6th.ボーイ・ミーツ・ガール
「貴女、悪魔でしょ?」
その一言でその場は凍りついた。
ルーシーでさえ片眉を上げ少女に警戒を示している。言わずもがなアマネの方は、思考回路が混乱しきっていた。
何故バレた?
いや、普通に考えてアレだけ人間離れした動きをしていたら当然だ!
悪魔だとバレたらどうなる? 『悪』なんて感じがついてるワードに対して好意的なリアクションなど期待できるわけがない!
そういえばルーシーも悪魔との契約はタブー的な話を黒猫亭でしていた! どうすればいい?
自分は知らなかったことにしてルーシーを置き去りにして後で合流する?
「そして、主人は貴方、ね?」
少女はすっと右手の人差し指でアマネを指し示す。唯一浮かんだ下衆な打開策も秒で易々と打ち砕かれた。
「……ルーシー」
アマネは縋るような目でルーシーを見る。対するルーシーは頭を掻きながら小さく唸るとアマネに対して目配せをして前へと進み出る。
「何を言ってるのかなお嬢さん? 押し付けがましいことは言いたくないけど、仮にも命を助けてくれた人を捕まえて悪魔だなんて随分な言い草だと思うけど?」
丁寧かつ気さくな口調。
しかしその根底には強すぎる威圧が込められている。しかしそんなルーシーの威圧に屈することもなく少女はため息をつきながら首を横に降る。
「一つ、人間離れした速度と身体能力。二つ、精霊を介在させない『魔法』。そして上手く隠しているようだけど、微かに漂う悪魔特有の気配。この三つだけで悪魔と判断するのに不足はないと思うけど?」
ルーシーは口元に手を当て、探るような視線を少女に投げかける。
ルーシーのその視線は目の前にあるあらゆるものの隠し事を無遠慮に全て見透かすような不気味な力がある。
しかしそれに相対する少女の視線もまたそれに張り合えるくらい真っ直ぐな強い力を秘めている。
意外にも先に根負けしたのはルーシーの方だった。彼女は小さくため息をつくといつもの笑顔に戻り軽い調子で少女に話しかける。
「いやはや、バレてたなら仕方ないね。この街に来てから誰にも疑われすらしなかったからねぇ。油断してた節はあるかもしれないね」
笑いながらそう言って少女にひらひらと手を振るルーシー。
しかしその目は一切笑っていない。むしろ先ほどの男たちとの闘いの際よりも警戒心は高まっているように見える。
対する少女も険しい顔で、口元だけを緩ませ不敵な笑みを浮かべる。そんな少女にルーシーは悪意のこもった言葉をぶつける。
「でもさ、あれだけぶるぶる震えながら駆け込んで来たくせに観察だなんて随分と余裕があったもんだね」
「ーーーそんなことはどうでもいいんじゃないかしら? 重要なのは貴女が悪魔でそこの彼が契約者であること。そんなのが世間に露見したらどうなるかわかりますよね?」
「まぁ教会なり騎士団なりに追われる可能性は多々あるねぇ。どれもボクに言わせれば脅威足り得ないけど」
「そうでしょうね。でも、もし国中に手配されれば何処へ行っても恐怖と憎悪の目で迎えられるかも知れない。そうなった時、貴女はともかくそこの彼は耐えられるでしょうか?」
ルーシーが少女の言葉に押し黙る。予想以上に強気な少女とその言葉に対応を窮しているようだ。
アマネも何とか助けに入りたかったが、この世界の事情をイマイチ飲み込み切れていない自分が入ることで事態を悪化させることを恐れ、あえて沈黙を貫きこの場をルーシーに任せることにした。
ルーシーは小さく息を吐くと悪意をほとばしらせた笑顔を浮かべて言った。
「まぁ、確かにそれは面倒だ———だけどさ、こうは思わないかい?
