第39話 ドラゴンの攻略法
街の雰囲気は一変していた。市民が大慌てで街の奥へと逃げていく。焦りや怯えを感じさせる喧噪と一緒に人が流れていく。
「……大変なことになってるな」
楽しそうな往来の雰囲気は、もう失われている。ジョバンニの口に苦いものが溜まっていった。
ジョバンニ達はメアリに続いて早足で街を歩いた。メアリの話によると、冒険者たちは市民の避難を助けるべく、街のあちこちに散らばって動いているらしい。
10分ほど歩き、冒険者ギルドの前にたどり着く。そこには冒険者たちが集まっており、忙しそうに動き回っていた。
「おお、メアリ殿。それにテイルウィンドの3人も一緒か。無事で何より」
声をかけてきたのはトレミーだった。
「フン、当たり前ですわ。もう遅れは取りません」
「そっちも無事で何よりです。トレミーさん」
「いや、運が良かっただけだ。いきなりドラゴンがやってきて人を襲うものだから、驚いたぞ」
「人を襲った……やっぱりっすか」
「どうもあのドラゴンは、人の生命力を吸い取る力を持っているらしい。周囲にいた人間が急に貧血のようになって、バタバタ倒れていくのだ。恐ろしい力だ」
「しかも人間の上半身が生えているようにも見えますのよ。不気味でしょうがありませんわ」
トレミーもメアリも苦い顔だ。
「……実は、あのドラゴンについて知っていることを話に来たんだ」
「ほう、情報があるのか! それはありがたい。少し待っていろ、近くにはサムエル市長もいる。街の危機だ。いちおう情報を共有させておきたい」
◆◆◆
ジョバンニはダンジョンであったことを冒険者たちに話した。冒険者たちに交じり、市長の姿もある。
一通りの話が終わると、メアリが軽くため息をつく。
「暗黒魔法を究めるために、不老不死を求めて魔物と融合……というわけですの? まったく――魔導士の風上にもおけませんわね!!」
リチャードの常軌を逸した行動に憤っているようだ。他の冒険者も、様々な思いを受け止めきれず困惑している。
「マジかよ、そのリチャードってやつはとんでもねえことしてくれやがったんだな」
「攻撃が通らねえんだぞ、どうしたらいいんだ」
「このままじゃ勝ち目ねぇぞ」
ざわざわとする冒険者たちを、市長が手をあげて制止した。
「……あれがリチャードではないかと、私自身も察しはついていた。だが今の話で確信が持てた
。ジョバンニ君、伝えてくれて感謝する」
「いえ、当然のことです」
「すでにマゴニア市民の犠牲者も出ている。この状況は看過できない。よって、引き続き、あのドラゴンの「討伐」を最終目標として動きたい。冒険者諸君の協力をお願いする」
討伐――命を完全に奪う。市長は強い口調で宣言した。
「リチャードはもう人間とは言えないだろう。彼は暗黒魔法に手を染め、何人もの人間を踏みにじってきた。ジョバンニ君もその被害者の一人だったね。彼にはきっといくらでも引き返すチャンスはあったはずだ。だがそれに背を向け、リチャードは人を辞めた。私はあのドラゴンを、「倒すべき災厄」と認識する。だからあれは討伐しなければならないんだ」
その言葉でジョバンニの覚悟も決まった。
この街は、マゴニアは、すでにジョバンニたちの「居場所」だ。
あれを放っておけば、マゴニアは人が住めない街になるだろう。それだけは絶対に嫌だった。
「……この街は俺たちの居場所です。戦いましょう。居場所を護るために」
ジョバンニの言葉に、その場にいた全員が頷く。
「あのドラゴンは動き回ってはいないんすか?」
「今は大人しくしているようだ。生命力を吸い取っては休み、吸い取っては休み、その繰り返しなんだ」
「あれは冬眠から覚めた魔物の動きと似ておる。ああやって少しずつ力を取り戻すのだ。冬眠明けに近い状態にあるのかもしれぬな」
ルチアナの質問に、市長とトレミーが答えた。
「ドラゴンに攻撃をしても、すぐに傷が塞がってしまうのです。倒す方法はあるのでしょうか?」
「そうですわね。忌々しいことに、あのドラゴンは即時回復する体質らしいのですわ。いかなるダメージも、致死量でなければすぐ治ってしまうのです」
