5話、勘違いと混乱の先
少女が思考に没していると、目の前の“精霊”の腹から盛大にぐぅ〜と音がした。
“精霊”もお腹が空くのかと、少女はぼんやりと思う。
「あぁ、もうだめ〜、ほんとにヤバイ!
食わないと死ぬ〜」
少女に思いっきり変なことを思われているとも知らずに、キールはヘロヘロ〜と倒れた。
「まったく、なっとらん!これだから、お前は…」
とリゼは、ガミガミとキールへダメだし口撃を始めたが、いつものことなのでキールは右から左で全く聞いてはいない。
「そんなことより……リゼ、探してきて。」
リゼのダメだしにかぶせて、キールは倒れたまま言う。
「く〜〜〜〜、いつもいつもお前は!!!」
バサバサバサッと翼をはためかせて抗議をするリゼに、キールはワザとらしく、ついっっと視線をリゼから子ども(リゼ曰く少女?キールには今だ女の子とは思えないが…)へと移動させる。
その視線の動きだけで、リゼはピタリと動きを止め、くるりと頭を動かす。
「頼むな〜」
そこに、すかさず弱々しくキールが声をかける。…ニヤつきながら。
リゼは、「チッ…」と舌打をして軽やかに上空へと舞い、そのまま街道を外れて森へと消えた。
それを見送り、キールは徐に立ち上がる。
「――っんなこと、言われるまでもない……」
立ち去り際に、キールにだけ聞こえるように、
『あの子の術を解いておけよ』
と風に乗せて囁いていた言葉を実行するために。
目の前の子どもにかけられた術、“口封じの法”の解除方法は大別して2通りある。
1つは効果が切れるまで待つこと。
これは、安全確実な方法だ。
魔術である限り、例外を除けばいつかは効果は切れるものだ。
ただし、行使した者の実力にもより、いつ効果が切れるかが判らないというのが問題だ。
もう1つは術をもって解くこと。
“口封じの法”には、“無効化の法”を使うことが多く、解除方法を知っている者も多い。
ただし、この術式は非常に難易度が高い。
これは“無効化の法”の術式が複雑で、術を補助する大規模な魔方陣を描いたり、魔石を対象の四方に散りばめたり、人数を集めて役割分担をしたりと手間がかかるからだ。
しかし、
「いま、それから開放してやるからな。」
キールはどうと言うこともないことのように、気楽に構え、
「『我、この者の解放を願う』」
一瞬で広がる淡い緑色の魔方陣。
ぐるりと子どもを囲み、“口封じの法”の要となっていた魔方陣が、子どもの細い首を中心に赤く浮き上がったかと思ったら、緑色の魔方陣に飲み込まれ、、、
パリッ
と薄氷が砕けるような、儚い音がか細く鳴った。
ただそれだけで。
たった一文の詠唱だけで、本来複雑な工程を踏むべき術式が成っていた。
「もう大丈夫。」
キールはしゃがんで子どもの視線と自分の視線を合わせ、頭をよしよしと撫でながら柔らかく笑う。
「もう、苦しまなくて大丈夫なんだよ。
しゃべても、笑っても、泣いても…何をしてもいいんだ。
もう、声を出しても大丈夫だよ。」
ゆっくりと、ただゆっくりとキールは語りかけた。
複雑怪奇に絡まった白髪を撫でながら、まだ虚ろな表情の子どもの銀色の目を見つめて。
それじゃは、まずはお名前を聞きたいな〜なんて言いながら。
「……」
一方、少女はキールなる“精霊”の行動にかなり、戸惑っていた。
牧場の女主マアムが「神官様」と呼んでいた“人”が、
「これならば、一生声は出ないでしょう。“災禍”に通常の封じよりも強固な術式を行使しましたので、ご安心ください。如何なる術を持ってしても解けはしますまい。」
などと言って、なじみ深い嘲笑を漏らしていたというのに…
少女の眼前に、優しい緑の光が舞ったかと思ったら、“精霊”が「大丈夫」だと唐突に言った。
何が大丈夫なのかと思えば、「声を出してもいい」なんて言ってきた。
今まで、声を出すことをずっと禁止されていたから、声を出すことに対して、どう感じているのか分からなくなっていた。
声を出したいのか、出したくないのか。
大丈夫と言われて嬉しいのか、何とも思っていないのか。
ぐるぐると頭が回って答えが出なかった。
更に追い打ちをかけるように、“精霊”のキールがさっきからずっと黄金色の瞳で見つめ、くしゃくしゃと頭を撫でと、少女にとって初めてのことばかりするから、余計に混乱してしまう。
そして、“精霊”のキールが「名前を聞きたい」と言ってきたので、ますます戸惑った。
―なまえ?
わたしの、なまえ?
…………なまえってどれ?
少女が覚えている限り、幾つも呼ばれている名前が、少女にはある。
災禍。取り換えっこ。化け物。忌御。親殺し。大火の魔女。厄災の悪魔……
まだまだあったが、どれを言えばいいのか、一番言われていたものを言った方がいのか、、、
少女にはわからなかった。
分からないから、一度開いた口を閉ざしてしまった。
そして、ハタと思う。
“精霊”のキールに全部言えばいいのかもしれないと。
選んでもらえば良いのではないかと。
だから、随分と声を出していない喉を震わせ、ケホケホと咳きこみながら、
「災禍、取り換えっこ、化け物、親殺し、大火の魔女、厄災の悪魔……
どれがなまえ?
“精霊”のキール、どれ?」
と口にしていた。
今回、キールが魔術を行使したので、その解説を下記でしております。興味がある方はご覧ください。
これからも、新しい魔術などが登場した場合は、解説していきたと思います。
(なにぶん、本文では流してしまっている部分がありますので……わかり難い点等ございましたら、、、よろしくお願いします。)
〜〜ちょこっと魔術の解説 その壱〜〜
“口封じの法”とは…
声帯の動きを阻害して、喉から音を発さないようにする中位の魔術。
話すことは勿論、嗚咽なども発することができないので、かなりストレスが溜まる。なので、犯罪者の刑罰の一種としても使用されている。
主に、敵対する魔術師や、魔獣、犯罪者に使用する。
“無効化の法”とは…
そのまんま。あらゆる魔術を無効化する魔術。
効果は絶大!ただし、とっても面倒で高等魔術の1つとされている。
使用するには大規模な魔方陣を地面に描いておくか、魔力が詰まっている魔石を5つ以上使うか、3人以上で術式を補助する必要がある。
(通常、キールみたいに詠唱1つで可能になるような魔術ではない。)
〜〜 終 〜〜