1話、空腹は最大の幻覚剤
「…腹減った。。。」
ふぅ、と浅く息を吐いたのは、行李を背負った行商人風の青年だ。
背を丸め、いかにも、疲労困憊ですっ!
もう、歩くの辛いんですっ、と言わんばかりに、
とぼとぼと街道を進んでいた。
眼前に広がる長閑な風景。
すぐそこには、暢気に欠伸をする家畜。
平和な風景が見渡す限り続いている。
ふいに、
「……ゴクッ!」
と青年の喉が鳴った。
右を見れば、
―牛?
左を見れば、
―羊?
それ、即ち、、、
ステーキに〜〜〜〜!
マト〜〜〜ン!!
あんなに旨そうな食い物が、すぐそこにっ!!!
ってか、んんん?
見てるのが誰もいない?
ってことは…
「……ハッッ!」
これぞ、天からのお恵み?
ってか、そう!
絶対、そうだから!!!
ニヤリと怪しげに笑い、青年はギラついた目つきで獲物を見定める。
肉付きがよく、いかにも脂がのっていそうな獲物!
それは……。
あれだ!
「いざ、行かん!!! 天の恵みに!」
青年が狂ったように柵を乗り越えよう――
「この、大馬鹿者!!!」
―とした瞬間、ガツンッと勢いよく何かが顔面をぶっ叩き、その拍子にズベンッと盛大に尻餅をついていた。
「痛って〜!!」
顔面を押さえて痛みに呻いていると、背負っている行李に静かに何かが降りてきた。
「バカだ、バカだとは思っていたが、ここまでとは…
恥を知れ、恥を!」
青年の頭上近くまである行李の上には、大鷲より一回り大きな鳥が乗っかっていた。
そして、容赦なくゲシゲシと青年の頭頂部を踏みつけている。
「腹減ってんだから、しょうがないだろ〜。
んで、もう蹴るなって。ハゲたらどうする。」
しゃべる大鳥に驚くこともなく、へろへろと力無く大鳥を頭頂部から払いのける青年に。
「っふん!」
と鼻で笑って大鳥は青年の眼前に移動した。
「さっさと、立って歩け!
あと、ちょともしないうちに民家があったぞ。」
くいくいっと翼で先を示す。
そこで何かしら食べ物を食べればいい、ということだろう。
はぁ。と嘆息を付いて青年は立ち上がった。
集落までは確かに、あと少し。
どんなにかかっても、ものの数分で着く距離だ。
だが、青年が目指す食事までの道のりは、果てしなく遠いと感じていた。
実感をこめて。
「……金。」
青年の懐の財布から、小銭が当たる音は……
ヵチ
……悲しくなるほど小さな音しか、しなかった。