美味な御馳走
「うふふふ。ここが私のおすすめよ」
そう言って連れてこられたのはもう見るからに高そうなレストランだった。いけるか?皿洗いだけで。年単位でやれとか言われたらどうしよう……。
「心配そうな顔ね。安心して。全て私が御馳走するから」
「いいの……ほんとに?」
「当たり前よ。誘ったのはこっちだもの」
なら……勇気を出してピカピカに磨かれたドアを開ける。いらっしゃいませ。出迎えてくれるウェイターさん達。店の内装も雰囲気もそこにいる人達の仕草からも、普段自分がよく行っているお店とは違うのだということがよく伝わって来る。
「姉様!おかえりなさいませ!」
シュッとした顔のウェイターさんが駆け寄ってきた。小さい顔にぱっちりとした目。透き通るような白い肌を見るまでもなくイケメンだ。ふわっと香って来る良い匂いにどこか覚えがある様な気がした。
「お店では姉様はやめなさいと言ったでしょう?」
「失礼致しました。こちらの方は?」
「私の大切なお客様よ」
姉様の……。じっとこっちを見てくる。え?なんかやばい?不審者だと思ってる?俺は困惑する。
「え、えぇと……」
「式見、そんな無礼なことしないの。メニューなんていいから沢山食べさせてあげて」
ね?と言ってこちらに微笑んで来る。式見と呼ばれていたウェイターさんはかしこまりましたと言って下がっていった。
「あの子昔から私の周りの人達に絡もうとする所があってね」
「でも仕事は誰よりも出来るし、普段はとても可愛くてね。実の妹のように思っているの」
「新しいお客さんに緊張しただけかもしれないから許して欲しいな」
お姉さんはそう言ってまた微笑んで来る。絡むっていうか思いっ切りガン飛ばされてたような……。それよりも俺には衝撃的な事がある。
「え?!妹?!女なの?!」
「そうよ。あら?気付かなかった?可愛い子でしょ?」
「でもね〜昔はもっと女の子って感じでね〜。私は今でも色んなお洋服を着せてあげたいのよ〜」
「それ以上は恥ずかしいのでおやめ下さい」
そう言っていつの間にか式見さんが料理を運んで来ていた。
「私目なんかの服装なんていかなるものでも構いません」
「それよりも玲羅様がたくさんの服をお召になられる方が皆喜ばれますよ」
「あらぁ?そんなことないわよねー?」
「うん。最初は男かと思ったけどごっつい感じじゃなくてボーイッシュだし、きっと可愛いと思う」
「お客様まで……そ、そんなことはいいんです!とにかく!どうやらお客様はおなかが空いていらっしゃる様なので次々に料理をお持ちしますからね!」
「照れてる」
「照れてるわね」
そうして運ばれてくる今まで食べる機会なんてなかったような料理の数々。暖かい人達に弾む会話。先程悩んでいた時間が嘘のような楽しい時間が流れて行った。
「それで?どうしてお金もないのに1人であんな所にいたのかしら?」
「あんな所って?」
「あそこにあるのは少し格式の高いお店ばかりでしょう?貴方の格好とても目立っていたわよ」
そうだったのか……全然知らなかった。どうやら知らず知らずの内に迷い込んでいたらしい。
「こっちに一緒に来たやつと喧嘩しちゃって」
「それで行くあてもなく彷徨ってたのね」
「まぁそんな所かな?とは思っていたわ。何か用があって来たの?」
「それは……」
魔女のイベント。とは言い出せなかった。厳密に言えば魔女のイベントのことをプレイヤー以外に話してはいけない等のルールはない。家族や友人に話したり、一緒にプレイヤーに誘う人もいるにはいる。
ただ、いくら助けてくれたとはいえ見ず知らずの人間に魔女のイベントの事を話すのははばかれた。魔女のイベントの印象は一般の人達からしてみればあまり良くないのだ。
「何か言い難いかしら?大丈夫他の人にペラペラ喋ったりなんてしないわぁ」
でも……ここまで来て気分を悪くされたら……もう料理は食べてしまっているしお金をやっぱり払ってなんて言われても困る。何か適当な嘘でも付くか?
「じゃあこうしましょう。貴方の食べた分の代金としてお話して頂戴」
「ただし、本当の事を喋る事。こう見えて私嘘には敏感なのよ?」
じゃなきゃ御馳走はしてあげないわとお姉さんは笑う。それは本気でも冗談でも俺にとっては死活問題だ。こんな高そうな料理とても払える気がしない。仕方がないので正直に白状することにした。
「実は魔女のイベントで……」
「あら?最近テレビとかで良く耳にするワードね」
「魔女のイベントの事知ってるの?」
「詳しくは知らないわ。なんだかそういうのもあるのねって噂を耳にするくらいよ」
意外にもお姉さんは嫌悪感を示すことはなかった。俺は代金の事もありすっかりと安心した。
「なら話すついでに教えてあげようか?っていっても俺もあんまり詳しくないんだけどねー」
「あら嬉しいわぁ。教えてくれるなんて。それは楽しみーーーー」
そう言ってペロっと舌を舐めて笑ったお姉さんの笑顔は間違いなくその日1番のものだったことに、俺は後から気付くのだった……