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第5話 凄腕の黒騎士

 古屋敷の玄関ホールにはソファや椅子が置かれている。


 ホール兼リビング、と言ったほうがより正確だろう。ソファや椅子は痛んではいたが、じゅうぶん座れるものだ。


 ジョバンニとルチアナがホールで話していると、ぼたぼたと部屋の端で音がした。見ると、天井から水がこぼれている。


「うわ、雨漏りか……?」

「みたいっすね。見た目通りのボロ屋敷っすなぁ」


 ジョバンニは部屋に転がっている桶を掴み、水がこぼれた位置に置いた。


「まあしょうがない。この屋敷は5万トランで買う予定なんだ。文句は言えないさ」

「えっ5万トラン?! そりゃあ安いっすねぇ!」

「ああ、むちゃくちゃ安い。ただ、今にして思えば、安さの理由も頷けるな。魔物が住み着いてる屋敷なんて誰も欲しがらないからな」


 玄関ホールは埃っぽく、窓は割れていて、長い間放置されたであろう事がうかがえる。


 こんな場所に来ることになろうとは、人生何が起こるか分からないな――そんなことを考えていると、唐突に、玄関が強くノックされた。


 ドンドン――ドンドン!


 2人そろって玄関を注視した。


 来客の心当たりなど、当然あるわけがない。ジョバンニの心に急に不安が沸き起こってきた。


 もしこれがトラブルを招く何かで、先ほどのように、自分から何かを奪う何者かだったらどうしよう。


 そう考えると動けなかった。声も出せず、ルチアナと目を見合わせるが、またドンドンとノックされ、びくりと体を震わせる。


「ちょっと、ノックされてるっすよ。出た方がいいんじゃないすか」

「くそ、やっぱり出ないとダメか」

「そりゃそうっしょ! 出なかったら出なかったで、後でトラブルの原因になるかもしれねーんすよ」

「そうだな、そうだよな」


 ジョバンニは玄関ドアに歩み寄る。何が出てくるか分からない恐怖が、心臓の鼓動を高鳴らせた。


(大丈夫だ、落ち着け)


 来訪者に対応するなんて普通のことだ。そう自分に言い聞かせる。


 だが――もしドアの向こうにいる何者かが、自分の居場所を奪いに来る誰かだったらどうすればいいのか。


 ジョバンニはどうしても、リチャードがやってきたあの瞬間を思い出してしまうのだ。


「どうしたんすかジョバンニ、出ないんすか」

「い……今出るさ」


 ルチアナにせかされ、ジョバンニは玄関の前に立つ。


 さあ開けるぞ、と意気込んだその時、後ろの方で妙な音が聞こえた。


 ずるり、という音だった。


「……何だ?」


 振り向くと、玄関ホールの向こうに信じがたいモノが広がっていた。


 半透明のぶよぶよとした魔物が、ルチアナの後ろにいる。先ほど倒したはずのスライムだ。しかも、先ほどより大きい。


「なっ……?!」


 ルチアナも気づき、咄嗟に距離を取る。


「何だ、おい、やけにデカいぞ」

「恐らく芯を潰してなかったんすよ。こいつらは追いつめられると合体する習性があるっすから」


 スライムの中央部に、白く濁った塊がある。それがスライムの芯で、そこを破壊しないとまた復活してしまうらしい。


 3体のスライムたちはダメージを負い、生き延びるために互いを融合させて大きくなった――といったところか。


「くそ! テンペスト・グリムエッジ……!!」


 ジョバンニは慌てながらも風魔法を詠唱する。真空の刃がスライムに襲い掛かる。


 が、スライムの体は先ほどのようにうまく斬れてくれない。布を殴るかのような手ごたえのなさだった。


「だめっすね、あいつら合体してるから「強度」が増してるのかも」

「何だそりゃ?!」

「防御力みたいなのが上がることもあるんすよ! 向こうだって必死なんすから! こうなった以上、ただの水の塊とは思わんほうがいいっす!」


 スライムは少しずつ2人に迫ってくる。


 ジョバンニは頭の中で魔法のイメージを組み立てる。斬りつけてダメな以上、別のやり方を考えるしかない。


 芯だけを正確に穿つイメージ、圧力をかけ全体を押しつぶすイメージ――などを脳内に並べていく。


 するとスライムは、傍らにあった椅子に触り、少しずつ自らの体に引き込んでいった。


「まずい、あれ喰われちゃうかもしんないっす」

「何ィ?! くそ、そんなのさせるかよ!!」


 いくらボロでも大事な家具だ。みすみすエサにさせるわけにはいかない。ジョバンニは駆け出し、引きずり込まれる椅子を掴んで力任せに引っ張った。


「離せ! 離れろ! この!!」


 スライムから椅子をもぎ取り、ホールの真ん中へ放る。だがスライムは素早くジョバンニの脚を飲み込もうとする。ぐにょりという嫌な感触が脚に当たり、ジョバンニはバランスを崩して転んでしまう。


