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喧嘩上等

「なに?僕らに喧嘩売ってるの?」

「はぁ?喧嘩売ってきたのはそっちだろうが」

「ほんとのこと言っただけじゃん」

「あ、そうか、ほんとのことだから怒ってるんだよ」

「あは、話が通じないにもほどがあるねぇ。頭になに詰まってるの?綿飴?」


険悪な雰囲気を纏わせて睨み合う彼らに、渦中の張本人たちは蚊帳の外で狼狽えていた。


「ふ、フラン、ミシェル、私なんとも思ってないから」

「おいお前ら、あんまりここで騒ぐと問題に」


「アイリスとセンパイは黙ってろ」

「お嬢さんとケーリングさんは黙ってて」

「負け犬は吠えるな」

「恥晒し、うるさい」


恐る恐るやんわりと静止の声をかければぴしゃりと跳ね除けられ再び互いに皮肉を言い合う彼らに、とうとう取り付く島もなくなったアイリスとテユはそっと顔を合わせる。

どちらの顔も似たような表情で、眉を下げて息を吐く。


「うえぇ…どうしようテユ先輩……」

「どうしようもねぇよ師匠……」

「どさくさに紛れて師匠呼びやめてくださぁい」



睨み合っているうち片方はアイリスの友人であり仲間であるフランとミシェルだった。

いつもならば飄々とうまく立ち回っているミシェルまでもがそこに加わっていることは珍しかった。

そしてフランとミシェルに向き合っているのはそっくりな顔立ちをした橙色の髪を持った2人組、彼らこそ2年で1位を冠するパーティであった。

どちらも瞳に苛立ちを含ませて、睨み合い、静かに言い合っていた。



そも、物の始まりは10分程度前のことだった。

忘れ物をしたからと1人廊下を歩いていたアイリスに、ここ毎日お決まりのテユによる弟子志願の突撃がかまされたのだ。

それだけならいつも通りだったが、今日は違った。


「見なよリング、負け犬が媚び売ってる」

「ほんとだツヴィ、2年の恥さらしだね」


顔つきだけではなく体型もそっくりな外見をした彼らは少し暗い青の瞳を見下すような感情で歪ませながら、テユを侮蔑した。


「…………ツヴァイン」


向かって右側、総合評価1位である双子の兄のツヴィ・ツヴァイン。

向かって左側、総合評価2位である双子の弟のリング・ツヴァイン。


尻尾を振ったような表情をすとんと落としたテユは彼らの名を呟いた。

「何か様か」とぶっきらぼうに問い掛ければ、双子はなんてことなくテユを鼻で笑った。


「特に」

「何も」

「ただほら、目障りな負け犬が視界の端で煩かったから」

「そうそう、才能もない恥晒しが恥の上塗りしてるから」

「……はん、うるせぇ。それじゃあとっとと犬の相手してないでおかえりなさってクダサイ」


テユにとっては一番の心の重しになっていた存在が、彼らだった。


彼らは”天才“だ、例えそれがどんな努力によって積み上げられた物であっても壁の前に立つテユにとって紛れもなくそうだった。

2年の中で総合評価3位を抱くテユと、彼らの順位の差だけいえばたった1つと2つ。


けれど彼らは余りにも遠すぎた。



人を食ったような態度、彼らより弱いという理由は彼らにとって見下して当然のそれであったがため、テユは会話するたび双子から負け犬と渾名されるようになった。

”イリス“に負けて以降は恥晒しなんてあだ名も増えてしまっただけに、テユは彼らが大嫌いだった。



けれどつい先日までは憎悪すら込めて睨みつけていたものの、”イリス“、ひいてはアイリスとの戦いで付き物が落ちたのか、勿論大嫌いに変わりはないが腐った態度は成りを潜め顔を歪めるだけで手をしっしっと払うように振るテユの代わりように双子はつまらなそうな顔をした。


