楽しすぎてはしゃいじゃう
弓と剣とが擦れ合い、ぶつかり合い、ガギンギンとけたたましい音が鳴り響く。
ユリウスは剣を振るうのに合わせて炎を縦横無尽に飛び這わせ、対するアイリスは弓で剣を受け止め避けながら隙間を縫うように襲いくる炎を撃ち落としていく。
ふっと一瞬炎の勢いが衰える。
抑圧されたように引き戻った様子に、理解できずとも危険性だけは頭にちりと走った。
「真空式居合術_____」
暴れ回っていた炎が一旦、抑圧される、押し込められる。
ならばその枷が外れればどうなるかなど想像に難くない。
「火戻り…!」
押さえ込まれた炎はぶわり、と炎上爆発のように燃え広がり横一文字に瞬間的な速度を持ってアイリスに襲いかかった。
例えるならばバックドラフト現象の擬似再現、即座に放り投げられた弓は一瞬で灰燼となる。
「こっちこないでよっ、斥力!」
物体同士が弾き合う力、それは魔法同士であっても適応される。
波となった炎は同じくして面状に押し返す斥力によってぐわんと勢いをそがれる。
例えその勢いを弾かれようと、魔法は未だユリウスの手中だ。
けれどその一瞬、確かに次の攻撃へと移るラグがある。
「さぁて、天気予報のお時間でーす!」
突拍子もなく叫んだアイリスはどこにでもあるような片手剣をユリウスに向かって投げつけた。
魔法の後押しがあっても、ただ投げただけのそれは簡単に避けられるものだった。
「雪、のち雨、ところどころに星が降るでしょう!」
たったひとつなのならば、ただなげられ落ちるだけの剣など脅威にはならない。
たった、ひとつであるのならば。
「______は?」
100は超えるであろう膨大な量の剣がアイリスの背後に見えた。
降り注ぐ雪のように陽の光を浴びてきらきらとした細やかな銀色はその切先をユリウスへと向けていた。
(空間魔法で取り出した?いや、いくらなんでも多すぎる!ならまさか、創ったとでもいうのか?あの弓も、先ほど投げてきた剣も?あれは、確かにきちりと質量を持った、ホンモノだった!)
魔法は魔力という動力と魔法陣という構成によって創られる。
炎や水といった自然的なもの、幻術や精神干渉といった干渉的なもの、その種類は数多にのぼる。
だが、実際に質量を持った正しく実体を持つ物質を創り上げる魔法は、それこそ伝説に並ぶとすら謳われる。
それは一般的に知られている魔法に比べ、三段階はランクがあがる。
今やフランとミシェルが日常として慣れきり、グラスフィール学園の生徒たちも実態を知らないが故流されているが、創造魔法とは本来“そういう扱い”をされるものなのだ。
「吹雪く刃」
ユリウスの困惑や考察をよそに、ただひとつで絶対的な命令を受け留まっていた刃は伸ばされた指先に操られユリウスへと襲いかかった。
名前の通り吹雪の如く、剥き出しの刃は全方向から吹き荒れる。
優に100は超えるそれを剣術だけでは防げない、損ねた炎の波を慌てて引き戻し壁へと姿を変える。
(これが雪…なら次の“雨”はなんだ!)
「雨降る槍」
アイリスの“天気予報”通り、吹雪が横から吹き荒れたのならば雨は上空から降り注ぐもの。
吹雪く刃を防ぎながらばっと見上げれば、空から落ちる雨の如く、真っ直ぐと切先を真下に向けた槍が見えた。
認識したのとほぼ同時に降り注いだ槍に、その場に止まり防ぐ方が格好の的だと攻撃の合間をぬい転がり飛び出たユリウスは尚も止まらず追ってくる雪と雨につい舌打ちをこぼした。
(実際に質量を持った物を生み出す魔法、膨大な魔法量とそれを操作する性能の高さ、何もかもが規格外、ああ、あゝ、嗚呼………!!!)
