり強盗バズロード達へ突撃した。
武器は、空いている片腕のローターブレード、そして背中の巨大ローターブレード。
空を舞う最高速の回転斬撃が、強盗バズロード達を切り刻む。
《ドローン・エース、――スカイ・スラッシュ》
一瞬の後に、強盗バズロードは全機とも両手両足に首を切り落とされ、残骸が路面に転がった。
ただしコクピットのある胴体部だけは無傷のまま。
《安心しろ、殺しの趣味はない》
ビーイチの、調子に乗って気取った捨て台詞が響く。
それは、クイン・ビィのスタイルの真似だった。
彼女はあくまでも救難支援と、犯人逮捕への協力を行うヒーロー。
その彼女から投資を受けたのだから、その分の礼儀のつもりだった。
全てを終えたドローン・エースは、強盗どもを切り伏せた勢いを殺すための宙返り。
その挙動はキサキを怖がらせてしまったかと少し反省して、大通りに降り立つ。
「いや、見事! そしてご苦労! 民間人!」
出迎えたのは、警邏隊長と警邏隊の一同。
内の一人は、救助と大きく書かれた毛布を広げている。
それでビーイチも次にするべきことを理解した。
《もう大丈夫だよ、お嬢さん》
ビーイチはドローン・エースを丁寧に操作して、キサキを地面に降ろす。
彼女はそこから振り向いて。
「あ、ありがとう、ございます。その、ドローン・エースさん……」
――少しぎこちない感じで、謝礼の言葉を口にする。
そのぎこちなさは、事件に巻き込まれての恐怖が残っていたためだろうか。
ビーイチは、舞い上がりそうになる心を抑えて対応を続けた。
《礼はいらない。当然の事をしたまでだ》
「うむうむ、なるほど! 当然の事、素晴らしい!」
警邏隊長は腕組みをしながら頷いてドローン・エースへ向き直る。
そして、笑顔は崩さないままで、こう言いだした。
「では……不審バズロード! 直ちに武装を解除せよ! 貴様を器物破損の罪で逮捕する!」
青天からの、霹靂。
「……えっ?」
ビーイチは一瞬対応に困った。
この警察官は何を言って、と思った。
一度は思ったが――。
「あっ……」
視界の端に、ドローン・エースが衝突して壊した信号機があった。
ドローン・エースが削った店舗アーケードがあった。
そもそも、バズロードというのはどういう法制で動かしていいものなのか、ビーイチは知らなかった。
誰も動かない、気まずい静止。
次の瞬間、ドローン・エースは黙って空へと飛びあがった。
「ばっかもーん! 降りてこんかー! 情状酌量を引っこ抜いて公務執行妨害の上乗せになるぞー!」
空まで警邏隊長の怒鳴り声が追いかけてくる。
その傍で酷く慌てている様子のキサキが、そんな姿でも可愛らしい。
空という安全地帯で、ビーイチは自問自答しだす。
「まずい、まずいぞ……。犯罪して親バレして、洒落に、洒落にならない……!」
警邏隊長の話を真に受ける限り、どこをどう考えても学生・少年として致命傷。
そして学生として終わる、という条件に気付いて、更に考えが進行する。
「学校に居られなくなって、キサキに会えなくなって……いや!? ちょっと待てよ。 キサキをここに呼び出したのがオレだってバレたら、事件に巻き込ませたのもオレだってなる!?」
ビーイチには、全方向での自身の破滅が見えてきた。
更にそれを煽る、地上からの警邏隊長の威嚇の声。
あるいは彼が、ドローン・エースの中身が恋に軽挙と義憤だけの未成年だと知っていれば対応も違っただろう。
しかし、多少協力的な程度の身元不明破壊マシン相手で、警察が出来る対応としては妥当だった。
「ダメだ、ここで捕まっちゃ……!」
ビーイチは、その選択をしてしまった。
選んだからには、どうやって警察の目から逃げ延びるか。
怯える少年は思考をフル稼働させて逃げの手段を考えた。
そしてビーイチには、その手段があった。――あってしまった。
「貴様の飛行は航空法にも抵触し……うおっ!?」
がなり立てていた警邏隊長は、周囲の突然の動きに驚いて行動を中断した。
彼の立つ大通りにばらまかれていたドローンが一斉に飛び立ったのだ。
それはビーイチが告白大作戦に用意し、強盗の目くらましに使ったドローンたち。
飛び立ったドローンそれぞれは投影色を模索して虹色モザイクに輝きながら、ドローン・エースの周囲に集まっていく。
そして、次の瞬間にはドローン・エースは空に消えていた。