「……そんな体質ってアリか?!」
「私だってたまげましたわ! ドラゴンは伝説でしか出てこない魔物ですのよ、分からないことの方が多いのですわ!」
すぐに回復してしまう魔物を、どうやって倒せばいいのか。皆目見当がつかない。
市長がメアリに代わって質問に答えた。
「実はな。街に住んでいる、魔物や魔法に詳しい者たちに、ドラゴンについて調べさせている。その調査が終わるまでは時間稼ぎするしかない」
「そうですか……」
正直歯がゆかったが、今はそれを待つしかない。
トレミーは頭を掻き、ため息交じりに言う。
「歯がゆい状況だな……。手持ち無沙汰だから、つい簡単に占いをしてしまうのだが、こんな時ばかり「最悪な運勢」ばかり引くから困る」
「トレミー、あんた今日くらい占いは休業したらどうだ。気が滅入るだろ」
「まあそう言うな。運勢が最悪だからと言って、それで終わりというわけではないのだ」
少し笑い、トレミーは続ける。
「運勢が最悪ということは、逆に言えばそこからは上がるだけだ。運というものは必ず下りと上りがある。悪い運を耐え忍んだ先にこそ、次の幸運の波が来るのだ。だから占いの結果が悪くてもいい。今は耐えるべきだと分かるからだ」
「トレミーさん……」
トレミーに言われると、なぜだか説得力があるように思えた。
その時、道の向こうからばたばたと足音が聞こえてきた。
「待たせたね! あのドラゴンについて書かれている文献が見つかった! 報告するよ!」
市長が言っていた、ドラゴンについて調べていた人たちだろう。
その先頭に立っているのは、魔道具店の店主――メアリの祖母だ。
「おばあさま! 何か分かったのですか?!」
「ああ、今話すよ。まったく、ドラゴンの情報なんて誰も書き残してないから苦労したよ」
メアリの祖母は人波をかきわけ、冒険者たちの中心にやってくる。
「ソフィアさん。わざわざありがとうございます、本当に助かります」
「なあに、街を護るためさ。気にしないでおくれ」
市長が丁寧に礼を述べる。メアリの祖母がソフィアという名だとジョバンニはそこで初めて知る。
ソフィアは冒険者たちを見回し、よく通る声で説明を始めた。
「古い文献を当たって、あの化け物が「リッチドラゴン」という名前だと分かったよ。古いダンジョンを護っている怪物でね、知っての通り、致死量以下のダメージをすぐに回復させる力を持っている。さらに、近くにいる人の生命力を吸い取ってしまうのさ」
「……それで、攻略法は?」
「回復の力を阻害する、希少な毒草がある。それをドラゴンの体内に流し込めれば、即時回復を防げるはずさ。この街の武器屋にも、その毒草が置いてあったはずさ」
「武器屋にもあるんだな?! よし、それを使えば……!!」
「まあお待ちよ。実はそれだけじゃダメなんだ。魔物の皮膚にしっかり浸透するように、別の薬草を調合しないとならない。ドラゴンに対してどんな割合にすればいいのか、そこまでは文献じゃ分からんのさ」
希望が見出せそうな話だったが、また問題が現れた。薬草の調合の割合など、今の状況で分かるはずもない。
「だがね」と、ソフィアは続ける。
「どうにかして、あのドラゴンの皮膚のかけらを削り取ることができれば、それを調べることで、毒草と薬草の調合のやり方を予測することができると思うよ」
「……本当か?!」
「そうとも。なるはやで調べてやるよ」
にやり、とソフィアは笑う。
「あのドラゴンをやっつけるまで、この街にいる魔道具店の連中、全員で手を組むことに決めたのさ。ほんとは全員ライバルで仲は悪いんだけどね。街が潰れたら商売どころじゃないだろ。だから「連合」を組んだ。自分たちの居場所を護るためにね」
ソフィアと一緒に来た人たちは全員、マゴニアの魔道具店に勤める店主たちなのだろう。それが何より頼もしく思えた。
「さァ、どうにかしてドラゴンの皮膚を持ってきな。あとは私ら「魔道具店連合」がきっちり調べてやる!」
次話投稿は21~22時頃です




