ハートロッカーから響く声
3回目の模擬戦闘試験、いわば一年の折り返し地点。
ケイトに呼び出されたあの日から調子の悪いフランを慮り“イリス”の参加は最低限に抑えられた。
世界的常識に疎いアイリスはともかくとして、ミシェルは大体の訳を察していた。
(リンシパル帝国からの友好留学…確か生家は貴族だったっけ?てことは確実に、フランの“同級生”が来る可能性の方が高い…あの時ケイト先生が来たのは多分事前に伝えに来たのかなぁ。フランが帝国出身なのは当然知ってるだろうし)
いくらエイトがとっつきやすい性格をしているとはいえ、立場は王子だ。
そも、スエルテ王国とリンシパル帝国はどちらも強国と呼ばれるに相応しい土地と人間を有している。
スエルテ王国は“リーリエ”をはじめとしたケイトやジェットなど強力な冒険者を有している上に冒険者ギルドを管轄する自由都市とも関わりが深い。
更には初代国王は“8人の英雄”とも親しい関係にあったと言われており、それ故に四大精霊が今もなお他国と比べ多く祝福を与え、8人の英雄が残した国宝級の魔法道具を多く有している。
それに対してリンシパル帝国はスエルテ王国より古く存在する国であるものの自由都市との関わりは薄く、またスエルテと比べても強力な冒険者がいるわけでもない。
では何が他国と一線を引いているのか。
リンシパル帝国は悪神を戒め善神を讃える_____聖色教の中枢である。
宗教とは積み上げられた伝承と少しの奇跡と人の感情の結晶だ。
色差別がそれでもなお蔓延るのはこの聖色教のせいでもある、と口を大きくしては言えないが事実だ。
排他的で差別的、半鎖国状態のようだった帝国だったがここ数年王が変わったせいか外交も積極的に行うようになっていた。
いかんせん気に入らなくとも無視できない相手だ、なんせ名目は友好な上に表面上は問題ない内容だからだ。
当然帝国からスエルテに留学するという話なのだから此方のルールに則り、問題を犯せば他国の留学生とは言え国際法に則るとは言ってはいるものの…
(…帝国はわかりやすいほど髪色で人生が決まる国。白、つまりは女神の色に近い明るい髪色をもつ者が恵まれて、黒、邪神の色に近い暗い髪色をもつものには人権すら当然じゃない。……はぁ、前に“あの人”に連れてかれた時に一回行ったっきりだけど、奴隷や俺みたいな立場でもないような人が当たり前のように虐げられてたからねぇ…)
なにせ、帝国の一部の貴族に至っては同じ家系の人間同士で子供を作り一切外からの血を受け付けることなく、色を濁らせないようにしている家もあるくらいだ。
それだけ帝国の人間にとって髪色は大切なポテンシャルであり、人生すら決める全てだ。
(正直、今も不思議だもんなぁ…フランがお嬢さんと軽口叩き合って、普通の友達みたいに一緒にいるの。おばあさんとおじいさんはスエルテよりの考えだったみたいだけど、幼少期はガッツリ帝国で育ったらしいし…)
フランは貴族の出だが、黒色をもって生まれた帝国にとっての忌子だ。
口にはしないが時折見せる自虐的な一面は幼少期に、それ相応の扱いを受け続けたからだろう。
それこそ、自分自身、その扱いを受けることが「黒髪だから」という理由からと否定できないくらい。
(とにかく、あっちの情報を集めないとねぇ。この時期に友好だなんてちょっときな臭いし、100%お嬢さんを狙ってるだろうし。フランに関してはお嬢さんに任せて…さーて、どうなることか)
果たして、賽は投げられた。
「ミシェル、女装してみる気ない?」
「お前も道連れだ」
「うんごめん、何があったのか教えてくれる?」
部屋にはわくわくと顔を輝かせたアイリスと何故かフルメイクでメイド服を着たフラン(女装の姿)がいた。
とりあえず爆笑した。
話は数十分前にまで遡る。
アイリスは珍しく悩んでいた。
基本的に楽観的で自分勝手、嫌なことは寝るか楽しいことをすれば頭からスポンと抜けてしまう単純構造、それがアイリスだがそんな彼女が珍しく悩んでいた。
右隣、本を読むフランのことだ。
いつも通りを装っているものの、あの日からあからさまに様子のおかしいフランに気づかないわけがなかった。
世間一般の普通より大幅にズレているアイリスの常識も価値観も基本的に数百年以上前、ノーフェイスの面々によって構成されたそれである。
数百年以上前でもそうだったのに、それより遥か時間の経った今の普通などわからないし、わからなくても別に支障はなかった。(強いて言うならば知識的な面は増えたり更新されており困る)
