子供の喧嘩
騒動の中心にあった6人を別室に移動させたケイトは、彼らによって事の顛末を聞いて再び深い溜息を吐いた。
まず視線を向けたのはツヴィとリングにで、瞳には責めるような叱責に似た感情があった。
「はぁ……ツヴィ、リング、今回のことは君たちが悪いよ。一方的に馬鹿にするような事はするなと、前にも儂は言ったはずだよ?」
その言葉に、簡単に納得できるようならあそこまでの言い合いに発展はしていない。
双子は頬を膨らませ「なんで!」とがなった。
「僕ら悪くないし、だってこいつが僕らの事否定したから!」
「僕ら悪くないし、だって怒られるような事何もしてない!」
地団駄を踏む双子に、フランの眉間の皺は濃くなったしミシェルの笑顔は冷たさを増した。
最初こそ兎も角、今はもう怒りに染まっている2人、特にブリザードがごとく冷たい笑顔を浮かべるミシェルが若干恐ろしいらしくそっとアイリスの小さな体に隠れるようにしていた。
悪いことをした子供を咎める様な口調で双子の言葉を遮って、ケイトは話を続ける。
「ツヴィ、リング。儂のいうことが聞けないのかい?君たちが自分を馬鹿にされて怒る様に、例え君たちの方が強くても馬鹿にされれば怒る、当然にね。それが当たり前だよ。」
「違うもん!」
「僕ら、怒られることしてない!」
「だって僕らは強いから」
「強い人間は何でもしていい!!」
いつも味方だった人に裏切られたような、泣きそうで拗ねた表情で首を振る。
彼らにとっての当然は他にとっては当然ではなく、けれどそれが当然だと思える環境で彼らは育っていない。
双子の喚きにとうとう黙っていられなくなったフランが口を挟む。
「おい、ふざけんなよ餓鬼、強くたって何でもしていいわけないだろ」
「僕らは餓鬼じゃない!お前より年上だけど!」
「悪いことしても謝ることすらできない癖に餓鬼じゃないわけないでしょ」
「うるさいうるさい!僕らより弱いくせに!!」
2人の言葉にますます双子の癇癪は酷くなる。
再び彼らへの悪意を込めた言葉を吐き出そうとした双子をぴしゃりとケイトが遮った。
名前を呼ばれはっとケイトを見れば、何も言えなくなった双子はぐっと歯を噛み締める。
「いい加減にしなさい、儂は入学するときに言ったはずだよ、君たちの当然は他の当然にはならないし強いことは免罪符にならないと!君たちの叫んだそれらはただの誹謗中傷だ!…それに、君たちこそ知っているはずだよ。この学園は完全な実力主義で、卑怯な真似なんて儂等が許すとでも?」
厳しい口調で叱りつけたケイトにとうとう双子は俯いた。
返事を返さない双子に、ダメ押しのように「許すと、思うのかい?」と口調を少し柔らかくしてもう一度問い掛ければゆっくりと双子は首を振った。
「だったら謝れるね?ツヴィ、リング、君たちのしたことは他ならぬ彼女の”強さの否定“だ。」
「……ごめん、なさい……お前の、強さを否定した…」
「………卑怯だと、言いがかりをつけた……ごめんなさい」
アイリスといえば最初から、気にしていなかったために双子の謝罪に「いいですよ」と両手を振って崩れた笑顔を浮かべた。
フランとミシェルも双子が謝罪したこと、それからそもそもアイリスが気にしていないことからようやっと纏っていた空気を霧散させた。
一件落着となったところで、ケイトが「さて、」と双子に再び向き合った。
「ツヴィ、リング、大なり小なりこの学園で問題を起こしたんだ。ペナルティは覚悟してるね?」
俯いて視線を彷徨わせた後こくりと頷いた双子にケイトは満足そうに笑った。
「1週間の謹慎処分とレポート5枚、いいね?」
「…うん」
「…わかった」
「じゃあ、ここでおしまい。アイリスたちも、それでいいかな?」
「私は気にしてないので…」
