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第1話 家からの追放

1日2話更新を予定しております。

「悪いんですがね。ジョバンニ君、君にはこの家を出て行ってもらいますよ」


 驚くほど冷たい目で、ジョバンニの叔父はそう言い放った。




 ここはトランティーサ連合王国の中央に位置する、商業都市マゴニア。様々な人種が暮らす交易都市だ。


 ジョバンニは、マゴニアの片隅で父親と二人暮らしをする青年だ。もともとは孤児として街の片隅に捨てられていたところを父に拾われたのだ。


 父の名前はクラムと言い、ジョバンニにとっては自身を引き取ってくれた恩人である。家を空けることも多かったが、親切で気のいい頼れる父だった。


 クラムは魔法の話がとにかく大好きな父親で、一日中魔法の話だけをしてジョバンニを呆れさせたこともあった。


 ジョバンニに魔法の素質があると分かると、クラムは喜んで魔法を教え込んだ。様々な訓練の末、ジョバンニに向いているのは「風魔法」だと分かった。


 クラムは暇さえあれば魔法を教え込んだ。ジョバンニも魔法の上達が嬉しく、勉強にのめりこんでいった。


「偉いじゃないか。お前は天才だぞ」


 上達するたび、クラムはよくそんな風に褒めてくれた。


 ジョバンニが魔法を覚えるたびに、クラムはパフェを作ってくれた。父は甘い物が大好物で、ご褒美は自然と甘い物になった。


 幼少の頃は、ただパフェを食べたいがために魔法を覚えた。


 成長するにつれ、魔法を覚えることそのものが楽しくなった。自分より遥かに魔法の知識を持つ父から褒められることが嬉しかった。


 静かな一軒家で、ジョバンニは魔法の練習をがむしゃらに行い続けた。苦はなかった。心の底から楽しかった。


 ジョバンニが住む家は、至る所に家政魔法がかけられ、夏は涼しく、冬は暖かかった。本棚には魔法の本が多く並べられていて、暇があるとジョバンニは本を読んで過ごした。


 他に身寄りのないジョバンニにとって、その家が唯一の「居場所」だった。


 住処であり、帰る場所であり、学び舎(まなびや)だった。ジョバンニはこの家が好きだった。


「ジョバンニ、何か不自由があったら言えよ。改善できるように努力する。せっかくの家だ、住みやすい方がいいよな」


 クラムはそう言って笑った。




 そのクラムが、3日前に亡くなった。心臓の病だった。


「ジョバンニよ、お前を見守ってやれずに済まないな。どんな形でもいい、きっと長生きしろ」


 それが最後の言葉だった。倒れてから急激に容体が悪化し、あっけなく息を引き取ってしまった。


 葬儀を終え、困惑や悲しみをようやく飲み下し、ジョバンニは決意した。


「親父が教えてくれた風魔法を使って、自分の力で生きていこう。きっと幸せになってやる。いつまでも悲しんでいたら、きっと親父も悲しむもんな」


 クラムは常に前向きな人間だった。良くないことが起こってもすぐに気持ちを切り替えられる強さを持っていた。ジョバンニもそうあろうと思ったのだ。


 そう心に決めた矢先、家に思わぬ来訪者がやってきた。


 それはクラムの「弟」と名乗る人物だった。今まで一度も会ったことのない人物だった。


「やあ、お邪魔しますよ。僕の名前はリチャードと言います。ジョバンニ君から見たら、僕は叔父にあたりますね」


 高級な服に身を包んだ、驚くほど顔立ちの整った男だ。背はすらりと高く、優しそうな微笑をたたえている。しかしその目だけは全く笑っていない。


「……何だ、あんた。あんたみたいな奴、俺は知らないぞ」

「知らなくても無理はありません。これまでお会いしたことがなかったのでね」


 リチャードはにこりと笑いながら、懐から書類を取り出した。


「突然ですみませんが、実はジョバンニ君に伝えなければならないことがあるのです」

「何だよ?」

「君の父親の残した財産は、全て僕が受け継ぎます。そのため、君にはこの家を出て行ってもらわねばなりません」


 あまりに突然すぎて、わけがわからなかった。


 だが、明らかに理不尽を言われていることだけは理解できる。


「な、何でだよ! どうしてそうなるんだよ、何で俺が家を出ていかなきゃならない?!」

「この街の決まりでは、遺産を受け継ぐのは血のつながっている人間が優先されるのです。君は、クラムと血がつながっていませんよね。つまり君は完全に部外者なんですよ」


 その決まりはジョバンニも知っていた。父がよく話していたからだ。


 だがしかし、ジョバンニが暮らす街にはもう一つの決まりが存在する。


