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【没詰め】滅亡の花  作者: .六条河原おにびんびn
【没】晶魚大陸異聞
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晶魚大陸異聞 3

 王都は巨大な城塞に囲われ、地形は円を描き、王城のある北に向かって土地が高くなっている。関門を入ってすぐにある三叉に別れた階段は、西から住宅地、繁華街、住宅街へと主に通じる。

アルスは城に辿り着く手前にある中央公園を訪れていた。ここは繁華街を脇道に逸れ、自然街道と呼ばれる人為的に残した緑溢れる通りを使うと速かった。

 この中央公園には学園都市テュンバロにあったものよりも大きな晶石のモニュメントがある。テュンバロとの違いは、この晶石が模型などではなく本物で、内部に人の影を宿している点だ。近付くと、或いはその日の天気次第で、その人物が鮮明に窺える。さながら巨大な虫を呑んだ巨大な琥珀である。だがこの場合、呑まれているのは虫ではない。青い髪の若者だ。長い毛が広がったまま固まっている。学園都市ではそう珍しくない研究者の衣服を身に纏い、眠っているのと見紛う姿で閉じ込められている。王都民といわず、この地フェメスタリアで暮らす者たちは、この大胆な置物の力を得て日々を過ごしている。

 普段は建築途中の家屋のごとく、丈夫な布を被せられているが、近々国の祭事が催されるとあって、毒々しさすらあるこのオブジェの姿が公開されているようだ。

 彼がこの剥き身の石を見るのは過去に一度、二度、あったかないかである。園内から子供の泣き声が聞こえたのは、この大きな置物の正体を目にしたからか、はたまたまったくの別件か。アルスは飽きるまで公園の空気に浸っていたが、やがて実家を内包した城へと向かった。

 彼の実家は、謁見の間や舞踏館のある本城ではなく、両翼状に造られた居館の、さらに西の端にある。アルスのために築かれた館は戸建てで、尖った青い屋根に小窓がいくつかついた立派な構えである。草木が生い茂り、外構には蔦が絡む。しかし伸び放題というわけではなく、庭師の手が入ってこういう外観になっていた。

 硝子張りの陽光室から城仕えの家政員が掃除をしているのが見えた。その者は、庭先で突っ立っているアルスに気付く。離れていても、丸く目を見開いたのが分かった。飛んで彼の傍へやって来る。玄関扉を蹴破るような勢いであった。

 アルスお坊っちゃまではございませんか。お久しぶりでございますね。あちらでの暮らしはいかがされていらっしゃいますの。お元気でいらっしゃいましたの。しっかりと召し上がっていらっしゃいますの。

 家政従業員の中でも年長な彼女は、アルスがまだ2桁の歳になる前から―といわず、物心つく前からこの城で暮らし、やがて王都の外で生活するようになるまで、彼を看ていたのだ。

「お久しぶりです」

 すべてのことに返さずとも、それだけである程度のことは伝わった。アルスはいくらか照れ臭そうに表情を緩める。

「レーラはどうしてる?」

 レーラという幼馴染は王位継承権をこの大陸フェメスタリアに於いて唯一持っている王子である。一介の家政従業員が近況を知るはずもなかった。しかしこの者は幼少からアルスに懐かれていたし、幼き日のレーラ王子というのもまたアルスと仲が良く、兄弟然としてこの邸宅で育った。そういう経緯でこの家政士は、今となっては陰気で暗く、偏屈な人物として成長した王子からの信用を買っていた。実子のいないこともあってか、彼女もこの2人の息子をよく気にかけていた。

 家政従業員はアルスの問いに頭を抱える。

 レーラ様といったら、困った御方でございますよ。

 その一言にアルスは目を瞠る。レーラという幼馴染は気難しく内気で大人を振り回しはしたけれど、真面目で優しい人物であった。それが困った人物と評されたのだからアルスは驚く。いつでも稚拙さゆえに大人を困らせるのは、レーラよりも2つ年少のアルスであった。

「何かあったんですか」

 そうなのでございますよ。あったのでございますよ。ですけれどもねぇ、アルスのお坊っちゃま。わたくしの口からはとてもとても申し上げられません。第5区画の住宅地に田畑がございます。その辺りに親衛隊のなんとかいう人が張り込んでいらっしゃまいす。話をうかがってみてはいかがです。

