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無自覚とは時に罪である

「いいかアイリス、武器の実技試験でも言ったが、お前は異常だ、そして非常識だ」

「うわぁ直接的に酷い」


試験が終わった後フランに言われた一言がこれである。

オブラートのオの字にも包まず本当に直接的だった。


入学試験が終わった帰り道の最中、同じ宿を取る予定のフランと共に歩きながらの話だった。

というのも、合格発表は試験が終わった次の日に張り出されるために王立都市外からきた試験生たちは宿に泊まる必要があるのだ。

この時期は試験生の宿泊者が恒例となっているため、王立都市の宿街ではすぐに宿を取ることができる。

そして合格をしていれば、その次の日に入学式、というわけである。


並んで歩くアイリスの全く意味がわかりません、という顔にフランは顔引き攣らせた。


「まず、魔法の無詠唱が完璧に出来る奴なんてそうそういない。出来ても威力が落ちる。けどな、お前は無詠唱でしかも強力で複数を同時操作した。そんなことができるやつなんてそうそうどころか滅多にいない、A級冒険者……いや、S級冒険者だってできるのか分からねぇ」


世界的に、詠唱を使っての魔法発動は一般的なのだ。

しかし悲しいかな、アイリスの日常は非日常であり、非日常(ナンセンス)こそが日常(当たり前)なのだ。

フランの力説に、けれどアイリスは納得がいかなそうに反論する。


「でも詠唱って時間かかるし、それに間違いそうだし…」

「あぁ……?あぁそうだよ!だから無詠唱が出来ればそれだけで有利なんだよ!けど無詠唱は詠唱有りよりも威力が何倍も落ちる!なのにお前は無詠唱で威力もスピードも落とさずにしかも同時複数攻撃をしでかした!!だから異常だっつってんだよ!」


「何俺が間違えてるみたいな顔で言いのけてんだお前は!」と吼えながらアイリスの頬を思い切り引っ張る。

出会ってそうそう時間もたっていないのに容赦なく、アイリスのそのするりと人の輪に入り込むような立ち振る舞いに遠慮など早くに捨ててしまった。


「痛いー!なんかごめんなさい!!」


半泣きで必死にフランに静止の声をかけるその姿は、つい先程には自分の何倍もの大きさの的を壊し、強大な魔法を使っていたメチャクチャな人物には見えない。

生憎とアイリスのその外見は、外見だけは、儚くて可愛らしい姿をしているのだ、外見だけは(・・・)

