第三話 歪ノ焦燥ト思ワヌ機会
あれから数日が経った。
相変わらず、俺は周りの人(主にフォングさん)に叱られながら、なんとなく日々を過ごしていた。
それでもやはり、自分ではあまり意識をしていなくても、どうしても応用クラスのことは自分の中でも引っかかっているらしい。
廊下でカミラとすれ違うだけで、つい目を逸らしてしまう。隣にリアがいてもだ。
この前に食堂で会った時も、まともに話もできなかった。
別にお互いに無視してるわけでもないし、親子仲が悪いとも思っていない。
きっと、お互いに屋敷内のことにそういったことを持ち込みたくないのだ。
俺だって、親の七光りって言われるくらいなら、誰の手も借りずに自力で応用に上がりたいと思う。
だけど、そんな意地も限界じゃないかと思う自分がいた。
仲が悪いとも思っていない。だけど、カミラとの距離感がよく分からなくなってきていた。
「あれ? イーゼ君じゃないか。どうかしたのかい?」
「えっ? あぁマムトさん」
前から歩いてきた赤髪の教育師はカミラと同様応用クラスの担当であるマムト=レイグ。
カミラと比べると断然話しやすく、失敗もしながらもくじけない強さに憧れる屋敷生も多い。
「何か急いでない? まだ昼休憩になったばかりだけど」
「あぁ、週末の野外訓練に参加する屋敷生のリストを早めにリッグ教育師に伝えようと思ってね。今回は初めて参加する子も多いから」
「へぇ~、初めての人が多いと、やっぱり魔物が少ない場所を選んだりとかになるのかな?」
「どうだろうね。ただ、今回は人数次第では宮杜に行きたいって言ってたよ」
「結構遠くまで行くんだな」
宮杜は屋敷から西に位置する場所で、魔物が多く住む地域で有名だ。
8年前のある事件で人間が住んでいた村が一夜で滅んでしまったといわれ、当時の屋敷はこれを強力な魔物の仕業と考えて、今でも頻繁に様子を見に行っているらしい。
「人が住んでいないわけじゃないからね、うちが魔物狩りに秀でてるのも事実だし見回りは必要なんだと思うよ。8年前の魔物も見つかってないし、警戒に越したことはないからね」
「その魔物だけど、実は宮杜から出て行ったとかないのか?」
「さぁね、僕はそっちの専門じゃないから分からないけど、痕跡が見つからないって話してたのは聞いたことある。勿論イーゼ君の言う通り宮杜からいなくなった可能性もあるよ。空を飛んだりとかね。けど、他の地域からそういった目撃情報もないらしいし、結局宮杜にまだ潜んでいるんじゃないかって説が一番強いようだね。詳しくはラキ教育師に聞いてみて」
「いやまぁそんなに興味があるってわけじゃねえけど……でも、それって危険ってことだろ? そこで訓練して大丈夫なのか?」
「尤もだと思うけど、そのために野外専門の教育師が埜都にはいるんだからね。もしもの時は屋敷長も動けるし、実際そこまで心配してる人はいないと思うよ」
じゃあ、と言ってマムトさんと別れた後も俺はずっと考えていた。
もし、8年前の宮杜襲撃事件、もし魔物の仕業ならよほど強力な魔物のはず。
そして、もしまだ宮杜に潜伏しているのなら、何らかの特殊な力を使っているに違いない。
それは一体なんだろう…………
「だぁーっ!! 考えても仕方ねえ!!」
今の俺には、そもそも野外訓練に参加する権利すらないのだ。
宮杜の魔物のことを考えたところで、俺には何もできないのだから。
「イーゼ、どうかした?」
ちょうど講技が終わったリアに見つかった。
叫んでるところを思い切り見られた。
「……大丈夫?」
「な、なんもねぇよ! 早く食堂に行こうぜ!」
変なの、と言いながらついてくるリアと一緒に、気持ちを切り替えるように食堂に向かった。
・・・・・・
食堂で昼食を済ませた後にリアと別れ、フォングさんの講技のために移動していた。
実技用の竹剣を取りに戻ってる最中に、ふと嗅ぎなれた煙の臭いがした。
「……何してるんだよ、ジイちゃん」
「よぉ、奇遇だなイーゼ。元気にしてるか?」
人の部屋の前でもたれかかっておいて、奇遇も何もないだろう。
屋敷長は不敵な笑みを浮かべながら俺の肩に手を回してくる。これは明らかに何かを企んでる顔だ。
「お前、これから暇か?」
「何言ってるんだよっ、これから講技だよ!」
「講技ぃ? あぁ休め休め! サボることだって時には必要だ!!」
「アンタそれでも教育師かよ!!」
「教育師じゃねぇ、屋敷長だ!!」
「余計悪いわ!!」
「だぁーごちゃごちゃうるせえ!! 黙ってついてこい! 今日はお前だけ特別講技だ!!」
面倒になったのか、俺の首根っこを掴んで引きずり始めるジルク。
考えてみれば、ジルクは突然押しかけて連れ去ることはあったが、それが講技と重なっていたことは一度もなかった。
それが講技をサボって付き合えと言うのだ。勝手に不安を感じてしまう。
(正直、今はジイちゃんの遠出にもついて行きたくないんだよな……)
「なぁ、ジイちゃん。どこまで連れて行くんだよ!」
どうやら外には向かっていないらしい。
さっきから屋敷の中をウロウロ歩いてるようにしか見えないが、ジルクはちゃんと目的地が決まってるらしい。
やがて、ある広間の前で止まると、おもむろに大きくノックをする。
「たのもーっ!!」
「道場破りでもしてんのか!!」
ほぼ俺が思ったのと同時に扉が開いてツッコミが入った。しかも鮮やかなくらいに手慣れてる。
開けた人物はまずジルクを見た。明らかに驚いてる顔がそのまま引きずられてる俺を見下ろして更に唖然とした顔になる。
疑問符がまさに頭上に浮かんでいる男を見て、俺も目を見開いた。
そこに立っていたのは、カミラ教育師だった。
つまり、この部屋は応用クラスの……
「おぅ、道場破りだカミラ! とはいってもこっちがその主犯だが」
二かッと笑う屋敷長の顔を見て、ようやく俺は彼の目的を悟った。
冷や汗が一気に流れ始める。
俺を見下ろす教育師の目がスッと細くなる。まるで、獲物を見定める鷹の目だ。
「屋敷長立ち合いの編入試験だ。イーゼがカミラから一本取れたら、イーゼ=ドランを応用クラスに編入させる」
チャンスとは思いがけず巡ってくるものだと思う。
だけど、こんな形でカミラと、父さんと剣を交えることになるなんて予想もしていなかった。
8年前の事件……宮杜祭祀襲撃事件(暗黒と少年本編参照)