模擬戦闘 対双子戦 3
降り注ぐのは輝く星の群れ。
夜空を満天に彩る星々をそのまま落とし、高密度に圧縮された光は空中に光の線を引いて焼き貫く。
魔法名を“流星群”、その名の通り、魔力を練り上げ魔法によって召喚された光を閉じ込めた流星群である。
そもそも流星とは遠く離れた宇宙で小惑星が燃え流れたものであり、落ちてきていない隕石とも言えるのだが、魔法に昇華されたことで“炎を纏った岩の礫”と“輝き落ちる星の群れ”と全く別種のそれになったのだがそれは閑話休題。
更に余談で“輝き落ちる星”である”流星”は流星群と違い
落ちるのは1つの星である代わり威力やコントロール性が上昇するが、それはそれ。
話を戻すとして、要するに“流星群”とは、それ即ち空より多数と降り注ぐ高密度の光の帯である。
ちかちかと視界一面を埋め尽くす満天の星の群れに、思考だけが巡っていく。
(どこからわいた?)
(いつのまにそこにいた?)
その疑問は、しかして誤りであった。
((いつからいなかった?))
アイリスは確かに存在していた、最初から。
唐突に降ってわいたかのように現れた彼女を、一体いつから忘れていた?
ぎゅ、ぎゅんん、と光の線を引いて放たれた星の群れは渦巻く雷の竜巻にぶち当たった。
数秒の拮抗の後、呑み込むように雷の竜巻を押し返し周囲を巻き込んで弾け飛んだ。
焼き切ったような大きな音を立てて、土煙があがる。
リングが短い詠唱で風を巻き起こし土煙を霧散させる。
アイリスという既知の未知に反応が遅れ防御することもできなかった双子の体にはあちこちに擦り切れた傷と焦げ傷が刻まれていた。
ぴりりと走った痛みに、しかし双子は理解できないと愕然と目を見開いていた。
((いつから、見えていなかった?))
‘イリス’は3人構成である。
フランとミシェルと、そしてアイリスによって形成されたパーティである。
それはわかり切った事実であり、忘れようのないものだった。
そも、アイリスのその強さと未知性は1番のダークホースかつ最も脅威となる存在であった。
だからこそ双子は、フランとミシェルへ目を向けながらも、確かにアイリスを警戒していたはずだった。
そうとも、最初こそ、アイリスの“おまけ”と彼らを認識していた。
そしてフランが魔法をそのまま返してきた時からアイリスほどとは言わないが“同じく”敵と認識した。
けれどいつの間にか、本当に、アイリスが“見えず”、視界から外れた彼女は頭からスポりと抜けていた。
双子は確かに、特に雷の竜巻など明確に、フランとミシェル、“2人だけ”に向けて攻撃を放っていた。
(いつから忘れてた?)
(いつから見えてなかった?)
(どうして見えてなかった?)
(どうして忘れてた?)
いつから、どうして、なぜ______ぐるりと思考が一周してはっと気づく。
『ふぅん、別に、アイリス・オークランドの威を借りてる狐なんかじゃなかったんだ』
『あは、今回のこれは俺たちが喧嘩売ってるんだよ双子さん!“お嬢さんが見えなくなる“位、俺たちに注目してもらうよぉ!』
リングの挑発に、ミシェルが嘲笑うように“言っていた”。
「ミシェル・ケイネス」
「精神干渉」
「あの時」
「あの時だ」
「「あのたった一瞬に精神干渉を練り込んだ!!」」
ほんの僅かな言葉、双子にとっては挑発の意図しかなかっただけの会話に織り込まれた不可視の罠。
ミシェルはその言葉に全ての魔法をかけた。
“見えなくなる”という種を植え込み、芽吹かせ、そうして今迄ずっとずぅっと魔法をかけて縛りの蔦を絡め続けた。
精神干渉で“見えなくなる”と誤魔化していても、実際的にアイリスの姿を視界に入れてしまえばそれはかくれんぼの本末転倒だ。
だからミシェルは精神干渉に魔力を注ぎながら、同時並行でアイリスの姿の上に周りの風景を幻術で上書きした。
精神干渉と幻術で手一杯、他の攻撃へ意識を割けなかったミシェルが攻撃をしなけれフランという隠れ玉があっても、2人に意識を向けさせている以上目についてしまう。
故にアイリスが風景と同化しながらも、あたかもミシェルが撃ち放ったように合わせて“複数連射銃弾”を放った。
