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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

JK、〇〇にて。

JK、温泉にて。

作者: ACT

 2019年8月1日。晴れ。

 

 今日はおじさんの車で郊外にある大型アミューズメントパークに遊びに来ている。東京から車で約2時間。神奈川県箱根にあるその施設は温泉をテーマとしていて、露天風呂や展望露天風呂から、ワイン風呂や珈琲風呂という変なお風呂まであるらしい。


 わたしと祐佳は、夏休みを利用して、東京のわたしの親戚の家に泊まりに来ている。すでに東京周辺は観光していたので次に行く場所を悩んでいたところ、叔父さんが神奈川まで車を出してくれることになった。


「長時間、運転ありがとうございます」


 午後1時頃。ちょうど日が高い時間に施設に到着した。駐車場に車を止めて、受付を済ませると、運転で疲れた叔父さんは、休んでから遊びに行くと言って休憩所に姿を消した。その背中を見送ったわたしたちは、


「それじゃわたしたちも行こうか」


 祐佳が水着の入ったリュックを背負うとわたしに言った。


「そうだね。更衣室は……あっちかな」


 更衣室への案内板に従い廊下を進むと更衣室が見つかった。中に入ると、そこは家族連れの観光客で賑わっていた。わたしと祐佳は奥の方の空いているロッカーを見つけると荷物をそこに入れて着替えを始めた。


「とーっ」


 薄手のワンピースを脱いで下着姿になる祐佳。わたしと違って祐佳は昔からこういうところに無頓着だ。あまり恥ずかしくないらしい。わたしはこっそりと上着のシャツを脱ぐと畳んだ。

 

「あかね、脱がしてあげようか」

「やめて」


 こいつならやりかねない。身の危険を感じたわたしは両手で体を庇うように抱き締めた。ふふふ、とビキニのヒモを結びながら笑う祐佳。着替えるのはやっ。


「ほらほら、はやくっ、はやくっ」

「わかったから、もう」


 子供みたいに騒ぐ祐佳に急かされて、わたしも水着に着替えた。着替えている最中、ずっと祐佳に見られたのが気になるが……。


「おまたせ」

「わーい」


 更衣室からそのまま施設内に通り抜けることができる。温泉施設は大きく三つのエリアに分かれていた。プールや食事処のある屋内施設。自然を堪能しながら楽しめる屋外施設。ヒノキ風呂がある露天風呂施設。それぞれが隣接しているので自由に行き来できる。更衣室から出た先は屋内施設だった。


「ワイン風呂行きたい!」


 祐佳がわたしの手を掴んで言った。


「ああ、なんかそういうお風呂もあるらしいね。何処にあるんだろ?」


 周囲を見渡すと色々な温泉がある。どれも楽しそうだ。


「あかね。迷子にならないようにね」

「なるかっ」


 わたしがそう否定すると、祐佳が不満そうな顔をした。


「ええー? あかね。いつも迷子になるじゃん。先日お台場に遊びに行ったときも気がついたらはぐれてたし」

「……気のせいでしょ。見方によっては祐佳が迷子になったともいえるし」

「まあ……二人だからね。でもわたしたちが子供の頃、家族ぐるみで小樽に旅行した時も──」

「おぼえてない」

「あの時も気がついたらあかねがいなくて。みんなで探しまわって……」

「わー! もう、そんな子供の頃のことなんておぼえてない! ほら、いくよ!」

「あ、ちょっと待ってよー」


 昔の恥ずかしい思い出を訊きたくないわたしは、人であふれる温泉プールに飛び込んだ。

 



「……はぐれた」


 あっという間だった。

 辺りを見回しても祐佳の姿が見えない。

 完全にはぐれた。


「まったく……。スマホがないから連絡も取れないし、地道に探すしかないか」


 周囲が見渡せて、箱根の自然が一望できる屋外施設のウォータースライダーの上にわたしはいた。眼に映る木々の緑が眼に優しい。祐佳にいじめられた心の傷をそっと癒してくれる、そんな気がする。目の前の人が緩い傾斜の滑り台を滑り降りていく。プールと違ってお湯だから暖かい。まあ今の季節は水でもお湯でも困らないけれど、屋外施設を楽しむなら、冬は寒いかもしれないと思った。


 ここからなら祐佳が見えるかも、もしくはわたしを見つけてくれるかもと思った。だけど、どうやらこの辺りにはいないらしい。とりあえず、滑り台を滑り降りた。


 しゃー……、ざぱーん。と、着水。お湯が気持ちいい。屋外施設に祐佳がいないなら他のエリアかな。さて、このまま闇雲に探すか、それとも何処かに留まるか。


(そういえば……、ワイン風呂にいきたいっていってたわね)


 はぐれる前に祐佳が話していたことを思い出した。どうせ一箇所にとどまるなら、確実に祐佳が訪れる場所の方がいい。広いとはいえ、遊園地ほど広大でもないので、歩いていればすれ違う確率も高そうだ。せっかく遊びに来たというのに、ここにずっといるのも時間がもったいない。


