7話、閉じた心
悩めるキールを助けたのは、リゼの“風の声”だった。
一陣の風に乗せて、声と共に目的地までの道のりを伝える、空を司る精霊であるリゼが、呼吸をするように行使する伝達手段の1つだ。
―助かった。。。
キールは安堵の息を吐いた。
少女へ何と応えたらいいのか。正直手詰まりのところに、リゼの声。これほど嬉しいことはない。
一先ず、少女の発言への返答を先伸ばしにしてしまうことになるが、
―仕方ないよな〜
とキールは問題を、ひょいっと棚に上げた。
少女が名前だと言って告げた過去の呼ばれ方に関して、キールは自分が何か上手く言ったり、聞き出したりすることはできないと思ったからだ。
しかし、、、
―これだけは、これだけは言っとかないと……
少女が何を思って言ったのかは不明だが、少女がリゼにさっきみたいにキールのことを“精霊”と呼んだりしたら…
その後に荒れまくるリゼの姿が、キールの脳裏にサッと浮かぶ。
―何て、恐ろしい…
ゾワワッと背中に寒気が走る。
だから、キールは否定した。
自分は精霊ではないと。
何ということもない、普通のこととして。キールは、
「俺は、君と同じ人だよ」
と頭を撫でながら、優しく少女に笑いかけて。
「……!!」
その言葉と笑顔に、少女の頭は真っ白になった。
―何を??
何を言っているのだろうか?
“人”?
わたしと同じ???
そんな!
そんなの、あるはずない!
頭の芯まで煮えたぎる灼熱と、体の芯までも凍らせる極寒が大津波となって少女を翻弄した。
人が少女に向けるべきものは、侮蔑と嫌悪、憎悪、ありとあらゆる怨嗟のはずで…
“人”はいつだって、冷酷で残虐な心で少女を見ていた。
それが、当たり前のことなのだから。
キールが向けてくれるこんな温かなものを、“人”が向けてくれるはずがない!
少女の動揺は大きすぎた。
一度、人ではないと、精霊だからなんだと思ったから平気だった。
温かな眼差しも、ふわりと優しい抱擁も、心がぽかぽかする微笑も、キールが少女を労わる全て。
偏に“人”ではない存在だと思ったから。
だからこそ、すんなりと受け入れていた。
全てを無抵抗に受け入れようとしていた。
なのに、「同じ人だよ」とキールは言う。
少女は灼熱と、極寒で心が裂ける痛みに泣き叫びそうだった。
こんな人がいるはずはない。
キールが“人”なら、マアムは?神官様は?村人は?
あれは何?
みんなと一緒だと?
そして、「同じ」?
同じ人って何?
「君と同じ人」ってどういうこと?
わたしは“人”なの?
化け物は、“人”じゃないんでしょ?
それとも、この人がわたしと一緒なの?
この温かいキールが、わたしと同じ化け物なの?
わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない…
わかりたくない。
キールもわたしも、同じ“人”?
“人”とキールが、同じ“人”?
こんなこと!!
認めてしまったら、、、
―――わたしはどうなってしまうの?
こんなにも大きな感情の揺らぎを、少女は受け止められなかった。
長い間、閉じていた少女の心は、感情を吐き出す方法もわからず。
泣き叫びたい衝動を、自分の心がそうしたがっていることも、わからず。
想いがぐちゃぐちゃに絡まり、何もかもがわからなくなっていた。
だから、
少女は
硬く、
固く、
カタク、
―――開きかけた心を閉ざした。