4th.異世界の風景
「さて、とりあえず覚悟を決めた君にこの世界の概略でも教えてあげようかな。
まぁ歴史云々はめんどくさいからまた今度ということで君たちの世界との決定的な違いをまずは伝えよう」
草原から少し離れた森の中をルーシーとアマネは歩いていた。
彼女いわくこの先にある道なりに進むと町に出るとのことだ。異世界というのだからそもそも人がいるかも怪しいと思っていたが幸いにも街を形成するくらいの文化レベルの知的生命体はいるらしいというのが図らずも彼女の言葉から推察できた。
「まず一つ、この世界には魔法が存在します。
厳密にはそんな魔法ってポンと言っていいもんでもないんだけど、まぁ詳しい話はまた今度。
二つ、この世界には君たちのいた世界では見たことのない生き物とかがわんさかいます。いくらか似たようなのはいるかもだけどね。
三つ、この世界には様々な種類の人間がいます。一番大雑把に分けるなら人族と亜人種だね。
人族ってのは君とおんなじような身体的特徴の人。亜人種ってのは人族とちょっとだけ、でも個性の域を逸脱した違いを持つ種族の総称だ。
町に出て彼らを見てひっくり返られたら色々迷惑だからそこは承知しといてねアマネ」
「ホントにザ・異世界って感じなんだな。ちなみに念のため聞くけどRPGとかみたいに魔王的なビーイングは居たりするの?」
「えー、目の前にいるじゃない。魔王的な大悪魔のお姉さんがサ!」
「それはさておき……」
「酷くないかなご主人様⁉︎」
喚くルーシーを尻目にアマネは考え込む。
勝手に連れてこられたこの異世界。まぁ元の世界になかったものが多々あって好奇心が刺激されるのは請け合いだろう、しかしそれ以前に幾ばくか問題がある。まずはーー
「とりあえずさ、言葉って通じるの? 言葉通じないとお前の通訳をずっと通さなくちゃならないんだけど。ていうかそもそもお前は話せるよね?」
「あっはっは。このルーシー様を誰だと心得てるのかな? 大悪魔よ大悪魔!
ボクは自慢じゃないけど君の元いた世界じゃ英語フランス語イタリア語スペイン語ドイツ語ロシア語中国語朝鮮語日本語エスペラント語までお茶の子さいさい!
たった一つしかないこの世界の言葉が分からないはずがないじゃないか!」
物凄いドヤ顔であまり無い胸を張るルーシー。
自慢じゃないと言いながら明らかに自慢げだ。
まぁ彼女の語学の堪能ぶりはある程度推察できた。しかし、今の発言で引っかかることがある。
彼女は「たった一つしかないこの世界の言葉」と言った。
つまるところこの世界は言語が統一されてるということだろうか。それとも元の世界の英語ように国際共通語とされるものの浸透度の問題だろうか。
「で、そこんとこどうなのさ」
「ああ、まぁこれもいずれ説明しなきゃとは思ってたから教えとくか。
この世界には現在使われている言語は一つしか無いんだよ。
もちろん地方によって訛りくらいはあるけど言語種別は同じ。だからこの世界の住人はどこに行ったって言葉が通じるのさ」
「言語が一つって、それおかしくない? そんなことありえるのか?」
「ま、詳しい理由はおいおいね。それより目下の問題は君の言語能力だね」
微妙に引っかかるところはあるが追求しても恐らく教えてはくれないだろう。
こんなところで契約の命令権を使うのも馬鹿らしいし、いずれ教えるつもりがあることは確認できたのでアマネとしても一先ずはそれでよしとする。
目下の問題は彼女のいう通りアマネ自身の言語の問題だ。何か対策を考えているのかーー
「ま、取り敢えず町に着いてからなんとかしようか。大丈夫!手段は考えてるから!」
後回しにされた。
正直かなり大事な話だと思うんだが。
ルーシー自身が突きつけたアマネがこの世界で生き抜くということに関して最重要とも言える要素を後回しにされた。
何かしらの深遠なる真意があることを切実に願いながらアマネは渋々納得する。
