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一番欲しかった言葉

フランはフードを抑え、人が少なくなっていく裏路地を走っていく。


気分はといえば最悪だ。

あの、美しく綺麗な、聖なる色を持つ少女にこの色を見られてしまったのだから、


早くなる鼓動の音が嫌に大きく聞こえた。

あの蒼い瞳が自身に向ける感情が嫌悪に染まる事を想像して、無理やりそれを忘れるように頭を振った。


いいじゃないか、と言葉を漏らす。


(わかりきってたことだ、それにどうせ3年間一緒にいる羽目になったんだ、隠し切れる訳がなかった。そうだ、そもそと、たまたま一緒にいただけ、たかが2日一緒にいただけだ)


それは、そう言わなければ諦められない、自分に言い聞かす様だった。

壁にもたれかかり、ずるずると座り込む。


(……今までと同じことだ。慣れてるはずだろ。わかりきってたことだろ。こんな、いろ。おじいちゃんとおばあちゃんが変わってただけで、魔族の色なんだよ、どこにいったって、俺の色は、疎まれる…)


もう少しだけしたら、宿に戻ろうと息を吐く。

置き去りにしたまま帰るのは少しだけ心が痛むが、アイリスも自分と一緒にはいたくないだろうとそれを無視した。


わかりきったことだと、言い聞かす、大人になったふりをする。

けれど瞳を閉じずとも、頭の中でフラッシュバックする記憶は心を蝕む。


『悍ましい、お前は私の息子じゃない!あぁ、あぁ!その()を私に見せるな!お前は魔族の子供だ!』


(……うるさい)


『お前がここに住まわせて貰っているだけありがたいと思え、お前は我が家の汚点だ。その色を持って生まれた事がお前の罪だ』


(………うるさい)


『人間じゃねぇんだろお前!魔族の子供!人間様に楯突いてんじゃねぇよ!』




(…………うるさい!!俺だって、俺だって望んでこの色に生まれたわけじゃない!!こんな色、なけりゃよかったのに!)



どうして、なんで、助けて、泣き叫んだ子供が伸ばした手を誰もが疎み振り落とされた。

ゴミ溜めに住むフランを泣きそうな顔で迎えに来た祖父母に人としての人生を与えられても、空いた穴がひゅうひゅうと泣き叫ぶ。




(俺は、生まれたことすら罪だって、お前もそう思うのか、)




その白い髪がどれほど羨ましいか、きっと彼女にはわからないだろう。



「フラン」



空から降ってきた白の少女に、沈んでいた意識は引き上げられ声にならない悲鳴があがった。

言葉は紡げず、呆然と空から降るという理解できない行動を起こしたアイリスをただ見つめる。


フランのそんな感情など知らないアイリスは頬を膨らませて、怒っていますよとアピールしながら地団駄をふむ。


「もう、フランがいなくなったら私が迷子になっちゃうでしょ!勝手に置いてかないで、さみしい!」


あくまでも、黒色に意識を移さずそう叫ぶアイリスのその姿が、どうしたって羨ましくて、心がささくれだった。


「……なんで来たんだよ、お前」

「…………へ?」

「………見ただろ、この色」

「ん、あぁ髪の色のこと?そりゃあ、今もばっちり。……ずっとフード被ってるから若くして禿げてたりするのかと……」


ごにょごにょと少し罰が悪そうに呟いた言葉に突っ込みをいれそうになった。

まさかそんなことを思っていたなんて思いもよらなかったものだ。


アイリスは何も言わない。

フランの生まれながらの(コンプレックス)

