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異世界で見つけるレゾンデートル〜死を希う少年は最強悪魔に拐かされる  作者: えすとっぺる
第一章~Boy meets the White Devil
6/57

5th.プリマムの街


「でさ、結局これはどういう事なの?」


唐突にアマネが切り出した。


初めて読んだ異世界語のチラシ、そこに書かれた食事処『黒猫亭』にてアマネとルーシーは夕食の卓を挟んで対面しながら食事を楽しんでいた。


『黒猫亭』はザ・RPGの酒場と言う雰囲気で暗く夕暮れ時には仕事を終えた男たちのむさ苦しい熱気に包まれていた。


そんな男たちの合間を縫ってめまぐるしく料理を運び、注文を受ける猫耳の少女たち。ここ『黒猫亭』は猫系獣人の夫婦二人とその娘五人で回しているレストラン兼酒場らしい(ちなみにその家族の中に黒髪の人は誰も居なかったのをアマネは確認している)。


宿屋への道のりでチラシを配っていたのはどうやら末の娘らしい。制服を着たアマネが物珍しかったからか記憶に残っているらしく時折料理を運ぶついでにこちらの席に手を振ってくれている。

それにぎこちなくしか返せない自分にアマネは自嘲を禁じ得なかった。


宿屋の女将さんにどやされたアマネとルーシーは、宿屋を一旦出てアマネの服を買いに出た。

ネクタイやブレザーの形式があまりにもこの世界には馴染まないようで周りの人間から妙な目で見られ続けていたからだ。


ルーシーはひとまずそれを隠せるように、と黒い全身を覆えるようなフード付きのマントをアマネに買い与えてくれた。


他の服はおいおい買おうという事で服屋はお暇し、その後街中をぶらつきながら買い物や見物をした後に、ちょうど頃合いだという事で夕食を摂りにこの『黒猫亭』へと着た次第だ。


「これ? ドリス鳥の丸焼きだけど? アマネも食べる?」


「いらない。そうじゃなくてさ、未だに何で俺が言葉が分かるようになったかの説明がされてないんだけど」


「えぇ、それ長くなるから後でって言ったじゃないか」


鬱陶しそうに目を細めながらルーシーは肉に豪快にかぶりつく。カリっという皮の音や、弾ける肉汁の香りが広がる。


しかし、そんなものには目もくれずアマネは目の端を吊り上げる。


「あぁ言ったよ、『街中歩きながら話せるような話でもないし夕食を食べながらしようじゃないか』ってな!」


「声真似はともかく口調を真似るの上手だねぇアマネ」


「そーじゃなくて!」


茶化すルーシーはドリス鳥の手羽先の部分を平らげ態とらしく色っぽい風に骨を舐めてみる。


しかしそれに全く反応を示さないアマネを見て、不満そうに唇を尖らせるとその骨を皿において口を開く。


「この世界には魔法やら魔術やらその他諸々がある。

まぁそう言った神秘的な能力だとか現象があるわけだよ。

それらをまとめてこの世界では『奇跡』と呼ぶ。

奇跡的、とかいうアレとはまた少し意味を異にするがまぁその辺は理解しなくてもいい。

その奇跡と呼ばれるモノの一つに『加護』ってのがあってね。一般的に『加護』というのは生まれた時に世界からの祝福を受けてその身に宿す奇跡に類する様々な能力の事だ。

持つ者もいれば持たざる者もいる、一種の才能と思ってくれてもいい。

で、ボクは君にその加護を与えた、その名も『言霊の加護』」


「ちょっと待って、いきなり矛盾してるんだけど。お前の説明だと『加護』は生まれる時に、世界から祝福を受けてもらうものなんだろ?