君さえここで黙らせてしまえばどうにでもなるって」
場に緊張が走る。
冗談かとも思った。しかしルーシーの目はそう言って茶化す余地のないほどの凄みがありありと見てとれた。
少女の方も流石に少し身構えながらルーシーの言葉に応酬する。
「先ほどの男たちへの対処といい、貴女の契約者は人を殺すことを拒絶しているように思いますけど? それを考えれば貴女に私は殺せないのでは?」
「本当によく見てるね。でも彼のボクに対する命令権は付随的なもの。契約の趣旨に反する命令ならボクはいくらでも無視できる。当然ボクらを脅迫する君を殺すのは当然無視可能な範囲だ」
淡々と言い放つルーシーに少女は歯噛みして彼女を睨みつける。その顔からは先ほどまでの不敵な笑みは消えている。
ルーシーは一歩、また一歩と少女に近づいていく。
「待って、ルーシー」
「何かな、アマネ? 止める気? 自分を脅している人間を助けるの?」
「まず彼女の話を聞こう。彼女は俺たちを脅しにかかっているけど、それには何か目的があるはずだ。それを聞いてからでも遅くはない、だろ?」
ルーシーはアマネを睨むように見ながらも口元に手を当て少し考えると「良いだろう」と言って近くの建物の壁に背をもたれさせた。そしてぞんざいな視線を投げつけて少女に問う。
「君はボクらを脅してどうしたいんだい? 金が目当てなら他をあたってもらいたいんだけど?」
「契約者の方は冷静なのね」
「ボクらの印象なんか聞いていない。状況を忘れないでくれたまえお嬢さん。この場でどちらが上位者かをさ。分かったらさっさと質問に答えて」
「そうね、これ以上貴女と無駄にお喋りをしていても何も進展しないだろうし」
そう言って少女はその赤い髪を指ですくいながらアマネへと近づいてくる。はてさて何を要求されるのか? 相手はこちらに悪魔がいると知っても脅迫を仕掛けてくる豪胆さの持ち主。金か? 労働力か? 命か? それともーー
「私を貴方達に同行させて欲しいの」
「ーーはい?」
予想とは大きく乖離した答えが返ってきた。アマネが唖然として何も言わない一方で壁に寄りかかっていたルーシーは正気を疑うかのような視線を少女に向ける。
「はぁ? 君は一体何を言ってるんだい?」
「私、さっきみたいに悪い人に追われているの。だから貴方達みたいな強い人に守って欲しいの」
「それをやるメリットがボクらにあるとでも?」
「食い扶持くらいなら自分で稼ぎますけど?」
「そーゆーことじゃなくてだねぇ!?」
呆れながら怒鳴るルーシーを他所に少女は自分のペースで話を進めていく。
少女の真意はよく分からない、だが庇護を求める人間を見捨てるというのも好ましいとは言えない。
むしろ気になるのはルーシーがやけに少女に突っかかっているところだ。特に彼女の要求を聞いてからはそれに拍車がかかっている。
「ーー取り敢えず、君の素性を聞いてもいいかな? 判断はそれからだ」
「ちょ!?アマネ!?何言ってるんだい? こんな面倒ごと引き受ける必要なんて……」
「まだ決めた訳じゃない。それに万一受け入れてもあの程度の連中が相手なら何とかなるだろ? ルーシーならさ」
「む、むぅ。そりゃあまぁ。悪魔だからね」
押し黙るルーシーから視線を外しアマネは少女を見つめる。少女は毅然とした態度を崩すことなく彼を見据えている。アマネはルーシーと出会った時の反省を生かし、少女に先制して口を開く。
「一応先に名乗っとく。俺はクロサワ・アマネ。アマネが名前でクロサワが姓だ。そしてそこの白いのは俺と契約している悪魔、ルーシーだ」
「白いのって酷くないかなぁ⁉︎ 可憐なるお姉さんとかもっと言いようがあると思うんですけど⁈」
「私はリゼリアよ。よろしく」
「ボクの渾身のツッコミをスルーして進めるのかい⁈ てか『よろしく』じゃないよ!?まだよろしくするなんて決まってないからね!?」
「ルーシー、うるさい」
「酷い!?」
アマネはルーシーを短い言葉で黙らせると改めて少女、リゼリアの方を向く。
燃えるような赤い髪を夜の風に靡かせる彼女をアマネはまじまじと見ながら何を質問するべきかを考える。すると今度はリゼリアの方が先に口を開く。
「それで? 私はどうすれば貴方達についていけるの? 質問があるなら受け付けるわ」
「じゃあボクから聞こう。君の目的は何だ?」
アマネに向けての言葉にルーシーが奪うようにして問いかける。
酷く淡々とした声で、何の飾り気もない問いだった。予定外の相手から唐突に投げかけられた問いにリゼリアは少し眉をひそめる。
「だから、よく分からない追っ手から逃れるためで……」
「よく分からない? ふざけた事を。 君はアレが何なのか知っているだろう?
