*1番
「いつまでも隠れてるんじゃないよぉ!早く姿を見せな!!!キッツイお仕置をしてやるからねぇ!!!!!」
鬼の声が遠ざかっていく。どうやら別のフロアに向かって行ったようだ。
ここは3F。女性向け服屋の試着室の中だ。
まおと少女。2人は向き合うようにして縮こまっていた。
「行ったみたいだね」
「なんで俺のこと助けた?」
「んーまぁ色々あるけど。1番は可愛い顔してるのに意外と大胆でワイルドな行動するんだって思って♡」
「バカにしてるだろ」
「してないしてないよー」
そう言って彼女はクスクス笑う。完全に心に余裕があり、からかわれている。
すでにある種、上下関係が決まってしまったのかもしれない
「そういえば、さっきはなんで自動販売機にお金を入れるなんてわざわざ手間のかかることしたのー?」
「もっと誰かに助けを求めるならいくらでも方法はありそうだったけど」
「あれが俺の思い付く中で最高の手段だったんだよ」
「そうかなー」
「あの得体のしれないやつが追いかけて来てる時点で、助けを叫びながら走っても誰も助けてはくれないだろ」
「かと言って個別に話しかけてたりしたらすぐに捕まっちまう」
「報酬を渡すにしても店の商品を会計している時間も無かったしな」
「なら持ってるものを何か渡すとか!」
「あいにく財布とケータイ以外は持っていない」
「えー君の可愛い顔で笑顔をプレゼントしたらいいじゃん♡」
「君のその愛らしい瞳で頼まれたら……ぼくはきゅんと来てしまうよー。涙ぐまれたらもうイチコロだね!」
「くねくねしながら言うな。助けてもらったのは嬉しいけどムカつく」
「でもやっぱり府に落ちないなー。もしあの時高校生達がいなかったらどうしてたのさー?」
「別に高校生じゃなくても誰でも良かったんだよ。あれだけ野次馬がいたんだ。必ず誰かが立ち止まる確信があった」
「えーいくらそうは言ってもー、飲み物の1つや2つのためにわざわざいるのかなー」
「世の中には思ってるよりがめつい奴が多いんだよ。たとえそれが些細なことだとしてもね」
「お金を投げたりした程度じゃ、拾われてそのままいなくなられちゃうかもしれなかったけど、自動販売機なら買うために絶対立ち止まるだろ」
「ただ小銭が無いことだけが心配だった。お札だと入れるのに時間がかかるからな」
「ふーん。そういうもんー?」
「あぁそういうもんだよ」
「そういうお前はいつから俺のこと見てたんだ?」
「えー?なになに気になるー?」
「こっちはあれだけ質問に答えたんだ。応えろ」
「もー冗談通じないんだからー」
「君がエスカレーターを駆け上がりだしたあたりかなー」
「正直いい迷惑だと思ったよー。あーんな怖い怖い鬼なんて引き連れて来ちゃってさ」
「それで他のプレイヤー同様慌てて隠れてたってわけー」
「他にもここにプレイヤーがいるのか?!」
「そりゃいるでしょー。急に始まったんだし。元々イベントでも何でもない状況なら、何も無い夜道にいるよりモールの中にいる方が自然じゃない?」
「確かに……言われてみればそうか……」
「今ならまだモール内に残ってるプレイヤーもいるだろうから、そいつらを囮にすれば外に出られるかもねー」
「そうだな、動くなら早い方がいい」
「お前も捕まらないように逃げ切れよ」
「え?なになに?その別々に行くみたいな感じ」
「俺は元々ソロで行動したいんだ。さっきもその為にモールの前にいた3人組に呼びかけなかったんだ」
「その3人組が誰なのかは知らないけど……。1人で逃げるより2人で逃げる方が逃走確率上がるでしょ?」
「見張りをたてて交代で休んだり、色々協力すれば出来ることも増える。助けた理由の1つはその為なんだから!」
「俺はイベントに対して目的があるの。誰かに邪魔なんてされたくない」
「ふーーーん」少女は不貞腐れたような笑みを浮かべる。
「じゃああの鬼に『ここに君が隠れてまーす』って叫ぶ」
「そんなことしたらお前も普通に捕まるだろうが」
「どうかな?君とぼくなら、ぼくなんかよりあの鬼は君のことを追いかけると思うけどー?」
「君はさっきあの鬼を怒らせたばかりだろう?君が追いかけられてる間にぼくは逃げるってわけさ」
「無理だ!あの鬼なら俺を捕まえてすぐお前のことだって捕まえる!!さっき間髪入れずに3人組が捕まっていた!」
「どうだろうねー?君ならその3人組とやらと違って簡単には捕まらないように逃げてくれると思うな」
「さっきみたいに機転を効かせて、それこそ何か凄い方法を使ってでもね」
「俺は別にそんなにすいすい出来るわけじゃない!」
「出来る。君なら出来ると思うなー。ぼくは君に対してかなり期待をしているからね」
「……本当に呼ぶつもり?」
「うん!君がぼくのことを置いて行こうとするならね!」
「今日1番の笑顔をこんな所で使うな……」
「はぁ……。分かった……。一緒に逃げるよ」
「そうこなくっちゃね♪」
「よし!じゃあ行こ!」
「待って!」
「なに?まだなにか駄々をこねるつもりなら、本当に鬼を呼ぶけど」
「ちがうよ。お前……名前は?」
「うふふ。神崎新奈」
「にいなでいいよ。そういうきみは?」
「……まお」
「へぇー!きみは中性的な顔立ちをしてるだけじゃなくて、名前まで可愛いんだねー!」
「うるさい!行くよ!」
そう言ってまおとにいなはカーテンを開け飛び出した。