第4話 歪ノ試験ト切替
応用クラスが実技を行ってた広間は、俺とリアがよく自主稽古をしてる場所だった。
3人ずつに分かれて試合をしているみたいで、中心のグループにリアの姿も見えた。
ずっと真剣にやってたんだろう応用生全員が綺麗に固まっている。
理由は確実に俺だろうなと、嫌でも思う。
ほとんどの奴とは顔見知りだし、リアは言うまでもない。
そんな奴が屋敷長に引きずられながら入ってきたら、そりゃ何事かと思うだろう。
ようやくジルクから解放されて足を擦りながらも、場違いな空気の中にいることを感じる。
そんな中で俺と対峙するカミラも殺伐とした空気を崩さない。
連れてきた張本人はこんな混沌とした中でもニヤニヤと笑っている。
とんだ胆力だ。
「おはよう諸君! 訓練の最中に邪魔をするが、今日は見学の日にしようじゃねぇか! お前らの師公が本気で戦う姿見てみたくねぇか?」
気のせいだろうか、首を横に振る人が多い。
「えー、今から屋敷長権限による編入試験を行う。受講生は基礎クラスのイーゼ=ドラン、担当教育師はカミラ=ドラン。試験内容は一対一による試合。イーゼが5分以内にカミラから一本取れれば合格。応用クラスの進級を認める」
ジルクの言葉を聞いて、ようやく俺は理解できた。
彼は強引にでも、父親に応用クラスへの進級を認めさせるつもりなのだ。
そして、自分で認めさせろとも。
「師匠、これはいくらなんでも酷くないですか? ちゃんと正規の方法を……」
「黙れカミラ、これはお前の責任だ。文句があるなら試合に勝て」
広間の隅でカミラとジルクが何か話してるのは聞こえてくるが、俺のところにまでは詳しく聞こえてこない。
竹剣を片手に狂くアップしてると、リアが不安そうな顔で近寄ってきた。
あと、顔なじみの応用生達も。
「イーゼ、大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
強がってみたものの、若干声が震えた。
そりゃそうだ、今の俺と同じ状況に立たされて、緊張しない奴なんていない。
それが分かってるのか、リアの表情は不安そうなままだ。
「イーゼ……頑張れよ」
「無茶はするんじゃねえぞ」
「骨は拾ってやるからな」
他の応用生からも激励の言葉をもらう。
……いや、戦争に行くみたいな激励はやめてくれ。
「おーいイーゼ、そろそろ始めるぞ?」
屋敷長の言葉に応用生はぞろぞろと広間の隅で座り始める。
そんな中で、リアはギリギリまで戻ろうとしなかった。
俺の手を握り、そっと囁く。
「イーゼ」
「うん?」
「イーゼの実力は、ずっと試合してきた私が一番よく知ってる。イーゼなら絶対大丈夫だから。……頑張ってね」
「……おぅ」
なんだかスゴく照れくさい。
リアはもう一度手をぎゅっと握ると、みんなと同じく隅に移動していった。
広間の中央には俺とカミラのみ。
少し踏み込めば、簡単に相手にあたる距離だ。
完全に気持ちを切り替えたカミラの目は、応用クラスの教育師のそれだった。
厳格で最強の教育師が、目の前に立っている。
萎縮しないようにゆっくり得意の構えに移行する。
(余計なことは考えるな……ただ全力でぶつかれ!)
「よし、それでは……始め!!」
ジルクの掛け声と同時に、浅く踏み込んで下段から切り上げる。
体を反らして避けるカミラ。
回転を加えて今度は上段から袈裟斬りをかける。
竹剣同士が激しくぶつかり合う。
防がれた衝撃が強すぎて、体勢が崩れてしまった。
(しまっ……!?)
