第5話 歪ノ新抱ノ決意
ジルクがフォングに話をしておくと言われ、俺は自室に戻ってきた。
他の屋敷生は講技を受けている時間だ、変に時間が空いてしまった。
とりあえずベッドに倒れこみ、ぼんやりと天井を眺める。
(父さんか……)
改めて、さっきのカミラとの試合を思い出す。
あの時、あと1秒あれば俺はカミラから一本を取れていた。
決して届かないと思っていた存在に、あと少しで追いつけそうだった。
今でも、あまり実感が湧かない。
部屋でボーっとするのも飽きて、俺は竹剣を手に部屋を出た。
・・・・・・
「あれ? イーゼ君」
講技の時間だから食堂には誰もいないと思ったが、違ったようだ。
フォングと同様に基礎クラスの担当であるニーナ=クイル教育師がテーブルで書類仕事をしていた。
すぐ傍に紅茶といちごのケーキもある。
「今講技の時間だよね? もしかしてサボったの?」
「いや、まぁ……色々あってさ」
俺は、昼にジルクに捕まってからさっきまでの出来事を話した。
手を止めてちゃんと話を聞いてくれるのはニーナさんの長所のひとつだ。
真剣な顔で、うんうんと相槌を入れてくれる。
「なるほどね、ジルク屋敷長も考えたなー。確かに先輩の性格を考えると妥当だったのかも」
「……毎回思うんだけど、その先輩って父さんのことだよな?」
ニーナは昨年から埜都の屋敷に配属された新米の教育師だ。
教育師の業務に慣れるために、カミラが2年間指導するらしい。
元々ニーナが西の翔寥という屋敷出身なのもあって、在籍する教育師の中で唯一埜都出身ではない。
なのに何故埜都に配属になったのかは分からないが、本人は楽しんでるみたいだ。
「なぁ、ニーナさん。ちょっと話があるんだけど」
「ん? 勿論いいよ。何でも聞いて」
「ありがと。実はさ…………」
そこで、急に大きな音がなった。
……俺のお腹から。
一瞬で顔が紅くなる俺を見て、ニーナはクスクス笑った。
「あの……さっきの試験でかなり動いたから………」
「あはは、別に言い訳しなくて大丈夫よ。先に注文してきたら?」
「うん……そうする」
一応昼食も食べてたし、時間も昼過ぎなのでブラウニーとオレンジジュースを注文する。
子供の頃からチョコレートが好きだから、何も考えなくてもデザートメニューに目が行ってしまう。
「イーゼ君、オシャレなもの頼んだね」
「そう? オシャレとかよく分かんねえけど」
「まぁそれは置いといて、話って何かな?」
紅茶を口に運びながら微笑むニーナ。
ブラウニーを切り分けながら、ゆっくりと話し始める。
「俺……父さんに認められたいんだ」
「認められるって?」
「ジイちゃんもフォングさんも父さんは不器用なだけって言ってたけど、でもそれは俺が父さんにちゃんと認めてもらえてないのもあるんじゃないかなって。もっと父さんが無視できないくらい実力をつけて、教育師としても父親としても俺をちゃんと見てほしい。そう思うのは……変かな?」
顔を上げると、ニーナは難しい顔をしてカップを置いた。
「う~ん、なんていうか……イーゼ君もイーゼ君だなって」
「どういうこと?」
「いや、今のは忘れて。二人とも素直じゃないんだなってだけだから」
「待って尚更気になる」
「ごめんね、はぐらかしてるわけじゃないんだけど……私も何てまとめればいいか分からなくて。じゃあイーゼ君は、どうやって先輩に認めてもらうようにアピールするの? それって講技以外でってことだよね?」
「いや、そこまでは考えてなかったんだけど……」
「なるほど、じゃあ今は目標を持った段階ってことなんだね。んー教育師の立場で言うのならば、危ないことはしてほしくないけどなぁ」
「さすがにそんなことはしねぇよ」
「でもイーゼ君、今以上にどうやって評価を上げるの? 既に凄い評価高いのに」
「そうなの!?」
別に特別なことは何もしてないぞ?