親すら疎んだ(魔族)の色。


ゆれる雪の様に白い髪、天使が落とした羽のような色。

綺麗を詰め込んだみたいな、神様に愛されて作られたようなアイリスの白が、視界に映る真反対の黒色がたまらなく疎ましかった


ぎっと目を吊り上げてアイリスを睨みつける。

八つ当たりだとしても、どうしようもなくぐちゃぐちゃになった感情は口から勝手に叫び声を上げた。


「この色だよ、この黒い髪!親すら疎んだ悍ましい色!魔族の子供だと、人じゃないと、誰もが言った!お前だってそう思っただろ!?」


悲鳴のような叫び声に、けれどアイリスは目を丸くさせて首を傾げた。


「…………えーと、フランは魔族の子供、なの?人間社会で生きてるの珍しいね」


明後日の返事ばかりするアイリスにフランの苛立ちはますばかり。

これで本気で言っているのでたちが悪い。


「何でそうなるんだよ!ばか!黒は、黒色は、魔族の色だ、闇の色だ、悍ましくて穢らわしい色だ!誰だって疎まれる色だ!だから、だからおれは…!」

「うん?黒色は別に魔族の色じゃないでしょ?」


ぱちくりと瞬きをして、不思議そうに見つめるアイリスの青い瞳に言葉が詰まる。

フランの言葉の意味を知らない人間は少ない。

そんなことないよという慰めかと思えば、そうでもない。

ただアイリスは自分の思ってることを口にしてるだけ。


「まぁ、黒が闇色っていうのはわかるけど、だからって魔族の色って安直じゃない?」

「…は?」

「人型魔族とかは金色とか明るい、人間社会に馴染みやすい色したたりするし。生粋の黒髪ってちょっと珍しいもんね」


アイリスの白色の方が珍しいがそれはそれ。


お分かりのように、フランとアイリスの話は最初から最後まで噛み合ってなどいない。

フランは自身の八つ当たりに叫んだということもあるが、問題はアイリスである。


そもそもの前提としてフランは生まれてからこれこのように、碌な環境では育っていない。

たかが黒色に生まれただけで存在を、人権を、全てを否定され疎まれた。

例えその途中で祖父母に愛を与えられたとしても、幼少期に刷り込まれたそれは簡単には外れない(救えない)


だからフランは自分の黒を何より疎み、そして魔族の色だと思い込んでいる。


実際のところ隣国(フランの故郷)では黒、それに近しい色への色差別が蔓延っている上、世界的にも魔族の色といえば黒というその風潮は残っている。



さて一方アイリスだが、まず大前提として柏木彩芽(前前世)は日本人である。

そうつまり、黒色なんて最も身近な色であった。

更にアヤメ(前世)、旅人であった彼女は魔族もばっちり知っている上に、珍しいだけで黒髪があることも知っている。

何なら東のほうにある島国は黒やそれに近い色を持つ人が多いのだ。



故に彼女にとって黒が闇色であれども、魔族の色だなんて言われている方が非日常(ナンセンス)



たかが(・・・)黒髪ってだけでイコール魔族だなんて、随分悪質に安直すぎると思わない?

「安直、って……なんだそれ……」


_____たかが(・・・)、それだけなのだ。


生まれてからずっと、疎まれ、蔑まれ続けた黒色をアイリスはたった一言であしらった。

あんまりにもなんてことないようにいうのだから、フランは呆気に取られた声しか出ないり


何度も謝る祖父母を見た。

ごめんなと、息子夫婦がごめんなと、泣きながら謝っていた。

祖父母は優しくて、時に厳しく育ててくれた。


祖父母だけがフランを愛してくれた

魔族の子供を人間として育ててくれた。


けれど、救われなかった。

どうしたってわかっていたから、救えなかった。


同情でも慰めでもなく、“何も知らない他人”が投げやりにいいのけた言葉じゃなければ、信じれない、救われない。



「フランは人でしょ、面倒見のいいただの人」



魔族の子供ではなく、疎まれて当然の存在でもなく、少しだけ珍しい髪を生まれ持っただけのただの。




いちばん、ほしかったことば。




「たかが髪色で種族がわかったら苦労しないよ。それにモルだって黒髪だし…そういえば昔腹立つこと言ってたやつらいたな…」



たかが髪色、されど髪色。

何よりも思い続けていた、けれど何よりも縛られ続けていたもの。


「……それも、そうだなぁ……」


彼女からしてみれば白い色も隠すようなものではないものなのだろう、見たこともない、きっと黒色よりも珍しい色。

誰よりもそれに囚われていたのはきっとフラン自身だ。


花が綻ぶように笑うアイリスにつられて、突っ張っていたフランの顔が崩れる。

歪だった、下手くそで、けれど確かにその顔には笑顔が浮かんでいた。


「それより、フランがこんなとこに来るから料理屋さんへの道わかんなくなったんだけど!罰として案内してね!道わかんないし!」

「へいへい、りょーかいしましたー」


アイリスが人の輪にするりと溶け込めるのはこういうところなんだろうなと、漠然と思った。

世間知らずで物事はズレてばかり、めちゃくちゃで非日常(ナンセンス)日常(当たり前)

けれど、どうしてか隣にいたくなる。

杓子定規が壊れているから、どれだけ日常から外れたような人物でも引き寄せる。


そうして勝手に救われる。


「…………ありがとう」

「んー?なんか言った?!

「何も言ってねぇよばーか」

「突然の罵倒!」


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