振り下ろされた追撃を、横に転がって逃れる。
すぐに起き上がると、カミラは追撃をせずに待っていた。
チラリとジルクの側に置いてあるタイマーを見ると、1分が経過したところだ。
決して時間があるわけではない。体勢を整えて再び斬りこむ。
何合も竹剣が打ち合う音が響く。
なんとか一本を取るために隙を細かく突き、カミラもそれをすべて的確に弾いた。
防御をかなぐり捨ててカミラの反撃を最低限の動作で避ける。
時折、頬やわき腹に焼けるような痛みが走るが、絶対に気のせいだ。
つばぜり合いで対峙したカミラの顔も、いつの間にか本気になっているようだった。
「なんていうか……なぁ」
「あぁ、あの親子……回転するの好きだよなぁ」
変な会話を応用生がしてる間にも、俺はカミラが防ぐことを想定して竹剣を斬り上げる。
予想通りガードしてきた竹剣の力を利用して、竹剣の腹でカミラの体勢を崩す。
がら空きになった頭に、思い切り振り下ろし――――
「そこまでっ!!」
――――無情にも、時間が過ぎてしまった。
俺もカミラも大粒の汗を流して、盛大に息をきらしていた。
号令と同時に力が一気に抜けて、その場に倒れこむ。
「まぁ、健闘したみてぇだが、結果は見ての通りだ。邪魔して悪かったなお前ら、俺とイーゼは退散するから、講技を再開してくれー」
来た時と同様に、ジルクが俺の足を掴まれて広間を出て行く。
あまりにあっけない退場に、応用生はポカンとしてしばらく動けなかった。
・・・・・・
「ほら、着いたぞ、イーゼ」
やってきたのはジルクの部屋だった。
他の屋敷にもあるだろう事務机と応接用の対になったソファがあるが、ジルクの部屋は昔の魔物の討伐の記録や依頼の書類が壁中に貼られており、自部机の後ろにはアーバンアングランドと北部を拡大した地図が拡大されて貼ってある。ちょうど屋敷があると思われるところに丸が書いてあり、埜都の屋敷の場所はピンが留めてある。
「そこに座れ。リンゴジュースでいいか? あとは酒しかねぇ」
曖昧に返事してソファに倒れこむ。
今になって、試験の結果がじわりじわりと現実味を帯びてきていた。
落ちたんだ……せっかく応用に上がれる絶好のチャンスだったのに……
「……まぁ、そんな落ち込むな。かなり惜しかったんだ、カミラ相手にあそこまで戦えれば上等だ」
ほれ、と目の前にリンゴジュースが入ったグラスが置かれる。
ジルクは当然のように酒瓶だ。
「落ち込むなつってもさぁ……もうずっと機会逃してるんだぜ? フォングさんとかからも言われてるし……落ち込まない方が無理だって」
「そうさな……フォングやニーナと話してると、必ずお前の名前は出てくるな、同時にカミラの名前もな」
「父さんの名前も?」
思わず顔を上げると、ジルクは頷いて酒瓶を呷る。
「屋敷長として言うがなイーゼ、お前は座学の面ではギリギリだが、はっきり言って応用クラスでもまったく問題なくやっていけるだけの力はある」
「それ何回も言われた……ジイちゃんに言われたのは初めてだけど」
「つまりな、お前が進級できないのは完全にカミラのせいだ」
「……どういうこと?」
「あいつはな、ろくに父親としてお前に接してこなかっただろ? だからまぁ反動というのか、お前にどう接していいのか分かってないんだ。ちゃんと父親としてのあいつもいるだろうが、まぁ切り替えがバカみてぇに下手なんだ。だから変なところで変な意地を張っちまう」
「……え、ちょっと待って。じゃあ俺が今まで応用クラスに上がれなかったのって」
「あぁ、単純にあいつのわがままだ」
それ、教育師としてどうなのよ?
「というか、応用クラスって1クラスしかない訳じゃないんだから、マムトさんのクラスにでも編入させてくれれば……」
「当然そういう案も出た。だがな」
「だが?」
「その度にカミラがすごい形相でマムトを睨むんだ。それにマムトがビビっちまうから一向に話が進まなくてな」
「……うちの父さん、酷ぇな」
「息子にまで言われちゃあ、あいつもおしまいだな」
どさくさに紛れてバカにしてないか、屋敷長。
「だから、他の奴らの前でなら言い訳しねぇで勝ち負けを認めると思ったんだがなぁ、逃げおおせやがった」
「だからわざわざ突然押しかけて試験を行うなんてことしたのか?」
「あぁ。だがな、何度も言うようだが落ち込み過ぎるなよイーゼ。あそこまでカミラと張り合えたんだ、他の応用生も見てたし、編入はなんとかするさ」
「本当にか!?」
バッと飛び起きる。
ジルクはまた一口酒を呷った。
「あぁ、まぁ講技が終わってからカミラと話をしてからだがな。お前は今まで通りでいろ。俺がいつも言ってるが……」
「何物にも縛られるな、風のように思いのままに、だろ。……ありがとうな、ジイちゃん」
「礼なんざいらねぇよ、気色悪い」
なんだか、思わずホッとできた俺は、リンゴジュースをゆっくり飲んだ。
冷たくて、いつもより優しい甘さだった。