「ほら、休日とかいつもリアちゃんと稽古してるじゃない? あそこまでやってる屋敷生は誰もいないから、二人とも教育師の間では評判なの。先輩もたまに様子を見に行ってるらしいし」
「全然気づかなかった……っていうか、あれだけ頑張ってるの見られてたのに応用に上がれなかったのって」
「そこはほら、先輩のさじ加減だから。イーゼ君は悪くないよ」
「うん……」
そうだ。
どの教育師も、俺をフォローしてくれる。
頑張ってるとは言ってくれるものの、今のままでいいのかという焦りが、どうしても拭えない。
父さんにちゃんと認めてもらうには、もっとアクションを起こさないと。
『何物にも縛られるな、風のように思いのままに』
埜都の屋敷が第一とする教訓を、もう一度心の中で唱える。
……うん、最適解かどうかは分からないが、何かやれそうな気がする。
「あ、そろそろ午後の講技が終わるね。私も先輩に書類出してこないと」
「俺もリアを探しに行こう……ニーナさん、その、ありがとうございました」
「ううん、寧ろ役に立てたのか分からないけど……無理はしないでね」
ブラウニーの最後のひとかけらを口に放り込み、竹剣を持ってニーナさんに続いて食堂を出た。
・・・・・・
「ねぇ、イーゼ……」
「どうしたよ?」
「なんであんなに激しい試合した後でそんなに動けるの……?」
1時間後
講技が終わったばかりのリアと広間でひたすら試合を繰り返していた。
俺も肩で息をしていたが、リアはよほどハードだったのかその場で座り込んでしまった。
「珍しいな。普段ならもう2試合はいけるのに」
「今日は大変だったんだよ……イーゼがいなくなってからカミラ教育師すごい怖かったんだよ。メニューが倍になって立てなくなった子もいるくらい」
「うわぁ……応用クラスって厳しいんだな」
「全然だよ? カミラ教育師が『あれが今の基礎クラスの実力だ! 応用クラスのお前達がそんな調子でどうする!』って、ものすごい檄を飛ばしてた」
「それは……」
俺でも分かる。
完全に父さんの八つ当たりだ。
応用クラスの皆には悪いことをしたが、実際俺もジルクに拉致されて連れて行かれた身のため、何も言えない。
「それにしても、講技の後に試合なんて、それこそ珍しいよね。やっぱり悔しかった?」
「えっ? まぁそりゃあ……やっぱ分かるか?」
「今日に限っては私じゃなくても分かると思うけどね。でも、なんだか悔しいって感じの攻めじゃないんだよね。もしかして、もう吹っ切れたの?」
「…………なんでそう思うんだよ?」
「回転の安定感が違った。いつものイーゼは軸を意識しながら相手の急所から目を逸らさない。焦ってると軸が疎かになるから。今の試合では回転がしっかりしてたから、もう切り替えれたのかなって」
「お、おぉ……」
さらっと言ってるけど、リアの観察力には驚愕する。
付き合いが長いのも、何度も試合をしてるのも関係あるんだろうが、あれだけ激しく動いてても俺の回転を詳しく把握している。
これは、応用クラスとか関係ないよな?
「まぁ……悔しいのは本当だぜ? 確かにすっげぇ悔しかったけど、ジイちゃんが応用クラスの事はなんとかしてくれるって言ってたから、今はあまり不安とか焦りはないんだ」
「さすが屋敷長だね。カミラ教育師も文句言えないだろうし」
「うん。今回は本当に助かった……それで、やっぱりちゃんと父さんを見返したい。結局ジイちゃんの力を借りることになったけど、自分の力で父さんに認めてもらいたいんだ」
「……そっか。それがイーゼの決めたことなら私は応援する。で、何か考えはあるの?」
「その……今週末って野外訓練だったよな。リアも参加するんだろ?」
「うん。宮杜って強い魔物がいるからいい経験になると思って。……まさかイーゼ」
「そう、そのまさかだ」
なにせ、相手はカミラ=ドランだ。
今までもなかなか俺を見てくれなかった人。
不器用とかそういうのは、この際関係ない。
ちゃんと俺の力で、父さんに認めてもらいたい。
そのために――――
「俺も、宮杜に行く」