 彼女のいう区画は城に近付くにつれ高くなっているこの王都の中でも城塞付近の土地の低い田舎であった。ここから離れているが、城塞に沿うように設けられた街道の階段を使えば一本で繋がる。

「レーラはそこに?」

 いいえ、アルスお坊っちゃま、レーラ様は相変わらず自室に閉じ籠もったきりでいらっしゃいますの。もうお帰りのご挨拶はお済みになりました?アルスお坊っちゃまのお帰りとあっては、さすがのレーラ様もお顔を見せてくだすってもいいようでございますけれど……

「そうなんだ。でもまだ家政婦長さん以外には誰にも会ってないんだ」

 すると昔馴染みの家政士は嬉しそうだった。

 では、早速お帰りのご挨拶をお済ませになって。さぁ、さぁ!

 この母代わりの家政従業員の剣幕によって、アルスは自宅へ帰ることはできなかった。引き返して本館へと向かう。

 本館へ向かう際には居館に寄るときよりも警備がさらに厚くなる。彼の姿を認めた2人組の門兵が槍の柄を地面に叩きつける。そして誰何(すいか)した。彼等はアルスを知らないわけではなかったし、疑っているわけでもないのだろう。ただそれが職務なのである。アルスは己の身を打ち明ける。城の内側の人間を名乗る人物が久々にやって来たとあっては長い手続きが要るのだ。

 一旦中へ通されると、妖怪な風貌の人物が呼び出される。黒を基調とした、重苦しい身形の男である。先程の家政士が母代わりであるのなら、この者はアルスにとっての厳しい父といった役割の男だった。宰相ガーゴンである。

「お、お久しぶりです、ガーゴンさん」

 幼少期から世話になっている。行儀、作法、教育、躾等々、彼の方針、彼の指導、彼の価値観のもと施された。だがこの父代わりであるはずの者が放つ、禍々しい雰囲気にはいつでも気圧(けお)される。

「アルス」

 腹部を殴るような低い声だった。

「アルスと名乗るからには、吾輩に呈示するものがあるな」

 アルスは上衣の襟元を緩め、首から掛けている飾りを掌に掬い、相手へ見せた。これが本人証明だ。それは淡く青みを帯びた硝子の破片を思わせる。

「よろしい。隠しなさい。誰が見ているか分からぬ」

 宰相はそのとき、長く広く垂れた袖を掲げていた。まるで周りからの目隠しのようであったが、おそらくそうなのであろう。アルスはこれを見せびらかさず、誰にも言わず携帯しているよう言われていた。

「それはおまえの父母の遺したものだ。いつ奪われ、お前を騙らないとも限らぬ」

 宰相はこの首飾りに関していつでもそう言って付け加えた。アルスは言われたとおり上衣の襟元を閉めて隠した。

「よく無事で帰ってきたな」

「レーラはどうしているんですか」

「どうしているということもない。元気にしている」

 宰相が忙しいことは知っている。再会は呆気ない。背を向けて仕事に戻ろうとする宰相の背に踏み出る。

「部屋に閉じ籠もっているんですか、相変わらず?」

「王子には王子の苦悩と務めがある」

「会いたいのですが」

「王子は多忙だ。儀式も控えている。それが分からぬおまえではあるまい」

 振り向くこともなく、禍々しい空気を纏って宰相はアルスを突き放す。

 この地は平和で、安穏としているが、城仕えは常に繁忙期である。昼夜に一際賑わう食堂通りとは違うのだ。

 アルスは城を出る。幼馴染に会えないのでは長居する必要もない。また宰相のいうことも分からないではなかった。王子には神経質なところがある。あの手この手を使って無理に会うつもりもない。

 元来た道を辿り、中央公園を引き返す。次に回るのは、もう一人の幼馴染の家だった。この広場の西の区画にある。彼女の邸宅は草木生い茂る緑の街道の開発時に残された舗装もされていない小さな岩山の切り崩しが目印だった。その脇にある。彼女は多くの場合、本宅ではなく離れにいる。離れは街道に面し、窓辺には1本の立派な木が植わっていた。

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