「伏せるっす! ジョバンニ!!」


 ルチアナの叫び声が響いた。弓をつがえているのが見えたので、ジョバンニは慌てて頭を下げる。空を切る音が響いて、ルチアナの放った矢がスライムにぶすりと突き刺さる。


 だがスライムは意に介さない。ジョバンニの体を飲み込もうと、さらに床を這い寄ってくる。


「どうなってんだ! くそ! やめろ来るな!! 離れろ!!」


 ジョバンニは必死に抵抗する。近くにあった古いビンで必死に殴りつけるが、全く効かない。そのうちビンが割れ、破片が床に散らばった。


「くそ! くそ!! やめろ!! 俺は食ってもうまくねぇぞッ!!」

「ああもう! 本当に嫌な魔物っすねぇ!!」


 ルチアナもスライムの元へ駆け寄り、懐からナイフを取り出す。何とかジョバンニを助け出そうとスライムをめった刺しにするが、ぶよぶよとした体に阻まれて傷すらつかない。


「……こんなとこでスライムに食われて死んだら、浮かばれねぇっすよ!! ジョバンニどうにか頑張れ!!」

「頑張ってるよ!! でもこいつ結構強いんだよ!!」


 二人の必死な叫びがホールにこだました。


 その瞬間――玄関が勢いよく開いた。


 そこには、黒い騎士が立っていた。


 真っ黒な鎧。真っ黒な剣。「黒騎士」という言葉がジョバンニの脳裏によぎった。


 その騎士は、武骨な鎧とは裏腹に、顔立ちの整った女性だ。小麦のように美しい金髪に、蒼い瞳が印象的だった。体中が濡れているところを見ると、雨の中を歩いて来たようだ。


「な、何だ……!?」


 ジョバンニも、ルチアナも、スライムも、突然の出来事に驚き唖然としてしまう。


「人を襲う魔物は、どこにでもいるのですね」


 黒騎士が口を開いた。その瞳ははっきりとスライムを捉えている。


「襲われている人を見過ごしてはおけません。そこのお二人、可能な限り離れていてください。今お助けしましょう」


 あなたは誰だ、と問う前に、黒騎士は剣を携え、全速力で駆け出した。


「離れてろ、ルチアナ!」


 反射的にジョバンニは叫んだ。


 動かない方がいい――と感じた。なんだか分からないが、黒騎士は自分たちを助けようとしているようだ。だが黒騎士の表情は驚くほど冷たく、殺意にみなぎっている。下手に動くと、大きな剣の一撃に巻き込まれかねない。


「魔物――覚悟ッ!!」


 黒騎士が叫んだ。スライムの体がこわばる。完全に虚を突かれた魔物めがけ、黒騎士は黒剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろした。


 重い音が響き、びしゃりとジョバンニの服に水がかかる。


 スライムは見事に一刀両断されていた。


「すっげぇー……」


 ルチアナが感嘆の声を漏らす。ジョバンニも完全にあっけにとられてしまった。


 ジョバンニは剣のことは詳しくないが、重い剣を振り上げ、スライムの急所を間違いなく仕留めた黒騎士は間違いなく強いと感じた。


 ――凄腕だ。


 肩で息をする黒騎士を見つめながら、ジョバンニはそんな風に思う。


「助かった……。誰だか知らないけど、ありがとう。強いんだな、あんた」


 ジョバンニが声をかけると、黒騎士は軽く頷いてジョバンニの方を見た。


 青い瞳と目が合った。黒騎士の表情からは殺意が薄れ、温和で優しそうな雰囲気を感じさせる顔立ちになっており、ジョバンニは少しほっとする。


「……礼には、及びません。当然のことをしただけです」


 そう言いながら、黒騎士は力尽きたように床に倒れ伏した。


「うわー! 倒れたー!?」

「おいっ、大丈夫か!?」

「す、すいません……」


 慌てて黒騎士の体を抱き起すが、力なくぐったりとしている。


「どうしたんだ、しっかりしろ!」


 ジョバンニは必死に声をかけ続けるが、それをかき消すように大きな音がした。


 ぐるるるる、ぐきゅるるるるっる――


 たいそう大きなお腹の音だった。


 黒騎士が、恥ずかしそうに顔を赤らめていう。


「すみません。お腹が空いて……とても動けません」


 あまりに予想外の言葉に、ジョバンニもルチアナも言葉を失う。


「……そうか、あんた腹ペコだったのか」

「はい、腹ペコでした。食べ物を分けてもらおうとここの扉を叩いたのですが、中から叫び声が聞こえてきたので、助太刀に参上したのです」

「そうだったんすか。非常用のお菓子くらいしかないっすけど、それでもいいなら」


 それを聞いて、黒騎士はにっこり微笑んだ。


「何でも構いません。ありがたいです」

「なら、肩を貸すよ。ソファに座るといい。俺たちの命の恩人なんだからな。ちなみに、あんたの名前は?」


 ジョバンニの問いに、黒騎士ははっきりと答えた。


「私は、アンジェラと言います。よろしくどうぞ」


 アンジェラと名乗る黒騎士はにかみながら、そう言ったのだった。

続きは9/14に投稿します。

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