そしてそれを知っていながらボクのご主人さまを巻き込もうとしている。悪いけどそんな不誠実な人間に関わってアマネを危険に晒す気はない」
歯を噛み締め、リゼリアは鋭くルーシーを睨みつけるがルーシーの方も敵意に満ちた目でリゼリアを見ている。
膠着状態の居心地の悪い静寂。しかしそれは突如として新たな声により破られた。
「アタシの主人をつかまえて『不誠実』だなねんてネ。 ふざけた事を言ってるのはオマエの方だと思うんだケド? 悪魔」
「ちょ!?エリン?」
慌てるリゼリアの背中から光る球のようなものがすぅっと飛び出てきてルーシーの目の前で強い光を放って弾ける。
その光が消えた後には空に浮かぶ小さな何かが。人型のように見えるがアレはーー
「精霊、それも格的には大精霊の部類か……随分と物騒なものを飼いならしてるんだねぇ、リゼリアちゃん?」
精霊、と言っていたか。
宙を舞いルーシーを睨みつけるそれはヤギのような捻れた角の生えた手のひらに乗るようなサイズの少女だった。瞳は黄金で口からは八重歯がのぞいている。
アマネは目の前の存在が理解出来ないというような視線をルーシーに送る。ルーシーはそんなアマネの感情を察してか目の前の精霊からは視線を外さずに説明を始める。
「ーー精霊ってのはこの世界に存在する知性体の分類の一つだ。この世界の知性体は霊的、魔術的な段階によって分類される。
精霊はその段階で行けば神霊存在、即ち神の一つ下の段階で、妖精の一つ上の段階、悪魔と同等の位階の存在だ。大精霊ともなればその力量如何によっては一部の大悪魔とも張り合える」
こんな小さい生き物が。それがアマネの素直な感想だった。目の前の精霊は相対する悪魔との体格差など気にも留めずに張り合うようにルーシーを睨みながら再び口を開く。
「へぇ、『一部の大悪魔』とはネ。さも自分はそうではないみたいな言い方じゃナイ?」
「明白な事実だからねぇ。ボクと君がやり合えば負ける可能性は皆無だし、世界中の大精霊だってボクや東方帝、西方帝の足元にも及ばない。
それに君に関して言えばボクはおろか28卿の末席にだって勝てやしないさ」
「まぁアタシ単体ならそうかもしれないわネ。でもアタシがリズと、精霊術師と組んだら分からないんじゃナイ?」
「ーーなら今ここで試してあげようか?」
ルーシーが指を鳴らすとその瞬間、先ほど男を飲み込んだのと同じような闇が周囲に集まり始める。
それとほぼ同時にエリンと呼ばれた精霊も片手を前に差し出しその手のひらの上にどこから出したのか炎の球体を作り上げる。
一触即発の状況にアマネは動けない。何かきっかけがあればこの二人はこのプリマムの街を破壊し尽くすような戦いを始めてしまう予感があった。その張り詰めた状況を動かしたのはリゼリアだった。
「そこまでよ、エリン! やめて」
「リズ……! でもこいつは……」
「今私が交渉してるの、だから待ってて」
訴えかけるようなリゼリアの目にエリンは渋々その手を下げて攻撃準備を解く。
しかしその目は何か妙なことがあればすぐにアマネもろとも焼き尽くさんという意思がありありと見てとれた。リゼリアのエリンへの制止に便乗し、アマネもルーシーに声をかける。
「ルーシー、お前もだ。少し突っかかりすぎ。心配してくれてるのは分かるけどあんまり敵を増やしてもいいことはなくないか?」
「むー。仕方ないなぁ」
そう言ってルーシーは右手をさっと横に払いあたりに立ち込めていた濃密な闇を霧散させる。
今後彼女のあの能力についても聞いておく必要があるなと思いつつ、アマネは改めてリゼリアの方を見る。