正直世界からの祝福とかもよく分からないけど、それはすっ飛ばしておくとして。お前がそれを俺に与えられるのはおかしくないか?」


一息の間に矛盾を生み出す言説に理解が及ばない。混乱するアマネに、「ああ」と納得したような顔をしてかぶりを振るルーシー。


「もちろんそうだとも。だから君が今その身に宿す『言霊の加護』も真にそのものだとは言い難い。効果は全く同じだけどね」


「ーーー??」


「ボクら悪魔はね、ある種の願望器なんだ。

一定の法理の下、対価と引き換えに契約を行うというある種の『儀式』を用いて弩級の『奇跡』すら実現させるという『装置』。

実現する『奇跡』は対価や悪魔の力量、性質によりけりだけどね。とまぁこのような外法を用いて今回は『奇跡』の一つである『加護』を植え付けた訳だよ。分かるかな?」


何となくだが理解は出来た。

つまり悪魔との契約の力によって自然の摂理を捻じ曲げて先天的にランダムに植えつけられるはずの『加護』を後天的に契約者に植えつけた、と言う事だろう。


願望器、という言い様に関してはまだ理解が及ばないところはあるが今回の話の本筋とは深く関わらないだろうと推測しアマネは特に追及しなかった。


「でまぁこうやって人間に加護を与えることもできるんだけど、こう言う悪魔に頼るやり方は基本的にこの世界ではタブーに近いものでね。

元からの先天的な『加護』と区別して悪魔に与えられた『加護』はこう呼ぶんだ」


ルーシーはそこで一旦口を閉じて、笑顔で来い来いと言う様に手招きをする。


それに愚直に従いアマネは立ち上がり卓の上に身を乗り出してルーシーに顔を近づける。

次の瞬間、彼女は中腰で立ち上がって、そんなアマネの頭を両手で掴んでその耳元に口を近づけて小声で言った。


「『悪魔の抱擁』ってね」


そう言うとルーシーは自分の胸にアマネの頭を押し付けてぎゅっと抱きしめる。

突然の暴力的なハグにアマネは思わずもがく。


「ーー⁉︎」


「あははー。コラコラー、暴れないのー♡」


抵抗するアマネを数秒抱きしめてからパッと解放すると、ルーシーはすぐにまた席に戻って食事を再開する。


結局何がしたかったのかはよく分からないがきっと大した意味はないのだろう、そう思ってアマネは呆れながらもあまり深く追求せずに座る。

そんなアマネをニマニマと見ながらルーシーは


「どうだった?ボクの悪魔の抱擁は」


「微妙に痛かった。骨に当たってる感じで」


「ねぇアマネ、喧嘩売ってんの? 喧嘩売ってるんだよね⁈ 死なない程度に殺して差し上げようかなぁこんにゃろう⁉︎」


「他意はないよ。宿屋の二の舞はお互い嫌だろ」


アマネは勢い込んで腕まくりしながら立ち上がるルーシーを言いふくめて座らせる。

恨みがましくこちらを見てくるルーシーの視線をかわすために適当な話を振ってみる。


「それで、今後どうする予定なのか聞いてもいいかルーシー?」


もうじき夜も更ける。明日はどこへ行って何をするのだろうか。


「ーー予定? 無いよ?」


「そっか無いのか……は?」


「予定は特にない。この世界をゆっくり旅しながら見て回るってのも乙なもんだと思わないかい? 差し当たってはこのクレマティスの辺境伯領とかを回りつつ北のクリザント帝国にまで足を伸ばして東方大陸完全制覇ってのもいいね」