故にこの世界の人間ならばほとんどが知り得る色差別のそれをアイリスは知らない、理解する気がない為覚えていないとも言うが。
だからこそフランは救われたし、だからこそアイリスは自分の言葉で救われた理由をわからない。
(……えーと、確か……黒髪…が差別されてるんだよね。そういえば昔どっかの国でモルがひどく言われてたっけ、やなこと思い出した、黒いから魔族だなんて言われて…)
ノーフェイスのモルガン・ラスト。
“掌握の魔女”、夜に溶けるような黒い髪は元日本人のアイリスからすれば憧れすらしたほど美しくて艶やかだった。
旅の途中、その黒髪を理由にモルガンに対して魔族だと国が戦争を仕掛けてきたことがあった。
魔族だ、騙されている、邪神の使いだ!馬鹿馬鹿しいことを正義に掲げてくるあの国に、ノーフェイスはどうしたのだっけ。
(…や、今はそれよりも、フランのことだよねぇ。初めて会った時も黒髪に過剰反応してたし、多分、生まれた時からあの時のモルみたいな扱いを受けてたのかな。だから、こんなに怖がった悪夢の中みたいな…… )
『こんな色で生まれなきゃよかった……黒髪なんて、持って生まれなきゃ…』
(……なんか、気に食わない)
もやもやと心の中に渦まく感情の矛先はフランにそこまでの恐怖を植え付けた周囲と、それからフラン自身にだった。
(……そんなに綺麗な髪なのに、夜のあわいみたいな色なのに、こんな髪色だなんて思ってるのかな。確かに黒色は闇色だけど、だから悪いわけじゃないのに)
むかむか、もやもや。
アイリスは自分の容姿をこれでも気に入っている。
雪のような白い髪に海みたいな青い瞳、初めてこの姿を自分と認識した時には驚きしかなかった、今や柏木彩芽の時の姿よりも自分だと認識できる、この姿。
あらゆる国で興味惹き、数多の人間に褒めはやされて神様だと自分を無視したように掴み取られるような視線と扱いを受けたこともあった。
けれどマーリンが「俺とお揃い!」とはしゃぐし、ラジがふわふわだと撫でてくれるし、リードが結んでくれるし、モルが櫛でとかしてくれるし、リリアナが綺麗だとほめてくれるし、アロガルが髪飾りをくれるし、ホルンが雪雲みたいといってくれる。
だから、気に入っている。
大好きな彼らがそう言ってくれたから、他人の悪口や人権を無視した崇拝も畏敬も全て気にしないでいられるほど、気に入っているのに。
「フランにとってはそうじゃないの」
「…え?なんだよ、どうした?いきなり…」
「私はフランの髪色好きなんだけど!」
「お…おう?あ、ありがとう、な?」
「確かにフランにも色々あったのかもしれないけど!でも!私は好きなの!その夜に溶けるみたいな黒い髪、夜鴉みたいな、一片のひっかかりもないみたいなやわらかい黒い色が!」
突然頬を膨らませながら怒りつつも髪を褒め始めたアイリスにフランは少しだけ頬を染めながらも困惑する。
なんせアイリスの言動は突拍子もなかった、まぁいつものことといえばそうだったが。
「アイリス、わかったから取り敢えず落ち着けって」
「いーや!フランはなーんにもわかってない!」
油に火を注いだように更に勢いを増すアイリスはびしりとフランを指刺した。
「私の“好き”とその他大勢の“嫌い”、どっちが大事なの!」
「………え…」
言葉だけ聞けばまるで面倒臭い彼女のようだなぁ、なんて。
ぽかんと口を開けたフランにアイリスは気付く様子もなく“むかむか”した感情をぶつけていく。
「たかが周りがそう言ってるからみたいな理由で差別するようなその他大勢の罵詈雑言なんぞ、犬どころか虫だって食べない!そう言う奴らは誰か偉い人がいいものだって言えば手のひらを返す!何もしていない子供が生まれ持ったものを、本人がどうしようもないものを理由に卑下していい理由なんてあるか!そんなのに踊らされて私が好きだって言うフランの髪を、『なけりゃよかった』だなんて、卑下するな!私は!フランの髪色が好きだ!面倒見のいいとこに何回だって助けられた!フランとミシェル、2人がいるから毎日が楽しいんだ!」
「……きゅうに、なんだよ…いきなり、すぎるんだよ、お前は…」
ひくりと口端が震えて上手く声が出なかった。
心の底から「腹立つ!」と怒っているアイリスには悪いが全く怖くない、そもそもなんだその怒りは、というか少し前まで2人並んで本を読んでいたと言うのにどこに沸点が転がっていたのやら。
突拍子もない、そもそもその怒りはなんとも自分勝手だ!