「さっきはウチの白いのが失礼して申し訳ない」
「いえ、こちらこそウチの小さいのが失礼しました」
「「酷い!?」」
お互い自分の悪魔と精霊を程よく雑に扱いながらアマネとリゼリアは再び相対する。先に話を切り出したのはアマネだった。
「まず聞きたい。ルーシーは君が追っ手の正体を知っていると言っていた。でもそれを君は知らないと否定した。ホントのところはどうなのかな?」
「ーーーー」
「だんまりか、なら俺の推測を聞いてもらおうかな」
そう言うとアマネは指を立てて順に話し始める。
「まず2つの全体を確認だ。
一つ、君には精霊という割と強力な戦力がある。
しかもその強さはその精霊自身が言っていたことだから間違いない。
二つ、君はルーシーという戦力を求めている。
ここで一つ疑問が生じる。君は強い力を持ってる。なのにそれでは飽き足らずルーシーを欲したのは何故か?
それは君が相手が強力な存在であり、精霊だけじゃ足りないと自覚、もしくは危惧しているからじゃないかな?
つまり、君は敵の戦力を、即ち敵の正体も知っている。違うかな?」
アマネは静かにそう言うとリゼリアの瞳を見つめる。
正直な話理論立てとしてはかなり適当な話ではあるが、自分なりには筋の通った話だとも思う。
尤も筋なら大根にだって通っている。問題はこれでリゼリアが観念して本当のことを喋ってくれるかだ。
いくらルーシーがいるとは言え目的の知れない者を側に置いておくのはあまり好ましいことではない。ましてや精霊使いという素性が分かった今、その真意の究明は急がねばならない。
張り詰めた空気の中、リゼリアは小さくため息をつくと困ったような笑みを浮かべて口を開いた。
「そっか、そうね。そういう風に推理できちゃうのか。まだまだだなぁ、私も」
そう言うとリゼリアは口元に手を当て、少し考え込む。
しかしその表情はアマネを誤魔化す方法を考えていると言うよりは、どちらかと言えば何かに逡巡しているように見える。一頻り考えた後、リゼリアは小さくうなずいてアマネを見据えて言った。
「とりあえず、貴方達の家に連れて行ってくれないかしら?話はそこでします」
※ ※ ※
「旅人さんだったのね、貴方達」
リゼリアはアマネ達の泊まる部屋の、よりによってルーシーのベッドの上に座り込んで周りを物珍しそうに眺めながら言った。
ルーシーはそれを苦々しげに見ながらアマネのベッドの上に座っている。結果アマネはルーシーと肩を並べて座るのも恥ずかしいので壁に寄りかかって立っているしか無くなってしまった。
「で? 結局君はボクらに何を教えてくれるって言うのかなぁ?宿屋にまで押しかけてさぁ」
「相変わらず当たりが強いわね。まぁいいわ、ここに来た理由はこれから話す内容が、誰が聞いてるか分からない往来で開けっぴろげに話せる内容じゃないからよ」
リゼリアは先ほどよりも気安い調子でルーシーの嫌味を交わす。そして不意に真顔になってアマネを見つめる。
「話す前に一つだけ。私の敵の正体、それを教えたら私に協力してくれるって約束して。それくらい、私にとっては致命的なことなの」
「それは……」
「それは不利というものだろう、リゼリア? 彼の命を守る契約をしている以上、そんな不条理は認められない。それに君はボクらに対して牽制材料があるんだ、わざわざそんな約定は不要だろう? それともそれを理由に無理やり協力を仰ぐつもりかな?」
判断に迷うアマネに助け舟を出すようにルーシーはリゼリアの提示した状況を非難する。その様子はまるで彼女がアマネにリゼリアと関わって欲しくないような意志を感じる。