気がつけば彼女自身が持ってきたらしいあの剣も無くなっているし、全くもって”よくわからない“を詰め込んでばかりの少女である。


つねっていた手を離せば頬を赤くしたアイリスがふくれっつらで文句をこぼす。


「いたい、フランは暴力的だ…」

「うるせぇ、ったく……」

「ほっぺたいたい」

「そういやお前、今更だけど金はあるよな」

「あっ無視、無視された。」


素晴らしく様式美な無視だった。

アイリスの訴えは残念ながらフランの耳には着信拒否された、ブロックである。


「えっとお金だよね、あるにはあるんだけど…んー、換金所とかってあったりするかな?」

「換金場ぉ?」


怪訝そうな顔で聞き返したフランに頷く。

村人総出で押し付けるように渡されたお金の全ては、一銭も使っていないために残っている。

だがこれを早速使ってしまうのは、少しだけ心が揺れる。


そこで思い出したのは王立都市までくる道中だ。

道中、白くて妙な外装をした塔に迷い込みそこで拾い上げた物、ついでに湾曲的表現“えいっ”をした獣という名の魔物(モンスター)から剥ぎ取った素材。

放っておけば確実に忘れてしまうであろう、あいりすはじぶんのきおくようりょうをきちんとわかっているので早々に売ってしまいたかった。


「それならギルドの換金場が一番だろ、スエルテのギルドは他の国と比べてもでかいし……つーか何で換金場に行きたいんだよ」

「え、売りたいものがあるかだけど…」

「其れくらいわかるっての!じゃなくて、お前売れるような物あるのかよ」

「なかったら行かないと思うけど……」


フランの疑問も、しかしアイリスの意見ももっともである。


アイリスは確かにメチャクチャな実力を見せつけたが、それでもその容姿を見れば大きめのリュックを背負っただけの明らかに上京してきたばかりの女の子である。

言い方は悪くなるが、換金所で売れそうなものを持っていそうかと言われれば、そうは見えない。


本人はあると豪語しているために、怪訝そうにしながらも換金所に案内したフランはお人好しと言える。


「はーい、ようこそ〜、こちら冒険者ギルドスエルテ王国支部換金所でーす。換金したいものは何ですか〜」


ギルドの換金所へ直通する扉を開けば、喧騒を閉じ込めた場所があった。

緩やかな雰囲気を纏った受付嬢がフランとアイリスにゆらゆらと手を揺らして歓迎の言葉を口にした。


「あー、俺じゃなくてこいつなんだけど…おい、換金する物本当にあるんだろうな」

「だから、無かったら来ないってば!……まぁ売れる物なのかは知らないけど」

「おい」


不安をそそる言葉をぼそりと呟いたアイリスに反射的に突っ込む。


「えっと、お姉さん。ここって素材とかも売れますか?」

「勿論ですよ〜、素材の状態とかで価値は変わりますけどねー」


ふと、気づく。

アイリスは大きめのリュックサックを背負ってばかりで、話しかけながらも一度だってそちらに意識を向けていない。




「えーとですね、これなんですけど……よい、しょっと」




ぱっくりと空間に裂け目ができる。

ぎょっと目を向いた受付嬢やフランには気づかず、アイリスはその裂け目に両手を突っ込んで少し力を込めて何かを台の上に引き摺り出した。


ごと、ごっと、がとん、人の頭ほどある巨大な爪、数枚に切り出された白い毛皮、紫色に発光する結晶、鉱石の中に咲く花、黄金でできた装飾品。

素人目にもわかるほどのもの、そしてそれをしまい込んでいた空間の裂け目とその大量さ。


喧騒は別の騒めきにへと変化し、ギルドにいた誰もが目を剥いてアイリスに視線をむけた。


「あんなに若いのに空間収納魔法(アイテムボックス)を使いこなして…」

「しかも、あれ、どんだけ大きい容量なんだよ!」

「出た奴全部、超レア系ばかりじゃねぇか、あの嬢ちゃん何者だ!?」


震える手で台の上に大量に散らばった素材を手袋を嵌めた手で掴んだ受付嬢は暫く沈黙を続け、そうしてようやく同じくらい震えた声で叫んだ。


「これ……どれもこれも超レアの高ランクの素材ばっかりじゃないですかぁ〜!?これはA級モンスターのワータイガーの毛皮に爪だし、この装飾品は純金!こっちは希少種エルツブルーメ!こんなに透明度が高いのなんて今まで見たこと……ちょ、ちょっと待っててください…!ぎ、ギルドマスター!大変です、緊急事態です、異常事態ですぅー!」


どたん、ばたん、と大きな物音を立てて慌てて奥に走っていった受付嬢は大声で自分の上司を呼び出した。

散らばった素材たちを台の上で置き直しているアイリスに、フランは頭を抱えた。

本人は一切気づいていない、もしくは気づいていて理解できていないのかもしれないが今この瞬間1番の注目を集めているのは間違いなく彼女である。


(そもそもなにしれっと亜空間収納魔法(アイテムボックス)なんて高度な魔法使いこなしてるんだよ…!)


空間収納魔法(アイテムボックス)、文字通り、亜空間へとものを収納できるイベントリ。

空間を魔力によって操作する空間魔法の一種。

使い手の多い炎や水、風といった自然を操る属性魔法とは違い使い手が少ない魔法の一つだ。

何せ、空間魔法は別空間という、炎や水といった実態のある物とは違いそもそもの想像がしづらい。

魔法は想像、魔力を使って描く絵のようなもの、詠唱でその形取りをしても完全な肉付け(魔法発動)ができるかどうかは術者次第。

更に空間魔法は非常に魔力をくう、特に空間収納魔法(アイテムボックス)はその消費を収納容量に依存する。

簡単に言えば、中にしまえる大きさが大きいほど、そして容量の使用領域が多ければ多いほど、大量に魔力を消費する。


故に空間収納魔法(アイテムボックス)は使える人間も少なく、そして大量の物資を溜め込めるような人間は更に一握りということだ。




さてここに、そんな非常に珍しい大容量の空間収納魔法(アイテムボックス)を使いこなし、更にはそこからレア物、高ランクの素材を取り出した少女がいる。




受付嬢に腕を引っ張られて連れてこられたギルドマスターは眠たそうに目を半開きにしていたが、嬢の指差す物を目に入れて勢いよく目を見開いた。


「おいおい、おいおいおい、おいおいおいおい。……これを持ってきた奴は」

「あ、私です」


ぱちくり、素材とアイリスを交互に見比べたギルドマスターは瞬きの後呆然とした声を漏らした。


「………マジで?」

「マジです。……もしかして売れませんか?」

「まさか!寧ろ売ってくれ。何せ嬢ちゃんが持ってきてくれた物は総じてA級、もしくはそれ以上。しかも保存状態は良好。これを買わない商人はモグリだぜ。嬢ちゃん、どこ所属の冒険者だ?級は?

「いや、冒険者じゃないです」


アイリスの返事に素材を見ながら「ん?」と首を傾げた。

それから少しだけ考えて、あぁ!と別の考えに至った。


「じゃあどっかの騎士……んや、てのには見えねぇな、となると魔導士か?」

「いや、そうじゃなくてグラスフィール学園の入学希望者です」


しん、と時間が止まった。

誰もが注目していたアイリスの口からでたその言葉に、誰もがぽかんと口を開けた。

眉間に皺を寄せぐぐっと指で抑えたギルドマスターは絞り出すように言葉を選びながら声を発した。


「……おぉ、やばいな。突発性難聴だ。すまん、もう一回」

「グラスフィール学園の入学希望者」

「よし嬢ちゃん、うちに入らないか。学園の合格は蹴ってくれ」

「まず合格発表は明日だから明日になるまで合格は分かりません、あと学園に入りたいのでゴメンナサイ」


ぺこり、とご丁寧に頭を下げたアイリスにギルドマスターは声を荒げた、同時に隣にいたフランも声を荒げた



「分かりませんってなんだああああああ!!」

「あんな結果出してて合格して無いわけねぇだろうがああああああ!!!」



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