彼女は依然台風の目である
グラスフィール学園での授業は、当たり前なのだが冒険者や騎士育成の為の学園である為に日本での学校と授業内容は大いに異なる。
筆記的な知識の授業も当然ある一方で、魔法の使い方、魔法陣の効率的な魔力の流し方、体術など、その内容は多岐にわたる。
それぞれの教科に担当の教師が割り振られているため授業ごとで違った雰囲気を味わうことになるが、それはそれ。
どうしたって柏木彩芽はアニメやゲームが大好きだったために、異世界耐性こそついてはいるが、やっぱりどうしてもファンタジー学園というものにわくわくが止まらないのは仕方のないことなのだ。
アヤメで身をもって魔獣などの危険性を知っているので、ぶっているわけじゃないので、それから授業はきちんと受けているので、これくらいは許して欲しい。
_______さて、ここで1つ念頭に置いておかなければならないことがある。
まずご存知の通りアイリスは世間知らずである。
そして金銭感覚価値感覚はほぼない。
物の価値がわかっていない、とまでは言わないが彼女にとって自分が必要ないものはどれだけ美しい宝石であろうとも、頂戴と言われればはいどーぞと返せてしまうような代物である。
付け加えると、アヤメの頃世界中を旅して回った彼女はあらゆる魔獣や魔物、素材や生物と遭遇している。
一般的に出くわせば命がないと言われるような生物とだって渡り合ってきた彼女にとってはただの魔物として認識される。
何が言いたいのかというと、アイリスは所有する知識も滅茶苦茶だということである。
第一例「生物学」
この世界には多種多様の生物が存在している。
それぞれには種特有の習性、特徴があり、知っていて損をする事はない。
うっかり巣に足を踏み込んで囲まれた、習性を知らずに無為に魔獣を怒らせる、なんてことは防げるならば防げた方がいい。
勿論、知識に踊らされたりはしないように。
「では、アイリス・オークランド。そうですね、ではドラゴンの特徴を言ってみてください」
生物学の担当教師からの指名に、うぅんと少し考え込む。
配布されている教科書を捲れば載っているが、その答えの組み方や知識をどれだけ空で言えるのかを見られているのだ。
「ドラゴンは…凄いプライドが高いです。あと縄張り意識も高いです。更に知能も高く、人の言葉を理解し話すことも可能な個体が殆どです」
「えぇ、そうですね。あとは?」
「群れを作るタイプと作らないタイプがいます。あ、ワイバーンと同一視されることもありますが、全く違います。ドラゴンは二足歩行に二本の腕、ワイバーンは四つ足の四足歩行です」
「えぇ、えぇ!」
アイリスの返答に生物学教師が嬉しそうに頷く。
学園の教師はその本質が研究者気質であり、自分の担当を詳しく話せる人間が増えるというのはとても素晴らしいことだったからだ。
問題はここからである。
「ではオークランドさん、質問です。ドラゴンは縄張り意識が強いと言いましたが、具体的には?」
「最初に言った通りプライドが高いので、自分の場所は自分の場所じゃないと落ち着かないんだそうです。なので足を一歩でも踏み込んだら誰彼構わず敵認定されて、すぐに排除行動に入ります。」
「えぇ、…ん?」
最初、まるでドラゴンから聞いたような話し方をしたことに若干首を傾げつつも続きを促す。
「ただ、変に強かったししぶとかったりする人が好きみたいで、負かしたり、勝たなくても戦い合えたりすると気に入られたりすることもあります。背中に乗せてくれたり、涙を持ってけっておしつけたり。」
「………えぇ、えぇ」
「あ、そういえば1番言われて腹が立つ言葉は羽のついたトカゲ、空を飛ぶトカゲ。トカゲと一緒にされるのが我慢ならないそうで、煽るためでも言ったら本気で山消す勢いのブレスを吐くので注意が必要かと…せんせい?」
とうとう返事が返せなくなって、生物学教師はぽかんと口を開けて間抜けな顔を晒す羽目になった。