見えない地図を辿るようににルーシーはあっけらかんと笑いながら空中を指でなぞる


「ーーノープラン、かぁ」


「あれ、珍しいな。怒鳴らないの? なんか不気味ー」


「俺に対してどういう認識を持ってるのかは今夜にでもじっくり詰問するとして、俺だって流石にお前のポンコツぶりにはいい加減慣れて来た。

連れて来といてノープランってのはめちゃくちゃ不服だけど、まぁある種予想はできてたから」


「あれー? 何かボク対してものすごーく不当な評価が下ってる気がするんだけどぉ?」


遠回しにダメな子認定されたルーシーは何となくそれを察したようで不満げな目をこちらに向けてくる。

アマネはそれを無視して、自分の皿にある料理へと再び手を伸ばした。



※ ※ ※



『黒猫亭』での夕食を終え、アマネとルーシーは暗くなったプリマムの街の中、宿屋へ向かって歩いていた。


日が落ちきってから大して時間は経っていなかったと思うが、電灯や照明が未発達なようで街は元の世界の同じ時分と比べるとかなり暗かった。


それでも一部の露店は夜にも関わらず火を焚きながら商売を続け、食事や買い物を楽しむ人々は未だに多く、その活気は留まるところを知らない。

その光景は何処と無く元いた世界の縁日の境内の賑わいを思い起こさせ、アマネはほのかに郷愁にかられる。


「さて、アマネ。街をよく知るにはどういうところを見て歩けばいいか知ってるかな?」


「何を唐突に……博物館だとか役所だとかそういうのじゃなさそうなのは雰囲気で分かるけど」


「まぁ当然だね。そんな在り来たりな答えじゃあない。それはね……」


「まぁどうせ路地裏とかだろうな。観光地でも路地裏見てみたら意外と汚いっていう……」


「ちょ、答え先取りしないでくれよ⁉︎ ボクがせっかく暖めてたのにさぁ!」


「いや、これ結構在り来たりだよね?」


路地裏には本質的なものがよく見える土壌が整ってるというのはよく言われることだが、正直そこで見える本質は大概ロクなものじゃないことをアマネは知っていた。


だが一方で、路地裏というアンダーグラウンド感のある所に興味が皆無だと言って仕舞えばそれは嘘になる。


達観したようなことを嘯いてみてもやはり男子高校生特有の底のない好奇心には抗いがたい。

そんなアマネの心中を察してか、ルーシーはぐいと彼の腕を掴むと大通りに面した小さな小道へと入り込む。


「ちょ、ルーシー⁈」


「心配しなくても大丈夫さ。この街は治安も割合いい所だし、万一何かあってもボクが守ってあげるからさ、ご主人様」


そう言ってウインクしながらルーシーはぐいぐいと進んでいく。


強引、でも彼の腕を握るルーシーの手は横暴さを感じさせる力ではなく、どこか導くような優しい力のように感じられた。


そんな彼女のやり方に、アマネはため息をつきつつもルーシーに従って歩き出した。


路地裏は火の気や人気が無く、石壁に挟まれたその狭い道にはひんやりとした空気が流れている。


背後からは大通りの喧騒が微かに聞こえてくるが、それも何か壁一枚向こうの出来事のようで、二つの空間に目に見えない隔たりがあるのが嫌でも感じられる。


ルーシーの言っていた通り、路地裏は多少ゴミが散らかっている所があったりはしたものの、スラム街のような浮浪者や孤児などがいくあてもなく屯するような場所を覚悟していたアマネからすれば、とても静穏な場所に思えた。


ルーシー曰く、プリマムのあるマルトス辺境伯領では差別や経済的格差が少なく商業も充実しているらしく生活水準は高いらしい。


「とは言え、何にも無いし何にも起きないのはすごーくつまらないなーとボクは思うんだよねぇ」


「一応確認しておくけど問題起こして警察的なのと追いかけっこなんてこと考えてないよね?」


「まっさかぁ。そんなことこれっぽっちしか考えてないよぉ」


「そこは『これっぽっちも』って完全否定して欲しかったなぁ」


出会って1日も経っていないにも関わらず軽口の応酬が板についてきた二人は、食後の満腹感からか歩調が少し遅くなる。


プリマムの夜の風は涼やかで心地よく、黒猫亭で男たちの熱気に包まれながら食事をした彼らの身体を優しく撫で、その熱を取り去ってくれる。


そんな静かな路地裏を歩いていた時だった。


騒がしい音が前方から響いてきた。まだ少し遠くてこの暗い路地裏ではよく目も利かないが、誰か、それも複数人が走ってこちらへ向かってくるようだ。


「何やら穏やかではなさそうだね」


「見えるのか、ルーシー?」


「悪魔だからね、夜目くらいは利くさ」


そう言いながらルーシーはアマネの前に進み出て彼の前に左手を出して牽制。目の前からくる何かに備えている。


ルーシーの表情が変わった。


相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべているがその目には先ほどまで散々アマネに見せてきた隙やおふざけを一切排した純然な光が宿っていた。


