模擬戦闘 対双子戦 1
そして、2回目の模擬戦闘期間が始まった。
“イリス”と1番初めに戦うこととなっている“ツヴィリング”との試合は噂の広まりようなどからもわかるように、観客席には大勢の人が集まっていた。
『さーてこちら、今や学園では知らない人はいないとまで言われる“イリス”と“ツヴィリング”の模擬戦闘が行われる戦闘場でございます。開始まであと10分、随分人がいますねー』
音声拡張魔法道具越しに少々呑気ぎみな放送クラブの声が辺りに響く。
開始までは残り10分となり、袖でこそりと観客席を覗き見たアイリスは「うわぁ」とわかりきっていた驚きの声をあげた。
「前より人いっぱいいない?」
「そりゃそうだろ、相手はケーリングセンパイよりも成績、一応上だしな」
「あとはやっぱりいろんな意味で俺たちのことも気になるんだろうねぇ、いろんな意味で」
ミシェルが2回もいった“いろんな意味”はあらゆるものを含んでいた。
いち、“イリス”、それから“ツヴィリング”の元々の有名度の高さ。
ふたつ、主に女生徒によって尾鰭をつけ、もはや原型を忘れさせるほどとなった噂____アイリスをめぐる恋愛模様のそれ。
恐らくは後者が随分多分に含まれている。
言いたいことを察したアイリスとフランは遠い目をして顔を見合わせる、苦虫を10個は噛み潰したような顔だった。
それとは正反対に、思い出し笑いで震えるミシェルにフランが「うげぇ」と舌を出した。
「俺はお前がなんでそんなに楽しめるのかわからねぇよ、悪趣味」
「あは、だって凄くない?突飛すぎて最早自分じゃない誰かの話聴いてる気持ちになっちゃってさぁ」
「あ、でもそれはわかるかも。実際とかけ離れすぎてなんか…少女漫画読んでる気持ちになってくるもん」
「おい俺の味方がいなくなった」
前回同様緊張とは程遠い3人をよそに、フィールドからわぁわぁという賑やかな声が響いてきた。
様子を見てみると双子の2人が現れていて、時間を確認すれば開始時間から6分前になっていた。
規則である3分前には十分な時間だ。
「そろそろ私達もでる?」
「あー、そうだな。そろそろ出とくか」
「そうだねぇ」
双子に続いて3人がフィールドに出るや否や、喧騒は最骨頂へと盛り上がる。
『おーと、開始まで約5分、両パーティとも規定の時間には間に合ってますねー。両パーティがやってきたのでちょっと早いですが放送クラブ恒例のパーティ紹介といきましょーういえーい』
“特攻隊”の時のとは打って変わって、抑揚のないローテンションな放送クラブはそれだというのに賑やかな言葉を使って少しシュールだった。
『まずはー、アイリス・オークランド、フラン・ユーステス、ミシェル・ケイネスが所属する“イリス”。前回ではぁ2年総合評価3位のテユ・ケーリング率いる“特攻隊”含め3つのパーティとの模擬戦闘全てで勝利を収めた負けなしの期待の一年生。噂ではー?今回の戦闘は恋愛ごとが絡んでいるとかー?果たしてその真実はー?』
きゃあぁぁと黄色い歓声があがる。
どの時代のどの世界でも有名人のゴシップネタ、しかも少女漫画みたいなそれはいつだって人気だ。
人伝に聞く分と実際に突きつけられる分とではダメージが違って、アイリスとフランは盛大に顔を引き攣らせミシェルは耐えきれずに吹き出した。
3人の心情などつゆ知らず、放送クラブは更に抑揚のない声で続ける。
『相対するはー、2年総合評価1位ツヴィ・ツヴァインと2位リング・ツヴァインの双子コンビ“ツヴィリング”ー。その実力は3年の総合評価2位率いるパーティ“フロス”と引き分け状態にあるほどー。どっちがどっちでどっちなの?と言わんばかりの鏡写しの外見を生かしたスタイルで相手を翻弄するー。噂ではー?此方も恋愛ごとに絡んでいるとかー??』
再び黄色い歓声。
ばっちりと双子と目が合うと、うんざりしたような引き攣った顔をしていてどちらからともなく頷き合った。
未だ相容れない、気に食わないことばかりの互いだが“これ”に関しては意見は合致していたらしかった。
『おーと、そうこうしてるうちにそろそろカウントダウンといきましょうかー。よろしければみなさん一緒に、では、戦闘開始まで、あと……10、9、8、7、6、……』
「よーし、じゃあ最初は手筈通りに、あとは……臨機応変で!」
「臨機応変って素晴らしい言葉だよねぇ」
「お前ら負担少ないからって好き勝手言いやがって……!」
『5、4、3、2、1。スタート』
「水よ、落ちろ、“ウォーターボール”」
「雷よ、放て、“ディスチャージ」
開始の合図と同時、短い詠唱によって魔法が発動された。
“ツヴィリング”の戦い方を説明するならば、双子ならではのコンビネーションを活かした戦い方といえる。
生まれた時からずっと一緒にいた、忌憚なく、文字通り2人で1つの如く全く違う魔法を使っているというのにそのタイミングと組合せは1つの魔法から生まれたようだった。
