第77話 千里の道も一歩から
「泣くのはそれまでにして、いい加減前を向いたらどうかしら?」
優しいヴィーナスのように。そして、暖かく見守るマリアのような眼差しに、目元はようやく引き潮となる。
ゲーム内なのに、一瞬だけ涙でずぶ濡れの葉が光った。どれだけ泣いていたのかは一目瞭然。くしゃくしゃになった俺の顔が、水滴の鏡に映る。最近どうかしているかもしれない。
心で交錯する不確定な感情は、迷いの森へと誘っていく。
どこかで聞こえた、ザシザシと芝を踏む音。それは、だんだん近づいてきて、2人の世界の邪魔をする。
「チェリス、アレン。ことは済んだか? ここはもう用済みだ。ボスはすでに片付いている。次は十七層。二十層までいけば休めるだろう」
突然語りかけられて、うつむいた顔を上げると、ジーンズに手を入れた風魔の姿。ガンを飛ばしているのでは? と思うくらいの威圧感が、身体を強ばらせる。
「この件に関して補足。そこから上は、五十層以外まだ稼働していない。『クヨクヨする暇あるんじゃみっともねぇよ。背筋伸ばして見詰め直せ。諦めたら全部終わっちまうぞ‼』。フォルテならこう言うはず。進むのなら空を見るといい。男の涙にメリットはない」
長文お疲れ様です……。口には出さずに返答する俺。どうもこれが不評らしい。チェリスはやれやれと、ため息をつく。
風魔の言葉は少し変わっているが――そう思ってるの俺だけかもだけど、紡がれる一つ一つの単語が、はっきりしているような、ないような?
「アレンしゃん大丈夫りょんか? なにか言わないと、分からないりょんよ?」
「我も同意じゃな。せめて挨拶くらいはせんと……。寂しいわい」
「……フィレンさん、クリムさん、みんな。そ、そうっすよね……。黙って返答待っても……。歩きながらでも良いっすか? 誰か話題を……」
「あんたが決めなさい」
「チェリス? ちょえっ? マッ? そそそ、それ……。きゅ、急に。お、俺が決め……って……」
話題が出てこない。どんな話をすればいいのかわからない。しどろもどろになりながら、床が見えないゴミ山を掘り返す。
中身があるようで、空っぽのガラクタには、物事のヒントすらない。ところで、この状況どうなってるの? なんかズレているような……。
「話題がなければ何も始まらないわよ。あとはタイミングね。状況を確認するところからかしら?」
風魔の次はチェリスの解説タイム。なかなか、第十七層が見えてこない。一歩も前進んでいない。これでは、カウンセリングの相談室だ。それならそれで、今は静かに勉強しよう。
「相手が興味ないことならば、事の説明をすると話題に入れる。それがないと、対応が難しいのよね。以後気をつけるように……。お願いできる? い~ぬ?」
「いや、だからキモイって‼」




