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【没詰め】滅亡の花  作者: .六条河原おにびんびn
獄炎の王都、帰る場所
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 灰と瓦礫、焦土と化した王都をエリィことエリアッドは遠目に眺めた。生き残った者がまだいるとは思えなかった。禍々しいモンスターが咆哮し、まだ生きていた人間が襤褸布の如く切り裂かれたのをこの目で見ている。あと少し追い付くのが早ければ助けられたかも知れない。助けられなかったかもしれない。助けられたとして己も重傷は免れなかっただろう。そういう上級の大柄で頑丈な魔物が無数にのさばっていたのだ。燃やしても燃やしても燃やし足りないと宙に火を吹き、もう崩れた建物と逃げられるはずもない骸を焦がしていた。

 旅で出会った同じ瞳を持つ麗しい娘に別れを告げる。彼はこういう点について淡々としていた。

 火災を免れた者は近隣の町や村に避難しているようだが、王都の焼かれ加減からいえばこの大炎上というだけでは到底言い尽くせない災禍で何も失わなかった者はいないだろう。

 惨劇に背を向けエリアッドは水上観光都市・ロレンツァの方角を目指した。連れがそこで待っている。その瞬間、もう一度激しく王都が爆ぜた。たとえ生き残りがいたとしてもこの今の一撃はとどめだっただろう。瓦礫は粉塵と化し、骸は蒸気と化したに違いない。王都を失ったとしたら、次に力のある土地は今向かっているロレンツァか、パステルカラーの景観が特徴的な処刑の街・モルティナだろう。死刑囚を逃す失態を犯している点からいうとロレンツァのほうが強い。しかしそこもまた市長選で忙しくやっている。故郷を捨てたエリアッドにはモルティナかロレンツァどちらにつくかは大きな問題だった。次代の王都になるかも知れないのだ。地価が高騰する前に、そして己が名を遺せるような貢献のできる土地を選ばなければつまらない。とりあえず今のやるべきことは連れのもとに帰ることだった。

 最寄りの村や町は(ことごと)く王都からの避難者で溢れ返り、馬車や荷物が行き交う。人を乗せているものもあれば、物資を山の如く積み上げているものもある。この王都圏に根を張ったところでエリアッドには連れ以外、ほとんど(しがらみ)がなかった。心配はない。多少の同情や憐憫の念はあれど、まるで他人事でいられた。

 煌々と照る小さな村に泊まれるような余裕はなく、エリアッドは夜通し歩いてロレンツァへ戻る。この白を基調とした水の都の観光地も人がごった返している。批難と怒声が轟々と飛び交う中に掻き消されて子を呼ぶ声や親を探す叫び、炊き出しの案内が(こだま)する。これは暴動が起きる前に街を出たほうがいい。彼は人混みを掻き分け連れのいる家へ急いだ。連れのいる建物は裏通りに面した狭い2階建ての一軒家で、奥に細長かった。観光地ゆえに景観条例が敷かれ、一家に一ヶ所花壇は必ず付いてくる。世話は役所の仕事だった。表の通りとなると花の種類や色、剪定まで指定される。

 長い放浪に出ていたため、連れに会うのは久々だ。それでもまた帰るつもりはなかった。突然の帰宅は王都の壊滅が理由といっていい。無事を伝えに行くつもりだった。ドアを開ける。瞬間、眉間に陰が迫り、風が吹いた。徒手武術を得意とする連れの蹴りを喰らいかける。陰は眼前で止まる。靴の裏が見えた。

「……びっくりした。随分なお出迎えで」

 目の前で溜息が聞こえた。澄んだ海の浅瀬のような髪色をした、少し背の高い女性―…それがエリアッドの連れだった。共に同じ故郷を飛び出した仲である。家を借りるにあたり偽ったことはあれども、実質は書類に記載したような関係にはない。

「驚いたのはわたしのほうも。来て」

 期待した、大仰な驚きというものはなかった。連れの剣呑な雰囲気はエリアッドの知らないうちにロレンツァでも何事かあったらしい。彼女の後を追い個人の部屋に促される。

「どした?」

 部屋の主が珍しく中へ案内した。エリアッドはきょろきょろしながら踏み入った。窓辺のベッドに誰か寝ている。片腕を吊り上げ、顔半分に布が掛かっているところからして怪我人だ。彼のふざけたツラがしだいに顰められていく。よくよく見ると覚えのある娘だった。診療所の奥にいる。市長候補といわれていた愛想のない若い医者と同胞(きょうだい)とかいう噂だった。

