表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

05

キリがいいので次で一旦終わります

キリがいいので・・・

 結局また降り出しへ戻ってしまった。

 洋太ようたの言う通りなら、犯人は別にいる。

 これは章悟しょうごとの戦闘を見る限りでも間違いないように思えた。

 あれでは相手の被害を切り傷のみに抑える事など不可能だ。

 ついでというか、後日から巡回に洋太も加わる事となった。

 夜間はする事もなく暇らしい。

 といっても影を移動出来るので別行動だ。

 有事の際にはすぐ連絡がつくように、捜索中のみ杏子きょうこのスマホを貸与している。

 章悟はこの数日、ずっと駅前で網を張っている。

 連日空振り、という訳ではない。

 むしろ誰よりも成果を出していた。

 目に留まったホルダーの後をつけ、既に三名の住居を突き止めている。

 次に他の場所で会えば、顔を隠していてもわかるという。

 この探知能力だが、洋太にはないものらしい。

 あるいは練度によるものか。

 洋太も自身の能力を全て使える訳ではない。

 影の中を出入りする事は洋太も翔太も変わらず出来る。

 しかし第三の人格がそうしたように、影を剥がすような真似は出来ないという。

 というか、そんな使い方がある事自体を知らなかったらしい。

 洋太はそこに強い関心を示した。

 あいつに出来るなら俺にも出来る。

 前向きな発言は、少年に確かな成長をうながした。

 似たようなホルダーである章悟の与えた助言の影響も少なくない。

 勿論洋太自身の素質もあるが。

 また、性格の相性もよかったのだろう。

 多くを直感に頼った説明も、難渋なんじゅうを示す事なく理解していた。

 七海などは横で聞いていてもさっぱりだった。

 そして成果が出たのは一週間後。

「見てくれ!」

 集合場所である章悟の部屋に、意気揚々と現れた。

 その肩に、黒いマントを羽織っている。

「何それ」

 杏子の眠たげな問い。

 あとは洋太を待つのみとなってから数十分経っていたので機嫌が悪い。

 時間には厳しいのだ。

「マント!」

 それは見ればわかる。

「作ったんだ。これで俺も姉ちゃん達とお揃いだな」

 その場で回ってみせると、マントの裾がふわりと浮いた。

 ホルダーらしく自分の道具が欲しかったらしい。

「あいつみたいな鎧には出来なかったけど、結構硬くもなるんだぜ」

 言って自ら叩いてみせる。

 硬質な音こそしないが、見た目に反した厚みを感じさせた。

「影で作ったの?」

 七海ななみが問うと、洋太は得意げにうなずいた。

「ベースはベッドのシーツだけどな。もう元には戻せないけど、壊れたりもしないんだぜ」

「は?」

 これには三人が三人怪訝けげんな顔で応じた。

「ちょっとあんた、道具を自作したって事?」

 子供の工作程度だと思っていたのだ。

「そんな事」

 出来るのか。

 いや、実際しているのだが。

「つっても出来る事は少ないぜ。空が飛べる訳でもないし。精々生地の状態を変える程度だな」

 言いながらマントをゴムのように引っ張ってみせる。

 露天商の配る道具の様に、固有の特殊能力を備えたものではないらしい。

 だとしても。

「そんな事俺でも出来ねーぞ」

「こういう事が出来るのも含めて、俺の能力なんじゃねーの?」

「あー」

 道具が個別に能力を有するのと同じなのか。

 だとしたら出来る事に差があるのも頷ける。

