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8話、少女から人形への変貌

キールは黙々と山道を外れた獣道を進んでいた。

その歩みは、決して早くはない。

むしろ遅い。鈍重と言ってもいい。

何しろ、キールは歩く道々で立ち止まり、草を掻き分けては屈み、木の実を見つければ観察し、様々な植物を手に取りながら進んでいたからだ。

手に取った植物を捨てたり、腰に下げている布袋に入れたりとせっせと動いている。

いつになく熱心に。真剣な表情で。


3メートルほど離れた場所からそんなキール見ていたリゼは、細く溜息を()いた。


――あのバカは……

 あれゃ、明らかに現実逃避だな。


心の中でそんな風に毒づいて。


そう、只今キールは現実逃避街道まっしぐら。

リゼの隣りにいる少女の無言、無表情、無感動と向き合うことを全力で逃げているところだった。

動揺、困惑、不安、心配…様々な感情をもてあまし、少女のことをいろいろ考え。

しかし、その確たる対処法がわからずに、一人で勝手に無限迷路にはまって、苦しんで……

リゼには、キールのその心の内がひしひしと伝わってきていた。


――全く、大バカモノだな。


悩み、苦しみ、だけどどうすることもできない、キールに苦笑しか浮かべられなかった。

そして、リゼは横を向く。

そこには、先程からキールをじっと観察しながら、一定の距離を保ち続ける少女がいた。

そこに浮かぶ感情は何もない。

少女と出会った3日前も無表情だったが、ここまで無機質ではなかった。

無表情の中にも、困惑や戸惑いといった感情が伝わってきた。

ただ、感情表現の仕方がわからないから、無表情なのだろうと感じさせた。


しかし、今は人形のようだった。

心もなく、感情も揺らがず、ただそこにいるだけの人形。



――どうして、こうなったんだ?

 

何かがあるはずなんだが、と少女の人形のような表情を見つめながら、リゼは人形へと変化した瞬間を思い出していた。



×××××××××××


「リゼ〜」


街道沿いの森。

獣道を抜けた、ちょっと開けた場所にリゼは翼をたたんでキールを待っていた。

キールの呼び声にリゼは、


「……(せっせっ せっせっ)」


返答しなくても、キールが場所を特定できないわけではないし、いちいち声を出す程でもない。

何より、待っている時間に始めた、この翼の身づくろいを優先させたい!

ということで。


「リゼ〜〜」


「……(せっせっ せっせっ)」


「リ〜ゼ〜〜〜〜」


「……(おっ、こっちもしないと)」


何度呼ばれようと。


「……」


無言。


「……おう! とか、ここだ! とかぐらい言ったらどうよ。」


リゼの前にキールが現れるまで、身づくろいに熱中しているのだった。


「うんっ。 もう少し、遅くなると思ったんが……

 寝たのか??」


何の気もなしに、キールを見たリゼは、横抱きにしている少女にだけ注目する。

キールの文句などは完全無視。

そんな、態度にキールは慣れたもので、溜息一つ零さずに「ああ」とだけ答えた。


その返事の中に含まれた困惑に、リゼは首を傾げる。


「何かあったのか?」


少女を見つめたまま聞けば、


「いや。よくわからん。いきなり倒れた?」


と、何とも言い難い表情でキールは頭を振る。


「病か?」


「いや。違う と思う。診たところはな……」


「疲れか。」


「たぶん……。

 とりあえず、目を覚ますまで寝かせるから、場所作って。」


――キールの為にというなら断りもするが…


少女の為になら「さっさと作ってやるか」、とリゼは小さく呟き、バサッバサッと二度羽ばたいた。

ただそれだけで小さな風の渦が木の葉を集め、少女が横たわるには十分な柔らかな葉っぱの寝床が完成した。


「おっ、さすがリゼ。」


ヒュ〜と口笛を吹きながらキールは、そっと少女を寝かせた。

身動ぎもせずに木の葉の寝床に納まった少女の顔は、心なしか青ざめているように見える。


「それで…」


少女の顔をぼんやりと見ているキールに、リゼは何かあったのか?と疑問をぶつけるが。

キールは肩を竦めて、


「わからん。なんか突然、倒れたんだ。」


言葉少なに返すことしかできなかった。


「まぁ、わからないものは仕方がないか。」


そもそも、少女とはさっき寄った村で初めて出会ったわけで、リゼもキールも何一つ知っているわけではない。

リゼにいたっては、“口封じの法”のせいで少女の声すら聞いてない。


「それで?

