模擬戦闘 対双子戦 2
-回想-
『水と放電の合わせ技の先制攻撃だけは確実に来るだろうねぇ』
『たった数秒で出来上がる初見殺しだからな、そりゃそうだろ。しっかしフィールド全体に無差別に張り巡らされる電撃が厄介だな』
『魔法自体が単純で魔力量に依存する分、逆に厄介だよねぇ。避けるにせよ、防ぐにせよ…通電目的の水がなくても擦りでもしたら隙が生まれやすくなる。シールドで防ぎ切れても後手後手し、撃つ前に叩くってのもねぇ…』
『そもそも俺たち遠距離系魔法の手持ちあんまりねぇからなデメリット高すぎんだろ。』
フランとミシェルの会話に今まで黙りこくっていたアイリスがぴこんと電球マークを浮かばせた。
『いいこと思いついた!』
2人は確信した、あぁ碌なもんじゃないなと。
満面の笑みで言い出す彼女の言葉のせいで、フランは魔法の発動を抑え込むなんて荒技を、ミシェルは精神干渉による五感の掌握じみたものを習得させられたのだ。
重宝しているし結果としては良かったのだろうけれど、それに至るまでを思い出すと顔を顰める。
『天体魔法ってやつでいいじゃねぇか、お前基本どんな魔法でも無詠唱じゃん』
『無詠唱でできるけどラグはできるし、防御系の魔法はそんなに手持ちがないし…それにさ、9割9分来る先制攻撃なら利用するのもおもしろ…たのし……いいと思うんだよね!』
何も言い直せていないアイリスがその笑顔を向けたのはフランだった。
ミシェルは密やかに自分が対象でなかったことにほっとした。
ツヴィの放った“ディスチャージ”は、つまりは蜘蛛の巣状に広げられただけの電撃だ。
魔力操作によって掴めるようにしたといって、それを全部引っ張り上げて絡めてなんて、言葉で言えばそれだけ、たかが、それだけがどれほど面倒か!