一方のリゼリアは痛いところを突かれたという風に顔をしかめる。どうやら彼女としてもなりふり構っていられないらしい。
盲目に彼女の言葉を信じては痛い目を見るかもしれないとアマネは認識を新たにする。
「仕方ないわね。でも私たちが困っているのは本当。なぜなら私たちが戦っている相手はーー」
「クレマティス王国そのもの、だろう?」
リゼリアが言い切る前にルーシーは目を伏せながら鋭く言い放つ。その言葉にリゼリアもアマネも驚きに目を見開き、リゼリアの頭の上に座っていたエリンはルーシーを強く睨みつける。
ルーシーはそんな彼らを見ながら満足げに笑った。
「どうして……? まさか、貴方達も……!」
「勘違いしないでおくれよリゼリア。
簡単な話さ。
さっきの襲撃の時、最後まで残ってたあの男はボクとやりあう時に剣を抜いた。あの剣はこのクレマティス王国の兵士の支給品で共通の装備品だ。
無論売りに出されたものを偶然に買った誰かの可能性もあるけど、彼は人間レベルなら程々にデキル部類だったからね。素人とは思えない。何より、君の反応がボクの推測の正しさを証明している」
そう締めくくるとルーシーはふふんとリゼリアとエリンを見ながら煽るように笑った。アマネはそんな子供っぽいルーシーに呆れたようなため息をつきながら口を開く。
「じゃあ本当に君たちはこの国と……?」
「正確には少し違うわ。私たちを狙っているのはこの国の王、彼が個人的に私を狙っているの。だから今は国中が私たちの敵、というわけでは無いわ」
「この国の王……今は誰なんだい?」
ルーシーがわずかに興味を示す。そんな彼女にリゼリアは片眉を上げ怪訝そうな表情で問う。
「あら? 知らないの?」
「ま、諸事情でね。ここ50年くらいの世俗での出来事には疎いんだよ」
「あら、そうなの。まぁいいわ。簡単に説明してあげる。元々この国は東方大陸の南半分を統一した王、サルマー・クレマティスとその縁者である辺境伯達の一族が協同して治めているっていうのは知っての通りだけど、サルマー王の一族、即ちこの国の王家クレマティス家が2年前に断絶したの。発表によると伝染病らしいわ」
「はぇ!?」
ルーシー仰天して変な声を出し思わず立ち上がる。アマネの見立てだとこの時代の科学レベルは中世前後くらい、伝染病で一族郎党全滅なんてありがちなことにも思える。
「そんなに驚くことなのか?」
「そりゃあそうだよ! クレマティス王国は言っちゃえばこの世界最大の国だ。そこの王家が病気となれば世界中の名医や魔術師、精霊術師が飛んでくる。それでも治すことが出来ず剰え一族もろとも死なせてしまうなんてあり得るはずがない!」
「その通りよ。本来あり得るはずのないようなことが起きた。
これによって2年前この国は存続の危機に陥ったの。
そこで王の諮問機関であった元老院は初代国王サルマーの遺言に従い、マルトス辺境伯を除くクプレサス、ユニフォラム、エルダベリー、タクサス、ナルキサスの5辺境伯家から血縁を鑑みて王を選出することになった。
最初はクプレサスの当主が有力視されていたけれど彼は王家と恐らく同じ病に罹って死去してしまった。だから元老院は次点のユニフォラム家当主、ゴルド・ユニフォラムを推挙し、結果として彼は王位に就いたわ」
そこまでで一旦言葉を切るとリゼリアは深く息をはく。眉間にシワを寄せ忌々しげな顔で首を振る。そんな彼女を見ながらルーシーは口を開く。
「つまり君の敵は新たに王になったゴルド・ユニフォラムその人という訳だ。
だがその理由が納得いかない。まず君の素性も未だによく分からない。正直その身なりを見るだけで平民の生まれでは無さそうなのは分かるけどね」
