シンデレラは王子様より、魔法をかけにきた魔女が好きなようです。細かいことはどうでもいいので、女同士で幸せになりましょう。
「魔女さーーーん!!! どこへ行ったんですか、魔女さーーーん!!! 私の愛を受け入れてくださーーーい!!!」
静まり返った夜の街に、若い少女の絶叫が響き渡る。
彼女の探し人――魔女である私、ミリアは路地裏に身を隠し、息を顰めていた。
「あわわわ……どうしてこんな事に……!」
頭を抱えながら、これまでの経緯を思い返す。
***
普段は精霊の集落にいる私が、この街に来たのは三日前。
みすぼらしい物乞いのフリをしていたところ、声をかけてくれたのは、現在私を探している彼女――リリーだけだった。
『可哀相に……今はパンと水しかありませんが、どうぞ足しにしてください』
『まあ……でもそれは、お嬢さんの食事ではないのかね?』
『気にしないでください』
灰色の髪に青い瞳が美しい彼女は、そう言って微笑んだ。
それからしばらく、私たちは話し込んだ。
『私は子供の頃に両親を亡くして、今は継母と二人の義姉妹と一緒に暮らしているの。家では私が家事や雑用を担当しているの』
美少女なのにボロボロの服を着せられて、毎日毎こき使われているらしい。
可哀相に……。
私の魔法は、彼女のような可哀相な女の子を幸せにする為にある!
『私はねぇ、薬草を育てたり薬を作ったりするのが趣味だったせいでねぇ。当時暮らしていた村の人たちに嫌われて、追い出されてしまったのよ』
『かわいそう……』
リリーに私は同情した。
まあ私はその後精霊に助けられて、不老不死の魔女になったんだけどね。
見た目は十七歳のまま。赤髪紫目ロングヘアーの女の子だけど、こう見えて実年齢は百歳だ。
そんな私は、いつしかこう思うようになっていた。
自分と同じような境遇の、かわいそうな人々を助けたい!
その為に頑張って魔法を学んで、今では立派な魔女だ。
私は助ける人を見つけるべく、こうして時々姿を偽って、人間の町に出てくる。
(さて、リリーをどうやって助けようかしら?)
簡単だ。ひどい生活だから今は気付かれていないけど、リリーは美少女だ。
私の魔法で彼女の見た目を整えて、素敵な男の人と出会わせてあげればいいのだわ!
女の幸せは結婚っていうしね! 私は独身だけど。
『ねえお嬢さん。今度お城で舞踏会があるでしょう。なんでも王子様がお妃候補を探すんですってね。お嬢さんも若い娘さんなら憧れたりするんじゃないの?』
『え? いや私は特に……そもそもお義母様やお義姉様たちが参加を認める筈もないし』
『そうかい、義母たちの嫌がらせで参加できないんだね。かわいそうに。きっと嫌がらせでドレスも仕立ててもらえないんだろうねぇ。その癖自分たちは派手なドレスを用意させて、当日の用意もあんたにさせるんだろう? まったくひどい話だねぇ』
『いや別に……もし義姉が見初められればうちの生活も楽になるだろうし』
『そんな強がりを言わなくても大丈夫。舞踏会の夜は家の窓を開けて、月にお祈りしてみなさい。きっと良い事があるよ』
『はあ』
そして舞踏会当日。
言われた通り、窓を開けて月に祈るリリーの前に、私は本来の姿で登場した。
「じゃじゃーん! 裏路地の物乞いは仮の姿! 永遠の十七歳、魔女ミリアちゃんの登場でーす!!」
「……え?」
「いや~、ノーリアクション傷付くわー。ひょっとして私のノリ寒かった? ごめんね~、こう見えて百歳オーバーだから! ノリが寒くてもガマンしてね! すぐ幸せにしてあげるからね。えいっ!」
「す、すごい! 魔法の力でカボチャが馬車に、ネズミが立派な馬になったわ!」
「これだけじゃないよ~! リリーちゃんにも、えいっ!」
「きゃあっ! ……すごい! なんて見事なドレスなのかしら!」
「ドレスだけじゃないよん! ほらほら、鏡見て!」
「ウソ……これが、私……なんて美少女なのかしら……!」
「ちなみに整形とかは一切してないからね~。汚れを落として髪を整えてナチュラルメイクしただけよん。リリーちゃんって実はこんなにキレイだったんだよ! 義母さんたちはリリーちゃんの潜在的な美しさに気付いて、わざと辛く当たっていたのかもね~」
「……」