閲覧した動画、“ツヴィリング”の戦い方で必ず1番最初に発動する魔法あった。
単純な原理のそれはミシェルの情報収集がなくても誰だってわかるものだった、最初期からずっと使われている初見殺し。
アイリスなどといった例外を除き、魔法を発動させるには詠唱を必要する人がほとんどだ。
象る言葉を紡ぎ、魔力を練り上げ、世界に魔法という絵を書き上げる、魔法を発動させる工程としては3段階。
故にどれだけ単調な魔法であっても一瞬のラグを発生させる。
しかし逆に言ってしまえば単調な魔法であればあるほど“象る言葉を紡ぐ”工程の時間は短く済む。
彼らの初手は本当に、単純な原理だ。
リングが生み出した巨大な水の塊をバケツをひっくり返したように相手にぶちまけて、それとほぼ同時のタイミングでツヴィが電撃を落とすだけ。
水による通電性の上昇、電撃による体の自由を奪う麻痺。
結界や対応する魔法、防ぐ手段の発動すら許さない数秒によって襲いくる原始的で単純、だからこその“初見殺し”。
動画を見た彼らは知っている。
そして、“ツヴィリング”と勝ち負けを繰り返す“フロス”を除き、例えば“特攻隊”などの勝つことができないばかりのパーティはどうしたってその初見殺しの攻略に手間をとる。
たった数秒、されど数秒。
防いだところで後手に回るのは必須。
だから、返すことにした。
「フラン頑張れー」
「るっせぇ舐めんな」
開始の合図と同時、双子が詠唱を紡いだたった数秒、ミシェルの呑気な声がフランにかかり苛立ったように返事を返す。
短く息を吐いてぐっと拳を握りしめる。
降り注ぐ巨大な水の塊、コンマ1秒の差で無差別にフィールド全体に放たれる電撃。
「“対雷耐性 身体強化”、“魔力操作 一斉網羅” !」
フランの右手は球体の水塊を掴んだ。
そもそも魔力操作とは、一言でいえばそのままに魔力を操作する技術のことだ。
魔力は世界中に散りばめられている。
例えば人の体内、魔法道具、空気中に霧散してもいるし、そしてもちろん、そもそも魔法とは魔力に形を与えられたものだ。
つまり魔力操作とはそれら全てに対して効果を果たす。
例えば“特攻隊”との戦いで見せた魔法の指向性を変えたりしたのも、“術者の設定したルートを辿る雷”に干渉して魔力の流れを捻じ曲げた結果だ。
魔力は高密度だったり魔法によって形を与えられない限り、実体を持たない。
魔力操作とは流れる性質を持った靄のようなものである魔力を操作できる技術だ。
一種のプログラミングに近いかもしれない。
魔法は組み立てられたプログラムだ、強力になればなるほど必要となるプログラムは多くなるから生成に時間もかかるし発動させるための魔力も増えていく。
魔力操作はそのプログラミングを弄るということだ。
例えば「aにbをしてcからdへの方向へと向かいEという結果となる」というプログラム、方向性の指示を弄れば術者の予期せぬ方向へいったりする。
長々と言ったが、つまり何が言いたいのかというと「そのままの形で掴める質量をもつ」というプログラムになるように弄ってさえやれば________水の塊なんてものを“掴む”ことなんて造作もないことなのだ。
“魔法を構成するプログラム全部を読み取り頭の中で組み立てそうなるように弄る”、というプロセスを水の塊が崩れて地面にぶちまけられるまでというたった一瞬で、できさえすれば。
水の塊をクッションのように掴んだまま左足を軸に回転したフランは一息を吐く間も無く無数の糸状に襲いかかる電撃を、回転の推進力を利用して思い切り引っ張った。
ツヴィの放った無差別全体攻撃となった電撃は、しかし大元はツヴィの魔力によって組み上げられたもので単純な構造なために多数に見える1つのものだ。
蜘蛛の巣のように広がっただけ、1本の毛糸を何十にも割いて伸ばしているような状態。
魔力操作によって電撃にも“掴むことができる”とプログラムを弄ったフランはそれを、一本だって引き千切ることなく引っ張り上げた。
引っ張って絡めることができたならば強大な電撃の塊の完成だ。
それが、できたのならば。
“掴む”ことができるようになったとはいえ無数の線を描いた電撃の繋がりの強度は例えたように何十本にも割かれた毛糸並みだ。
ただ掴んで、引っ張り上げただけならばちぎれてしまうそれら全ての繋がりも全部加味した魔力操作の、なんと繊細で面倒臭いことか。
雪のように白い、神様がえこ贔屓も聖なるものを詰め込んで作ったみたいな少女はなんてことなく、『さぁどうぞ』と笑っていた。
ただの意地だけで成し遂げたフランはにぃっと歯を見せて笑った。
「ついでに強化もつけといてやったぜ双子センパイよォ!!」
プレゼントに強化魔法もつけて水塊と雷球を勢いよく投げ放ち、大きな音と土煙が響き舞った。