ルーシーはリゼリアを頭の先からつま先まで無遠慮に眺めながらそう言う。それは確かにアマネも思っていたことだ。それは服だけに留まらず、彼女には何というか品格というものがあるように思える。
ルーシーの言葉を受け、リゼリアは静かに口を開く。
「そうね、そう言えば家名はさっき名乗らなかったかも。私の本名はリゼリア・エルダベリー。クレマティス諸侯連合王国の屋台骨を支えた六大辺境伯の1つ、エルダベリー家の娘よ」
※ ※ ※
「じゃあホントにお嬢様だったってことか……」
アマネはリゼリアの言葉を聞いて驚く反面、何処か得心したような感覚を覚えた。
「えぇそうよ。それにあえて付け加えるならエルダベリー家は六大辺境伯の中でも序列第3位、王位継承権は序列によって決められるからゴルド王の次点にもなり得る地位ね」
「更に言うならクレマティスの辺境伯は西方大陸の小国の王にも匹敵する地位を持ってるってのも付け加えておくのがいいかしらネ」
「えぇ……じゃあほとんどお姫様と同義じゃん」
「まぁね」といたずらっぽく微笑むリゼリアに対し思わず感嘆の息を漏らすアマネ。
しかし、彼女がそのような立場なら話は繋がる。
彼女が王位継承権者で何かあれば自分の王位を脅かす存在であるから、その脅威を取り払うためにゴルドはリゼリアの命を狙っているーーーー
「ってことかな?」
「えぇ、恐らくは。権力に取り憑かれ、ありもしない脅威に怯えて凶行に走った愚かな王よ、彼は」
そう言い放ったリゼリアの目には燃え滾るような敵意が傍目にも明らかなくらいに映っていた。そんな彼女の様子を見てアマネはそれまで触れられなかったが、恐るべき可能性に思い至る。
「聞きにくいことを聞くけどいいかな、リゼリア」
「何かしら? 何でも聞いてもらって結構よ。貴方たちの信用を勝ち取る上で私にはそれに答える義務があるもの」
「じゃあ遠慮なく。君のご両親、もっと言えば親戚縁者はどうなったのかな?」
「ーーーー!」
どうなった、という聞き方はもうすでにどうにかなってしまっているという前提の上に立った質問、不謹慎極まりないと非難されても仕方ない態度だ。
だがアマネには確信があった。それはリゼリアが身一つで逃げていることを考慮すれば当然導き出される結論だ。
アマネの言葉を聞いた瞬間、リゼリアの表情が強張る。
目は先ほどと変わらずアマネを見つめているが、その目にあった余裕は一瞬にして消え失せ、瞳には様々な感情、それも間違いなく良いものではないものがごちゃ混ぜになって映し出されている。
しかし、アマネは真っ直ぐその青い瞳を見据え、彼女の逃げ場をなくすような無慈悲な視線をリゼリアに向けている。
そんなアマネにリゼリアの頭の上で座っていたエリンが睨むような視線を向け、怒気を孕んだ声で語りかける。
「アマネ、だったわネ? お前は随分と良い教育を受けてきたようネ。それともそこの悪魔の影響かしらン? 」
「大事なことだからね。それを直接彼女の口から聞くことに何の問題があるのかな。悪いけど責められる謂れはないよ、エリン」
柳眉を逆立て視線だけで人を殺しかねないような敵意を滲ませるエリンに対し、アマネは一歩も引くことなくそれに向かい合っている。
「待って、エリン……話すわ。自分で言ったんだから」
「リズ! でも今の貴女にハ! まダ……!」
「いいの。どちらにせよ、これは私が向き合わなきゃいけないこと、背負わなきゃいけないことなんだから……!」
そう言ってリゼリアは静かに口を開く。
「……誰もいないわ。もう、この世には」