「雪、雨、まざってみぞれ、氷の星」
歌うように、指揮棒を振るように、なんとも楽しそうに魔法を構築する。
青白く輝く巨大な氷の星は明るいそこでも確かに幻想的で、アイリスも合わせてそこだけ切り取れば神話を切り取ったような麗しさをもっていた。
「彗星落とし」
肝心の、向き合うユリウスからすればその麗しさこそ皮肉に思えて仕方なかった。
知らない魔法ばかりを扱うアイリスなのだから、これがどんな魔法かなど受けてみなければわからない、けれど、ひとつだけ確かにわかることがあった。
(美しくも恐ろしい、正しく俺を倒すためのものだ。直撃すればいちころだ)
二酸化炭素や水などを纏った巨大な氷の塊、それが彗星だ。
けれど魔法に昇華されるにあたり、アイリスの生み出したそれは圧倒的な冷力を放つ。
太陽が炎の星と呼ばれるように、それは正しく氷の星だった。
吹雪く刃、雨降る槍、そして更に加わった追い討ちのような彗星。
箒のような尾を引きながら落ちる魔法に、ユリウスはぴたりと足を止めた。
避ける、攻撃、全ての動作を放棄したユリウスの心情を結界外にいたフランとミシェル以外の全員が気づいた。
(ああ、あゝ、嗚呼…!!)
緑色の瞳はぎらりと光り、口角は緩く上がり、薄く開いた口からは歯が除き見えていた。
(_______なんて、なんって楽しいんだ!!!!)
((((((((ユリウスの悪い癖がでた……!))))))))
ぞわりと空気が震える。
瞳孔の開いたその緑色に、アイリスは内心で(わぁ)と頬が引き攣った。
「序列64番、地獄の底より這い出ろ炎の豹、剣に宿りし悪魔の力を見せろ、全てを焼き焦がせ、燃やし滅ぼせ、かの偉大なる賢王アロガルの名において、出でよ、祖の名はフラウロス_________!」
エイトの部屋で唄った詠唱とはところどころ違うそれ。
地獄に住まう炎の豹の姿をした悪魔を付与した魔法剣、フラウロスに掛けられたリミッターを外し、全てを解放する“本詠唱”。
詠唱通り、まさしく地獄の底から這い上がってきたような不気味な唸り声があがる。
ぐぅがるぐ、唸り上がるのは灰を煮詰めたような黒色をした炎。
すぅと息を吸う、完璧な姿勢、一切の無駄もなく誰もが見惚れてしまうほどの一閃だった。
「真空式居合術、打ち上げ花火_____!!!」
放たれた超火力が圧縮された炎は落ちる彗星と真正面にぶつかった。
空中で数秒の押し合いの後、ユリウスが剣撃に乗せて放った炎は衝撃波をあげて名の通り花火のように破裂した。
砕けた氷粒と弾けた火の粉が降り注ぐ中、向き合う。
未だ掠れた切り傷や焦げたような跡はあれども、どちらも動きが制限されるような傷を負ってはいなかった。
ぎらついたままのユリウスはぱっぱっと土埃をはたくアイリスの姿に、はしゃいだテンションは収まるどころかますます勢いを増す。
「嗚呼……楽しい、楽しいな!」
「うっわぁ……マーリンとかリードとおんなじ目してる……」
「さぁ、さぁ、さぁ!次だ次!もっと、もっと!」
陽の光みたいに輝いた子供みたいな笑顔、その癖に一切を見過ごさないぎらついた瞳。
アイリスはその表情をよぅく知っていた。
なにせかつて毎日一緒にいた彼らにそっくりなのだ、天才魔法使いに鮫みたいな盗賊がおもしろそうなことや欲しい物を前にした時の顔に。
実は、アヤメも楽しいことを前にした時の顔がそれとそっくりなのだが、本人だけは知らない。
(うぅん、しかしほんとにすごい相性いいんだなぁ。アロガルの魔法道具ってすごい扱いにくい……)
ふ、と鮫みたいな盗賊の言葉が頭をよぎった。
『いいかアヤメ、想像力だ。全ては想像力で決まるんだよ。何が起こるかわからない、だから常に想像外のことが起きる事を前提に動け。相手に敬意を払い、全力で、全開じゃあねぇ、余裕を持てるように。常に考えろ、頭を動かせ。それが相手よりも一歩先をとれるコツだ』
それができなきゃ、相手よりも一歩遅れてんだよ、と武器の天才がその特徴的なギザギザの歯を覗かせながら笑っていた。
(……そうだそうだ、そうだった。考えること通りにならないのが当たり前、アロガルの魔法道具だろうが使いこなせる奴がいるのもそうだもんねぇ、相性とかそんな言い訳してる暇あったら、まずは)
「勝つために頑張らないとねぇ!」
かつて、リードに言われた言葉。
そうだった、忘れていた、アイリスとして生まれてからわりかし平穏に生きていたから、甘えていた。
アロガルの魔法道具が扱いにくかろうが扱えないわけじゃない、そんな驚いただとか役に立たない言い訳考えてる暇があったら勝つための一手を考えろ。
だって、負けるの悔しいもんねぇ!