「女の子が一人、それを追いかける男が三人って感じだね」


「———!それは確かに穏やかじゃないな。どうしようか」


「ボクにそれを問うのかい? 今や君はボクのご主人様、決めるのは君さ。見過ごすも良し、隠れるも良し、そしてーー」


ルーシーが言いかけたところでいよいよアマネの視界にも暗がりからかけてくる人影が見えてきた。


先を走るのは腰くらいまである燃えるような赤い髪を揺らす少女。

そしてその後ろを黒いマントに身を包む男が三人、目立つ特徴があるわけではないが皆揃って血走ったような目で少女を追いかけている。


「ーー!そこの人、助けてッ!」


「ーーーー!?」


少女はこちらを認めると急加速してルーシーの横を通り過ぎ、アマネの後ろに回り込んでその背中の陰に隠れた。


一方、男たちの方もルーシーとアマネに気づいたようで速度を落とし歩み寄ってくる。しかしその目に宿る殺意とも言えるようなぎらついた感情は些かも衰えていない。


むしろ少し落ち着いたことでそれが研ぎ澄まされてしまったようにも思える。


「おい、お兄さんら。そこの娘、渡してくれないかな?

そうすれば、悪いようにはしない。むしろ金だって出していい」


三人の男のうち一番いかつい男が口を開き、そう言った。


まだなんとか理性的な発言ではあるのだが、マントの隙間から剣らしきものをちらつかせているあたり、イエスという答え以外を受け取る気は無さそうだ。


それに対してルーシーは、ちらと後ろを振り返りアマネの方を見る。


「———」


きっとアマネの指示を待っているのだろう。

彼女はアマネ自身が主人なのだから自分の好きに決めろ、自分はそれに従う。そう言いたいのだろう。


「その前に、どうして彼女を引き渡して欲しいのかだけ聞いてもいいですか?」


面倒ごとはゴメンだ、彼女に何か咎があるのなら引き渡そう。

しかし、かといってこの少女に追われるような理由が無いのなら、あのような殺気に満ちた男にほいほい引き渡すのも寝覚めが悪い話。故に判断材料が必要だ。


「お前たちが知る必要はない」


「貴方に無くても僕にはある」


食い下がるアマネに男は一瞬逡巡した後に短く答える。


「そいつを殺す必要がある。渡せ」


結局判断材料は得られない。

それどころか『殺す』などという物騒な言葉すら飛び出て来た。


つまり少女の命はアマネの判断次第ということになる。

いよいよ自分の決断に対するプレッシャーが高まってくる。


どうしたものかとアマネが思案した時、背後の少女がアマネの腕をぎゅっと掴んだ。


それが彼女の不安から来たのか、それともそうすればアマネが自分に同情して助けてくれるだろうという打算から来たのかは分からない。


簡単に前者であると断じるほどアマネはおめでたくはない。

人間はいとも容易く人を利用し、切り捨て、踏みにじる。

異世界ならばそんなことはなく、人間は皆純粋で他者を利用するのを躊躇う優しさを持っていると気休め的な仮定をすることもできる。

だがアマネはそんな可能性は信じられない、いや認められない。


そんな人間の性質こそ、アマネが何度も目の当たりにした、彼が生に絶望した遠因なのだから。


そう思いながらアマネはふと背後の少女を振り返る。

美人、それがアマネの彼女に対する第一印象だった。


ルーシーも美人ではあるが、どこか人間離れした不気味とも言える美しさを持つ彼女とこの少女は違う。


人間離れの対義語として人間的、というと様々な方面に語弊を生じさせそうではあるがこの差を簡潔に伝えるならこの言葉が適切に思える。

ルーシーが完成された純粋な美であるならば、少女はその美の中に可愛らしさという似て非なる要素が溶け込んでいるものに思える。


輪郭にも、唇にも、震えるように閉じられた目にも、ルーシーとは異なる美が存在している。