そんな彼を見てルーシーはうんうんと頷きながら笑う。
「さて、そろそろ森を抜ける。
街道にでたら街はすぐそこだ。そこで服の一つ、食事の一つでも用立ててから色々話そうじゃないか」
そう行ってルーシーは足を早める。それにつられてアマネも足の動きを加速させる。
少しすると視界が開け、その先には整備された石畳の道が見えてきた。
石畳の上に両足を揃えてぴょんと飛び乗るルーシーを呆れた目で見ながらアマネも並んでその上に立つ。
二人の視線の先、高い石造りの城壁と開かれた木製の大きな門が見える。
「あそこが目的地、か」
「そ、この世界最大の国家クレマティス諸侯連合王国の東の端、マルトス辺境伯領最大の都市プリマムさ。
この辺は特に亜人種が多いからね、異世界感抜群だよ?」
「それは……楽しみにしておくべき……なのかな?」
ルーシーの何かを期待するような目になんと返せばいいのかよく分からず、アマネは語尾を疑問形にして答えを濁す。
そんな彼の答えにも満足げに笑うルーシー。きっとアマネを困らせるのが楽しいのだろう。
今更ながらに彼女が自分に言った「悪魔とは『悪意』の権化」という言葉が脳裏をよぎる。
「それにしてはずいぶんライトな悪意だよなぁ」
「あれ?アマネ今何か失礼なこと考えてない?」
「別に」
「うわ、反応がドライだぁ。何?反抗期?思春期大爆発?」
「俺、なんかお前のスタンスとかスタイルがホントによく分かんなくなって来てんだけど」
ルーシーの戯言を軽くあしらいつつアマネは彼女を置いて目の前の城門に向かって歩く。
城門の前には衛兵が二人。服装は中世ヨーロッパのモノに近いんじゃないかとアマネは大して詳しくもない知識ながらに推察してみる。
目の前の二人は特に警戒心を示していないことから特に大過なく通過できそうだ。
「あ、アマネ。ちょっとボクの後ろで待ってておくれ。門兵さんがたとちょっとお話しなきゃだし」
そう言ってルーシーは駆け足でアマネの前に出る。
そしてアマネの聞いたこともないような言語で唐突に目の前の二人に話しかけた。
すると門兵達もそれに応じ話し始める。内容が全く理解できないアマネはただ黙って三人を見守るだけ。
別にライトなノベル的に異世界無双をしようなんて厨二チックな妄想を抱いてはいない。
だが、それにしても平和的かつ地味な旅路の予感がビンビンする。
安心して旅ができることは心臓的にも悪いことでは無いのだが、やはりハラハラするような展開があってもいいような気がする。
そんなことを思う自分を不意に自覚して思わずアマネは自嘲的な笑みを口の端に浮かべる。
つい半日もしないくらい前に死を望み、生に絶望しているなどと悪魔の前で宣っておきながら、実のところは自分の中では未だに新たな未知の世界への好奇心でいっぱいなのだと言うのは随分と笑える話だ。
そんな感傷に浸るアマネを余所にルーシーと門兵の話は続いていた。
しかし、先ほどとは打って変わって門兵達の顔は険しくルーシーを睨みつけている。
ルーシーは怒鳴りながら何事か身振り手振りを交えて体いっぱいに何かを表現しようとしているようだが側から見るアマネからは意味不明なことを口走るただの頭のおかしい人にしか見えない。
言葉が分かるだけ門兵達にはある程度の情報は伝わっているのだろうが、それにしてもこんな短時間で一体何をしたらこうなるのかーー
「ちょっとアマネ!」
「んあ? どったのルーシー?」
「ちょっと強硬策に出るからこっちおいで!」
ガキ扱いかよ。
そんな気持ちがアマネのの心を一瞬支配したがすぐに彼はそれを何かしら必要なことなのだと言う希望的観測で押さえつけて彼女の側へと歩み寄る。
「何するのさ?」
「黙って見ててってば。大丈夫殺しはしないから」
穏やかじゃ無い言葉が出てきた。
一体あれだけ友好的に見えた門番sと何があれば殺し合い一歩手前まで行ってしまうのか。仄かにその原因が何か、アマネは予感していた。