極細の糸、綿菓子の網みたいなそれを一変も千切らずに引っ張り上げる、魔力操作のコントロールと力加減ひとかけでもミスれば終いだ。
『無理に決まってんだろ!?』と叫べば、アイリスはきょとりと目を丸めて、当たり前のようになんでと首を傾げた。
『なんで?』
一見すればなんでできないのと聞いているかのような、雲の上の人間が理解でいないと言わんばかりの言葉。
けれどそこに込められた感情は全く違っていることを、残念ながらフランもミシェルも知っていた。
『フランが出来ないわけないじゃない。私はできないことをやってっていうほど、意地悪じゃないよ?』
雪のように白い、神様がえこ贔屓も聖なるものを詰め込んで作ったみたいな少女はなんてことなく笑っていた。
できないわけがない、フランの実力も何もかも知っているから言いのけた無理難題。
『上等だわこのアイリスがァ…!!』
一心に向けられた信頼という名の発破に、フランは意地だけで立ち向かった。
これをなんの邪心なしに言い退けてくるあたり、アイリスはたちがわるいと言われる所以である。
ここで、現在に戻る。
フランはやり遂げたのだ。
意地と意地とそれから意地、要するに負けず嫌いの意地だけで、勿論他の筋トレや特訓も並走して、緻密な魔力操作の訓練を成し遂げた。
辺りが一瞬、先ほどまでの喧騒を忘れ去って静寂に包まれた。
誰も彼も、放送クラブが解説を頭からすっぽ抜けてしまうくらい、何が起こったのかわからなかったのだ。
魔力操作による魔法の指向性の改変などはさして珍しくない。
けれど、だからこそフランのしたことは異様だった。
掴めないものを掴めるように弄った、そして電撃の糸なんていうものを文字通りに引っ張り絡めて打ち返した。
たったこれだけ、されどこれだけ。
双子の初見殺しはほんの数秒に完成されるからこそ脅威だ、そのほんの数秒でフランは防ぐでも避けるでも魔法を繰り出すでもなく、相手にそれをそのまま撃ち返した。
_____なんだそれ、なんだそれ!そんなの全く普通じゃありえない!
たった数秒で呆然とした驚きから未知への衝動へと変わった観客たちから大きな歓声があがる。
そうしてフランに、アイリスは見惚れてしまうような、絵に描かれたような笑顔で、さも当たり前のように言って見せるのだ。
「ほら、フランが出来ないわけなかったでしょ?」
_____嗚呼全く性質が悪い!
「いやほんと、お嬢さんて規格外っていうか滅茶苦茶っていうかさぁ……マジでフランに同情する」
「ミシェル、俺忘れないからな、お前が俺のこと早々に見捨てやがったこと。」
「あっは、こっわ。ていうかさ、戦略的撤退っていって。俺まで巻き込まれたら溜まったもんじゃないもん。お嬢さんってさ嫌味とか皮肉とかでもなく、本気で『できないわけないでしょ』っていうじゃん??びっくりするくらいの信頼を込めて。そしたら後に引けなくなるじゃん??」
だからタチが悪いのだと顔を歪めた。
ミシェルの言い分は全くもってもっともだった、きっとフランも逆の立場ならそうした。
なにせ、思ってしまうのだ。
アイリスにできると言われれば、できないわけがないと、ありったけの信頼を込めて言われてしまえば、どれだけ滅茶苦茶でも無理だと思ってしまっても。
_____あぁでも、アイリスが言うならば、きっとできるんじゃないか、と。
土煙が上がるそこから響く声が彼らの会話を切る。
「水よ、空を飛び交う刃となって、僕らの敵を切り裂け、“アクアラーミナ”!」
「雷よ、矢となって僕らの敵を穿て、“サンダーアロー”!」
リングによって水の刃が弧を描きながら打ち出され、その隙間を縫うようにツヴィの放った雷の矢が曲線を描き追撃する。
避けた水の刃は地面に落ちて水溜りを多数に作り出していき、フィールドのあちこちに水が跳ねる。
「わっ、あぶなっ」
「この互いに補ってる感じほんとやだよねぇー」
「“魔力操作 反発”、おらぁ!」
フランが魔力操作によって接触性を作り出し雷の矢を蹴り飛ばす。
全てを捌き切ることはできないが、一度たりとも明確な攻撃を喰らわず避けるフランとミシェルに、双子は感心したような声を漏らした。
「ふぅん、別に、アイリス・オークランドの威を借りてる狐なんかじゃなかったんだ」
「あは、今回のこれは俺たちが喧嘩売ってるんだよ双子さん!“お嬢さんが見えなくなる“位、俺たちに注目してもらうよぉ!」
ひらひらと手を振って嘲笑うような表情を浮かべるミシェルに、ぐっとツヴィの眉が吊り上がりフランとミシェルを睨みつけた。
「それなら、とっととへし折ってやるよ!」
「やれるもんなら、な!俺たち”2人“でお前らぶっ倒してやるよ!」
