外伝 窮屈な王子様と自由な少女
王子様と自由な少女の出会いのお話
「……たいくつだ」
スエルテの王宮、その一室でポツリと少年は呟いた。
彼の名前はエイト・クロスロード。
現王のニエス・クロスロードの息子、紛うことなきスエルテ王国の第一王子である。
はてさて、なぜこんな齢9歳の子供がらしからぬ表情でたいくつだ、つまらん、と繰り返しているのかというと。
「……エンビズレントのじじぃはうざいし、サーマイズはうそばっか、他のやつらだっておんなじだし、“ろうがい”どもめ……」
エイトは非常に優秀だった。
故に、王家に取って代わろう、利用しようと近づく貴族や官僚はすぐにわかってしまって、それらの嘘や狡猾さに辟易した。
エイトはとても物分かりの良い子供だった。
故に、王子として生まれそれ相応の暮らしを与えられている自身が王家の人間としての振る舞いを求められているのが当然と理解していた。
故に、曰く“ろうがい”の貴族や官僚たちが疎ましくてうざったくて、そして
_____しんどくてたまらなかった。
エイトは9歳の子供である、いくら賢く優秀であったとしても、子供なのだ。
嘘と疑心、権力の絡んだ応酬に裏しかない行い。
そんな最中に置かれて、両親や騎士団長くらいしか気のおけない人物がいない_____
嗚呼、ああ!!
つまらない!たいくつだ!しんどくてたまらない!!
エイトは理解していた、自分の置かれた王子という立場を。
それでも逃げ出したくてたまらなくなって、いっそもっと物分かりが悪ければ逃げだせたのに。
そしてある日、張り詰めていた糸がぷつんと切れた。
(後の本人曰く、これは彼の人生において一二を争う考えなしの行動だったという)
王宮で所持している瞬間移動の魔法道具をがちゃがちゃと弄る。
そして魔法陣を書いた紙を握りしめ、こう思いを込めて魔力を流し込んだ。
(どこでもいい、俺を知らないところへ、いちどにげてみたい)
ぱちん、と姿が消えた。
気がつけば森の中、握りしめた魔法陣を書いた紙を服に隠して辺りを見渡す。
(……どこだ、ここ。ずいぶん離れたところにきたな、まぁ……ここならちょっと息がつける)
そばにあった岩の上に座って大きく息を吐く。
(いえで、なんてはじめてだな。……大丈夫だ、すぐにかえる、すぐにかえるから)
静かな森、けれど風の音と遠くで囀りが聴こえて落ち着く。
木漏れ日を浴びて、足を揺らす。
(落ちつくな………こんなおだやかなの、ひさしぶりだ。鳥のさえずり、木々の揺れるおと、遠くでこどものこえ……近くに村でもあるのか?それから……うしろからの唸りごえ)
ん?何かおかしい。
ぼぅっとしていた思考が急速に動く。
唸り声、唸り声!?
がばっと背後を振り返るとそこにいたのはエイトを見つめて涎を垂らしながら唸る巨大な狼。
「ルヴトー………!」
(おれはそんなにとおいとこにきてたのか!?)
王宮の近くの森では見られない、隣国との境にある森でよく見られる魔獣にギョッと目を剥く。
服に隠した魔法陣の紙を握りしめて、唇を噛む。
(これを使えばすぐに王宮に戻れる、俺は王子だ、役割がある。こんなとこでしんじゃいけない、いろんな人に迷惑だ、けど、だが…………)
「……まだかえりたくない、」
グルルルァァァ!!!