「医者様先生のところの……」

 隣の連れが頷いた。

「診療所にいったとき、変な集団がいて……」

 寝台に横たわる少女の髪と同じ色をした連れの燃え盛る夕日のような双眸がエリアッドを捉える。

「この子だけ、どうにか。先生のほうは助け出せなかった。多分どこかに誘拐されたんだと思う」

「ネイジー」

 連れの名はネイジー(もとい)ネスティといった。彼女は鋭かった表情をわずかに緩ませた。

「お前はケガしてないの?」

「……それは大丈夫だけど」

 ネスティはベッドの傍まで近付いた。エリアッドもそれに倣う。寝ている少女を上から覗き込む。瑞々しい肌に生傷が走っている。

「酷いことするヤツがいるもんだな」

「最初は市長選を裏で操ってる輩の仕業だと思った。でも、王都が襲撃されたって聞いて、この市長選って王都と関係あると思う?」

 エリアッドは窓の奥に旧・王都の難民たちが行列を作っているのをぼんやりと見ていた。

「分からん。モルティナなら利を得るかも知れないけど、その2つが関連してるなら、さすがにここまでしないだろうし」

 考えるのは得意ではない。横に流れていく住居や家族を失った者たちを虚ろに眺めた。観光地とはいえ王都よりも土地としては下がる。王都民としては屈辱だろう。王都民は王都に住まうことを何よりの誇りにしている。王都の浮浪者のほうがその他の土地の豪邸の主よりも偉大であるの彼等は(のたま)いかねないほどだ。

「これだけ人がいると、この子を狙ってたとかいうヤツ等がどさくさに紛れて探しに来そうで……」

「少しこの街離れるか。暴動が起きるかもな」

「暴動……?」

「なんとなぁく王都ってものを見てきたけど、お高く留まった王都民様に格下の観光地の空気は毒だ。でも王都はあのザマときた。そのうち住民追っ払って、仕方なくここに住んでやるとかいいかねないぞ。我々は王都圏の繁栄のために尽くしたのだ家を空け渡すのは当然、くらいは言いそうだったぜ。物資の奪い合いもいつ始まるやら」

 エリアッドと同じく窓を見ていたネスティが彼を向いた。遅れて顔を見合わせる。

「この家は?」

 放浪生活には慣れている。2人で故郷を飛び出してからは流浪に流浪を重ね、一度はこのロレンツァのことも素通りしたくらいだ。この家に落ち着いてからもそう長くない。

「空にすれば乗っ取られるだろうが、暴動に巻き込まれるよりいいだろう。後は法に任せるよ」

「あんたが法を頼るのね」

「オレはここでは行儀が良いんだよ。その子が狙われてるっているなら尚更だ。どうする?オレはどっちでも構わねェけど、ネイジーはもう鈍ったんじゃねェか、流離(さすら)い生活」

 彼女はベッドの上の怪我人を見下ろしている。

「分かった。持っていく荷物なんてほとんどないし、すぐにでも」

「ちょっと長く居過ぎたな」

「あんたが早く帰ってこないからでしょ。まったくどこをほっつき歩いてたんだか。疲れてるんじゃない?せめて一日くらい休んでから出るのでいいでしょう?」

 追い出されるようにエリアッドはネスティの部屋から出た。彼の部屋は屋根裏にあるが、ほとんど家を空けているためベッドと棚だけ置かれた簡素な内装で非常に殺風景だった。主な居場所は居間であるため不足を感じたこともない。そして自室の様子をみるでもなくリビングに戻り、どかりとソファーに腰を下ろす。雨音がする。怒声も聞こえた。内容からして王都の壊滅をロレンツァの仕業だと思っている輩がいるらしい。呑気にしているのも時間の問題だ。

 エリアッドはふとソファーの横のゴミ箱に血に汚れた包帯や当て布が捨ててあるのを見つけた。診療所の娘のものかも知れないが、帰宅早々に蹴りを入れられかけた時の彼女には不安定さがあった。正義感の強い彼女は診療所の娘を助けようとして自身も怪我を負ったのではあるまいか。もしネスティが危惧している連中がきたら、彼女たちを守らねばならない。難民たちの足音に耳を澄ましていた。物資を求める行列はロレンツァの観光ホテルへ向かっている。市庁舎のほうにも伸びているようだ。市長候補者は好機を得たとばかりだった。「ロレンツァが津波で呑み込まれることがあっても王都が壊滅することはない」と言い放った王都民はあの炎上を免れただろうか。

 ソファーに寝転んだ。船で遠くへ出て頃合いを見てからまた戻ればいい。ロレンツァに住み続けるか、モルティナに(くみ)するかはその時に決める。体力の限界に達した身体はすぐに寝付くことができなかった。人口の倍ほどにはなっている外の振動や怒号、叫び、喚き。些細な音に反応してしまう。固く目を閉じる。するとネスティが簡単な寝具を持ってやってきた。

