表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/36

2話、好奇心は狂気に出会う。

放牧地帯が終りに差し掛かり、集落はもうすぐそこにまで迫っている。


もうだめ。

もうだめ。

もう、腹減りすぎてだめ〜!

と心の中で絶叫していた青年は、言い争っている声を聞きつけた。


―うん?

 何だか、いや〜な雰囲気?


青年は近寄らないことが賢明であると思ったが、少しばかりの好奇心が自然と声の方へと体を引っぱっていく。

どうやら、家畜小屋の付近で話しているようだ。


家畜小屋に近づくにつれ、耳にキンキンとくる甲高い声と、くぐもった低い声が聞こえてきた。

耳を澄ますまでもなく、会話は只漏れだ。



「この子も買ってくれてもいいだろう?」


甲高い女の声が不服そうに声を荒げ、


「おいおい…よしとくれよ。うちは、牛馬しか買わないって言ってるだろう。」


迷惑気に男は素っ気なく返していた。


問答を繰り返している様子が気になり、青年はひょいっと、相手の姿が見えるぎりぎりの所まで近づいた。

さして、何かを思ったわけではない。ただ、


この子って、さっき見た羊か?

牛馬以外は買わないという男の声に、青年は確認のために顔を近づけただけだった。


「銅貨1枚でもいいってんだから、いいじゃないか!」


怒鳴りつけるように女は続ける。



―銅貨1枚なんて、タダ同然じゃないか!!

 小さいパンすら買えん。


パンは1番小さなものでも、銅貨10枚というのが一般的だ。

かなり安くても、7枚。

大人が昼食として食べるなら少なくとも2つ以上は購入するため、最低でも銅貨20枚払うことになる。

しかし、パン2つの食事なんて、とても満足するようなものではない。せいぜい、小腹を鎮めるぐらいが関の山だ。

普通に腹が満たされるモノを、と思えば食堂で銅貨50枚以上は払う。



羊をそんな少額でやりとりするのか?変じゃないか??

青年は首をかしげながら、もしそうだったら、速攻買っちゃうかもと懐具合をちらりと確認する。

そこには、銅貨5枚しか入っていない。

つまり、青年は小さなパンすら、現在買うことができないわけである。


そんなことをつらつら考えていた青年の益体もない思考は、男の怒号で遮られた。


「うちは奴隷商じゃないんだ!

 子供なんか受け取れるわけないだろう!それに、あれは……」


男は始めは激昂して唾を飛ばしていたが、最後の方はもごもごと口を噤んで視線を彷徨わせた。


― 子ども!!!


ちらりりらりと男が彷徨わせる先には、離れたところで周りを牛に囲まれた子どもが立っていた。

一見しただけでは、男か女かわからない。

ひどく、痩せた子どもだ。


男が落ち着かないところに、女がゆっくりと口を開いた。


「……家畜を看る番にでも役に立つよ。

 この前、番を探していると言ってたじゃないか!

 …………もちろん、あんたが次の町で売ったっていいんだよ。」


女は子どもをちらりとも見ることなく、話している。

その声はひどく冷たく投げやりとさえ思えるが、罪を被せる人間を見つけた愉悦を隠しているようにも聞こえた。


「――そんなことは、無理だ。」


そんな女に、男が声を落して言ったことに、


― うんうん。あんなに小さな子を家から追い出すことに加担なんてね〜


と胸を撫で下ろしかけたが、次の言葉でそれは裏切られた。



「あんな化け物、無理に決まってる。

 次の町に行くまでに、俺が燃やされる!!

 俺はっっ……」


男は、恐怖で顔を引きつらせた。その様子は尋常ではない。

そんな男に、女はくくっと薄く笑う。その目には狂気が透けている。


「…大丈夫さ。

 神官様に“口封じの法”をしてもらっている。

 あれは、今は何もできやしないのさ!」


その女は、こんな長閑な集落にはあまりにも似つかわしくなかった。



その女の言葉は、青年は凍りつかせるには十分だった。


“口封じの法”というのは、罪人への刑罰の1つともなっているものだ。

もしくは、敵対するものに法術・精霊術を使わせないためだとか、魔獣に対して使うものであって、普通の生活をしている者に施すようなものではない。


青年が見つめる先にいる子どもは、10才になるか、ならないかぐらいの子だ。


―こんなに小さな子に…


呆然としていた青年を置いてけぼりにして、なおも2人の会話は続いていた。


「口を封じたところで、何になる!!

 あれは、災禍の取替えっ子!親殺しの化け物じゃないか。

 大事な家畜の番を任せることなんかできやしない!!

 そんなこと、わかりきったことだろ…みんな知ってることじゃないか。

 たとえ、売ろうたって、あんな化け物売れないどころか、

 罰金として俺のかわいい仔たちが奪われちまうじゃないか!!!」


男が興奮した口調でまくし立てるが、女は狂気を帯びた目つきで男を見ているだけだった。


その視線は薄ら寒いものを感じさせる。

その目を見た瞬間、青年はダメだと思った。

何が、ダメなのかも分からなかったが、とにかくダメだと思ってしまった。



そして、青年は我知らず2人に向かって歩いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