「今のリリーちゃんなら王子様のハートもキャッチ! 王妃様の座もゲット! あっという間に玉の輿! これまでの苦労が報われて国一番の幸せ者になれるよ~……ど、どうしたのリリーちゃん? なんで私の手を掴むの? それも、そんなに赤い顔で、鼻息を荒くして……」
リリーちゃん、見た目に似合わず握力が強い。
まるで逃がすまいとするように、私の両手をガシッ! と掴んでくる。
彼女は瞳を輝かせ、口を開く。
「……あなたが、私を変えてくれたんですね!」
「え? うん、変えたっていうか、磨いたっていうか」
「どっちでも構いません! あなたは悲惨な生活を送る私を憐れんで神様が遣わしてくれた天使に違いありません!」
「え? いやいやいや、私は魔女だから! 天使じゃないから!」
「魔女だろうが堕天使だろうが構いません!」
「そこは構おうよ!?」
「私……私、王子様も舞踏会もどうだっていいんです! だって私は女の子が好きだから! 男の人には興味ないの!」
「そ、そうだったの!?」
あちゃー、リサーチ不足だったか。
同性が好きなら、いくら玉の輿でも異性と結婚するのは嬉しくないかもね。
うーん、失敗しちゃった。じゃあどうやってリリーちゃんを幸せにしよう。
「ミリアさん!」
「は、はい?」
「あなたに一目惚れしました! 私と結婚してください!!」
「は、はいいいいいい!?」
「容姿の可愛さもさることながら、こんな私を気にかけて幸せにしようとしてくれる……その気持ちにも胸を打たれました! 私にはミリアさんしかいません! 結婚してください!!」
「え!? いやあの、私は結婚とかそういうの考えていないんで……ていうか女同士でしょ!?」
「魔女なのに宗教的タブーとか気にするんですか!?」
「いや、しないけど」
「じゃあいいですよねっ! 女同士で結婚しましょう!」
「い、いいのかな? ていうか、私の気持ちはっ!?」
「毎日いちゃラブして過ごしましょう! 人里離れた森の奥にカボチャの家を作って、小さな畑を耕して暮らしましょう! 人里で恵まれないかわいそうな子供を見つけたら、養子に迎えて大切に育てましょう!!」
「ま、待って待って待って!? あなたのご家族になんて報告すればいいのよ!?」
「あんなの毒家族だからどうでもいいです。この後の人生で金輪際関わりたくもありません。復讐とかもいらないです。ていうか義母も義姉妹もいじめっ子気質だから、私がいなくなればたぶん次女の方がイジメられると思うの。で、次女が耐えられなくなって家を出たら、今度は長女がイビられる。で、長女も家を出て――義母は寂しい老後を迎えると思うんですよねー。私が何もしなくっても、私がいなくなるだけでこの家は崩壊すると思うの」
「怖っ!? この家は蟲毒!? 蟲毒なの!?」
「今までは生活力も学もないから我慢してたけど、ミリアさんと結婚するなら大丈夫ですよねっ!」
「待って、結婚するって言ってないからね!?」
「子供の頃から家事雑事を叩きこまれたから、家の事は全部任せてください!」
「あ、それはちょっと助かるかも」
「じゃあしましょう! 結婚! 今すぐに! 私を攫って行って!!」
「ひいいいいいいっ!!!」
一瞬のスキをついて、私はリリーちゃんの手から逃れると、外に飛び出した。
……そして今に至る。リリーちゃんはキラキラのドレスのまま、裸足で私を探している。
「ミリアさーん! どこですか、ミリアさーん!」
「ううううう……これって私が思い描いていた、王子様がリリーちゃんを探す時のシチュエーションと同じ……! まさか自分が追われる側になるなんてぇ……!」
「……見つけましたよ、ミリアさん♡」
「ひっ、ひいいいいいいっ!?」
「さあさあ、私たちの門出です! ミリアさんが出してくれたカボチャの馬車に乗って、ミリアさんのお家にレッツゴー! リリー&ミリア大勝利! 希望の未来にレディー・ゴー!!」
「私は何も勝利してないいいいいいっ!?」
お姫様抱っこで抱え上げられた私は、自分で出したカボチャの馬車に押し込まれる。
リリーちゃんは自ら手綱を握り、馬を走らせた。
もう滅茶苦茶に走らせるから、仕方がないから私の家を教えた。さもないと縦横無尽に国中暴走しなけない勢いだったから……つい……。
おかげで私の家には、リリーちゃんという押しかけ女房がやって来たのだった……。
***
数年後。精霊の森の奥にある、私の家。
