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【没詰め】滅亡の花  作者: .六条河原おにびんびn
【没】晶魚大陸異聞
7/14

晶魚大陸異聞 5

「残念だったね」

「レーラが夫人に執着してるってことを知れたから、それはそれでよかったけど、なんだか……」

「心配で」

 アルスの言葉をセレンが引き取った。

「レーラの部屋は、侵入も難しそうだものね」

 アルスとセレンは顔を見合わせる。しかし渋い面をしたのはアルスである。

「だめだよ。危ない」

「でも……」

 リーザが横で苦笑する。何か案でもある様子である。

「フクロウでも飛ばしてみるかい」

「フクロウ?」

「噂でしかないけれど、クリスタルの加護を受けたフクロウがこの王都にいるらしい。興味あるな、オレ。そのフクロウなら城の結界も破れるんじゃない?」

 城の上部には確かに結界が張ってある。空を飛ぶ魔物も寄せ付けない。

「フクロウの脚に文でも括り付けておけば……」

 まるで(そそのか)すような口振りでだった。リーザはまりで悪戯を企む童を思わせる。

「じゃあちょっと、それをやってみよう」

 アルスの瞳はセレンに向けられ、彼女にうかがいをたてているようであった。

「でも王都のどこにいるの?噂なんでしょう?あくまでも」

 セレンはこの案を訝っている。

「地下街の占い師が飼っているとか。厳密には、むしろ……そのフクロウが本題だなんて聞いたことあるよ」

「ものは試しだね。ちょっと探してみるよ。久々の王都を散歩がてら」

 アルスはすぐにここを発とうとした。それがセレンには意外だったらしい。彼は表情でそれを読み取ってしまった。

「地下街はほら、あんまり治安良くないでしょう」

 王城を築くために各地から集められた労働者を祖先に、王都の地下街は王都として機能するようになったあとも取り壊されることなく現在まで運営されているが、当時の労働者たちの住宅地はやがて賭博場へ変わり、胡散臭い商店街へ変わり、品の良い場所とはいえなかった。

「すまないね、アルス。オレもご一緒できたらよかったのだけれども」

 リーザがセレンの肩を抱いて詫びた。

「何を言ってるんだよ。今は身体が好くなることだけ考えろって」

 そしてアルスは適当なことを言い置いて、リーザから聞いた噂を調べにいった。


 地下街は地上に嵌められた鋼製の格子天井から射し込む外光と、炬火(きょか)によって照明にしていた。雨の日にはさらに地下深くへ流れ落ちるよう、地上の地形に依存せず、大きな螺旋状になっている。大雨の日は地下街に滝が現れるのだ。

 怪しげな店の並ぶ通りを抜けていく。腐っても王都―王の住まう都市である。完全に野放しになっているわけではなかった。それでもまだ存在しているということは、地上に住まう善良な市民たちにとってもそう危険ではないと判断されているのだろう。そして地下街出入口各所の付近と内部にも都憲兵を置いている。

 占い館のありそうな場所は大体の予想がついていた。まずそこへ行くには、地下街名物の「ひねもす市場」を通っていく必要がある。安価すぎてその腕を疑う医院や彫物屋、(まじな)いを込めたという手作りの装飾品、都の認可は降りているらしいがそうとは思えない安全性だの衛生面だのに欠く魔物の干し肉、有名画家の贋作と思しき絵画などが市場に並んでいる。形態は、露店が多いけれども壁を()り貫いて出入口に数珠垂れ幕を降ろして店舗としている。規則として扉を取り付けるのが禁じられているとはどこかで聞いた話であるが真偽は不明であった。

 まだ王都に住んでいたとき、アルスは何度かここに忍び込んだことがある。ほかにも、短期的な帰都を許されたとき就いていた土木作業の師に命じられ、密造酒を買いにきたこともある。

 鮮明ではないにせよ道を覚えているものだった。

 散策しているような気分で練り歩く。前に見たときとは異なる感慨を覚えるのは、海辺の都市ロレンツァで暮らすようになったからか。

 遠方情緒漂う甘く濃厚で粘こい香りが女性向けの装飾点から薫ってくる。かと思えば、鼻腔をひりつかせる香辛料の匂いが調味料専門店の存在を主張する。地上の市場より量も多く安価で手に入るのだろうが、品質はいかほどか。その店の袋を持った中年女性とすれ違う。

 この地下街で最も賑やかな飲食店通りの前に差しかかったとき、アルスは突然、後ろから長い髪を引っ張られた。不審者かと身構える。元々治安のよい場所ではなく、酔っ払いのいてもおかしくない地点だ。

「お前、アルスか?」

 低さのある女の声である。掴まれた毛束はすぐに放された。彼は振り返った。そこには背の高い、気の強そうな女が立っていた。筋骨隆々で、歳はアルスよりいくらか上のようである。実際そうであった。この者は、彼の幼年期、まだ城で養育されていた頃の武術の師である。

