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火蓋ノ章

 二十年以上前である。新宿は歌舞伎町に噂が走った。とんでもないカタギの暴れ者が現れた、と。

 当時、歌舞伎町はヤクザが仕切る町。一般人が迂闊に近寄れないのは当然であった。そこで起こる争い事は全てヤクザの法の下にあった。そんな世界で代紋も大義名分も無く暴れ回るというのはヤクザ全員を敵に回す事であり、それ即ち死んでも仕方無いどころか、それ以上の苦しみを覚悟するという事だ。


 その暴れ者こと、園田獄矢はキャバクラで酒を飲んでいた。そのキャバクラはバックにヤクザ付きで(ほとんどの店がそうだが)、おまけにボッタクリで知られていた。園田はキャバ嬢の胸元に手を突っ込みながら、高級シャンパンからフルーツ盛り合わせまで頼みに頼んだ。気分良く食べて飲んでをしていると、女の子では無く顔に傷持ったスキンヘッドの男が近寄ってきた。

「お客さん、信用してない訳じゃないんですがね。請求額が結構いっちまってんでさぁ。財布の方、確認させてもらいやせんか?」

園田は長い両足をテーブルに乗せたまま言葉を返す。

「いくらだよ?」

「こちらになります」

男は領収書を捨てるように彼の前へ落とした。ひらりと舞って、額面が見えるようにテーブルに落ちた。園田はそれを一瞥すると、薄ら笑みを浮かべた。

「五百六十万?お前、小学校で足し算習わなかったのか?」

「こんな事、言いたくないが……なめてるんですか?」

男は園田に顔を近付けて睨んだ。

「だとしたら?」

園田がそう返すと男はバン!と足でテーブルを蹴飛ばした。園田の周りにいたキャバ嬢達は驚いて縮まり、その後続々と逃げていった。

「あーあ、せっかくの女の子が」

園田は立ち上がった。

「いいか、オッサンよ。喧嘩ってのはさ」

男の顎に一発、掌底を食らわせた。鈍い音と共に男は倒れ、気を失って泡を吹く。

「脅したら負けだろ?」

奥から体格の良い男衆四人が出てきた。

「後悔するなら、今しかねぇ」

「そのまま返すよ、ヤクザ屋」


 十分後、店の扉からは顔に傷一つ付けていない園田が出てきた。

「あんなものか。歌舞伎町も大したことねぇな」

園田はそのまま近くでタクシーを拾い、住処へ帰る。

 初日はこれだけで終わった。


 事が大きく動いたのは四度目のキャバ荒らしだった。毎回、異なる組の店を選んだが、この荒らしについては歌舞伎町で既にブラックリスト入し、園田は完全にマークされていた。過去三度同様に荒らして外に出た時だった。店の扉の前にはヤクザ総勢二十人ほどが集まっていた。中には釘が刺さったバットや鉄パイプを持つ人もいて、殺す覚悟である事は遠巻きで野次馬をする人間にも伝わった。

「ああ、そういう事ね」

園田はそう言い放つと、目の前にいたスキンヘッドの男の顎を思い切り蹴り飛ばした。

 そこからは有象無象だった。誰が誰を殴ってるのかも分からない程に入り混じり、しかし標的は園田一人に絞って攻撃をしていた。園田は店の外壁に背中を預け、身軽に攻撃を避けた。隙を見て相手を殴る蹴る。その精密さのせいか、一発か多くても三発も喰らえば漏れ無く倒れていった。

 周り全員が地面に伏せた後、このままでは顔が立たないと一番後ろにいた男は短刀、いわゆるドスを抜いた。園田は余裕の表情をし、手を振った。

「帰りなよ。お互い痛いのは嫌いだろ?」

「余計なお世話じゃあ!」

短刀を突き刺す男。園田は軽いフットワークでそれを避けると、一瞬の隙に短刀を持った腕を取り、一本背負いを決めた。園田の高い身長の高さから落とされた男はそのまま声もあげる事なく伸びた。