 章悟達のような例は少なすぎて何ら確証は持てないが。

「しかもほら、見ろよ。こうすると」

 洋太が前髪を垂らして顔を隠す。

 異様な黒子の完成だった。

 こんな格好で夜道に立っていたらさぞ恐ろしいだろう。

「実はここに来る途中何人か驚かせてきたんだ」

「それが遅れた理由?」

「うん!」

 無邪気に頷く。

 こういう時は年相応の可愛らしさがある。

「そう」

 その脳天に、杏子が拳を打ち下ろす。

「いて」

 反応から見ても手心は加えている。

「なんだよー?」

「そんなしょーもない事して人の事待たせるんじゃないよ」

「え、そんな経ってた?」

 自覚はなかったらしい。

「経ってた」

 時計を指差してやる。

「うわ」

 大きく回った分針を見て、洋太は短く声を上げた。

「ごめん」

「次から気を付けな」

「はい」

「んじゃ、ぼちぼち行くか」

 言って章悟が立ち上がる。

 待ち合わせは、あくまで杏子が洋太にスマホを持たせるためのもの。

 章悟が付き合っているのは、ここが常盤ときわ家だからだ。

 言ってしまえばとばっちり。

 それでいて不満の一つも漏らさない。

 何かと気性の荒い印象の付きまとう章悟だが、こうした時は鷹揚おうようだ。

 四人で家を出る。

「んじゃ、また後でな」

 早々に影に潜る洋太。

「気を付けろよ」

 駅へと続く道で章悟と別れ、あっという間に二人きり。

 しばらく無言で歩く。

「洋太君、凄い成長速度ですね」

「んー。そーなー」

 あまり関心がないのか反応は薄い。

「杏さん杏さん」

「んー?」

「そろそろ私も、独り立ちの時期なんじゃないですか?」

 この提案に、杏子が立ち止まる。

「どしたの急に」

「全然急じゃないですよ。前からたまに言ってたじゃないですか」

「だからそれはまだ早いって」

「むー」

 いつもこれだ。

 安見あずみ杏子という人間は過保護すぎる。

 それも七海に対してだけ。

 小学生の洋太ですら単独での行動を許されているのに。

「あ、さては洋太に先越されて悔しがってる?」

「う」

 図星である。

 いつまでも保護者同伴では立つ瀬がない。

「七海」

 言って頭をでる。乱暴に。

「な、何ですかぁ?」

「可愛い奴め」

「やめてくださいよー」

「焦らなくても、あんたはあんたのペースでやればいいよ」

「むー」

 そうは言われても、一度芽生えた気持ちを抑えるのは難しい。

「って言って抑えつけるのもよくないし、たまには一人で行ってみる?」

「えっ!?」

 唐突な提案に、かなり面食らう。

 ダメ元で言っていただけだ。

 力不足は誰より自覚している。

「ただし、何か見つけても絶対地上には下りない事」

「はぁ」

 それなら出来そうだった。

「すぐに章悟に連絡をいれるか、あたしの所に戻って来な」

「あ」

 ようやく認められた。

 喜びが、時間差で訪れる。

「はい!」

 初めてのおつかいを任された気分だった。

 周囲に人がいない事を確認してから傘に乗る。

「行ってきます」

「気を付けてね」

「はーい」

 うきうきで上空へと浮かび上がる。

 飛ぶのは久しぶりだ。

 最初は緩やかに。

 それもすぐに慣れる。

 徐々に速度を増していく。

「あはっ」

 楽しくなって飛び回る。

 上空からは道の一つ一つまでよく見えた。

 街灯によって見るべき場所がおおむね浮き彫りにされているせいだ。

 焦点が絞られている分、昼間より楽かもしれない。