これはルーシーの交渉能力の壊滅的なまでの無さなのか、それとも門兵達が見た目に反して悪魔さえ怒らせるほどのえげつない外道だったのか。
判断に困るところだがどちらかと言うとアマネはルーシーを疑っていた。そんな彼の視線に気づくこともなくルーシーはその吸い込まれるような紫の瞳で目の前の二人を見つめている。
「『道程は遠く深く深淵へと沈みゆく、触れること能わず、愛でること能わず、還すこと能わず。静かに目を閉じ全てを底へと落としたまえ』」
「ーーーッ」
次の瞬間、門番達の目が真っ黒になる。白目も瞳もなく、様を流し込んだように真っ黒に。
彼らはその場で蹲り10秒ほどのたうちまわった後、その場で動かなくなった。
「ちょ⁉︎ 殺しはしないとかさっき言ってたじゃんか!?」
「だぁいじょーぶ。殺してないし、どっかを駄目にしたりしたわけじゃない。ボク達に関する記憶を彼らの記憶の奥底へと隠しただけ。魔力をちょっと乗せた暗示さ」
「暗示……」
「もう少しすればまた何事もなかったように動き出すさ。その前にボクらはさっさとズラかろうか」
「ズラかるって……ていうか彼らに何を言ったらそこまでしなくちゃいけない事態になるのさ?」
「ーー! え、えー、別にぃ。ちょーっと世間話してただけだよぉ?そしたら急に向こうが盛って来ただけー。ボクの魅力に中てられちゃったのかなー」
露骨に怪しい反応を見せて誤魔化すルーシー。
しかしアマネは気づいていた。門兵達がルーシーの胸のあたりに目をやって小さく溜息をついた瞬間から彼らの会話が険悪になった事を。
そしてそれ以降主にルーシーの方から突っかかっていたこと。
「まさかとは思うけど、胸に溜息つかれたからキレた、なんて子供っぽい理由じゃあないよな?」
「ーーー⁈ マ、マーサカー。ソンな子供ッポイことするワケないじゃないカー」
露骨過ぎる。アマネはこの瞬間にこの悪魔に交渉ごとを任せるのは一切やめようと決めた。
冷めた目で彼女を見ながらそそくさと門を通り抜ける。
流石のルーシーもこの対応でアマネをどうにかできるとは思えなかったようで観念したように肩を竦めながら、とぼとぼとアマネの後を追う。
振り返ると門兵達が頭に手を当て二日酔いのようにフラフラしながら立ち上がり、すぐに何事もなかったように門番に戻っていた。
ルーシーの言った通り殺してはいなかったようだし、アマネ達のことを忘れてくれているようなのでまずは一安心というところだ。
「ーー相棒がポンコツなのを除けばなぁ」
「ちょ!?誰がポンコツだ! スーパー最強大悪魔のルーシーさんを捕まえてなんてこというんだ君はぁ!?」
ルーシーの空回りな叫びを聞き流しながらアマネは異世界で最初の街プリマムの門をくぐった。
※ ※ ※
街に入ってからは衝撃の連続だった。
目の前を獣の耳や尻尾を生やした人間がごく当たり前のようにうろついているのだ。
絵面として想定する分には愛らしいものを想像しがちだが、実際街を歩いてみればケモミミのおよそ似合うべくもないオッサンが耳と尻尾をピクピク動かしている様が視界に飛び込んでくるのだ。
当たり前とは言え、想定外の見てくれの存在に対して怖気を帯びた衝撃を覚える彼を責めるのはあまりに酷だろう。
もちろんアマネと同じような身体的特徴の人間も多々見られたが、それ以外にも背がとても低い割りに威厳たっぷりなおじさんや逆に二メートルはくだらない体格でへこへこ周りに気を遣いながら歩く人などインパクト大な見た目の人、耳が長く尖った女性なども街行く人々の中にいた。
そんな人々に見つつ見られつしながら、アマネはルーシーに連れられて街の一角にある宿屋と思しき建物に入った。
ルーシーは受付の女性にお金を出しつつ饒舌に何事か語りながらチェックインを済ますと、そそくさとアマネの腕を引っ張って二階へと上がって部屋へと入る。
割り当てられた部屋はあまり広くはないがしっかりと人数分ベッドが用意されており二人で過ごすのには十分そうだ。