 この子の名前は?」


「う〜ん……

 そのことで、リゼに聞いて欲しいことがあるんだけど…

 この子さ―――」


キールが語った内容は、とても短かった。

だが、その内容はとても重い。

思わず、「う〜〜ん」とリゼは翼を組み、


「……人とはやはり非道なものなんだな」


憤りと悲しみに、ついキールにまで冷淡に返していた。

キールも精霊のリゼが思うことはわかるが、だからといって


「そう、睨むなよ。」


「うん?

 悪い悪い。お前が悪いわけではないんだが、お前も人だから、ついな。」


悪いと少しも思っていなさそうな口調でリゼは返したが、言葉が返ってきただけましかとキールは思う。

そして、それよりも今寝ている少女に関することを話し合いたいと考えていたので、さっさと進めてしまおうと口を開いた。


「それでさ、この子の名前は結局わかんなかったんだけど……

 リゼ、わかるか?」


キールは期待を込めてリゼを見た。

高位の精霊は、時に信じられないぐらいの力を見せつける。

災害なんてのは朝飯前。人の過去を勝手に覗いたり、心を読んだりするのも軽々してしまう。

だから、リゼに聞いたら〜と思ったのだが、「ああん?」と不機嫌そうに凄まれてしまった。


「さっき、言ったよな。

 “この子の名前は?”って、言ったよな〜」


鋭く睨まれ、ゲシゲシと脛を蹴られた。

ゲシゲシ蹴られているところが、地味に痛い。


「申し訳ありませんでした。」


とりあえず、ペコペコと頭を下げるキールだった。



そして、今後について、さぁどうしようかと話し始めた瞬間、カサッと小さく葉が音をたてた。

二人が振り向けば、少女の手が微かに動いていた。


「お目覚めのようだな」


一足お先にとばかりに少女に向かったキールに続いて、リゼも飛ばずにトテトテと歩いて向かう。羽ばたきで少女に風があたることを考慮してのことだ。


「おはよう。」


先に少女の側に行ったキールが、少女をやんわりと撫でながら言った。

まだ寝ぼけているのか、微動だにしない少女の近くにリゼが近づこうとした瞬間、それは起こった。


バシッ!!!


勢いよく少女の手が、キールの手を払いのけた。

そして、青ざめた表情でキールから逃れようと動き、寝床の葉っぱに足を取られて滑らせ、立ち上がるのももどかしいと言わんばかりに、這って距離を取っていた。

そんな少女の様子に、キールは唖然とした。


「なん、で……?」


そう口から出てしまうのも、自然なことだった。

少女が倒れる直前まで、こんな態度は取られなかった。

身体に触れることを許してくれるぐらいの親密さはあったはずだ。

なのに、今少女は完全にキールを拒絶している。

それも、キールに恐怖を感じている故の拒絶だ。


「……」


呆然と少女を見つめるキールと、無言でキールを見つめる少女の目がぶつかる。

そして、ぶつかると同時に、恐怖を浮かべていた瞳から、色がなくなった。

一瞬にして、恐怖の色は沈み、瞳から光がなくなる。

そこに映るのは、ただの風景だけ。

少女の瞳は鏡のように映すだけのモノになり下がっていた。


その変化を側で見ていたリゼは、「ああ」と深く唸った。

たった今、この子は人から“人形”になったのだと解ってしまった。

そして、この事実はキールを深く傷つけるだろうと。



その日から3日経った今、少女は変わらず人形のまま歩いている。

一言も話すことはなく。


不幸中の幸いと言えるのは、人形になってしまうほどキールを拒絶したのに、一定の距離を常に空けてはいるが、ちゃんと付いてきているというところだ。

それというのも、なぜかリゼの言いつけには従ってくれるのだ。

キールの言葉は全て聞こえていないのではないかと思うぐらい無視するのに、リゼの声には即座に反応し、守ろうとする。

そのことが、キールを余計傷つけていたりするが、


――森で動こうとしないよりはいい……


と無理やりキールは納得するのだった。



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