リリーちゃんは二人の女の子に手作りの絵本を読み聞かせている。
「……こうして、魔女様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
「わーい、素敵なお話ー!」
「ねえリリーお母様。お姫様のイジワルな継母たちはどうなったの?」
「お姫様の予想通り、一家離散してしまったわ」
「わー……」
「ひさーん」
「イジワルな継母みたいにならないように、ルルとカレンは思いやりのある子に育ってちょうだいね」
「はーい!」
「お姫様と魔女様みたいな優しい人になるのー!」
ルルとカレン。一昨年、精霊の森の中に捨てられた幼い姉妹だ。
たまたま私の家に迷い込んだ二人を保護して、養女にして育てようと決めた。
そうそう、あの時はリリーちゃんが作ったばかりのカボチャのパイを食べて『お菓子の家』なんて言っていたっけ。懐かしい。
ちなみに彼女たちの両親は、娘を探す事もなかった。
二人はさっさと別れると、森を出てどこかに行ってしまった。
だから私たちは心おきなく、二人を養女に迎え入れたというわけ。
「ミリアお母様ー!」
「ミリアママー!」
「わわっ! ど、どうしたの?」
「なんでもないのー。リリーお母様のお話を聞いてたら、抱き着きたくなったのー」
「ルルもなのー。えへへへ、ミリアママもリリーママも大好き!」
「あ、あううううう……」
いまだにママと呼ばれるのは慣れない。赤面する私を見て、リリーは楽しそうにほほ笑んだ。
「ねえミリア、今幸せ?」
「え? う、うん……幸せ、かも……」
「良かった! 私もとっても幸せよ! 大好きなミリア。これからもずーっと一緒にいてね♪」
「はううううううっ!?」
唇で唇を塞がれる。
あううう、ダメよ、こんな真昼間から……!
「ん、ちゅっ……はあっ」
「ぷはーっ! ぜー、ぜーっ……ば、バカっ! 子供が見てるのに……っ!」
「うふふふ……ルルとカレンだって、お母様たちが仲良しな方が嬉しいよねー?」
「うん、嬉しいー!」
「ちゅーだ、ちゅーっ! もっとちゅーしてー!」
「ふぁぁぁいっ!? あ、あのね? これはママ同士の愛情表現だからね!? 二人が真似しちゃダメだからね!?」
「マネしないよー。ちゅーは特別な人とだけするものだもん。ねー?」
「ねーっ!」
「ミリア、性教育は私がしっかりしているから大丈夫よ」
「なら大丈夫か、良かった……うん? 待てよ、本当に大丈夫か??? この子に性教育を任せて本当に大丈夫? それでいいのか、私???」
何はともあれ。
この数年で、私はすっかりリリーに骨抜きにされていた。
だって仕方ないじゃん! この子ったら朝晩問わず、私に大好きオーラをぶつけてくるんだもん!
オーラだけじゃなく物理的にもぶつけてきたんだもん! 主に料理とか、あとベッドの方面で!!
ぶっちゃけ私は恋愛経験皆無だった。
だから、そのう……ああいうことされると、ええと……弱いの!!
こんな閉鎖的な環境で、毎日愛を囁かれて、おまけに毎晩ゴニョゴニョされたらイヤでも好きになるわ!!
ていうかリリーだって恋愛経験も性経験も皆無だった癖に!!
なんであんなに上手いのよ!? って聞いたら「愛の成せる技ね♪」って返された。
マジかよ、愛ってすげぇ……。
おかげでもう、リリーナシじゃ生きられない体になっちゃったじゃない!
悔しかったから、彼女にも不老不死の妙薬を飲ませてやった。すると彼女は私を恨むどころか、「これで未来永劫、世界が滅びるまで一緒ね♡」なんて嬉しそうに言い放ちやがった。
彼女の精神を見くびっていたわ。リリー、恐るべし。
「ミーリアっ♪」
「ひえぇっ!? こ、今度は何っ!? 耳にふーって息吹きかけないでええぇぇっ!?」
「あむあむっ」
「ひゃああぁぁんっ!? はむはむするのはもっとダメえぇぇっ!?」
「ママたち、楽しそうー」
「私たちは外で遊びましょ。ルル、行くわよ」
「はーい!」
「ああん、もう空気読める子に育ってくれて、とっても嬉しいわ♪」
「に、二時間ぐらいはお外で遊んでてねえええっ!!」
……という訳で、今の私は人里離れた森の奥にカボチャの家で、愛しい妻と可愛い娘たちと一緒に暮らしています。
当初思い描いた形と違ったけど、リリーも二人の娘も幸せなら、これでいいかな?
めでたし、めでたし。