「さってと、腰を落ち着けたところでアマネ君? 異世界の感想はいかがかな?」
ルーシーはぽすんと窓際のベッドに腰掛けながら、廊下側のベッドに同じく腰掛けたアマネにマイクを握るような形の手を差し出して問いかける。
「ーーーーーー」
「どうしたんだいアマネ、ほらほらご感想を」
「ーーくやしいけど面白かったし興奮した。なんかお前にあれだけ言っといてこんなこと言うのもアレなんだけど……」
耳が熱くなるのを感じながらも、アマネははっきりと感じたことを口にする。
自殺しようとして、生に失望しているなんて啖呵を切って、異世界に対しても否定的なスタンスだったのに、こんなことを言うのは本当に情けないし、自分の中の感情はそんなものだったのかという気持ちもある。
それでもやはり未知のものを目の前にして新たな世界を提示されてそれにすら無反応を貫けるほどにアマネの心は死んでいない。
獣人や巨人、小人にエルフなど様々な見たことのない人種。
明らかに自分のいた世界とは時代性の違う石畳や建物。
露天の店先に並ぶ見たこともない商品。
馬車や騎士の行き交う街。
全く読めない文字に、理解不能だけど楽しげなことは伝わる会話。
これらはアマネの錆びかけていた好奇心に火をつけるには十分以上なものだった。
とっくにそんなものは機能を停止していると思っていたのに、そんな感情が再び動きだしたことには自分でも驚きを禁じ得ない。
しかし一方で先ほどまで抱いていた感情とは整合性のないこの昂りを非難し自己嫌悪を感じてしまう自分もいる。
そんな彼の心の中での感情のせめぎ合いを察してか、ルーシーは緩んでいた口元をさらに緩めて静かに笑う。
「別に悔しがることも変に思うこともない。そういう感情はとーっても大事なことさ。少なくとも君はそれによって、未知なるものへの興味、という暫定的な生きる理由を見出せることになるんだ」
ルーシーは差し出した手を引っ込めて頬づえをつきながら愛おしむような目でアマネを見つめる。
その目がとても優しくて、つい彼女が悪魔であることを忘れてしまう。
「ま、ボクとしても君がこの世界に興味を抱いてくれたならありがたいことだ。契約の履行が捗るってもんだからね」
「その発言は最後まで出さないのが吉だったと思うんだけど」
「ま、ま、気にしないでおくれよアマネ。それより、いい加減君の言葉をどうにかしようか」
「服を買って食事を済ませてからどうにかするんじゃなかったの?」
「よくよく考えれば服買う時に店員さんと話す時とかレストランでメニュー見る時とか言葉わかんないと面倒だろ?
というかいちいち君に通訳してるたびにボクに対する不信感が相手からビンビン伝わってくるんだよね」
前者はもっと早く気付くべきだと思うが、一方で後者はアマネも気づいていなかった問題だ。
この世界には統一された言語が一つあるだけで方言程度の多様性しかないとルーシーは言っていた。
ならばこの世界には通訳という概念はおそらく存在しない。だとするならばルーシーがアマネに対して日本語で通訳するのは、異世界の人間から見れば意味不明なことを口走って会話している危ない人になるわけだ。
存外門兵との一幕はこれが遠因となっている可能性もあったのではないかとも思える。
だとすればルーシーに不手際の全責任があるとするのは筋違い。アマネは口には出さないが心の中でルーシーに謝罪する。
「まぁそれはさておきだ。どうやって解決するつもりなの、ルーシー?」
「そうだねぇ……うん。アマネ、右手を前に出して」
言われるがままにアマネは向かい合うルーシーの前に右手を差し出す。ルーシーはそれを左手で受け取りながら視線をアマネに向ける
「今から君とボクで契約を結んで君がこの世界の言語を喋れるようにする。対価は……そう、さっき結んだ契約の対価、あれのお釣り、みたいなもので済ますから特に君から何かもらうことはない。いいね?」