「…なんか、負け犬おもしろくないね、リング。前までは犬らしくぎゃんぎゃん喚いてたのに」

「ほんと、恥晒しらしく吠えればいいのにね、ツヴィ。前にも増してつまんない、なに?こいつの影響?」


そこでようやく双子の興味、視線がアイリスにうつった。

テユの後ろ、隠されるようにされていたアイリスに見定めに近い視線を向けてから少し、双子は興味深そうに口を開いた。


「確か強いんだよね。入試試験、あのユリウス・ヘンベルトの成績越したんでしょ?すごいね」

「恥晒しも負かしたんだっけ?他の有象無象も蹴散らしたんでしょ?やるよね」

「けどなんで、その負け犬と一緒にいるの。負け犬より強いのに、なんで」

「恥晒しより強いのに、なんでそいつの事使わないの」


声までそっくりにステレオみたいに交互に喋る双子に困惑しながらも、話す内容を噛み砕いてからきょとりと首を傾げた。


「えーと、それはどう言う意味?」

「強い奴なのに、なんで弱い奴と連んでるの」

「強い奴なのに、なんで弱い奴を従えないの」


ようやっと双子の言いたいことを飲み込めたらしいアイリスはぽん、と手を叩いて「あぁ、そういう」と納得した。

納得しただけで、それに理解を示したわけではなくうぅんと唸って言葉を選ぶ。


「あー…えーと、ね。私は別にお2人のこと、否定するってわけじゃないんですけど、そもそも別に私が誰と一緒にいようと関係ないですよね?それからさ、あんまり気分は良くないから堂々と悪口蔑称はやめてほしいかなぁって思います」


思考もそれに至る価値観も、所詮は人それぞれで他人のこと。

例え自分が理解できなくても納得できなくても、それは個人の価値観であってアイリスからしてみれば”どうでもいい“ことだ。

自分や自分の箱庭を侵しかねないのならば話は別だが、そうでないならどんな思考も思考というだけで否定される謂れはない。


だから双子がいう、要するに「強い人間が偉いのであり、弱い人間は強い人間に搾取されても文句は言えないし一緒にいるべきでもない」という所謂強者主義を否定するつもりはない。


けれど、だからこそ大前提に強要はいただけない。

否定はしない、けれどそれを”押し付ける“のは違うだろう。


悪口に関しても、人と関わる以上自分の中で押し込めない鬱憤がついつい口から漏れ出ることもあるだろう。

けれど、それは口から出る心に向けられた刃であることを忘れてはならない。

仇名みたいに、ただ悪意を込めるためだけのそれを、”先輩“に向けられてはいそうですねと流すのは少し難しい。


アイリスの言葉に双子は大きく顔をしかめる。


「なんで?あれを負け犬って言って悪いわけ?」

「そうだよ、だってあいつ僕らより弱いんだから」

「流石に私の”先輩“が、ただ見下すためだけに字名をつけられるのはちょっと気に食わないなぁって思いまして。お2人の価値観は価値観として、私にも私の価値観ってのがありますので」


愛想笑いで冷たさを孕んだアイリスにぐっと言葉を詰まらせた双子は、次には裏切られた子供のような表情でぎっと瞳を釣り上げた。


「……なにそれつまんない、面白そうって期待したのに。お前僕らのこと怒るわけ?」

「……なにそれむかつく。僕らのこと否定するわけ?僕らは強いんだから!」

「そうだよね、リング、僕らは強いから何やってもいいの!」

「そうだよね、ツヴィ、僕らは強いから全部許されるの!」


癇癪を起こした子供のように地団駄を踏んでぎゃんぎゃんと喚き立てる双子に、けれどアイリスは一才引くことなく、視線を逸らすこともなくじっと愛想笑いのまま。


「僕らは2年で一番強いんだ、3年のやつだって1位と2位以外のパーティに負けた事ない!」

「そのくせ僕らより格下の2年の2位(恥晒し)のパーティに勝ったくらいで囃し立てられて調子のるな!」

「入試だってほんとは実力じゃ無いんじゃないのか!誘惑とかばいしゅうでもしたんじゃないのか!」

「卑怯者!!!弱いやつの”みかた“みたいに、偽善者!」


まるで根拠のない、ただの子供の悪口のようなそれらにアイリスは残念ながら耐性があった。

なにせ柏木彩芽の勤務していた会社はちょっぴり真っ黒で、情緒不安定なお局様のモラハラも、癇癪持ちの上司からのパワハラも日常茶飯事に向けられていたばかりだった。

子供が咄嗟に口に出す「ばか」「はげ」「ぼけ」などのような、正直中身もないような双子に、精神年齢としては年上にあたる部分が首をもたげて「これって叱ったほうがいいかなぁ」と全く違う方向へ向いていった。