 一通り見て回った限りではどこも問題ない。

 やはりこちらの方が手軽だ。

 問題があるとすれば。

「さむ」

 すぐに速度と高度を落とす。

 いくら程よい気温でも、上空は寒い。

 軽装過ぎたというのもあるが。

 空を飛ぶならそれなりに着こんでおくべきだった。

 反省。

 人目のなさそうな所で杏子と合流。

「はや、どしたの?」

 別れてからまだ数分だ。

 驚くのも無理はない。

「上、寒くて」

「あぁ」

 納得。

「やっぱり今日は一緒にいます」

「ほら、上着」

 自分のを脱いで肩に掛けてくれる。

 優しさがかえって身に沁みた。

「ども」

 喜び勇んで出ておきながらこのていたらく。

 何とも情けない気分にさせられた。

 結局この日も成果は得られぬままに終わった。

「姉さん。たまには休み挟んでもいいんじゃねーか?」

 この提案は合流後、章悟から。

 確かに通り魔の出現からこっち、毎日休みなしだ。

 最後に起きたのは一週間ほど前の事。

 頻度ひんどは明らかに落ちている。

 ここまで空振りが続くと、流石に徒労感も拭えない。

 あるいはこちらの動きに気付いて身を潜めているのか。

「んー。まぁ明日くらい休みでもいいか」

 杏子からも特に異論は出なかった。

「えー。俺暇だぜ姉ちゃん」

「あんたもたまには夜更かしせずに早寝しな」

 そんな訳で、久しぶりの休みとなった。




 放課後。

 久しぶりの休みである。

 心なしか気分が軽い。

 習い事をしていればこんな気分だろうか。

 そんな事を考えながら靴を履き替える。

「あ」

 そこで七海は、珍しい顔と出くわした。

 佐倉さくらあかり

 顔を合わせるのは冬休み以来。

 ほとんど一年ぶり。

 もうそんなに経つのだ。

 同じ学校、同じ学年でありながら。

 勿論偶然ではない。

 これは七海が器用に逃げ続けていたせいだ。

 偶然というならこの邂逅かいこうの方である。

吉成きなり

「ど、ども」

 引きった笑みが戻せない。

 緊張によるものだ。

 あの晩の恐怖は未だに残っている。

 容易にぬぐえるものではない。

 だからこそ普段からあれ程注意していたのに。

 これまでは視界に入れば逃げていた。

 普段から前髪を下ろしているが、視力自体はかなり良い。

 それが、なぜこんな事になってしまったのだろう。

 連日の夜回りによる疲れか。

 今日が休みとあって気が緩んだか。

 悔やんでももう遅い。

(落ち着け……落ち着け……)

 必死に言い聞かせる。

 鉢合わせたのは偶然だ。

 相手も用がある訳ではない。

 自分など取り合いもせず去る筈だ。

 そう言い聞かせた。

「最近、調子どう?」

 努めて平静を保とうとする心が、その一言で瓦解がかいする。

「え、あっ、えっ……?」

 あっという間に恐慌をきたす。

 震えが止まらない。

「いや、落ち着いて」

 周囲を見回しながら、朱がなだめる。

 その顔に、焦りようなものが浮かんでいる。

 あの佐倉朱が。

 どういう風の吹き回しだ。

 ますますわからない。

 我が事ながら、七海にはわかっていなかった。

 朱はただ、客観的に見たこの状況を案じているのだ。

 怯える七海に向き合う朱。

 これではまるでいじめの現場に、見えない事もない。

 出来る限り目立ちたくない。

 そんな朱の思惑を、当の七海は知るよしもない。

「とりあえず、一緒に帰ろ?」

 袖を引かれる。

(どこかに連れ込まれる!?)

