路端の憂鬱、後の吹雪
ケイトの懸念も当然ながら、生粋のリンシパル帝国市民とグラスフィール学園の生徒が上手くいくはずもなかった。
交流留学と銘打っている以上、交流をさせないわけにはいかない。
グラスフィール学園の生徒たちが受けている授業に同席することには、渋々ながらも生徒たちも了承している。
国同士の友好を建前とされている以上、彼らとて馬鹿な子供ではない、いやでも飲み込むしかないということは理解しているのだ。
そして、言い方は悪くなるが実力に応じたクラス分けをしている以上、下のクラスに同席させる、というのも難しい。
実力に応じたクラス分けは生徒たちのためでもある、覚え方の違いや大器晩成だったりと、成長には十人十色の差がある。
読んで覚える子供といっぱい書いて覚える子供を一緒にさせれば必ずどちらかに負担がいく授業になりかねない、ということだ。
別に下のクラスだから習っている内容も簡単というわけではなく、進め方などが違うという話だ。
そう言った意味もかねてのクラス分けでもあるのだが、実力で分けているのも紛れもない事実。
冒険者がそうであるように、D級冒険者がA級任務を受けれないのと同じだ。
しかし下手に下のクラスと同席とすれば、実力不足とでも?と突っ込まれかねない。
つまり、これも仕方がなく避けきれないことだったのだ。
「まるで光より遣わされた天の使いのごとく、女神ロアンの写見のような色をお持ちですね」
「ありがとうございます」
「とても美しい。綺麗という言葉が形をなしたのならば貴方の姿をしているんでしょうね」
「ありがとうございます」
1年A組に、同じく1年の留学生たちが同席することとなるのは。
そもそもアイリスのことは、知られている前提だ。
まさか知らないなんてことはあり得ない。
知らないならば、確実に、もう一つの方の学園に留学を打診していたはずだ。
カンピオナートならばともかく、リンシパル帝国がグラスフィール学園を希望するとは思えない。
何故かと問われれば、そういう国だからとしか言えない、そもそもグラスフィール学園は色々と特殊で、お偉い様には好かれにくい
アイリスは色々と規格外すぎた。
その容姿も、実力も、全てが。
だからと言って何の罪も犯しているわけではない、ただのありふれためちゃくちゃなだけの一般国民に素性を隠せ、目立つな、なんて酷な話だ。
色差別、それに伴う白色への聖視は肝心のアイリスが住むスエルテ王国ではメジャーなものでもない。
隠さなかったのだから仕方ないがなんてナンセンス。
隠し切るのは不可能だ。
最初はエイトたちだって隠そうとしたとも。
一時的にA組から移籍させるか、学校そのものを休ませようか、けれどなら親善試合はどうする?、収穫祭でも人を割かないといけない。
もしも帝国側から「こういう人がいると聞いたのですが」と言われて「なぜ知っている?」と指摘しても「噂で聞きました」の一言で済まされてしまう。
アイリスは良くも悪くも目立つ。
それに加えて社畜時代に培ったコミュニケーション能力でするりと人の輪に入り込む、街の人間からも噂が広がる。
悲しいかな、噂の大半は「あの白い髪の女の子!可愛くってそれにいい子よね〜」「うちの息子の嫁に欲しいわぁ〜」といった井戸端会議だが、だからこそ誰にでも広まってしまうのだ。
時としていい噂は悪い噂より誰からも広まりやすい。
だからこそ、仕方ないのだ。
隠せない、隠してしまった方が相手がこそこそ動く。
だからこそ、仕方ないのだ、エイトは頭を抱えて非常に顔をしっちゃかめっちゃかにして、ゴーサインを出さざるを得なかった。
1番の懸念はフランだった。
フランは帝国出身の黒髪、帝国にとってもっても人権を剥奪された人間。
本当ならばそれでもやはり、親善試合にも留学生の同席時にも“イリス”は隠そうかと話が行きかけた。
それを止めたのが彼自身だった。
『俺を、“イリス”を、親善試合に出させてください。先日の留学生の同席についても、大丈夫です。問題ありません』
『しかし、君の…その、言いにくいんだが、黒をきっと帝国は…』
『……気に食わないって言われたんです』
帝国の人間から過去に言われたのだろうかと思ったが、それにしては顔が嫌に晴れやかで、ケイトの口から呆けた声が漏れた。
『え?』
『私が好きって言ってるのに、どうでもいい人の嫌いの方が大事なのって、そういうの気に食わないって、怒られました。ジコチューでめちゃくちゃっすよね』
花が開いた、憑き物が取れた、あぁこの眩しいばかりの笑顔を何と表現するべきか!
