鈴の音
魅了された。あの夜に、月に照らされた彼女を見た時にーーーー
ハンバーガーを食べ終わり、包みを投げ捨て立ち上がる。
まおは自室の扉を開け外に出る。2階の自室から階段を降りて玄関の外まで。
「外に出れば何か変わる気がしたけど……何も用事なんてないんだよな……」
退屈していた。意味もなく外に出て行くあてもなく歩く。何だか辺りを見渡せば、周りの大人たちも退屈しているように思う。否、実際は違う。中には退屈している大人たちもいるだろうが、まおにそう見えているだけだ。仕事終わりのサラリーマン、疲れ顔のOL、スーパーの袋を持った主婦ーーーー
みんな何かに身を包み、何かを考え歩いている。魔女のことなんて日常的に考える余裕はない。
ピロンピロンピロン。まおのケータイが鳴り出す。
『鬼が出現しました。参加者は100人ーーーー』
「きた!きたきたきたきた!待ってたんだよこのメール!魔女、魔女は?!」
まおは急いでメールの続きを読む。
『制限時間は80分。鬼に捕まらず逃げ切れ。エリアは問わない』
「メールはこれ以上はない……。魔女の出現はなし……だろうな……。今回はつまり小規模イベントってことか……でもイベントはイベントだ……楽しもう。
よし!!さぁ!逃げるぞ!どこに行こうか。ったくイベントあるなら言っとけよー、何も準備しないで出掛けちゃったじゃんかよー」
まおはテンションを上げて走り出す。魔女の出現がおそらく無いことを誤魔化すために半分、でも純粋にイベントが楽しみであること半分だ。
「どうするー?今回は」「まず鬼っていうのが誰なのか……」「あーラーメン食いたかったのにー」
ケータイを片手に話し込む集団と何となく目が合う。イベントの参加者だろう。
敵意は感じられない。一緒に協力してもいいかもしれない。しかしまおはその横を通り過ぎる。
「逃げるのにあんな風に固まってたら格好の餌食だってーの。でも確かに鬼っていうのが分からないんだよな。鬼ごっこ的な感じの鬼ではあるんだろうけど……特別な格好をしているのか、統一感があるのか、それとも俺たちの様な参加者なのか……」
「まずは鬼について知りたいな......ん?ここは」
すぐ目の前にショッピングモールが建っている。その横にモールに来た客が車を止めるための立体駐車場。
「ちょうどいい。この駐車場からあいつらの様子を伺うか。ここで鬼の正体が見れればラッキー。仮にあいつらが移動して鬼が来たとしても、モールの中に逃げ込めばいい。闇雲に逃げるよりかはいいだろう」
まおは駐車場に移動して3人組を眺める。
シャーンシャーン
「ってゆーか。あいつら全然あそこから動く気配ないけどー?本当に逃げる気あんのかー?」
シャーンシャーンシャーン
「そもそも、鬼からしてみたらメールを送ったからとはいえ、一般人もこんだけいたら紛らわしいだろ……」
シャーンシャーンシャーンシャーンシャーン
『シャーン』 音が止まった。鳴り出した鈴の音が止まり静寂が訪れる。
「あれ、あいつらの所に誰か立ってる。藁でできた服に、まるでダンボールで作ったような薙刀……あれがおに……ってゆーかおばちゃん?!」
あの3人組の前に正真正銘のおばちゃんが立っていた。服には手書きの文字で『おに〜〜〜』っと。
「なーーーにボケっと立ってんだい!!あんた達!いつまでも夜遊びしてんじゃないよぉ!」
「え?え?ぼ、僕達はただ……メールについて……」
「あぁん?!!なんだってぇ?あたしの相手しようってのかい?!」
怒涛の如く大声で話し出すおばちゃん。急な事とあまりの威勢の良さに3人組は駆け出す。
「う、うわあああああああああ」「あ、あいつがお、鬼なのかなあああ?」
「はぁ……はぁ……そ、そうだろ!絶対そうに決まってる!!はぁはぁ、あんな険しい顔のおばちゃん鬼じゃなきゃなんだってんだよ?!」
「あんた達ぃ!ガタガタ抜かしてるんじゃないよお!!それにねえ!あたしの顔がなんだってえ?!?!?!」
今日1番の大声だ。走り出した3人組を次々に捕まえていく。
「ひ、ひいいいいい。いのち……ぉえ、いのちだけばぁ……」「騒ぐんじゃないよおおお!!!」
「ま、松田あ!!」「やめろ!山田あ!振り返るな!!あのババアはすぐ……」
「なんだってえええええええ?!?!?!」
「うわああああああああああああ」
また1人捕まった。最後の1人が捕まるまでもう一刻の猶予もない。
「や、やめでえ!おしりペンペンしないでえ!ぐすっ、おえ、、、」
「まったく!この子は悪い子だね!!」
「吉田、吉田あああああ!!!」
最後の1人が叫びながら走り続ける。
「次はお前だよお!!!」
「ひい!ひいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
2人の首元を掴んだままババアは怒涛の勢いで追いかけ始めた。
その様子を上から見ていたまおはドン引きしていた。
「ひぇ、、、あのババアやべぇな……モールの中隠れとくか……」
「ほぉら!捕まえたよ!!!悪い子にはお仕置さね!!!!!」
「うぐぅあああああ」
2人をぶん投げ、山田と呼ばれていた少年はその下敷きになりババアに顔をもみくちゃにされていた。
「まったく、いつまでも帰らないで遊んでばかりいて!!ん……?どこ見てんだい?!!」
思わず聞こえた山田の悲痛な叫びに、ついまおは振り返って山田と目を合わせてしまった。
そのままおばちゃんと目が合うーーーーーー
「そこにいるのは誰だい!!!!!」
「やばい。見られた。すぐ逃げないと」
急いでドアを開けモールの中にまおは逃げ込む。
「なんだい、あんたも悪い子みたいだねぇ……あたしゃ絶対にあんたも逃がさないよおおおおお!!!!!」
ババアも3人組を置き捨てモールの中に入って来た。まおとおばちゃんの鬼ごっこが始まりを告げる。