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1 勇者に仕事はない!

週一回更新予定です

 あの夜のことは忘れないぜ。

 美しく金色に輝く彼女の瞳が閉じられたその瞬間、すべてが変わってしまったんだ。


 今、歩いているこの街もすっかり変わっちまった。

 ガキのころ歩いたこの街は、若い男女で賑わっていた。

 それがどうだ。今じゃ、すっかり人外の者ばかりだ。

 あっちを見れば蛇の体を持つもの。そっちの店には翼を持つものが、おしゃべりしながら気ままに歩いている。


 こいつらは異世界の住人たちだ。


 誰がそう呼んだかわからんが、こちらの世界ではアンノウンと呼んでいる。

 あの混乱の中、彼らは現世界(こっち)へと押し寄せてきたんだ。異世界の住人アンノウンと現世界(こっち)の人との間で小競り合いがおきた。

 それが落ち着くと、今度はアンノウンたちが、現世界に職を求めてやってくるようになったのだ。その流れは今も止まらない。


 事実、彼らは現世界の人間よりも仕事ができる。

 魔法に人並み外れた体力。その特殊な身体特性。彼らは生来の能力で、人間たちの仕事を次々と奪っていったのだ。

 

 おかげでここ、ハローワークは今日も満員御礼だ。


   *    *    *


 所内に入るなり、俺は走り出した。

 目指すは掲示板。今日の新規求人はいただきだぜ!

 人の波をかきわけ、数枚の紙を奪うようにむしりとる。そのまま窓口のお姉さんのとこへ突撃っ。


「この仕事を紹介してくださいっ! 急いでるんですっ!」

「そんなにがっつかないでください!」

「もうお金がないんです。この求人票のやつはダメなんですか?」  


 俺は窓口の女性職員に詰め寄った。


 握り締めすぎてくちゃくちゃになった求人票を突きつけると、さすがにムッとした表情でにらみつけられた。

 週末には財布が空になっちまう。連れがいる俺には死活問題なんだよ! と、叫びたいのを抑えた。それともいうのも、彼女の黒縁眼鏡の奥に黄金色の瞳を見つけたからだ。


 この姉さんはドラゴン族か。それにしてもハロワ職員もアンノウンかよ……。時代は変わったなあ。

 うんざりしていると冷ややかな口調で声をかけられる。


「他に利用されている方もいらっしゃいますので、迷惑にならないようにされてください」

「わ、悪かったよ。取り乱して申し訳ない。トワコ=イシダさん」


 ちょっと大声を出したからってつまみ出されてしまっては困る。すかさず目の前にいる職員のネームプレートを見て、名前で呼んだ。

 名前で呼ばれると不思議なもんで、呼ばれた相手に親近感を感じる。これ、むこうの師匠から教わった。


「それであなたのお名前は? 名前もわからないのに、求人がどうのこうのって言われても……ね」


 ほらね、少し表情が柔らかくなった!


「シン=アサイ、三十歳だ。職歴は勇者、いや、異世界ヨミで冒険者をしていたんだ」

「勇者ぁ?」

 

 途端に怪訝な顔をされた。


「いや。ただの冒険者ですよ。気にしないでください、トワコ=イシダさん」


 やばいやばい。世間じゃ『勇者』って禁句だった。つつっ、と背中に汗が流れる。

 ふと周囲には翼を持つもの、一つ目のもの、下半身が蛇のものなど向こうの連中が、俺と同じように仕事を探している。


 隣の窓口では、馬のような下半身をした女性が受付をしている。彼女がここハローワークで仕事をしているのは、彼女が元ギルドの職員だったからだろうな。どうしてるだろう、うちの愛馬は。置いてきちゃったけれどさ。


「アサイさん、アサイさん?」

「あ、はい」

「隣のケンタウロス族が気になりますか? 珍しくもないでしょうに」

「あ、考え事してました。すみません」

 

 ふうん、といった感じで眼鏡をあげると、イシダはタブレット端末をシンに見せた。


「今、あなたに合った仕事はありません。これからのことをご家族と話し合いをされてください」

「は? 家族? 俺は独身ですが何か?」

「……ごらんのように奥様と娘さんがいらっしゃるようですけど?」


 タブレットには確かに二人の女性の名があった。見覚えのない連中だぜ。あの混乱のゴタゴタで俺の家族を勝手に名乗って、財産いただこうってヤツらか! こういう詐欺、増えたってニュ―スでやってたぜ。

 

「いえ、この二人のことは知りませんよ」


 得体の知れない連中のことなど知らんふりが一番。ここはスル―だ。

 

「……そうですか。ではまたいらしてください」

「それではまた来ます」


 受付のイシダさんは何か言いたそうだったが、俺は窓口から離れた。

 ちくしょう! 空振りだった。しかたない、検索マシンで探すか。



 検索マシンのところへ行こうと、大きな図体をしたアンノウンとすれ違う。


「き、貴様……シンかっ! どうしてこんなところにいるっ?」

「い、いや。俺は……」


 違う、と言いかけて、思い出してしまった。こいつは一つ目のキュブロス族で、俺と一対一の決闘をしたやつだ。さすがにスル―するわけにはいかない。


「お、お前こそどうしてこんなところにいる?」

「あん? 貴様がやらかしてくれたおかげで、仕事が減ったんだよ、馬鹿野郎!」


 仕事が減ったのは世界が変わったからだ、とは反論できなかった。なんだかんだその原因を作ったのは俺だからだ。


「悪かったな! 俺も仕事探してるんだ。これでおあいこだろ?」

「ふん、貴様もいい気味だ」


 昔の敵とこんなところで会うとは思わなかったぜ。

 窓口のお姉さんにはわけわからんこと言われるし、敵に会っちまうし……。精神的ダメ―ジがシャレにならんわ。


 検索やめて家に帰るか……。


 ダメージを喰らった俺は寄り道せずにアパートへ舞い戻った。


 うちのアパートは六畳一間の木造モルタルで築十年。と不動産業者が言ってたが、実際には二十年以上経ってるじゃないかってくらいボロい。雨漏りするんだぜ。


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