(私の知ってるフラウロスの……や、それはあくまで私たちの時の話、使用者が変われば話も変わる、炎を操る剣てだけわかってればいい。高密度の超高温……だったら。地獄の炎に勝てるほど冷たくしてあげようか!)
にぃっと笑う、楽しくって仕方ない、確かにユリウスと方向性が同じ笑顔だった。
「煉獄より這い上がれ、全てを呑み込む黒き炎、俺の勝利のために、唸れ地獄の焔」
「太陽系 No.8 海王星、領域展開」
剣を振るえばご、わと地面から黒々しい炎が這い上がる。
炎は瞬く間に周囲を埋め尽くし、圧倒的な熱は全てを呑み込まんと揺らめく。
それに対するアイリスは海を凍らせたみたいな三叉槍を創り出し、地面に突き立てた。
息すら凍らせる真っ白な極寒の地が展開され、ちょうどの間で地獄の炎と拮抗する
「白の聖女、いいや、アイリス・オークランド。君はとても素晴らしい、戦えたこと、とても誇りに思う…!」
あの日、嵐の夜の悪魔とすら厭われたテンペスタティグレを斃した姿を見てから一度だって忘れたことはなかった。
「君に助けられた、とても、感謝の言葉で尽くせないほどに」
相性が悪かった、の一言で済ましてしまえば話は簡単だ。
けれどそんな言葉で済ましてはいけないのだ。
あの日もしも白の聖女がいなければ、第四騎士団の悪夢と同じ末路を辿っていた。
少なくとも、必ず、死者は出た。
だからこそ感謝した、誰も失わずに済んだことを。
だからこそ願った、今一度、彼女と見えたときは____
「勝ちたい、いいや、勝つ」
その言葉にアイリスは大胆不敵に、その場にはあまりにも不釣り合いな気の抜けた笑顔で返した。
「んーや、私も割と負けず嫌いだからね。負けるのはやですよぅ」
副音声に、負ける気もないといっていた。
そんなアイリスにユリウスも、つい気が抜けて(勿論隙は見せないまま)「ふはっ」と笑いをこぼした。
なにせアイリスの返答はあまりに当然で、そうしてとても、楽しくて仕方ないのだ。
ならばそれ以上の問答は最早不要だった。
わかりきっていたことだ、それすなわち、どちらも負ける気がないというだけだ。
「焼き切れ、滅せよ、燃やせ、灰とかせ、真空居合術_____焼滅斬_____!!!」
「ぶちぬけ!海王の槍ぁ!!!」
地を這う地獄な炎を収束し、纏わせた斬撃は炎を獲物を狙う獣の如く勢いよくアイリスに向かって放たれた。
対して魔力を込めアイリスによって打ち投げられた三叉槍は地面を揺らしながら、まるで全てを呑み込む津波のように空を切り裂く。
槍は放たれた炎を切り裂きユリウスの眼前に至る。
しかし、自分へと放たれると分かっていた攻撃ほどわかりやすいものはない。
手首の最小限の動きだけで剣先を動かし、三叉槍を弾く。
どちらもとっときとも言える一撃を切り裂かれ、弾かれ、では次の手は?