「“複数連射銃弾”、あは、ばーん!」
雷の矢と水の刃を避けながらミシェルが右手を銃の形にしてからかうように笑う。
ミシェルの背後に小さな魔法陣が複数浮かんで魔力の銃弾が連射される。
無属性の“銃弾”の上位互換、コントロール性や威力が下がる分名前の通り複数の銃弾を連射できる魔法だ。
フランが魔力操作で攻撃を蹴り飛ばし、ミシェルがその後ろから魔力の銃弾を撃ち続ける。
片や“ツヴィリング”は返ってくる自分たちの攻撃を防ぐために、雷の矢はそのままに、リングの風魔法によって防御を固める。
数十秒どちらも次の一手に出れず保たれていた均衡が崩れたのは、落ちた水の刃によって地面に多数と出来た水溜りに2人ともそれぞれの足が偶然にも踏みとどまったその瞬間。
雷の矢を放っていたツヴィと違い、自分たちを覆い囲う形に固定して風魔法をシールドに展開していただけのリングはツヴィよりもフィールドを見ていた。
その瞬間を、待っていた。
「ツヴィ!」
「冷気よ集まれ、水よ凍れ凍れ!!“フリーズ”!」
名前を呼ぶだけ、それだけでリングの言いたいことはすぐに伝わった。
雷の矢を単調に飛ばしてすぐ、攻撃を弾き返すにせよ避けるにせよ生まれる隙に放たれた短い詠唱の魔法。
空気ごと凍る音と共に、ツヴィが一面に放った冷気は充満し水溜りを、それに使って濡れた2人の足を巻き添えに凍りつかせた。
魔法は消える、けれど魔法によっては発動後も影響を残す。
例えそれが地面にただ散らばっただけの水溜りであろうとも、利用しない手はなかった。
「ッチ」
「しまった」
力を込めれば氷で覆われた足など即座に引き抜けたし、魔力操作や簡単な炎魔法でだって溶かして剥がせた。
(あぁでも、リング)
(そうだね、ツヴィ)
((その一瞬の隙が欲しかったんだ))
「風よ、吹き荒れろ、渦となりて竜の如く渦巻け!!」
「雷よ、風の流れに身を任せ、渦となりて竜の如く渦となれ!」
「「“トルエノ・トルナード”!!」」
あの猛攻の中で強力な魔法を使う隙など見せれば、例えほんのわずかな時間であってもなくても、発動に至るまでに攻撃を喰らっていた。
だから、凍らせ巻き込まれた足に意識を向けた、その一瞬が欲しかった。
詠唱も、魔法構築も全てが完璧だった。
ツヴィとリングは2人で1つ。
別々の魔法であろうとも組み合わせて複合させることなんて、幼い頃から互いの魔法の癖すら知ってる彼らには当たり前に出来たことだった。
巨大な竜巻はその周囲に雷を巻き込み、渦巻ながら2人に襲いかかる。
魔法である限りフランが魔力操作でコントロールを弄れることは確かだ、双子だってそんなことわかっていた。
但し、雷の竜巻がその猛威を奮う前にできるのならば、の話だ。
複合魔法とは、要するに別種の魔法を組み上げて作られたものだ。
そして1人が別々の魔法を組み上げて作り上げた複合魔法より、2人がそれぞれ魔法を組み上げて作り出した複合魔法のほうがより複雑となる。
それぞれが作り上げた複雑な形をぴったりと合わせるようなものなのだから、当然だ。
確かにフランは最初、水塊と放電、2つの魔法をほぼ同時に魔力操作で干渉してみせた。
しかし複合魔法となると話は変わる。
なにせ、本来2つの魔法が1つの形組み上げられている癖にどちらも消化も消滅もせず存在している。
しかも双子とはいえ言ってしまえば他人同士、違う魔力によって練り上げられた魔法がそれぞれくっついているのだから、厄介さは増すばかり。
干渉しなければならない魔法構築のプログラムは2つ、複雑に絡み合っているそれらを紐解き組み直すのは非常に難解だ。
時間があればできたかもしれない。
けれど猛威を奮う雷の竜巻は直ぐそこに、魔力操作による干渉を終えるよりも前に吹き飛ばされるのがオチだ。
防御するにしても、攻撃して相殺するにしても、そもそもフランもミシェルも魔力量は普通な方でどちらかと言えば絡め手派。
避けるにしても、そこまで広いわけでもないフィールドで巨大な雷の竜巻から逃げ回るのは得策じゃない。
さて、これこそ絶体絶命、どうしようか。
_____はて、1人、どこにいった?
「「アイリス/お嬢さん!」」
「いえっさー!」
とっときの隠し球、雪のように白い髪を靡かせて、海のように青い瞳をらんらんと輝かせ、霧の中から突然現れた彼女は最初からいたようにそこに立っていた。
「“流星群”、そーれどっかーん!」
現れたのは夜空色の魔法陣。
輝く数多の星の群れは光の直線を多数に描いて、真昼に現れた満天の流星群は全てを呑み込もうと渦巻く雷を纏った竜巻とぶつかりあった。