「ベッドで寝たら。わたしがソファーで寝るから」

「ずっと外でごろ寝だったんだ。ベッドじゃ寝らんねェよ」

「でも……」

「ちゃんと休んでおけよ。いつでも出られるようにな」

 彼女は頷いてエリアッドの屋根裏部屋に戻っていく。そのすぐ後に戸を叩かれた。おそるおそる開けてみると若い親子で、食う物を乞いに訪れたらしい。買い置かれていたコーンミールを一袋をくれてしまう。こういう場に於いて、食い物は争いの種になる。彼はそれを知っていたが、しかし知ったことではない。去っていく親子の背中を見ることもなく戸を閉めた。



 明朝まで眠った。いつもより短い時間だったが疲れ果てていると十分な休息に感じられた。王都が焼かれたことを忘れてしまうほど朗らかだ。それでいて外には着の身・着のまま王都を出てきた人々で溢れかえっている。エリアッドはまるで現実味がない。暴動など、このまま起きない気がした。すぐ傍から足音がする。ネスティだ。彼女はエリアッドが起きていることに気付かなかったようだ。

「ちゃんと寝られたのかよ」

「ベッドを借りましたからね。で、どうするの。本当にこの街を出るつもり?」

「暴動なんて起きないかもな。オレの考え過ぎかも。王都も人もメラメラ燃えてるの見ちまって、興奮してたのかも知れねェわ」

 横たえていた身体を起こし、横柄な態度でソファーに座る。キッチンに立つ彼女の意見を待つ。そして昨晩ひとつコーンミールをくれてしまったことを報告した。

「そう」

「街の様子をみてくる」

「エリィ」

 散歩に出ようとするとき、呼び止められる。彼女は窓辺の鉢植えに水をくれていた。その一場面からして彼はこの街を出ようとする意思を削がれる。

「なんだ?」

「平気なカオしているし、自分じゃ気付いてないのかも知れないけど、あんな大きなところが火の海になってるのを見たんでしょう?あんたも案外、心のキズになってるんじゃない?」

 一輪、赤い花を咲かす鉢植えから彼女は目も離すこともしない。その指摘に一瞬、エリアッドの脳裏には金髪の少女が過った。それから陰険そうな男もあの城に居るという話だった。深く関わった仲ではないが、かといって一言、二言話しただけに、彼等彼女等が王都と共に消えたのは、行き場のなくなった王都民たちには関心を示せなかったくせ、胸に残るものがある。

「意外と……そうかもな」

 同居人の顔を見られずエリアッドはまだ薄らと暗い外に出る。水路沿いの遊歩道は、欄干を背に長いこと難民の寝る場所として列を成している。寝具や食料などロレンツァ側からも物資が配られているようだ。暴動を懸念しているのはエリアッドだけではない。昨日の興奮がおかしな、一笑に付すような妄想をさせたのだ。

―金髪の少女と別れた直後に踏み込んだ街道沿いは大通りや住宅街とうって変わって獄炎にもならず半端な緋海になっていた。目を疑った。まだ生きている者の姿がある。容易に消すことのできない炎のなか、焼かれ燃える苦しみを聞き、熱風ときな臭さに紛れ血肉の焦げる匂いを嗅いだ。彷徨う凶悪な魔物に切り裂かれた者もあれば、一部を食われた者も、瓦礫の中に押し込められた者もいた。魔物から身を潜め、比較的無事な者を探せども、誰も彼も、この地区の民は助かりそうにない。助けられない。強い魔術と長い時間を要する傷ばかりだ。王都の外まで逃げるのは絶望的で、あとは魔物に見つかり食われるか、この魔火に焼かれるかだけである。それでも彼は諦めがつかない。魔物に気付かれることも厭わず、魔術治療を試みた。すでに叫ぶことも出来ないほどの重症者が今度は痛みに喘ぎはじめる。魔力を握る掌を下ろし、剣を抜く。何を乞われたわけではない。相手は意識さえないのだ。迷いがないわけでもなかった。しかし彼は悲嘆と豪火に炙られながら一人ひとり、一撃のもと息の根を止めて回った。火の密室から聞こえる咆哮はまだ背中に纏わりついている。


 彼の描像した暴動は生者のものではない。赤と橙に照りながら妖剣が血を吸った者たちの、せめてもの安楽さえ奪われた者たちの、怨嗟の行進だ。昨晩外から聞こえた怒号も、現実なのか分からないでいる。

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