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誓いの日




「──勝負あり!!」


 闘技場を揺るがすような歓声が上がる。


 すり鉢状の観客席から多くの民衆が立ち上がって口々に勝者を讃え、白熱した闘いに割れんばかりの拍手が捧げられた。


 喝采を受けて、勝者は肩で息をしながら水晶の剣を腰の鞘に納める。

ツギハギが目立つ粗末な服の袖で汗を拭うと、オリーブ色のポニーテールが揺れた。

白い陶器のような頬に泥がこびりついていたが、その者は気にも留めない。

彼はペパーミントグリーンの瞳を見開き、只々、茫然とした。


 やった、やり遂げたのだ、とフワフワと雲の上にいるような心許ない感覚の中で、汗ばんだ手を握った。


──これで、私は……


「騎士団入団選抜試験の全試合が只今終了いたしました! 最優秀入団者は只今の勝者、フリード・シェルツ!!」


 呟く声は拡声石によって響き渡る司会者の声にかき消された。

よくやった少年! あんなに小柄なのに大したもんだ! と湧き上がる賞賛の声に彼は目を閉じる。

握った手を胸に押し当て、長く息を吸い、吐いた。


……大丈夫。覚悟はできている。


 勝者が目を開くと、膝をついたまま悔しそうに拳を地面に叩きつける敗者の少年と、目があった。

勝者を見上げる羨望が混じった菫色の瞳が、次こそは勝つと燃えている。

決勝に勝ち上がった彼もきっと、入団できるのだろう。

 未だ立ち上がれずにいる彼に手を差し伸べると、目が丸く見開かれ、たっぷり三秒経ってから日に焼けた硬い手が白魚のような手を取った。


「……お前っ」


 何かに気づいた灰色の髪の少年は、一纏めにされた長い髪を揺らしてコテリと首をかしげる勝者の少年を凝視し、ハクハクと声をひねり出そうとするも、何も言葉になってはいなかった。