アマネは素直にこの少女は可愛いと評価できると感じた。

しかし、それとこれとは話が別。判断材料は足りていないが、現状導き出せる理論的な最適解を模索しーーー


「………お祖父様、お祖母様……」


少女が小さく、そう呟いたのが聞こえた。

はっとアマネは目を見開く。


少女は泣いていた。


声をあげるように泣きじゃくっている訳ではない。

しかしその目の端には仄かな明かりに反射し光る涙が浮かんでいた。

いや、それだけでは無い。彼女は震えている。その細い足はしっかりと地面を気丈に踏みしめている。

しかしアマネの腕にすがる彼女の手はーー彼女自身も自覚していないだろうがーー小さく震えていた。


ーーあぁ、迷うことなんか無かったんだ


アマネは引きむすんだ口元を緩める。

彼女が本当は悪い人間で追われて殺される理由がある人間なのかもしれない。

だが、現状でそんな答えの出るわけのない疑問の残る要素でもって彼女の命を差し出す判断をするなんて愚行以外の何物でもない。


少女は泣いていて自分に助けを求めている。

少女は差し出されれば殺されてしまう。

なのに相手はきな臭いことに理由も明かさない。


この状況なら出す答えはひとつだろう。


「大丈夫だよ」


震える少女にアマネは短くそう言う。

それを聞いた少女は恐る恐る顔を上げアマネを見上げる。


その期待と不安が入り混じった目に少し罪悪感を覚えながらもアマネは彼女から視線を外し、男たちと自分の間に立つルーシーへと顔を向ける。

ルーシーはアマネを静かに見つめていた。


「あの人たちを追い払ってくれ。一先ずはそれでいい」


「いいのかいアマネ? ずいぶん考え込んでたようだけど。面倒ごとは御免被りたいとか思ってたんじゃないの?」


「別に、俺は今この瞬間だけ彼女に味方するだけだ。

それだって彼女の人となり云々より、向こうの不誠実と理不尽さの反射効みたいなものだし」


それを聞いてルーシーは微かに眉根を寄せる。


「……あぁ、また理屈で答えを出した訳か。ボクとしてはあまり好ましくないけど……まぁ悪い兆候ではないか」


ルーシーはそう言って苦笑しながら男たちの方へと向き直る。


「交渉決裂か」


「えぇ、すいません。あなた方にこの子は渡せない」


努めて丁寧な口調でアマネは男の言葉に答える。


両者ともに臨戦態勢に入っている。

そんな彼を見て口笛を吹きながら、片眉を上げてルーシーは男たちに向かって口を開く。


「さて、ボクも君たちを痛い目に合わせるのは本意じゃない。割と熱量を使ってしまうしね。

このまま引き下がってくれるならボクも追ったりしないけど?」


アマネの言葉を引き継いでルーシーが笑みを浮かべながら言った。

男たちは失笑を漏らしながら再びこちらへと足を動かす。ルーシーも肩を小さく竦めながら笑って前へと歩み寄る。


「ルーシー、殺さないでね」


「分かってるよ、半殺しくらいでいいでしょ?」


「いや、ルーシー加減出来なさそうだから気持ち4分の一殺しくらいで」


「難しいこと言うなぁ君は!」


アマネと少女が見守る中、ルーシーと男たちは相対す。


一見不利すぎる戦力差だ。

かたや武装した屈強かつ好戦的な男3人、かたや素手で細身の女性。勝負にすらならない、一方的に蹂躙される結末しか予見できない。


彼女の正体さえ知らなければ。


その証拠に背後の少女はルーシーとアマネを心配気に見ている。いや、どちらかと言うとアマネを見る視線には女性を盾にする彼の人間性を疑うような目をしている気がするが。


「ーーにしてもビビったぜ」


先ほどアマネと言葉を交わしたのとは別の男が不意に口を開いた。

ピクリとルーシーの動きが止まる。


「まぁさか女だったとはなぁ。声聞くまで女々しいオカマ野郎かと思ってたんだが……いやはや人を一部分で判断するのは良くないねぇ」