「いいや、まだだ。」
そも、焼滅斬と呼ばれる技とは果たしてどんな攻撃なのか。
展開された圧倒的に膨大な地獄の炎全てを剣に収束し、剣身サイズにまで圧縮する。
それを斬撃に乗せて放出、勢いに乗せて瞬間的な速さと共に撃ち出す。
圧縮された炎とそれを乗せた斬撃は空気を焼き切り、非常に強力な反面二段階の手順を必要とするために一度撃てば2回目を撃つのには手間をとる、一撃必殺型の初見殺し。
ただで撃ったのならば、の話だが。
「付け焼き刃」
「_____!」
ユリウスはアイリスのその実力を、未知のものと認識した。
だからこそ、理解していた。
自分の持つ技の中で強力なひとつとも言える技でも打ち破られる可能性が当然あるということなど。
“焼滅斬”しかり、ユリウスの強力な技の殆どが即席でなく発動までに少しであっても手間をとる。
それを逆手に取った。
先程説明した通り、“焼滅斬”とは収束した地獄の炎を100%斬撃に乗せて撃ち出す技だ。
ならば、と考えた。
(全部撃ち出さず、とっておけばいいのでは)
数値にするならそのうちの40%程度を撃ち放った。
全力で、まさしくとっときだった。
ユリウスがそう、意を込めて放ったことには変わりはなかった。
だからアイリスもそれを防ぎ、撃ち破るために海王の槍を全力でぶん投げた。
残った60%の炎は、文字通り付け焼き刃として未だフラウロスに纏っている。
当然100%を放つに比べれば威力は劣る、だが、アイリスの隙をつくには十分だ。
アイリスは確かに次の一手への動きが早いうえ、手数が多く、魔力は膨大。
だが、次の一手への移りがいかに早くても最大火力に至るまでには確実にラグが発生する、例え一瞬、瞬きの間であったとしても確かに存在する。
裏のとっとき、フラウロスを勢いよく振り下ろし再び斬撃に乗せて地獄の炎を撃ちはなつ。
「…あり、」
突飛をつかれたと間抜けな声を出す。
アイリスは焼滅斬という技について、展開した地獄の炎全てを収束したことから再展開に時間がかかるタイプの技と予想していたからだ。
勿論ただの想像、想定通りにいくばかりではないことなど分かっていたのだが。
_____ではその一撃目が囮で二撃目をとっておいたことは?
迫り来る斬撃と共に撃ち飛ばされた炎に向かい、避けるでもなく走り出したアイリスは掌に魔力を込め炎に飛び込んだ。
「入れ替わり」
_____勿論知らなかったとも。
けれどアイリスはかつてリードに教わった、いついかなる時でも何が起こるかわからない、からこそ、いついかなる時でも余裕を残せと。
アイリスの体にラグが走る、瞬間、ユリウスのその側で地面に突き刺さっていた三叉槍とアイリスの場所が入れ替わった。
入れ替わり、即ち名前の通り入れ替わり。
瞬間移動が術者、対象を任意の場所へと飛ばすのに代わり、入れ替わりは魔法陣などの印の刻んだ任意の対象物と入れ替わる空間魔法。
自分の想像から物質を創り出せるアイリスにとって印をつけることなど雑作もない。
奇しくも、アイリスの攻撃も、ユリウスの一撃目同様囮だったのだ。
海王の槍は弾かれること前提、大事だったのは位置取り。
突如として自分のすぐそば、槍と入れ替わりに攻撃体制のまま現れたアイリスに思いもよらなかったユリウスの反応が遅れるのは当然だった。
アイリスの所持する魔法の中で最も素早く攻撃を放てるのは銃弾だ。
なにせ属性も何もなく、ただ魔力を弾丸のように放つだけ、威力も込めた魔力量に依存するだけの簡単なものなのだから。
けれど、特段の魔力を込めた弾丸は砲撃とも言えるほどの威力を持つ。
それを至近距離、しかも防御姿勢もほとんどとれていない今撃たれればいくらユリウスでもただでは済まない______!!
「あは、そぉれ、どっかぁん!」
ユリウスの視界が白く白く染まった。
「そこまで!勝者_____アイリス・オークランド_____!!!」