ちらりとフランとミシェルを見れば肩をすくめていたので、アイリスは苦笑いで頷いた。
顔を上げた双子はアイリスたちをぎりと睨みつけびしりと指さした。
「……いいか、負け犬には謝らない。でも……お前の強さを否定したことは謝る」
「……でも…強いくせに弱い奴とつるんでる事を否定したことは謝らない」
「次の模擬戦闘で、僕らと勝負しろ、僕らが負けたら、なんでも言うこと聞く」
「その時は、僕らはなんだってしてやる。命をかけて、この身をとして、弱者が強者に従うのは…当然だから」
言いたいことを言い終えたらしい双子はべーっと舌を出して部屋を飛び出した。
相変わらず子供のようなそれに、ケイトは今日何度目かの溜息を吐き、再び着火しかけたフランとミシェルを宥めているアイリスに困ったような笑顔を見せる。
「すまないね、あの子達は少々生まれ育った国が特殊で…謂わば“強いことが全て”な国で育ったものだから、強ければ何をしてもいいという概念が染み付いてるんだ。だからといって全て許されていいわけでもないけれどね」
「“強いことが全て”………あぁ、聞いたことある。カンピオナートだったっけ、確か二代前の国王がスエルテと同盟を結んだんですよね?」
カンピオナートとはスエルテ王国より南西部にある、砂漠に囲まれた国である。
太陽が常に照りつけるばかりの砂漠によって人の出入りは少ないために一種の鎖国状態に近く、他国との交流は片手で足りるほど、ほとんどないと言っても等しい。
閉鎖的な空間、太陽が照りつけてばかりの厳しい環境、それによって育った価値観は“強者主義”。
獣人や魚人にその思考が多いように、厳しい環境だからこそ強い者が強く偉いという価値観が育ったのだ。
結果として強い人間の全ては許容され、弱い人間は強い人間に逆らうことすら許されない。
“強い”こと、それがカンピオナートの全て。
「おや、よく知ってるね。昔は随分閉鎖的だったけれど、同盟を結んでからは少しマシになったかな。ただ慣習はそうそう変わらない、住んでいる環境も。あの子たちにとっては強いことが全てで、自分より弱ければなんでもやっていいし自分より強ければなんでもしなくてはならない。そういう価値観なんだ」
ツヴィにとっても、リングにとっても成績は下、模擬戦闘でも一度だって勝つこともないテユは弱い人間という枠組みに当てはまる。
だからこそ気に食わず、理解できなかった。
アイリスに負けた、そして弟子にしてほしいと付き纏って、結果論にはなるがテユをアイリスを庇うような形になったことが。
そうして発展した起きたのがあの騒動だ。
どうやら双子も周りが見えなくなって暴走しがちな性格らしかった。
「つーか……そう言うの言っても大丈夫なんですか?」
「ん?別段隠されていた事じゃないからね、テユも知ってただろう?」
「え、あぁ……すんません、俺今まで忘れてました」
だって俺あいつら嫌いだし、と言わんばかりの正直な顔に苦笑いをこぼす。
入学当時を遡って、ようやく最初の頃にそんなことを言っていた気がすると思い出す。
「しかし流れとはいえ君たちと模擬戦闘の約束を取り付けさせてしまったが……」
「まぁ、流れでそんなことになっちゃいましたけど、負ける気はありませんよ。売られて、買っちゃった以上は全力で。…それに…」
「潰す」
「さんせーい」
そっと目を向ければやる気に満ち溢れたフランとミシェルがいて、少しだけ目が遠くなった。
(明日にでもなれば本格的な怒りは冷めてるかなぁ)
少しだけの現実逃避をすれば、ケイトがうぅむと唸る。
「そうかい、あぁ、できればなんだけど模擬戦闘場を全壊とかはしないでほしいかな」
「ジョークですよね?」
「あはははは」
冗談なのか、本気なのか読めない食えない笑顔で笑い声を上げた。