「消えた……だと!?」
「羽音は聞こえてます! ドローンスウォームを纏って光学迷彩にしてるんですよ!!」
戸惑う警邏隊長に、機械自体には詳しい新人隊員が分析を叫ぶ。
叫んで、しかし警邏隊にはそれ以上は何もできなかった。
対空レーダーなど、彼らの装備には無い。
そして、羽音は遠ざかっていった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーい!!」
ビーイチは誰にともなく謝罪を叫びながら、逃げ延びた。
逃げ延びて、山奥に隠れて、泥まみれになって徒歩で家に帰った。
家に帰って、手元に残ったマッチボックスを睨んで、色々を考えた。
携帯端末でジョイントの画面を開く。
そこにはクイン・ビィが与えてくれたポイントが大半残っていて、けれど信号機の修理や店舗リフォーム代の相場を調べる限りは、少々足りない額だった。
以来、彼は自分が壊した分への償い、寄付を稼ぐためにヒーロー配信を始めた。
それとタネが割れてしまった告白計画の第二次計画の予算も必要だった。
するとどうやら彼にはヒーローをする才能があったらしく、収支は黒字。
今日も恋と寄付のために、都市の青空をドローン・エースが舞う。
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「蜜花、無事なの!?」
警察署に、貴崎 蜜花を迎えに来る保護者が居た。
母親というには少し若い印象の女性だったが、キサキも安心した様子で彼女へと近寄る。
「まさか、あなたが事件に巻き込まれて人質になるなんて……怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です。事情聴取もそんなに難しいことじゃなくて……」
二人は歩きながら、保護者の乗ってきた少し大きめの車へと向かう。
二人が乗り込んで、ドアが閉まって、もう警察は彼女たちの話を聞くことはできない。
「この後が詰まっちゃったから、準備急いでね。――それにしても何であんなところに居たの? 下校路からは大分離れているでしょう?」
キサキは申し訳なさそうな様子で、理由を話し始める。
「ごめんなさい。こっちも焦って動いてしまったんです。学校のグループで話したいことがあるって呼び出しがあって……、それがドローンなんてアカウント名だったから……」
保護者は、その話に何か気付いた様子を見せて応対した。
「ああ……なるほど、ドローン、あなたにとってはちょっと危険な意味ね。で、それで出てきたのが、あのバズロード?」
キサキは頷く。
頷いて、少し言葉を選びながら言える事だけを言う。
「それなんですけど、多分……クラスメイトの男の子が偶然か何かでああなっちゃったんだと思います。呼び出しも、もっと別の話だったのかな……」
「なんてこと……。偶然ああなっちゃって、蜜花を助けて――そうなると、ちょっと気の毒ね、彼」
唸りながら保護者は大体の概要を理解した。
一人の少年が事故的にお尋ね者になってしまっているのは、大人として思う所があった。
それでも、保護者は少々口をとがらせてお叱りの言葉。
「ただ――気前よく“限度額”投げ入れたのはどうなの? マネージャーとしては浪費には厳しくしたいんだけど?」
キサキは辛そうな表情で着替えを始めた。
車内の荷物からコスチュームに装身具を取り出し、慣れた手際で化粧をしながら応じる。
この車が、都市を駆け回る彼女の楽屋代わり。
「私があの場でヒーロー出来なかった分のお詫びです。もう少し早く動けていたら、彼に無理な事も痛い事もさせずに済んだのに……」
悩みながら着替えた姿は、普段の彼女からは想像もつかない、ビビッドな色合いの衣装を身に纏った姿。
キサキは想いを寄せる少年への気持ちを断ち切った表情に切り替えて、アイドルの笑顔を作る。
彼女のもう一つの姿は、ヒーローアイドル。
今夜も、ヒーローアイドルのクイン・ビィは夜空へ飛び立った。
初めて短編なるものを書いてみました!
ありがちなヒーローの立ち上げ、といったお話になりましたが気に入っていただけたら幸いです。
なお、続きを書いて! といった要望には応えられませんので悪しからず。
何せ長編を手がけてますので、そっちを終えない事には手一杯ですので。