 完全な被害妄想である。

「あ、あああ」

 かつての恐怖が湧き上がる。

「やめ、やめ、無理」

「いいから」

 振り払う勇気もない。

 されるがままに連行される。

 校門を出た所で手を離された。

「吉成の家ってどっち?」

「えっ!」

 七海は青ざめた。

 自宅まで押し掛けるつもりなのか。

 何が目的で。

 思考が悪い方にばかり向かう。

「こ、こここ、こっちです」

 震える手で指差す。

 露見した時の事を思うと怖くて嘘もつけない。

「じゃあまだ一緒だね」

 先に歩き始める朱。

「え……」

 ぼんやりとその背を眺める。

「何してるの?」

 一度立ち止まって振り返る。

「そっちが喧嘩売ってこない限り何もしないよ」

 だからおいでと軽く手招き。

「…………」

 金輪際許されないものと思っていた。

 どうやらそれは、七海の思い過ごしだったらしい。

 途端に気が抜けた。

 という程でもないが、まぁ震えは止まった。

 とぼとぼと横に並ぶ。

 揃って歩き始める。

「あの、怒ってない、んですか?」

「あの時だって別に怒ってなかったよ」

 絶対嘘だと思った。

 しかし指摘は出来ない。

 なぜなら怖いから。

 人は怒りもなしにあれ程他者を蹴りつけられるのか。

 それもそれで怖かった。

「あんたを殺さずに黙らせるには、ああするのが良いと思ったからしただけ」

 確かに有効ではあった。

 効きすぎた嫌いもあるが。

 とはいえ、下手に手加減されていたら多少の反抗心も残ったかもしれない。

 いや、間違いなく残った。

 以前の七海であれば、りずに寝首を掻こうとした筈だ。

 何とも無謀な試みである。

 遅かれ早かれ徹底的な仕打ちは受けていた。

 自分が愚かだったのだ。

 そう思えば遺恨もない。

「それに、いい加減人の顔見るなり逃げ出すのもやめて欲しいし」

「えっ」

 バレていたのだ。

「ご、ごごご、ごめんなさい」

「いや、だから怒ってはいないから」

 慌てる七海を片手で制する。

「で、最近どう?」

 最初の質問に戻る。

「ぼ、ぼちぼち。です」

「そう」

 大して興味なさそうに頷く。

 あっという間に会話が途切れる。

 一学年どころか全校単位で見ても屈指のぼっち二人である。

 話など弾みも続きもしないのだ。

「…………」

 沈黙が痛い。

「さ、佐倉さんは、どうですか?」

「何が?」

「最近の、調子とか」

 数秒の間。

「ぼちぼち」

 七海と同様の回答。

 こちらは堂々としている。

 というか変化に乏しい。

 常に無表情だ。

 そのせいで何を考えているのか読み取りづらい。

 思い返せばあの晩でさえ、怒りに任せた行動はない

 とてつもなく冷徹な印象はある。

 しかしその逆鱗げきりんにさえ触れぬなら、過度に怯える必要もない。

 要は付き合い方次第なのだ。

 そんな事を、知り合ってから一年近く経ってから気づかされた。

「そういえば、最近の通り魔事件、どう思う?」

「ど、どうとは?」

「いや、犯人は私達みたいな道具を使ってるのかなって」

 朱も気付いてはいるのだ。

 当然だろう。

 犯行があまりに周到過ぎる。

 ホルダーであれば真っ先に考える犯人像だ。

「いえ、私も、仲間と調べてますけど、確かな事は……」

「仲間……?」

 朱の関心を引いたのはそちらの単語だった。

「誰かと組んでるの?」

「は、はい。あの、色々あって」

「私の事は」

「い、言ってないです!」

 ここだけは全力で否定する。

 疑われたくない。

 疑惑を向けた朱が、杏子達に何をするか。

 考えたくもなかった。

 たとえこちらが勝てたとしても、朱相手は無事で済むまい。

 杏子達にも余計な迷惑は掛けたくなかった。

 以前まではなかった感情である。

 これが友を持つという事なのか。

 その意味を、七海は初めて実感した。

「さ、佐倉さんの事は、今までも、こ、これからも、絶対話しませんからっ」

 両手をバタバタ振りながらの主張。

「ならいいけど」

 必死さが伝わったのか、朱も追及はしない。

「何か、変わったね」

 思わぬ指摘に、目を丸くする。

「え?」

「前はもっとひねくれてたから」

「そ、そうですね」

 苦笑いで相槌あいづちを打つ。

 否定は出来ない。

「あ、私こっちなんだけど」

 朱が横の道を指差しながら。

「え」

 七海はまだしばらく直進。

 ようやく打ち解け始めていたのに。

 僅かな未練。

「私はそっち手伝えないけど、頑張ってね」

 あくまで相互不干渉。

 その姿勢を崩す気はないのだと、穏やかに告げていた。

「はい」

 それでいい。

 敵ではない。

 佐倉朱は、それだけで十分な存在だった。

 別れてから数分。

「あれ?」

