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小説を書けない吸血鬼  作者: みつる
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ゆきのなかのしちゅー

カチャリ。カチャリ。お皿にスプーンの当たる音がします。


「ねえ、アーシア。シチューって煮込み料理の総称のことなんだよ。知ってた?」

「そんなの、当たり前じゃない。世界の常識よ?」

「そうだよね。でも、日本に住んでるとさ、ビーフかクリームの二択なんじゃないかなって思うよね?」

「そう思い込む人もいるのかな?でも、子供から大人に成長する過程で、どこかしらで、知るんじゃない?」

「そういうものかな・・・」


家を覆い隠すように積もった雪は音を柔らかく包むようです。音のない部屋の中、ソニアとアーシアはシチューを食べていました。カチャリカチャリとお皿にスプーンが当たる音が、いつもよりよく聞こえます。ストーブの上では鍋の中に入ったシチューがコトコト煮込まれておりました。


「シチュー男。」

「・・・えっ?」


アーシアは不安になりました。ソニアの何を言いたいか何を伝えたいのかさっぱり分からない、その発言に。二人きりしか居ない部屋の中、逃げ場はどこにもありません。聞こえなかった振りをしてやり過ごそうと、アーシアはまだ空になってないシチュー皿を手にストーブの方へ立ち上がりました。シチューはしっかりグツグツ煮込まれているようで、そのとろみがついた衣は、しっとりとほどよい口触りで、食べるものを幸せにするのです。鍋の中をオタマでかき混ぜたアーシアは『幸せってこういうものなのかな?』って何もかもを忘れ、シチューを掬いました。お皿の上には、たっぷりの幸せが盛り付けられました。ソニアは、スプーンを置いて、アーシアをじっと待ち構えていました。アーシアはうんざりしてソニアを見ないように席へとつきます。


「シチュー男ってどうだろ?」

「ソニア・・何を言ってるの・・?」

「シチューが好きで好きでたまらない男がいるんだよ。その男が色々事件を起こすの」

「ソニア。落ち着いて?いい?たとえ、面白かったとしてもどこにその、需要があるの?誰がそんな男の話を喜ぶの?」

「ごめん・・」


カチャカチャと部屋にはお皿の音がします。シチューは二人分にしては多めに作ったつもりだったのですが、もうすぐ無くなりそうです。シチューを食べている二人は体の中から暖まり、少し汗ばんできていました。ソニアは何やら考え事をしているようでした。じっとりと皿の中を覗き込みます。そんなソニアにアーシアは、また不安を覚えました。『ハァ。。』アーシアは心の中で溜息をつきました。


「ねぇ、知ってる?ソニア。クリームシチューって日本で生まれた食べ物なのよ。」

「えっ?そうなのかい?」


やっぱり何も考えてなかったんだ・・アーシアはソニアが良くない方向に進みだしているのがハッキリわかりました。シチューについての知識はおろか、下調べもなにもあったものではありません。ソニアはどうにも落ち着かない様子で手を揉みしだいています。私がなんとかしてあげないと・・アーシアはスプーンをコトリと置くと真面目な口調でソニアを諭そうとしました。


「ソニア。あなたね。この間、読まれなきゃゴミを生産してるのと同じなんだよ。ってゴミを書きながら言ってたじゃない・・・また、同じ思いをしたいわけ・・?」

「この前は失敗だったさ!真面目にしすぎたんだ!今回のは、面白いと思うんだ・・・そうだ!ドラム缶シチューなんてどうだろ?!斬新じゃないかな?」

「(ドラム缶シチュー?)ソニア・・それで人気が出るの?それ、真剣に言ってるの?」


アーシアが心配している事柄は実に当たっていました。思い付き、それがこの吸血鬼の全てでした。ドラム缶シチューにこだわった結果、そこに至るまでの道のりはとても険しい物になり、読者を容赦なく振り落とすでしょう。それがアーシアにはよく分かっていました。そもそも、意味が分かりません。ドラム缶でシチューを煮込むことが、どう面白いのでしょうか?アーシアは困りました。ソニアは独り言をブツブツ呟いています。ぷろっと(プロット)こうちく(構築)しているつもりなのでしょう。たぶん・・・。アーシアは、そんなオチない、人気も出るはずもない困り果てることが分かりきっているソニアが、たまらなく嫌になり、シチュー皿を手に席を立ちました。また、愚痴を聞かされます。そんな遠くない未来がすぐそこに見えているようでした。逃げ場を探すように窓の外を見ると、雪が降っていました。しんしんと積もる雪はとても静かです。雪は綺麗な物も汚いものも全てを覆い隠します。暖かな部屋から見れば、なんと優し気なことでしょうか。アーシアは窓に手をかざします。『一度、世界が全部、雪で覆いつくされればいいのに。』アーシアはそんなことを思いました。


「見て。ソニア。とっても綺麗だよ。」


アーシアは嬉しそうに、窓を背にソニアを呼びました。


「そうだね。シチューが降ってるみたいだ。」


台無しでした。もう、ソニアはシチューのことで頭が一杯なようでした。

後日この愚かな吸血鬼はアーシアの予想に反することなく困ります。ドラム缶に囚われ、やってたアニメからゆるくないキャンプという言葉を思い付き、どうしても使いたくなり、良い落ちがまったく思い浮かばず、あやうく戦後の食糧事情など、ややこしい問題まで絡めようと足掻き、なぞの世界を構築するまでに追い詰められます。「ハハ、シチューに対して恐怖!したのはボクだったというオチさ。笑えるだろ?」そんな呆れた発言も出ました。アーシアはそんなソニアを見るたびに、『それ、見たことか。』と思いました。ですが、今の二人はそんな未来の話はさておき、二人で美味しいシチューを食べる。それがとても愛おしく、大切な時間だとアーシアは感じていました。シチューというのは、あたたかで世界中にありふれるも、それぞれに違った家庭の味なのではないのでしょうか?なにも、変な男がドラム缶でシチューを煮込むことはないのです。

後日、ソニアは読者に向け、こんなメッセージを作品の中に遺します。


「ヤケクソシチュー完成ね」


それが作品の全てでした。







宣伝?ありがとうございます!びっくりしました!

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