「ランタナ師匠……?」

 厳しくも優しく、美しく頑健で屈強な武術の師の印象は色濃い。

「懐かしいな、アルス。元気にしてたか?」

 意地の悪そうな笑みが彼女の癖だった。

「はい。ランタナ師匠も、お変わりなさそうで」

「世辞が上手くなったな。ちょっと老けたろ。何年経ったと思ってやがる」

「まあ、2桁近くですか。でも、本当に、あの頃のままです」

 師弟関係だった時分ですでに彼女は20代に差しかかっていた。

「今、何してんだ?」

「今はロレンツァに住んでいて、レーラの行事があるので帰ってきました」

 ランタナ師匠は酒気を振りまいていた。大きく硬い手が元・弟子の成長した骨格や肉付きを確かめていた。いつのまにか師匠と背丈もそう変わらなくなっていた。とはいえアルスは背が低いわけではなかった。師匠が女性の中では背が高いのだ。

「師匠は?」

「あたしゃ今、錬金術師に弟子入りして上手いことやってるさ」

 彼女はある日、城の剣士を辞めてしまった。理由は聞かされなかった。だがこうして元気にやっているようなのだ。それならば掘り返すことでもなかろう。

「それで?ヒヨッ子め。ここはお前の来るような品の良いところじゃないと思うんだが?」

 体格差が埋まろうとも、この師にとって幼かった元・弟子はいつまで経っても子供であるようだ。

「占い師を探しているんです」

「占い師?どうした?何か悩みごとでもあんのか」

「地下街の占いはよく当たると聞いたので、ちょうどいい機会だと思って。ロレンツァの観光客に聞いたんですよ。オレよりも外部の人のほうが王都について詳しいかもしれませんね」

「王都暮らしがわざわざ来るところでもないしな。占い師なら北の区画にいそうだが」

 ランタナ師匠が方向感覚を失いそうな地下街で、ありがたいことに行く先を指し示した。

「そうですか。ありがとうございます。あまり飲み過ぎないことですよ」

「おう。人を飲んだくれみたいに言いやがって。アルス、お前も元気でな」

 ランタナ師匠とはそこで別れた。積もる話が無いわけではないけれど、久々に会ってあっさりと別れるのが、あの師匠との関係らしいといえばらしかった。

 別れ際の彼女からは、酒に混ざってふわりと生花の匂いがした。

 案内のとおりに向かったところは袋小路になっていた。店舗も露店もない。椅子がひとつ置いてあり、そこに怪しげで剣呑な感じのする黒づくめの人物が座っている。黒づくめといっても、頭からこれまた黒の布を被り、一枚で全身を覆っているため本当に黒づくめであるかは定かでなかった。そして頭部には木菟(みみずく)が乗っている。爪でがっしりと布を隔て、頭を掴んでいる。円い目がアルスを捉えた。人を見透かすような眼差しは人間のようである。リーザのいっていたことは果たして本当なのだろうか。この猛禽類が……

「ごめんください」

 彼は人の好さそうな微笑をその面に張り付ける。

「ある人に、文を届けてほしいのですが」

 それは通常、占い師に頼む内容ではない。アルスもそれは分かっていた。しかし他に切り出し方が思い浮かばなかった。椅子に座っている、人と思しきほうは身動きひとつとらず、動くものといえば鳥の頭と金色の眼ばかりである。これがクリスタルの加護を受けたフクロウなのであろうか。外見的な特徴はこれといって見当たらない。

「あの……」

 足輪も付けず、自然そのままの姿の木菟が翼を広げ、アルスの肩へと飛んできた。鋭い爪が遅送りでみえて、彼は目を瞑った。次の瞬間には肩に重みがある。頬に羽毛が当たった。

「いいの?」

 アルスは誰にともなく訪ねた。返事をする者はいない。椅子の上にあるものは人形なのかもしれない。

「すぐにお返しします。依頼料は……」

 反応はない。アルスは椅子へ一歩踏み出した。様子をみてさらに近付く。布のなかから人の気配がまるでないのである。彼はおそるおそる手を伸ばした。指先が布に触れる。寸前で、地面に何か転がった。軽快な音をたてて滑る。それは布の下から落ちたように思えた。耳飾りである。それを拾うが、やはり椅子に座る者は無反応だった。膝の上に乗せておく。

「報酬は、また来たときにお話させてください。とりあえずの前払金を……」

 椅子の横に立てかけてある古びた看板に示された通常の占いの料金だけは手持ちにあったためにそこで支払った。ここは地下街。内心で法外な請求をされるのではないかという不安がないわけではなかったが、払う意思がまったくないわけではないのである。そしてまた、地下街での商売が法に於いていかに弱いかをアルスは知っていた。彼は木菟を乗っけたまま地下街を後にした。

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