「勝者は祭壇へ!」


 呼び掛けられた少年は、ハッとして祭壇のある場所を振り返った。


 半円形の大理石のスペースが闘技場正面最上部の貴賓席の真下に設けられている。

数段の大理石の階段が土床の闘技場から神聖な場所を隔てていた。

その階段を勝者は登る。オリーブ色の髪が一段登るごとにふわりと舞った。

十段ほどの短い階段を上り終わると、そこには騎士団長、副団長、幾人かの官吏かんりが白を基調とした煌びやかな正装の姿で彼を出迎えた。


 少年は騎士団長らを一瞥して祭壇の中央に目を向ける。

そのくりくりとしたペパーミントグリーンの瞳の先には、大理石に根を下ろした細い白樺の木があった。


──それは非常に不思議な光景ではあったが、何よりも目を引くのは、白樺の木の中央から産まれ出づるように彫られた大理石の美しい妖精の像。


 まるで生きているかのように滑らかな両腕を広げ、今にも開きそうな目蓋はそっと閉じている。

小さく微笑んだ唇はふっくらと柔らかそうで、歌を紡いだとしても誰が疑うだろうか。

今まで生きてきた中で出会った誰よりも美しい女性だと、きっと目にした者全てがそう思うだろう。


 少年が白樺の木の一歩手前まで進むと、年老いた官吏が杖を数度大理石の床に突き立て、場内に静粛を求める。


「未来の騎士が今、ここに選抜された」


 騎士団長が威風堂々と告げた。

爛々と輝くブロンズの瞳が強者を歓迎し、細められる。


「国王陛下に身命を捧げ忠誠を尽くす、強く勇敢な男子のみが騎士の称号を得ることができる。誉ある身分の代償としてその命は我が国の物となることを心せよ!」


 騎士団長の言葉は闘技場に響き渡り、高らかに宣言する。


「これより、最も優れた者より誓いの儀式を行う。……フリード・シェルツは両手を前へ!」


 細い腕が像へと伸びる。

妖精の手と少年の手が合わさると、その腕で出来た輪の中央で小さな黄金の光の塊の群れが──精霊達が踊り始めた。

ほう、と小さな感嘆の声がそこかしこから漏れる。

騎士団長や副団長をちらりと盗み見ると、満足そうに微笑んで頷いていた。


──暖かいその眼差しに、きゅっと胸が痛んだ。


 少年は小さく唇を噛み、目の前の像を見据えた。


「妖精王ティターニアへ名を捧げ、誓いの言葉をもって共に生きる妖精を得なさい」


 高齢の官吏が柔らかな言葉で少年を導く。


「其方の誓いは妖精王に届き、強固な契約となる。其方の全てを助く妖精を得る引き換えに、誓いを反故にする行為を行った際には──其方は魂ごと妖精に喰われることになるだろう。……フリード・シェルツ。名を捧げるか?」


 覚悟を問う声が響いたが、少年に躊躇は無かった。

目の前の像を見据え、薄紅色の小さな唇を開く。


「はい。しかし、その名は私の真の名ではありません」


 驚愕の声が上がる。


「我が名はエルフリーデ!!」


 真の名を告げると、風が唸りを上げ、一つに束ねていた皮紐が解け、長い髪が巻き上がった。

──その髪色は、瞬きの間に色を失い、雪のように真白に輝く。


 誰もがその光景に茫然とする中で、騎士団長が小さく呟いた。


「まさか……エルフリーデ王女殿下……?」


 少年──否、少女はうたうように朗々と言葉を紡ぎ、誓いの言葉を妖精に捧げた。


「輝ける妖精の女王ティターニア様に誓う! この身、この命は全て、あかつきの王国、そしてアレス国王陛下に捧ぐことを。陛下の安らぎと国の安寧のため、我が身を削る事を」


 精霊たちが少女と妖精像の腕の輪の中で踊り続ける。

その中に、実体を持った妖精達が混ざっていく。

黄金の小さな蜂と、煌々と赤く燃える蜥蜴とかげ、両腕に茂る木の葉を揺らして踊る小枝の小人、細い水流を形作る銀色の魚。


「お兄様をずっとお側でお護りしたい!! ですから、どうか、その御力を貸してください!! 私を騎士にして!! ティターニア様!!!」


 心からの誓願をエルフリーデは叫ぶ。


──瞬間、風が唸りを上げた。


 彼女の祈りに答えたのか、腕の中から光の洪水が溢れ出した。


「これは……っ!?」


 副団長の驚愕の声は風の音で掻き消された。

彼女の側にいた騎士団長や副団長、官吏達が眩さのあまり顔を覆った。


『──懐かしき其方そなたの声、確かに聞き届けた──』


 涼やかな少女の声が、エルフリーデの頭の中に響いた。

その瞬間、黄金の光は柱となって立ち上り、真っ白な彼女の長い髪を巻き上げる。

するりと繋いだ手を柔らかな指が撫でるような感覚に光の向こうへ目をこらすと、大理石の女王はルビーの瞳を開き、そっと微笑んだ。


『我が末の子ヴィンターよ、来れ』


──光の柱から何か、来る。


 エルフリーデは大理石の小さな手から手を離し、光の柱へ手を差し伸べた。


「この時を……十年、待ち侘びた」


 その低いバリトンの声に、何故かは分からない。だが、何故か、どうしようも無く胸が震えた。


 節ばった長い指が、掌が、腕が、光の柱から伸びて、少女の細い指を捕える。


 光が収まると、そこには、澄んだ清流のような青とも緑とも言える美しい長い髪を地面まで流れるままにした、この世のものとは思えない……否、実際にこの世のものではないのだが、眩いばかりの美しい男が立っていた。


 銀鼠ぎんねずの切れ長の瞳がエルフリーデを見据え、そして、長い睫毛まつげが影を落とし、男はひざまずく。


「我が名はティターニアが末子、ヴィンター。汝、暁の王国第一王女殿下エルフリーデの名を受け、唯一の主とし、汝の望む力を授けよう」


 薄い唇が、王女の手の甲に触れた。


「お前の命尽きるその時まで、この手を離さない」



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