最初こそ兎も角、途中からは教科書にも載っていないような、まるでドラゴンそのものから聞いたかのような話を繰り広げるのだから、そうなって然るべきである。
ドラゴンなんて生物は、誰もが知っている代わりに誰もが気軽に見ることができるような存在ではなく、詳しい生態は未だ謎に包まれている点が多いのだ。
勿論想像でも冗談でもなく、アイリスの話した事は全て事実である。
アヤメの頃、実際に出会し、そして勝った際に直接的に聞いて会得した知識である。
その後アイリスはワーダイガー、マーメイドについて当てられ同じように返答した。
生物学教師はちゃっかり全てをメモに取っていた。
第二例「付与」
付与術式は、魔法道具や魔剣、聖剣等に使われている。
魔法陣を付与術式によって物に組み込むことで、魔法そのものが与えられるのだ。
炎を纏う剣や魔力を込めれば光ったり、水を出したり、そういう魔法道具には付与が欠かせない。
しかし付与とは一概にただ魔法陣を組み込めばいい訳ではない。
それはあくまで結果の話。
魔法陣を物に付与する際の魔力のコントロールは非常に緻密である。
魔力を込め過ぎれば対象そのものが壊れてしまい、かと言えば少なすぎればそもそも付与できない。
イメージとしては吹きガラスである。
テレビで見たことがあるのならばわかるだろうが、吹きガラスとは先端に溶けたガラスをつけた長い筒に息を吹いて、その空気の膨らみと筒を回した回転により皿やコップなどを作り上げる技術である。
吹き込む息が強ければ弾け、弱ければそもそも膨らまない。
回転の速さがまばらだったりすれば形は歪となり、碌なものができあがらない。
さて、初回の課題はそんな硝子玉に光魔法の付与である。
複雑な命令式の付与も不必要なため、付与を果たせば電球のように光るだけではあるが、付与そのものを成功するということが大事なのだ。
当然存在する詠唱言葉はさらりと無視して、そうしてシールを貼るかのようにあっさりと付与を成功させたアイリスの硝子玉はその瞬間閃光弾の如く教室一面を光で支配した。
「まっっっっっっぶし!!」
「目が!目がァ!」
「オークランドさんどこ!?」
「あれ?しまった魔法を込めすぎた…付与術式を変更して、魔力を減らして…」
ぱっと、光が収まる。
アイリスの手の内に収まる硝子玉はほのかな光を放つだけに変わっていて、付与担当の教師はおかしな悲鳴をあげて硝子玉をがばりと取り上げた。
「一度付与した術式を変更してる、しかも魔力の複合制御まで…」
アイリスは一度付与された魔法陣に再度干渉し、込められた魔力がそのまま光に転じていたそれを制御、更に魔法陣への魔力の供給設定を変更し…端的にいうと、複数の魔力制御と付与術式の変更を果たしたのだ。
付与とは、先述通り吹きガラスのようなものである。
そして出来上がったものは冷えて固まり、その後人間の手で形を変えられるものではない。
彼女のしたことは、そういうことだ。
さて、2つのみ挙げたが、当然1日の授業が2つだけなわけが無い。
他にも魔法薬の授業で擦り傷を直す程度のD級ポーションを作るはずが完成したのは骨折も治せるA級ポーションだったり、実技の授業では炎魔法を的に当てるという課題に的を綺麗に吹き飛ばしたもののついでに地面にクレーターを作ったり。
いつだって隣にいるフランに、A組の生徒の1人がアイリスについて聞かれたとき、彼はこう答えたという。
「アイリスという存在は非日常を詰め込んで作られたと思え。そう、台風みたいなものだ。別に悪い奴じゃないし、めちゃくちゃなだけで意外と話しやすいやつだぜ。ただ、そう、考えるな、感じろ。アイリスに対しては深く考えたほうが負けだ」
アイリスの評判は「入学試験ですごい結果を出したやつ」かた「大分やばいやつ」に変更された。
当然とうの本人が知るわけもない。