かたい鬼
モールの中でまおは考える。
「さて、定石通りなら上に逃げるべきだけど……」
「今俺がいるのは2F。下から迫ってくる鬼とはそう距離がない」
「ただ、上に逃げれば逃げるほど袋小路になっていく……地上に、外に出られなければどんどん逃げ場を失っていくからな……」
追い詰められれば追い詰められる程、冷静になっていく。まおの良い所だ。
「逃がさないよおおおおお!!!あたしからはねえええ!!!」
「ちっ、思ってたより近かったか!仕方ない上に行くしかない!」
まおはエスカレーターを駆け上がる。モールは7F建て。縦に広く横に狭い構造だ。エスカレーターを昇る所を見られるのは仕方ない。
「見つけた!」「さぁもうしまいかねえ?」
大きな声とは対象的に、ゆっくりと落ち着いた声で笑みを浮かべた鬼が迫ってくる。
3F、4F、5Fーーー
一気に駆け上がりながら考える。
「このまま上まで昇りきったら本当に逃げ場がなくなる……」
「仕方ない、ノープランだけど!」
まおは5Fより上に昇ることをやめストレートに走り出す。
「おや。これ以上昇るのはやめかい?なら観念するだねぇ!!!」
「やだーーーなにあれー?」「しらなーい。なにかの撮影とかー?」
クスクスとした笑い声が聞こえてくる。そこら中から聞こえるシャッター音。
「あーあれって噂のやつじゃねぇ?」「あ?何それ?」「ほら魔女の何とかってゆーやつ?」
女子高生、やんちゃそうな青年、サラリーマン、家族連れーーーー
様々な人達の声が聞こえては後ろに遠ざかっていく。心做しか他のフロアより人が集まって来ているように思う。皆、変わった格好のおばちゃんが少年を追いかけているのを見て面白がっているのだ。
「ちくしょう……はぁはぁ……みんな他人事だと思いやがって.……はぁ……」
ふと、小さな子供の手にしている物が目に入った。
「あれは……」
まおは走りながらポケットに手を入れ財布の中身を確認する。
「出来れば……500円がいい。ないなら……はぁ……それでもいいけど……はぁはぁ……ならべく硬貨!!」
「500円は……1、2、3……3枚ある!」「あとは……あった!いくぞ……最悪入らなくてもいい!狙いを定めて!!」
自動販売機に向かって手を伸ばし、走りながらスライドさせるように硬貨を入れていく。
「?! のんびりお茶でも飲める余裕なんてあるとおもってるのかい?!」
「はぁはぁ……」「いいんだよ。これで」
「こんだけ野次馬が集まって来ていれば……はぁ……絶対に1人はいるはず……」
「来い……来い来い来い!!」
「なんだいさっきから!自動販売機に手を伸ばしたと思ったら何も買わないで!!」
「かといって他のフロアに行くわけでもなく、ただただ同じ所をグルグルと走り回って」
「いい加減往生際が悪いさね!!さっさと捕まりな!!!」
「うるせーーー!ばーか!お前の方こそいい加減俺のこと捕まえるのは諦めるんだな!!」
「ん……?あれは……来た!ついに来た!!」
「なぁ!これ見てみろよ!お金入れっぱなしだぜ!」「まじ!ガチじゃん!飲んじゃおーぜ?」
「いや勝手にはマズくね?それはやべぇって」「いや俺見てたぜ!あそこの走り回ってるアイツが入れてた」
先程お金を入れたままにした自動販売機の前で、男子高校生4人組が話し合っている。
「おい!お前たち!はぁはぁ……このババア止めてくれたら……っすぅ、好きなの買っていいぜーーー!」
大きく息を吸いながら男子高校生達に声をかける。
「は?ガチで?」「いやあのババア絶対やべぇやつだって……」「あ?ただ飲み出来んだぜ?やるっしょ!」
「つーかそもそも面白そーじゃね?」「いやマジで言ってんの……?」「なに?やんないの?」
「いや……やるよ!本当は面白そうだと思ってた!」「そう来なくっちゃ!」
「うおおおお!!!」「おらああああああ!!!!!」
「なんだい?!お前たちは?!勝手に飛びいってきて!!あたしの邪魔するんじゃないよ!!!」
男子高校生4人組が鬼に飛びかかる。あまりお金のない彼らにとって、無料でジュースが飲める思わぬ収穫。
それに危険な事より面白いことを優先してしまう年頃。まして今は友達といるのだ。
男子高校生達が足止めしている隙にエスカレーターの所まで走る。
「あーーー疲れた……いくらあのババアといえど、男子高校生の集団に止められちゃあ……っておいおいマジか?」
そこにはまるで赤子の手をひねるかのように、次々に高校生を投げ飛ばすババアの姿があった。
「この程度じゃあ……あたしのことは…………止められないよぉ!!!!!!!」
「全くあんた達もよくもやってくれたねぇ?」「覚悟しなぁ!!!!!」ボゴォン
「やべぇ冷や汗止まんねぇ。これじゃあ外まで逃げる時間はねぇな……」
「クソ……どこに逃げれば……」
「こっち!!早く!」
その時1人の少女がまおに声をかけてきた。