 そうすると、問題はワイン風呂が何処にあるかだ。


 さきほど、ウォータースライダーの上から施設のスタッフの姿が見えたので、その人に聞けばわかるかもしれない。そう考えたわたしはお風呂を上がることにした。すると目の前に小さな子供がひとりで周囲をキョロキョロと見回しながら歩いていた。少し不安げで、泣きそうな表情。様子が気になったので声をかけることにした。


「こんにちは、どうしたの?」


 わたしの声に気がついた小さな子供は、少し驚くとお父さんとはぐれたことを教えてくれた。


「なるほど。迷子なのね。だったらあそこにいるスタッフに頼るといいわ。一緒に行きましょうか」


 うん、と頷く子供の手を握った。小さくて暖かい。わたしたちは人混みにぶつからない様にスタッフのいる場所へ歩き出した。


「お父さんと二人できたの?」


 子供が落ち込んだ様子だったので、そんな話題をふってみた。子供は俯きながら首を小さく横に振った。「お父さんと、お母さんと、あとおともだち……」と、話してくれた。


「じゃあ、わたしと一緒だ」

「お姉ちゃんも迷子なの?」

「………………え?」


 子供に尋ねられた。あれ? もしかしてこの状況、迷子が二人でスタッフに頼ろうとしていることになる? 保護しているつもりで立場は同じなんじゃ……。いや、断じて違う。


「ううん! 逆! お姉ちゃんは迷子になった友達を探しているの。きっと、あなたの友達もあなたのことを心配して探してるわ。──あ、すみません、スタッフさん。ちょっといいですか? 迷子なんですけど……いえ、わたしではなくて、この子なんですけどね」


 スタッフに事情を説明した。すると館内放送でご家族を呼び出すから待っていて欲しいといわれた。そうだ、祐佳も呼び出してもらおうか? そうしたら一発で……、会ったときにすごい怒られそうだからやめておこう。




 きょろきょろと、子供が辺りを見回している。まだ周囲にご家族友人の姿が見当たらないようだ。まだ放送したばかりだ。気が付いたとしても、もう少し時間がかかるだろう。先ほどのスタッフもわたしの隣に戻ってきていた。


 わたしにできることはもうなにもない。あとは待つだけ。しばらくすれば子供のご家族友人は来るはず。だから、わたしも祐佳を探しに行こうと思った。けどわたしの右手を子供の左手がぎゅっと握りしめていた。「離してもいいかな?」とはちょっといいだしにくい。


(まあ……、まだ不安だよね)


 そういえば、昔、わたしも似た様なことがあったけ。いつだったかな……? そうだ、たしか小学生低学年の頃に小樽を旅行したときか。気がついたら周りからみんながいなくなっていて、一人ぼっちになっていたわたしを祐佳がみつけてくれたんだったかな……、懐かしいな。


 あっ……、と子供が小さな声を呟いた。子供の視線の先には、中年男性と子供がこちらに向かって歩いていた。おそらくこの人たちだろう。強く握られていた右手の握力が消えると、子供は彼らのところに駆け寄った。


 そのあと、保護してくれていたことを感謝されたわたしは、子供達の姿を見送った。「お姉ちゃん、ありがとう」と手を振る子供の姿が可愛かった。とても安心した様子だった。


 それじゃ、わたしも迷子を探しに行きますかね。

 さきほど相談したスタッフにワイン風呂の場所を尋ねた。

 そこでしたら……と、スタッフはパンフレットを上着から取り出すと地図を見せてくれた。現在地の場所とワイン風呂の場所を教えてくれると、そちらの方角を指差してくれた。なるほど、屋内施設だったのか。


「ありがとうございます」


 短くお礼を述べると、教えてくれた場所を目指して歩きだした。




「わあ、真っ赤だ。すごい」


 ワイン風呂はその名の通り、お湯がワインの様に真っ赤だった。未成年なので飲んだことはないけど、匂いもお酒っぽい香りが漂っていた。このお風呂もたくさんの人が入浴している。だけど、そこに祐佳の姿はなかった。


 さて、どうしようか。当初の予定通りここで待つか。


 わたしはふと、右手に残った子供の手の温もりを確かめるように右手を握っていた。友達と再会した時の顔が本当に嬉しそうだった。祐佳もわたしを探し回っているのだろうか? 心配……してるかな? ……怒られてもいいから、館内放送で呼び出してもらうか。ひとりでなんて楽しめないし……、よし! そうしよう!


「あー! いたー!」


 決意を固めたわたしの背後から、祐佳の声が訊こえた。「え?」と振り返ると、そこには祐佳の姿があった。祐佳は駆け寄ってくると、半ば呆れ顔でいった。


「もう! すっごい探したんだよ。だから迷子にならないようにっていったのに」

「うう、ごめんなさい。で、でも、わたしだってすごい探したんだから。おあいこよ」


 わたしが少し弱気に言い訳すると、祐佳が肩をすくめた。それから、いつもの笑顔に戻るとワイン風呂にはしゃぎ始めた。わたしはその後ろ姿を眺めながら、昔のことを思い出していた。


「そういえば、あの時もこんな感じで見つけてくれたんだっけ……」

「このお風呂真っ赤だよ! あかねも早くおいでよ!」


 今いく、とわたしも祐佳の後に続いた。

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