アマネが無言で頷き同意の意を示すとルーシーは右の手をアマネの掌の上にそっと重ね、包み込むようにそれを覆う。そして静かに目を伏せそっと口を開く。その瞬間部屋の空気が変わる。
「『悪魔ルーシーが請い願う。我が契約者に我が咎を対価として抱擁を与える。望むは言の葉。解し、操り、語りかける言霊の加護。今我ら契約を結ばん』」
ルーシーの手を通じて自分の右手から体内に何か温かいものが流れ込むのを感じる。
それはアマネの身体を駆け巡り全身を包み込まれるような幸福感に変わる。アマネはその感覚に身を委ねるように静かに目を閉じる。
幼い頃に母に抱かれた時の暖かさ。忘却の彼方に消えたはずの感触が蘇り、アマネの頬を熱い涙が伝う。
次の瞬間、急速に彼の身体を巡っていた暖かな奔流は彼の中に融けゆき知覚すら出来なくなってしまう。
目を開き、前を見ると心配そうにこちらを覗き込むルーシーの姿が見えた。目をパチパチさせるアマネの姿にルーシーは安堵のため息を吐き、そのままベッドに仰向けに倒れこむ。
「もぉー、心配したよアマネぇ。なんか契約が終わって見てみたら泣き出してるんだもん。
初めてやるタイプの契約だから何か不具合でも起きたのかと思ってびっくりしたんだからね」
「ーーーあ……ご、ごめん」
とめどなく溢れる涙にギョッとして慌てながらアマネはそれを制服の袖で拭う。
ルーシーはベッドの上で笑いながら言った。
「いいよいいよ、大丈夫。それよりアマネ、これ読んでご覧」
そう言いいながらルーシーはぱっと起き上がり、ポケットから一枚の紙切れを取り出してアマネに手渡した。
それは宿屋に来るまでの道のりで、猫みたいな耳を生やした可愛らしい女の子がぐいぐいと配っていたチラシだった。
通りがけに見たアマネはそこに何が書いてあるのか全く読めなかった上に何を言っているのかも分からなかったのでゴメンねというジェスチャーだけでなんとか押し通ったのだが、ルーシーはそれを受け取っていたらしい。
恐る恐るアマネはそのチラシに目を通して見る。
『朝昼晩! お食事ならココで決まり!安くて早くてそして美味い! 黒猫亭』
読める。文字は間違い無く異世界のもののままなのに意味がそのまま入って来る。なんとも不思議な感覚ではあるが意味がわかるのだ。
「ーーー読める、読めるぞ!」
「あはは、すごく目潰ししたくなるリアクションだねぇ。それより次は窓の外を見てごらんよ」
ルーシーがそう言い切る前にアマネは立ち上がって窓の外に身体を乗り出す。
耳に流れ込む外の街の喧騒。先ほどまでは意味のわからない雑音でしかなかったはずのそれはアマネの中に確かな意味を持った言語として落とし込まれていく。
「何を言ってるのか分かる!」
「あはは、いい笑顔だねぇ。やっぱり分からない時間を体感させた意味はあったね」
ルーシーは笑いながらアマネの隣に歩み寄る。
「ーーー?」
「この方が君もボクのありがたみってヤツを実感できただろう? 何かボク、アマネにすごーくなめられてる気がしてたからね」
先ほどまでアマネの心を高ぶらせていた興奮が急速に冷めていく。
確かにありがたいと思うし、あの時間を経たからこそ言葉が分かることのありがたみを感じることが出来た。
それはルーシーに感謝すべきだと思う。しかし、最後の一言で台無しだ。
「あれ?アマネ? 何かすごーく冷めた目だよ? 例えるならチベットスナギツネのような?」
「俺の目つきがチベスナモードになったのは十中八九お前のせいだよ。何でお前はそうやって感動や感慨を台無しにしていくのかなぁ!?」
「えぇー!? 何でさぁぁ!?」
「その胸に手を当てて心音しっかり感じながら自分の言動を振り返れ!!」
「薄いってか!?ボクの胸が薄いから心拍がはっきり伝わるってか!?それを言ったら戦争だろう!?気にしてんだからね!?」
二人のやりとりは隣室の客の苦情で受付の女性が部屋に乗り込んで来るまで続いた。