残念ながら、アイリスは”どうでもいいかな“と思った事柄に関しての取捨選択がはっきりとしている性質だった。


そばにいたテユは自分のせいで巻き込んだ上に悪口を浴びせられているアイリスに申し訳なさと、何より双子への怒りが込み上がってとうとう苛立ちからぐわりと口を開けかけた瞬間のことだった。





「おいクソチビうるせぇんだよ、つーかなんだって?アイリスが卑怯者?ふざけたこと言ってんじゃねえよ潰すぞ豆」

「あは、何処ぞの恥知らずの恥晒しの先輩さん、煩いんですけどぉ?根拠のないこと大声で喋らないでくれますー?あはー、ほんっと餓鬼ー」





そこには、修羅がいた。


片や地獄から這い上がってきた鬼のような顔で、片や一瞬で凍り付いてしまいそうな冷え切った笑顔で淡々と怒りを込めて双子に対して言葉を詰める。


ただ忘れ物を取りに戻っただけのアイリスがいつまで経っても来ないことに、何かに巻き込まれたのかと迎えにきた2人はそこで全く根拠のないアイリスへの悪口を耳にした。

初対面のテユの時ともまた違う、悪意の込められたそれらを一字一句聞き漏らすことなく耳に入れた彼らは、正直に言って肝心の本人を置き去りにして”キレて“いた。


アイリスは滅茶苦茶で破茶滅茶で割と自分勝手だし自由で、だからこそ、その隣を当たり前のようにフランとミシェルに一緒に手を引っ張るように歩いて、口にするのは気はずくて素直になんて絶対言ってやらないけれど大切で仕方ない友達なのだ。


初対面のテユのような”いちゃもん“ではない。

双子は確かに、喧嘩を売っているのだ、他ならぬフランとミシェルに。


いつもならば飄々と間を取り持っていたであろうミシェルも、一気に怒りのボルテージを上げられたことで普段の冷静は火にくべられた。






そして、冒頭に戻る。

最初こそ同じように怒りに瞳を釣り上げていたはずのテユも、フランとミシェルの荒れようをみてすぐに鎮火した。


「なに?僕らなんかよりよっぽど弱い雑魚の癖にしゃしゃりでないでよね」

「恥晒しに卑怯者がいるなら他の仲間もだめだめだね」

「人のこと見下して馬鹿にして悪口言う餓鬼よかマシだろ、人間的に雑魚に言われてもなぁ?」

「大体根拠のない事叫んでる方が恥晒しじゃない?しかも会話成り立たないし?餓鬼すぎて笑いが止まらないねぇ」



「フランとミシェルが怖い……」

「つーかこれどうすんだよこれ、人も集まってきてるし、この学校問題起こすと割とやべぇぞ……?まぁ権力関係とかじゃないからそこまで酷いペナルティはねぇだろうけど……」


元々そこまで人通りが多い場所ではなかったものの、彼らの騒動を耳にして集まってきているギャラリーはまだ遠巻き、少ない人数ではあるものの確実にいた。

(もういっそ実力行使の喧嘩両成敗に落とし込もうかな)と脳筋寄りの思考に舵を切り魔力を練りかけた時、生徒たちをかき分けて「何をやってるんだい」と呆れた声が彼らを静止させた。

やってきたのはアイリスたちの担任でもあるケイトで、睨み合う双子とフランとミシェル、そして困った顔をしているアイリスたちをみて大体を察したらしい。



「まったく、あぁほら君たちは教室に戻りなさい。見せ物じゃないぞ」


好奇心から物見にきていた生徒たちをその場から離れさせたケイトは、一度ため息をはいてぐるりとアイリスたちを見た。



「さて、君たち。なぜこうなったか、説明はできるかな?」



言外に「反論は認めないからね」と笑顔の裏に言っていた。

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