ずっと、ずっと、ツヴィとリングが氷魔法によって出来たその一瞬を待っていたように、フランとミシェルも彼らがとっときを披露するその瞬間を待っていた。
精神干渉の術中にいた双子からすれば、困惑に尽きる。
突然降って沸いたようにアイリスが現れたこと、目立って仕方がないだろうアイリスを今の今まで忘れていたこと、「なんで?」が頭を支配すればどれだけの強者であってもその状態では動けない。
売り文句に買い文句、ただの戦闘中の挑発の仕合でしかなかったはずのそれを、物の見事に利用された。
知っていた、ミシェルが精神干渉の魔法を得意とすることなんて“知っていた”というのにまんまと掌の上で踊らされていた。
はく、はく、と口を開いては閉じて、ぞっとするほど顔から血の気が抜ける。
フランとミシェルは体の彼方此方に傷を負ってはいるがどれも致命傷に足らない軽傷で、アイリスに至っては無傷な上“流星群”以外の魔法を使用していないことから魔力はまだまだ潤沢に残っている。
一方でツヴィもリングはといえば、傷に関してはフランとミシェルと同じ、あちこちに負ってはいるが軽傷といえるだろう。
けれど魔力は随分と使ってしまった上に、踊らされてばかりの体たらく。
「ぁ、ぼ、僕らが、負ける、……?」
その時初めて、リングの口から随分と情けのない声が漏れた。
いつだって自信に満ちていた彼らの声とは思えないほど小さかった。
「負ける、なん、て、これ以上は許されない!リング!!今度はもっと!」
ぎりりと歯を食いしばって叫んだツヴィの言葉にはっと戦いへ意識を取り戻したリングは片割れとそっくりの顔で魔法陣を展開した。
「っ水よ渦巻け、風よ逆巻け、僕らの敵を呑み込め、僕らの敵を、討ち滅ぼせ“アクア・トルナード”!」
「冷気よ、氷よ、大気に吹き荒れろ、吹雪け吹雪けェ!全部全部凍らせろ!!“テンペスタデニエーべ!”」
湧き上がった怒涛の水を巻き込んで、風が吹き荒れた。
更に絡みつく吹雪により凍りついた霰は岩のように硬く、水凍の竜巻はごぅごぅと渦巻いた。
吹雪は一面を白く染め、アイリスたちの視界すら呑みこんだ。
「僕らは、負けちゃ、もう、負けちゃいけないんだ……!!」
悲痛に染まった声はどちらのものともわからず、ただ吹雪に紛れるだけ。
悲嘆の末唸る氷流の竜巻が襲いかかる。
「吹き飛ばせ‘’隕石”、そぉれどっかぁん!」
けれど攻撃のその手をアイリスたちへと届くよりも前に、炎を纏った岩の礫が豪と音を立ててぶつけられる。
どちらも押し切れず、衝撃とともに砕け飛ぶ。
とっときの複合魔法がたんと魔力を余らせたアイリスの攻撃によって砕かれ、顔は歪み悔しさが滲む。
「っ、くそ!」
「余所見してていいのか?」
「いつのまに…っ!幻術……!!」
ツヴィによる自分たちへの攻撃の精密性を落とさせるための吹雪は、しかしアイリスたちの姿も双子たちには見えなくなると言うこと。
吹雪の中、幻術で姿を紛れさせたフランがリングの目の前に迫る。
「リング!」
「と、アンタはこっちぃ!」
「くそ、邪魔なんだよ!!」
フランと同じように紛れて現れたミシェルに、とうとうツヴィが吼える。
(ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ!こいつが、こいつに!!利用されてばっかり!)
「雷よ、槍となれ、目の前の敵を穿て!“サンダースピア”!」
それでも、ミシェルはサポート特化。
どれほど巧妙な精神干渉を施せても、どれほど精巧な幻術を纏えても、直接的な脅威力はないと判断したツヴィは槍の形を取った雷を振り下ろした。
避けることもせず雷の槍はミシェルの体を貫き
「あは、外れ!」
「っ!?」
損ねた。
目の前にいたミシェルの姿は揺らめいて、目の前にいるはずなのに背後から楽しげに弾んだミシェルの声がして慌てて振り返るよりも前に服の襟を引っ張られる。
息が詰まり、体制を整える暇もなく小柄な体は投げ出される。
「“雷よ_____っ”、ぅ、ぐぅっ…」
手をかざすが、とっときに魔力を膨大に使い果たして単純な魔法すら発動できず、リングの体を襲いくる魔力消費に対する疲労感が襲いかかり視界を歪める。
(魔力不足……!くそ、くそ…!大きい魔法を使いすぎた、リングと離された…!)