 前方に立つ二人の男女を見て、七海は首を傾げた。

「おー七海。偶然じゃん」

 杏子と章悟だ。

「いや……」

 偶然というか七海の家の前だ。

 どう見ても待ち伏せである。

「今日もぼっち帰宅か。友達作れよチビ助」

「と、途中までは、一緒でした」

 今日だけだが。

「あの、今日は休みじゃ?」

 何かある。

 言われるまでもなくそれは伝わってきた。

「普段クソの役にも立たないみみちゃんに、重要な仕事を持ってきてやったぞ」

「七海です。仕事って?」

 いつも通りの返答に、疑問を添える。

 視線も章悟から杏子へとスライド。

「実は、お願いがあるんだよね」

 杏子にしては渋い顔。

 嫌な予感がした。


 §


 ソレは、久しぶりに夜の街に出ていた。

 胸の内に広がる喜びを噛み締める。

 面倒な手合いのせいで随分と窮屈きゅうくつな思いをさせられた。

 抑圧からの解放に、ソレは打ち震えた。

 夜の街を眺めながら、するすると泳いでいく。

 自由だ。

 今この時だけは。

 誰を斬ろう。

 湧き上がる欲求を抑えきれない。

 誰でもよかった。

 人であるなら、それだけで。

 動物は駄目だ。

 昔何度も試した。

 あれらでは大したものは得られない。

 人でなければ。

 人。

 人。

 人。

 こちらの痕跡こんせきは残さない。

 怯えろ。

 そこにある恐怖に。

 理不尽に。

 自分と。

 あの時の。

 自分と。

 同じにしてやる。

 小柄な人影が目に入った。

 しばしの沈黙で油断したか。

 静かな夜道をたった一人で歩いている。

 見せつけてやる。

 無防備な背中に――

 包丁を突き立てようとしたその腕を、何者かに掴まれた。

「――な」

 万力で固定されたかのように、微動だにしない。

「くっ!」

 握力が増し、骨がきしむ。

 激痛に、顔が歪んだ。

「よう、翔太」

 常盤章吾!

「随分とごきげんじゃねーか。おい」


 §


 振り返りざま、七海は数歩距離を取る。

 怪人の姿をした章悟が、小さな人影の腕を持ち上げている。

 その顔は長髪に覆われて確認できない。

 が、誰かはすぐにわかった。

「翔太君、なの?」

 また暴走したのではないのか。

 例の、第三の人格のせいで。

 七海は帰宅からここまで、ろくな説明を受けていない。

 いきなり囮役を頼まれ、押されるままに引き受けただけだ。

 ただ、章悟は今の彼の事を翔太と呼んだ。

 洋太ではない。

 確信があって、その名を呼んだのだ。

「痛いよ。お兄ちゃん」

 落ち着いた声が、かえって胸をざわつかせた。

「悪いな。でも離さないぜ」

「今日は、お休みだったんじゃないの?」

「そう言っとけば、お前が出るんじゃないかと思ってな」

「みんなして、僕の事だましてたんだ」

「そこはお互い様だろ」

 薄笑い。

 前髪に隠れた少年の顔色を窺う事は出来ない。

 その胸に何を秘めているのか。

 七海は確かめるのが怖かった。

 やがて他でもない、本人の口から沈黙が破られる。

「……いつから、疑ってたの?」

「違和感自体は最初からあったんだよ」

 実はな、と章悟は続ける。

「疑惑に変わったのは洋太と話してからだ」

「洋太、ね」

 冷笑交じりの声音。

「これは話してなかったけどな、実はお前ら人格ごとに気配が違うんだよ。で、俺が感知出来たのは二種類しかなかった。洋太が第三の人格って言ってる奴の気配も、翔太、お前のものだったんだ」

「そうだったんだ」

 他人事の様な得心。

「おかしいとは思ってたんだよ。最初の晩にボコった後に起きたのも洋太だったし、その次もそうだった。第三の人格って奴がいるなら、そいつが眠った後に出てくるのが毎回洋太って事はないだろうって」

 とはいえそれも二回だけ。

 偶然と言えない事もない数だ。

 決め手はやはり気配だろうか。

「だから今日は休みって言って、試したの?」

「何もないならないで、それでもよかった」

 どちらかと言えば、何もない方に期待していた筈だ。

「通り魔かどうかについては何の確証もなかったしな。でも念のために病院の前で張ってたら、お前は動き出した」

「お兄ちゃんの能力は、本当に厄介だね」

 少年の声は落ち着いている。

 秘密が露見した割りに、焦る素振りも見当たらず。

「翔太、お前なんでこんな事をしてる?」

 問われた翔太の体が、き込むように揺れた。

 顔が見えなくともわかる。

 笑ったのだ。

「これは、抑えられるものじゃないから」

「あ?」

「この際だから全部話すけど、先に一つ教えておくね」

 言って人差し指を立てながら。

「あ?」

「――僕は、三墨みすみ翔太ではないよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