「情けないやっちゃなぁ」

歌舞伎町を出ようとした所で、園田は捕まった。腕っ節が法のヤクザには強いが、国家権力の警察だけはどうにもならないのだ。



 園田は翌朝には返された。幾ら怒鳴っても真顔で黙り続ける園田、メンツを気にして被害届など出す訳もないヤクザ。おまけにお上からはそんな事実は無かったのだと諭される始末。結局、警察は拘留し続けるだけ無駄と考えたのだ。

 しかしヤクザが園田を許した訳では無かった。この日、歌舞伎町および周辺に拠点を置く複数のヤクザの代表が集まった。計五人。東を取り仕切る一星会の町屋一茂、西を取り仕切る朝霧組の坂野長助、風俗通りの通称「小梅通り」を取り仕切る池田組の左門喜多郎、飲み屋の立ち並ぶオランダ街を仕切る前山興業の前山晋二郎、そして上座に座る立派な白ヒゲを蓄えた男は十禅寺龍平は人呼んで「天帝」だった。各人は当然財力武力人力に長けていた。中でも天帝は、いずれの組にも所属しないでいながら、これらの荒くれ者を束ねた男だった。

 そして、彼らは園田の所業に怒りを感じていた。前山は日本酒を一気に飲み干すと最初に口を開いた。

「お先に言わせていただきますがね、園田とかいうクソガキは、早い所で始末せにゃなりませんよ。総力あげてでもなんでもね。あいつがこの街を荒らしている限り、我々には負の財産が残るばかりだ」

左門は大きく頷いた。

「もっともだ。ウチの鉄砲玉じゃ力不足かもしれませんが、あやつの為なら武闘派の組一つを立たせたって構わん。次にここに来たら撃ち抜こう」

町屋と坂野も視線で同意の合図を送った。

「どうですか、陛下」

十禅寺はハッハと笑った。

「お主らは実に浅い。無知の知たるものを弁えん。二度ならず三度四度と荒らされた無能共め。本来なら腕っ節で語るが任侠。一度めで再起不能にして然りじゃ。それが何度も売り物の腕で負けに負け、今度こそは今度こそは……いい加減に気付き給え。お主らの組に一人でも若者二十人に囲まれて怪我一つ無く倒す者があろうか」

「し、しかし……手段は問わずとも奴を殺らねば我々生きていけんとでっせ」

「愚か者!口を慎め坂野」

「失礼しました」

坂野は頭を床につけた。

「斯くなる上は仕方無し。要するに暴れさせなければ良いのじゃ。園田に敢えてその地位を認め、許そうぞ。代わりにこの歌舞伎町を荒らす事をやめさせる。それがよかろう」

「陛下、お言葉ですが」

町屋が言う。

「我々、売り物は腕っぷしだけではございやせん。メンツも持っとるんですわ。おめおめと野郎を許してちゃ株が下がりますわ」

「たわけ。幾度もカタギに殴られた組が何を偉そうにメンツじゃ」

「我々の組の傘下には奴は来ていませんぜ。やられたなら況んや、やられてもないのにメンツを下げられちゃ困ります」

十禅寺は扇子を懐から出し、仰ぎ始めた。

「なるほどの。確かにわしは駒はいても組という組織は作っておらん。メンツ云々を軽視したかもしれん。じゃがな」

扇子を閉じ、テーブルに刺すように抑えた。

「お主の店に園田が来た時、守る自信があるのか。お主の組は左門と縄張りで揉めたのは三年前。その時に池田組に劣勢であった。その池田組が今度は殺そうと固めた奴らがこのザマよ」

町屋は黙ったまま顔を上げられずにいる。左門も苦虫を噛み潰した顔をする。

「これ以上、無駄な問答はしたくない。答えよ。わしの意見に賛成か、同意か。反対する者には、これをやろう」

そう言って扇子を後ろへ放ると、袂から裸短刀を抜き取り、テーブルに刺した。

 四人は何も言う事無く、うなだれた。

「ふっ。情け無い。自らの指も腹も切れんで何がメンツじゃ。お主らにはほとほと愛想が付く」

十禅寺が大きく二度、手を叩くと襖が開いて待機していた部下が車椅子を引いて入ってきた。十禅寺はそれに座り店から出て行った。

 四人のいる部屋は依然、重い空気に満たされていた。

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