「———は?」


男は舐めるようにルーシーを頭の先からつま先まで視線を走らせる。

下卑た目だ。吐き気がする。


次の瞬間、何かが切れる音が聞こえた気がした。

ルーシーはとても晴れやかで、恐ろしく場違いな笑顔を見せてこちらを振り返った。


「ねぇアマネ。ボクはさっき言ったね? 君はボクのご主人様で、決めるのは君だって」


「え?あ、うん……?」


「そんなこと言った手前でアレなんだけどさーー」


次の瞬間、ルーシーの表情が激変する。

その変じようは形容し難く、アマネは生まれてからの経験でも片手で数える程度しか味わったことのないような恐怖を覚える。


「4分の一殺しとか手ぬるいこと言わないで10分の9殺しでいいんじゃないかなぁ?」


「瀕死じゃん!?ダメだよ!?てかそっちの方が難しくない!?そっちの方が器用じゃない!?」


アマネの言葉を無視して、怒気を孕ませながらも狂気じみた笑顔でルーシーは身構える。

それを見て男たちも次いで身構える。


だが遅い。

次の瞬間、ルーシーの姿はアマネの視界から消えていた。


「あ?……ぐぁ……」


そんな潰れたカエルのような短い悲鳴をあげて男が一人崩れ落ちる。


ルーシーに対して軽口を叩いた男だ。

その腹には槍のような勢いで撃ち込まれた拳。


ルーシーの拳だ。彼女は男たちに反応の間すら与えぬ速度で男の目の前に躍り出てその拳を無防備な男の腹に叩き込んだのだ。


これにはこの場にいた誰もが唖然とする。


ルーシーからその正体を聞いているアマネでさえここまでとは思ってはいなかった。その身体能力はアマネの予想の範疇を超えている。


「はぁはぁ……口には気をつけなよクソガキがぁ……」


「ルーシー、落ち着け。口調がめっちゃ乱れてる。あとまだ終わってないからね」


「分かってるよォ!!」


見たことのない憎悪の満ちた表情で崩れ落ちた男を見下ろし、その顔面に靴の踵をぐりぐりと押し付けているルーシーに恐る恐るアマネは声をかける。


幸い男は死んでいないらしい。僅かながら呻きと呼吸の音が聞こえる。

それを確認しアマネは彼が敵であるにも関わらず思わず安堵の息をついてしまう。


そんなアマネの心配をよそにルーシーはもう一人の男を一瞬で沈める。


残るは最初に口を開いた男。

他の二人よりも年上で、彼らよりも厳つい。しかしそんな彼も流石に動揺を隠せないようだ。


ルーシーはそんな彼の正面に立ち、体勢を低くして他の二人と同じように腹部へのパンチで決めようとする。


しかしその拳は放たれなかった、否放つことが出来なかったのだ。

男が腰から剣を抜いたのだ。

俊速で抜かれたその刃はルーシーの頭部を掠め、その絹糸のような髪を少しだけ斬りとばす。


「へぇ、貴方は少し動けるみたいだね。そこの二人は骨無しかってくらいに狩りごたえがなくってねぇ」


後方へと跳び退いたルーシーは、今の一撃で先ほどのご機嫌斜めが薄れたのか、へらっとした笑顔を浮かべて目の前の男を眺める。


対する男は無言でルーシーを睨みつけている。その目は彼女の動きを一つも見逃すことなく、次の動きの全てに対応してみせると言わんばかりの研ぎ澄まされている。


それを眺めながらルーシーは顎に手を当て、小さく頷くとちらりとアマネの方を見る。


「アマネ、今からイイもの見せたげるよ」


「は? 何を……」


アマネが言葉を言い切る前に変化は起きた。


路地裏の空気が変わる。辺りに漂う濃密な魔性の気配。


男もその変化に気づいたようで、その場を動きはしないものの、その視線は辺りを窺うために絶えず動き回っている。


「『忍び寄る影に身を委ね、その身は昏く融けてゆく。闇の呼び声は熱く静かに貴方を抱きしめる。委ねたまえ呼声に、委ねたまえ抱擁に、委ねたまえその闇に』」


静かに、歌うようにルーシーは詠唱する。