ケイトは感動すら覚えた、確かに自分勝手で唯我独尊な発言とも思えた彼女の言葉は、幼少期から植え付けられたトラウマすらあっさりと捨ててしまえるほど、確かにフランにとって救いとなったのだ。
それは、彼女だから、フランの隣に友達として、仲間として立っていたアイリスだからこそ響いた言葉だった。
『思い知らせてやるんですよ、あの色至上主義の奴等に。お前らが神聖視するアイリスは俺なんかがご執心だって。』
確かに、アイリスはフランが大好きなので問題ない。
そういう訳で、今に至る。
彼らは実にうまくやった、まるで偶然聞き及んだかのようにアイリスの白色に驚きつつも噂通りと会話を募り、歯が浮くような台詞を並べてみせた。
恐らく、本心には間違いない。
残念ながらアイリスは、かつて会得した必殺技“愛想笑い”“上辺だけのお礼”を繰り出して見せた。
口出しせず様子を伺っていたクラスメイトたちも驚いていることだろう。
フランとミシェルと共にいるときの、あのころころと変わって頬を薄紅に染め、花が咲き誇るような笑顔を浮かべてばかりの彼女のその愛想笑いの冷たいこと冷たいこと。
知らなければただの笑顔、けれどいつもの花のような笑顔を知っている彼らからすればいっそ恐ろしさすら感じるレベルだ。
仕方ない、だってアイリスはフランとミシェルが大好きなのだから。
彼らの髪色に嘲りを浮かべ、ほんの一瞬彼らが席を離れた隙に勝手に横に座って話しかけられでもすれば誰だって嫌だ。
エイトのこともある、常識外れの世間知らず、非日常が日常でも非常識ではない、受け入れる事は得意なので仕方なく相手をしていた。
「あぁ自己紹介が遅れて申し訳ありません、自分はリンシパル帝国グラシア学院所属のカルカス・ミャービリオンと申します」
「ソドム・シークライトです」
「同じく、俺はワグ・マグレイニアです」
自身の名を名乗り上げた彼らの髪は順番に金、淡い黄緑、金であった。
リンシパル帝国において、魔力が溶け出した髪の色は最も重要視されるものであり、それによって人間としての価値が決定されると言っても過言ではない。
聖色教が讃える女神ロアンが抱いたとされる白を最高位とし、その次が金、あとは明度の高い色ほど上位とされ、明度が低く黒に近ければ近いほど下位とされる。
帝国の学園に通い、そして今回の留学に抜擢されると言う事はつまり、そう言う事だ。
グラシア学園とて実力は必須、だがそれ以上に、色を持たなければ意味がない。
明るく、陽の光を反射するような色は確かに綺麗だ。
けれど暗いとされる色だって綺麗だ。
彼らが悪しきとするフランの黒だって、夜空に溶けるような艶やかさと夜烏のような柔らかさをもっている。
彼らが嘲りを浮かべたミシェルの濃緑だって、光を閉じ込めた深い森を零したような色合と風に靡いた芽吹きのような力強さをもっていた。
(そもそも人が生まれ持ったものを理由に格差をつけるのが気に食わない、フランもミシェルも超イケメンで超スパダリで超綺麗なのに、うぅぅぅ!)
同じ金色をもつエイトやユリウスの色は綺麗だと思ったが、彼らの色を綺麗とはいいたくなかったのは、一重にその腹立ちからだ。
カルカスたちはアイリスに常にベッタリと付き纏った。
アイリスからすればたまったものじゃない、振り解いてフランとミシェルと共にいてもその立場を利用して2人が席を立たざるを得ない状況を作り出しては引き剥がした。
そしてエイトですら予期できなかった事件が起きることとなった。
アイリスは非日常を提げた自由人であり、その癖なかなか世渡りがうまい、だからこそら予期できなかった。
ここで、1つ、小噺を。
アイリス・オークランドという女は、怒るという感情が非常に疎い。
これは柏木彩芽にまで遡る必要があるのだが、ちょっぴり真っ黒な会社で働いていた彼女は自身への誹謗中傷等の一切を受け流す技術を身につけた。
でなければ癇癪を起こす上司も情緒不安定なお局様も相手になどできない。
何を言われようとそうですね、すいません、そのとおりですの3つを並べそれに対して一切の感情が動かなくなった。
そもそも彼女は前提として要不要の取捨選択がはっきりしている、あぁ、どうでもいいなと思った事は本当にどうでもいいのだ。
テユやツヴァイン双子の時がそうだったように、彼女は彼女の外にいる人間から言われた悪意ある言葉など本当にどうでもいいのだ。
ただ別に、怒りの感情が湧かないわけではない。
真剣勝負で手を抜かれれば腹が立つし、助けてほしいと期待されるのにも腹が立った、それ以外にだって単純な事でイラっとすることもある。
それでも沸点そのものがあまりに高い上、怒りの感情の消化が著しく早いのだ。
だから過去に数度怒った際も、子供の癇癪のようなそれになったし終われば一切尾を引かない。
________が、彼女には逆鱗がある。
文字通り龍の逆撫で、決して触れてはならない琴線。
降り積もった怒りなど目でもない、たった一撫で、全てを薙ぎ払うほどのそれ。
自分のことはいい。
自分のことでなくても腹が立ったら怒るし、大概はすぐに消化する、偶に珍しく沸点を越えればちょっと喧嘩みたいなこともするけどすぐに治る。
どうしたって相容れない者同士もあるだろう、それに仲良くしろだなんて言うつもりもないとも。
ただ、あぁ、それは、だめだ。
「お前みたいな黒色が、生きてるだけでも罪だろうよ!生まれたことが恥ずかしくないのか?」
お前、私の友人を、あろうことか、たかが生まれ持っただけの個性を侮辱したな?
かつて、1つの国がたった一夜で壊滅したことがあった。
英雄とは名ばかり、ただ好きなことだけ生きた旅人たちは、その気ままさから日常では暮らせない。
非日常を提げた仲間が、何よりも大切だった。
だからこそ、許せなかった。
彼女が彼女として生まれたという理由だけで詰るそれを、生まれたことを罪といったそれをどうしたって許せなかったのだ。
ノーフェイスで1番怒らせるとやばい奴はアヤメです。