離された先、フランと競り合う片割れが見える。
ツヴィもリングも2人とも強いことにはきっとかわりない、けれど“ツヴィリング”の本質は2人で1つかの如くの連携だ。
そうしていつも勝っていた。
それが彼らの戦いのスタイルだった。
幼い頃から2人でひとつ、ひとつで2人、だからどうしたって個は個のチームプレイと戦えばその差は圧倒的。
ひとつでも戦えるけれど、ひとつでは真骨頂ではない、それが“ツヴィリング”だ。
ようやっと、頭を使わずに済むと晴れ晴れした顔で殴りかかってくるフランに、魔力はとうに底をついてしまったリングは避けるので精一杯。
(ツヴィがとおい、もう、魔力も底をついた、魔法もう少し抑えておけばよかったな)
互いに援護は不可能、距離を取ろうとしても近接戦こそフランの真骨頂。
「“対象右足筋肉 威力増加 身体強化”、んじゃあな!」
(…あぁ避けれない、ダメだ、ごめんツヴィ、僕ら)
足がもつれたリングに勢いよく迫り来る攻撃を、避けることもできず小柄な体は蹴り飛ばされた。
宙を舞い地面に転がされたリングの意識はなくなり、そうして2人は引き離されてとうとう1人になった。
『ここでー、なんとリング・ツヴァインが戦闘続行不可能となりましたー、残り時間も後わずかぁ、いったいいったいどうするー?』
放送クラブの声に囃されて歓声はわぁわぁと大きくなっていく。
(ごめん、ツヴィ、僕ら)
「、ちがう、まだ、まだだ」
言葉にしていなかった片割れの言葉を、それでもツヴィは聞いていた。
だから心の中にすら紡げなかったその続きを、ツヴィだけは解っていた。
「負けてたまるか、まだ負けてないんだ、僕らはお前らより強い、強くなくっちゃ、強くなくちゃいけないんだ______!!!」
空気を切り裂く電撃が弾ける音を纏い、ツヴィは残りの全て、底を掘り下げるほどの魔力を練り上げ、魔法陣を構築していく。
「収束しろ、空より生まれた雷の撃よ、空を黒く染めろ、全てに生まれた雷々を響かせろ、全知全能の天に至れり罰を注げ…!」
「…カミナリ」
ぽつりと、アイリスがつぶやいた。
”それ“は彼女のよく知る魔法によく似ていた。
古来より雷とは天の怒りである、地面より降り注いだ強大な電撃の線は一説では罰を注ぐためと謳われていた。
名の通り神鳴り、世界に落ちた全知全能の神が降り注いだ天罰。
上空を黒い雲が覆い、空気を震わせる稲光の唸る音が轟く。
「世界に落ちろ“擬似天雷”!!!」
びか、り、と周囲を閃光が支配した。
黒い雲から落ちた電雷の帯はドォンと地面を揺らす音をたて、空気を焼いた。
全てを焼き尽くす天雷は、ほんの目の先に。
「“対雷耐性 身体強化”“」
電撃に対する耐性を会得。
「魔力操作」
膨大な構築の魔法への干渉を会得。
「くっそ今回俺の負担多くねぇ!!?」
ついでに、誰へとも言えない文句もひとつ。
「雷、一本釣り!!」
一直線に迫る稲光、空気すら焼き切る天雷を受け止める。
強化魔法による電撃への耐性を付与しているとはいえ強大なそれはフランの会得した耐性の許容を優に超え、受け止める腕から全身にへと電撃が走る。
バチバチと電撃が熱量を持って弾ける音、掌が焦げる痛みに襲われる。
「う、ぐ、……ま、ける、かぁ!!」
悪態を叫んで、掴み防いだ雷の帯を殴りつけた。
「ぶっ、とべぇ!!!」
下へと押し潰すような勢いが失せたそれに、もう一発。
バッッッッッッッッチィン!!と、幾度も拍をおいたような音だった。
そう感じたのは、音がツヴィの耳に届くとほとんど同時にそれは目の前にあったせいだった。
魔力操作によって”殴れて“、質量保存の法則に伴いその勢いとともに”ぶっ飛ばされ“た天雷は直角にを描きツヴィへと襲いかかった。
(避ける、無理だ、魔法、魔力がない、あぁ、そうだなリング)
「……ぼくらの、まけ、だ……」
ツヴィの視界一面が白に染まった。
その直後、模擬戦闘終了の合図が鳴り響いた。
『“ツヴィリング”両名戦闘続行不可。結果は、“イリス”の完全勝利ーーーー!』