「ちょっと待て。たとえ血のつながりがなくても、他に身寄りがなくて、家族のように同居しながら生きていれば、それは血がつながっているのと同じだと聞いたことがあるぞ」


 街では、孤児を引き取る大人も少なくない。生活を共にしているならば、それはごく普通の家族とみなされるのだ。


 ジョバンニの心の中で、だんだんと疑惑が広がっていった。この男は信用ならない、と頭の中で警笛が鳴っていた。


「リチャードさんよ、あんたは親父の葬式に来てくれたのか? 来てないよな?! 親父の死を看取ってすらないあんたが、遺産だけをさらっていくなんて俺には納得できないぞ!!」


 強い怒りをもって、ジョバンニは叫んだ。だがリチャードは全く動揺を見せることなく、その叫びを鼻で笑った。


「ふふ。残念ながら、もうこの家の権利は僕のものなんです。君の意見を聞き入れるつもりはありません。これは一方的な宣告です」


 リチャードは懐の書類を机に広げる。それはこの家と土地の所有者を表す権利書だ。持ち主は「リチャード」とはっきりと記されていた。


「なッ、なんで……?!」


 唖然とする。これはクラムが管理しているモノのはずだった。いつの間にそんなことになっているのか理解できなかった。


「これで分かったでしょう。この家も、財産も、何もかも、このリチャードの所有物ってことです。君には出て行ってもらいますよ」

「……お前……何をした?! どういう手口を使いやがったんだ!!」


 ジョバンニはリチャードの胸倉をつかむ。口の端を歪めながら、リチャードはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「詳しいことはご想像にお任せします。ただ、こんなものは――金やコネがあれば、案外どうとでもなるんですよ」


 リチャードは目を見開いた。ヘビのような目だった。獲物を付け狙う捕食者の瞳だ。


「てめえ……!!」

「君にはここを出て行ってもらいましょう。ここは君の居場所じゃないのですから」


 その言葉と共に扉が開き、男が3人ほど入ってきた。


 いずれもジョバンニの知り合いだった。家にいつも食料や生活道具を仕入れてくれる商人だった。父と仲が良く、いい品物を優先して家に届けてくれていた。


「どうも、リチャードさん。あんたから言われた商品だが、来週までには店に届く。届き次第、この家に配達させてもらうよ」

「ありがとうございます。助かりますよ」


 後ろめたそうに男たちは何かを報告している。ジョバンニは思わず声を上げた。


「おい、あんた達からも言ってやってくれ! この男、この家を乗っ取ろうとしてやがる!!」

「……悪いが、俺達から言えることは何もないんだよ」


 言いづらそうに、商人の一人が口を開いた。


「リチャードさんはこれまでよりも良い条件で買い物をしてくれるって言ってるんだ。うちも経営が厳しい。ありがたい話ではあるんだ」

「な、何だよそれ」

「……すまないな、ジョバンニ。だがこれが俺たちの決断なんだ」


 にやり、とリチャードが笑う。


「ここにいる商人の皆さんは、経営難に悩んでおいでだったんです。そこで僕は、この商人の皆様にお金の融資をしましてね。格安の利子でお金を貸したのです。皆さん喜んでくださってますよ。その代わり、いい品物が入ったら優先的に私に売ってくれると約束してくれました。僕がこの家の持ち主だと、彼らも認めてくださっているんですよ」

「……ああ、あんたはここの正当な後継者だよ」


 商人たちは皆、目を伏せ、後ろめたそうに言葉を紡いでいる。ジョバンニの方を見ようともしない。


 ジョバンニがいなくなりさえすれば、全てが丸く収まるのだ――そう突き付けられた気がした。


「さあ、出て行ってもらいましょうか。ここはもう、君の居場所(いえ)でも何でもないのですから」


 ジョバンニ達の前にいる商人たちは、いつも新鮮な野菜や質のいい家具を家に運んできてくれていた。何度も世話になった人たちだった。


 その信頼できる人たちが、自分ではなく別の者を選んだという事実が、ジョバンニの心には何よりもこたえた。


 結局、彼らがジョバンニに良くしてくれていたのは、クラムの息子だったというその一点だけが理由だったのかもしれない。


「……そうか。分かった。分かったよ」


 ジョバンニの心の中の、何か大事なものが折れてしまった気がした。


 ――自分の、拠り所になるものは、もうこの世にはない。


 そう思い知らされた。自分は本当に独りぼっちになってしまったのだと、そう認めざるを得なかった。

ご覧いただきまして本当にありがとうございます!


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