この街に入る時と同じだ。

あの時と同じように、魔法を使おうとしている。だが詠唱の内容は門の時とは違う。何をしようとしているのか。


そう考えているときアマネは気づいた。


『暗い』


先ほどとは段違いに、特に男の周りの闇が濃くなっている。

それはまるで夜の闇を魔女の釜で煮詰めたような漆黒。

それは澱みのように男の足元へと集い……


「『然ればその身は我が舌の上』」


そう言い切ってルーシーがペロリと舌を出す。

その瞬間、男の足元に澱む闇が形をもって彼の身を這い上がる。


「———な!?」


男はそれを振り払おうと足掻くがもう遅い。


闇は茨の形をとり男の身へその棘を食い込ませ、その蔓で彼の身を締め上げる。

そうする間にも澱みからは闇が這い上がり続け、徐々に男の身体を呑み込んでいく。


足掻きから呻きへ、呻きから苦悶へ、苦悶から恐怖へ、男の声音は移り変わっていく。


その様は生きたまま丸呑みされる哀れな小動物のようで、アマネは微かに吐き気を覚える。


男の全身が闇に包まれると同時に微かだった彼の声はついに聞こえなくなった。それを見届けたルーシーは右手を顔の前に掲げその指を鳴らす。


その瞬間、直立する黒い人型の塊と化していた男の身からまとわりつく闇が空に解けるように取り払われ、男は一言も発することなく音を立てて地に倒れ伏す。


それを見届けたルーシーは一息つくと倒れた男に近づいく。そしてーー


「えい」


その顔を思い切り踏みつけた。それも素早く三回連続で。

そして間髪入れずに他二人の顔も踏みつける。

特に最初に倒した男には念入りに。

てっきりトドメでも刺しにいったのかと身構えていたアマネは突然のルーシーの行動に唖然とする。


「あのー、ルーシーさん? 何してらっしゃるんです?」


「え? 何って、ちゃんと気絶してるかの確認だよ?」


何ということもなく言い放つルーシーにアマネは安堵とも呆れともつかないため息をつく。

ひとまず目下の脅威が去ったことは確かだ。取り敢えずはそのことを素直に喜ぶべきだろう。だが〆る所は〆ておかねば。


「ルーシー、俺たちを守ってくれたことには本当に感謝してる。けどさ、俺最初にこの人たちを追い払ってって言ったよね?」


「え、あー。そうだったっけ?」


「あと、4分の1殺しで済ませてあげて欲しい、とも言ったよね?」


「えー、そーだったかなぁ? ボク忘れちゃったなぁ?」


わざとらしい演技で誤魔化すルーシーを睨みながらアマネは追及を続ける。


「まぁね、ちゃんと彼らも気絶で済んでるから俺としては構わないけどさ、あんな軽口にムキになって部外者な女の子の前であんだけえげつないことする必要ないだろ?」


「むぅ、その点は反省せざるを得ないけどぉ……」


子供っぽく頬を膨らませるルーシーに冷たい視線を送りながらアマネはこの先のことを考える。


これだけ派手にやると後が面倒だし、何よりアマネ達とは無関係なトラブルに派手に巻き込まれてしまった。


今後のことを考えれば彼女らの記憶も門兵達のようにルーシーに封印してもらうのが最適か。


しかしそれ以前にまず彼女の話を聞いておきたい気持ちもある。どうすべきか逡巡していた時だった、


「ねぇ、貴方達……」


少女がこちらに話しかけてきた。

先ほどまでの怯えた様子は消え、気丈な目でアマネとルーシーを見つめている。


その青い瞳はどこか高貴な輝きすら感じさせる。

しかし、今のアマネにその美しさについて感慨を覚える暇はない。


早急に少女への対応を考えなければ。そんな混迷しながらも絶え間なく回転するアマネの思考は少女の次の一言で停止する。


「———貴女、悪魔でしょ?」

ボーイミーツガールの始まり

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