糸は多いほどよく絡まる
「ほら、アーシア。これが何かわかるかい?」
ソニアはそう言うと、ぐちゃぐちゃに絡み合った毛糸をアーシアに放り投げた。何本かの色の違った毛糸が複雑に絡み合い、ぐちゃぐちゃになっている。アーシアはなんだか怖くなって、ソニアが放り投げた意味の分からないソレを受け取らず、そのまま床に落とした。どことなく、気持ち悪い感じがした。
「なに?。。分かんないけど。。」
「伏線だよ。ほどいてくれ」
「。。。。」
酷い有様だった。アーシアは全てを察した。床に落ちた毛糸のクズは絡まったまま、動かない。死んでいるようだ。アーシアはおずおずと、それを拾った。
「ソニア。。大丈夫??」
「え?なにが?」
「。。。」
その、ひきつった笑い顔!無理をして笑顔を作ったその痛々しい顔をアーシアは悲痛な面持ちで覗き込んだ。ソニアは絡まった糸をほどこうと懸命に作業をしているようだが、本人にも、もうどうしていいか分からないのだろう。複雑に絡み合ったそれを無理にほどこうとすれば、無理が生じ、因果律の崩壊を招き、読者を置いてけぼりにするだろう。作者はいわば、物語においての神である。それは、物理法則すら曲げゆる存在。
「あーあ!書くんじゃなかった!ほら見なよ!これ、その場の勢いだけで書いてるんだぜ?何考えてんだよ、コイツは?!」
過去の自分に文句を垂れる様は、見ている者を困惑させた。アーシアはソニアの助けになるか分からないが、懸命に毛糸をほどこうと試みていた。アーシアは必至だった。ソニアを勇気づけてあげたかった。大丈夫!私にもできたんだからソニアだったら簡単だよ。。こう言ってソニアを励ましてやりたかった。だが、無情にも、焦るアーシアを嘲笑うかのように毛糸はアーシアが手を加えれば加えるほど絡み、複雑になっていった。ソニアはその様子を見て、もう駄目だと思った!
「アーシア。無理にほどかなくっていいよ。捨てな!捨ててしまえ!」
「だ、駄目よ。ソニア。あなた、言い訳にするつもりでしょ?自分に対しての言い訳にするつもりなんだわ。」
泣いてしまいそうになりながら、アーシアは懸命に糸をほどいていった。ソニアは座椅子を使い、回転している。両手を上げ、床を蹴り速度を上げた。
「僕はタイヤだ!」
「ヤメテ!ソニア!!」
二匹の悲痛な叫びは部屋の中にこだました。ソニアにとって、その物語は爆弾のように思えた。どこかの配線を切ってしまえば、瞬時に爆発してしまうだろうということが自分でも驚くほどよく理解できていた。残されている道は多くはない。