「そん、な……の……おれ、だって…ほん、とうは…」
たかが髪色。
別に誰からも好かれたい訳じゃない。
フランが好きな人たちは誰1人も黒髪という理由で彼を卑下しない。
分かっている、理解している、フランが1番思っていた。
何の確証もない、ただの偏見による差別ほどうつろいやすくてとるに足らないもの。
それだけ、たったそれだけだと鼻で笑ってやれるほどフランの心の膿は優しくなかったし、真っ暗闇の道に差し込む光は弱すぎた。
眩しいほど光輝く真白の彼女、あゝ気に食わないと吠える彼女の言葉にどれほど救われたことか!
恵まれた色を持つくせに、あの国からすればどれほど崇められるか、フランが持たなかった、渇望したほど光に近い白を持つくせに。
『女神ロアンの加護があらんことを!白き光に喝采を!忌まわしき黒に天罰あれ!』
(そのお前がそれをいうのか、馬鹿馬鹿しいと、たかが髪色だと、あぁ、あぁ、ざまぁみろ!お前たちが讃える聖なる色の女は、それこそ忌まわしいと吠えているぞ!ざまぁ、みろ、おれは、俺は救われたぞ!)
「そう、だよ…た、たかが、髪色、だ、たかが有象無象に俺を否定される、謂れはない…!」
吠えた、小さな小さな声だったけれど、それでも。
悪夢の中の子供は必死に消えないように手に抱えた光を手繰り寄せて、とうとう道標を見つけたのだ。
「そうだよ!うじうじしてた罰としてフランは女装の罪にしょーす!」
「はっ!?」
「メイク⭐︎アーップ」
ご丁寧にきらきらとしたエフェクトまで効果演出として出したアイリスは創造魔法でメイク服(膝丈)を創り、なんとも素早い動きでフランに着せた。
それだけでは終わらない。
自動操作機能を付与したメイク道具を創り出し抵抗するフランを押さえつけフルメイク、更に頭には白いヘッドドレスを付けた。
この時間僅か3.14秒。
「フラ子ちゃんのかーんせーい!」
「はぁ…はぁ….お前…俺の感謝をかえせ…」
「やばいよフラン、すごい…美人…えっかわいいだきたーい!ぎゅ〜!」
「ふざけろ!」
…そうしてミシェルが部屋に戻った数十分後に戻る。
道連れにしたフランの思惑を外れ、意外にミシェルは割とノリノリで女装をこなしスリットの入ったチャイナ服を着こなし数日前の伏線をちゃっかりと回収していた。
「ミシェルびじーん!扇持って扇!傾国みたい!きゃーぁ!」
「えぇ〜?んんっ、ごほん、“アイリス様いけずぅ、あたしは国なんて傾けないですよぅ”」
「何でお前そんなにノリノリなんだよ!アイリスもテンション高いし!」
「公式で女装とか来たらとりあえずテンション上がるタイプだったので!」




