第9話 幕間:リチャードはなぜ笑うのか?
10話からは再び主人公たちの話になります。
トランティーサ王国には数々の遺跡が存在する。
はるか昔に作られたと言われるそれらは「ダンジョン」とも呼ばれ、多くの場合魔物が徘徊する危険な場所だ。
マゴニア近くにも、小さな遺跡の入り口がある。その目の前に、行商のキャラバンが馬車を止めていた。
行商人は2人おり、馬車の前で立ち話をしていた。
「知ってるか? 昨日、マゴニアにデカい魔物がでたそうだ」
「マジかよ? 大丈夫なのか?」
「ああ、冒険者が総出で倒したそうだぜ。無茶苦茶にデカくなったマンドラゴラだそうだ」
「おっかねえなあ」
とりとめもない話をしていると、遺跡から取引相手が姿を現した。それに気づき、行商人は営業スマイルに切り替える。
「こんにちわ、リチャードさん。今日はいい天気ですね」
行商人の取引相手は、リチャードと名乗る男前だ。
やや不気味な男。それが行商人の正直な印象だ。
30歳を超えているはずなのに見た目がやけに若い。常に笑顔だが、その目だけは笑っていないようにも思える。それが薄気味悪かった。
また、リチャードにはあまり良くない噂もある。自分の弟が死んだ後に家を乗っ取り、その家に住んでいた甥も追放した――とささやかれている。
「わざわざご足労いただき恐縮です」
リチャードが口角を上げ、行商人に挨拶する。
やはり気味が悪い。行商人の2人は手早く要件を済ませようと、やや早口で話し始める。
「ご依頼の品物、きちんと揃えました。魔力が込められた魔道具やら、食料やら、その他もろもろやら。代金はこちらに記載してある通りです」
それは数多くの買い物だった。リチャードはそれらの品物をダンジョン入口に届けてほしい、と依頼してきたのだった。
魔道具を欲しがっているところを見ると、魔法の研究なのかもしれない。しかしわざわざダンジョンで何の研究をするのか。不審と言えば不審だった。
請求書を渡すと、リチャードは爽やかに頷く。
「確かに。ではお会計を。料金はこちらの中に入っています」
リチャードは丈夫な皮袋を差し出す。行商人は中を改める。代金分の金は漏れなくきっちりと入っていた。
「はいよ、80万トランきっちりと受け取りましたぜ」
「どうもありがとう」
80万トラン。なかなかに高額な買い物だ。小さな馬車くらいなら買えてしまう。
行商人は笑顔で代金を受け取るが、そこで異変に気付いた。
リチャードの後ろに、いつの間に現れたのか、黒ずくめのローブを着た男が3人ほど立っていたのだ。
(何だこいつら)
男たちの顔は見えない。だが顔色はあまり良くないように思える。明らかに怪しい風体だった。
「では、これらの物資を中に運び入れてください」
リチャードの指示に男たちは頷き、行商人から買い込んだ品物をダンジョンの中に運んでいく。
「ありがとうございました。これからも何かあったらよろしくお願いしますね」
にっ、と笑ってリチャードは言う。行商人は曖昧に笑い、そそくさとその場を後にした。
◆◆◆
リチャードは遺跡の中へ入る。
物資を運び入れる黒ずくめの男たちは、彼の忠実な部下だ。命令をしっかりとこなしてくれる。
「うまくいきそうだ。兄には感謝しないとならないな」
リチャードが、兄であるクラムの家を乗っ取った際、多額の遺産も手に入れることができた。
今回の買い物も、その遺産を資金としている。おかげで彼にとって必要なものを買い揃えることができたのだった。
「一人で研究するだけだと限界があるからな。だがこれならやれそうだ」
満足げにリチャードは笑みを浮かべる。口角を上向きに曲げながら、彼はある一人の人物を思い出していた。
自分が家を乗っ取る際、追い出した青年――ジョバンニ。
「ジョバンニ君には少し申し訳ないことをした。ただ、まあ仕方ない。何事にも犠牲は付きものだからね」
にやり、と頬を歪めて笑う。男前からは及びもつかない醜悪な笑顔だった。ぎらりとした眼光は蛇のように鋭く、おぞましい。
「あとほんの少しだ。僕は僕以外の全てを踏み台にして、目標へ至ろう。この世すべてを薪にくべ、研究を完成させよう」
リチャードは遺跡の奥へと姿を消す。
その頭の中は、どす黒い計画でいっぱいになっている。誰かに止められない限り、彼は止まらない。何もかもを踏み台にするとうそぶく彼は、至って本気である。
もし追い出したジョバンニと再び会うことになったら、などということは――リチャードは微塵も考えない。
次話は9/16に投稿します。