牙を見せ襲いかかるルヴトーに慌てて防御魔法を展開する。
「っ……」
わかっている、わかっているとも。
いくらエイトが優秀であっても、魔獣相手になんとか立ち回れるほどの実力はないし、使える魔法は防御に長けたものばかり。
逃げる手段があるのだから、それ以外に道はない。
けど、だって、でも_____
「そぉれどっかーん!!」
ふと、こんな森には似つかわしくない女の子の高い声が響いた。
「………!、??」
そこにあったもの。
見上げた空から弓矢が降り注いでいた。
矢は的確にルヴトーの四肢を地面に縫い付け、身動きを封じてからその命を撃ち抜いた。
「きょーうの、ごはんは、狼のーカツー」
るんたた、るんた、楽しそうな声を弾ませて現れたのは雪のような白い髪と海のような目を持つ少女だった。
「え、りとく……ん?あれちがう、かな。だぁれ?」
「え、あ、あー……」
一瞬誰かの名前を言いかけて、それからきょとりと目を丸くさせた少女に困ったのはエイトの方だ。
子供だ、きっと何も知らない子供、自分のことなど知らない子供。
「んー……あ、迷子?」
「へ!?」
「この辺じゃ売ってないような服着てるし、旅人の一座の人とか?」
「あ、あー……まぁ、そんなとこだ」
「そっかぁ」
にぱっと笑った少女はしまった忘れてた!とくるりと生き絶えたルヴトーの方を向いた。
「よいしょと」
「……っく、ぅ」
「え、どうしたの?」
「な、んでもない」
(空間魔法の亜空間収納、こ、こんな俺と同じか少し下くらいの女の子が使えるのか……!?)
当たり前のように使うそれに驚いて声をあげそうになったのを必死に我慢した。
「迷子なら村に来る?何にもないけど、このあたりではぐれたんだったら探しに来るかもだし」
「いや、それは……」
「まぁまぁえんりょしないで」
「いや遠慮じゃな、ちからつよっ!?」
(っ、仕方ない。むらにいってすぐしたら戻るか。ここでいなくなったらあれだし……移動手段が取れたとかなんとかいえばいいだろ。……ん?そういえばあのルヴトーを倒した矢って……この子が?)
にこにこ笑って腕をひく少女と記憶の中のルヴトーを思い比べてまさかなと首を振る。
空間魔法が使えるから狩りに一緒に来ていただけだろう、しかし、ならば同じく狩りに出たはずの、矢を打った大人はどこにいる??
「なぁお前、1人……」
「よいしょ」
「なん!?まてまてまてまて!!お前何してる!?」
「帰るんだよ?ごはんもとれたし」
そう言いながら木に登った少女は、そこに隠してあった大きめのキックボードを取り出して木から飛び降りた。
ほらほら乗ってと促されエイトがそこに乗っても余裕がある程には乗り場が大きい。
「歩いて帰っても別に遠くないんだけど君の靴じゃ森の道しんどいだろうし。これの試作実験もしたくて、行きは行けたんだけどねー」
「は、!?」
「あ、ちゃんと捕まっててね。一応これ1人乗り用で……重さとかは全然いけるんだけど固定装置とかないし。重力安定魔法陣は付与してるけど普通に吹っ飛ぶかもだから」
「はぁ!!!!?」
おい待て待て待て!!!声を上げる間も無く。
魔力が収束してキックボードに込められる。
「じゃあ、アイリス、いっきまーす」
「いくなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ぶわりと風が巻き起こりキックボードは器用にも木々を避け森の上空まで浮かび上がった。
慌てて少女の体にしがみつき、目を瞑っていたエイトは楽しげな声に目を開く。
「箒に絨毯キックボード、空飛ぶ魔法道具は夢しかないっ!自分で飛ぶのとは違った楽しさがあるよね〜」
「……すごい」
沈みかけて橙色に空を染める太陽、遠くに見えるまるでオモチャみたいな街々に、真下に見える一面の緑の絨毯。
全身に浴びる心地よい風が、嫌な気持ちを吹き飛ばしてくれているようだった。
「えっと、あそこが私の住んでる村でねー」
スエルテと隣国との国境ギリギリを森で囲まれる形でぽつんとある村を指差し、楽しそうに話す少女だが言葉を途切らせた。
「……ん?」
「おいなんだそのやばいみたいな声は」
「あは、魔力回路がショートしちゃった」
「……つまり?」
「落ちるー」
「うあぁぁああぁぁぁぁぁ!!?」
エイトの叫び声を響かせながら空飛ぶキックボードはばすんばすんと音と煙をたてて村に向かって落ちていった。




