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閑話:自由奔放 奇想天外 摩訶不思議

「う、うーん……ん……?ここは……」

「あっ、起きた?いきなり動かなくなったから死んだかと思ってびっくりしたよ」

「わぁぉ……夢じゃなかった……」


ぱちりと目を覚ますと知らない木目の天井が一番に目に入った。

その次に視界に入り込んできたのはにこにこ笑っている雪のように白い髪に海のように青い瞳の男で、考えをまとめるよりも前に現実に引き戻された心地だった。


男は心底楽しそうと言わんばかりに笑いながらベット横の椅子に座った男はじぃぃぃぃぃ……と無言で彩芽を見続ける。

どうしたって居心地悪く、しばらく視線を彷徨わせた後恐る恐ると男に声をかけた。


「あー、えっと……??なんですか、流石にずっと見つめられると気になるんですが」


彩芽に話しかけられたことにぱぁっと喜色で顔を満たした男は自分の髪と瞳を指さした。


「だってほら、君と俺の色一緒だろ?俺、自分と同じ色の人と会ったの初めてだったからさ!嬉しくって」

「色?…あぁ、髪と瞳の事ですか?」

「そうだよ。だからなんか、嬉しくってつい!あっちなみに君名前は?俺はマーリン・トーンヘンジ、天才魔法使いだよ!気軽にマーリンでいいよ!」


躊躇することなく自分を”天才“と評したマーリンに、きょとりと目を丸くさせた彩芽はその後についた”魔法使い“の言葉を必死に噛み砕いた。


「天才、魔法使い」

「うん、俺天才。あっ信じてないな?これでどーだ!」


マーリンが指を振れば星を砕いたような光を散らしながら、ぽにゅんとした小さく破裂したような気の抜けた音がした。


「わっ?」


光と音と一緒にいつの間にかベットの上に現れたうさぎのぬいぐるみはぴょんぴょんと飛び跳ねて手や足を振って踊り始めた。 

更に追加でぽん、ぽにゅんと音を立てて現れた猫のぬいぐるみもうさぎのぬいぐるみと同じように踊る。

ファンシーなファンタジーに彩芽は目を輝かせながらぱちぱちと手を叩いた。


「凄い、かわいい!」

「ふふん、でしょ?」


彩芽の褒め言葉にまんざらでもなさげに胸を張ったマーリンの“魔法”、そして夢ではなかった巨大な狼などを思い出して彩芽は誰に対してでもなく頷いた、


「うん、超凄い、素直に感動してる。ただちょっとまってください」


タイムで、と両手を交差させてまず情報を整理する。


彩芽はアニメやゲームが好きだ、だから今の状況によく似たそれを知っている。

これは最近流行りの異世界トリップ、もしくは転生だと結論づけた。

トリップなのか転生なのかがわからないのは、そも彼女はトラックに撥ねられて死んだ筈だったからだ。

全身を襲った痛み、血が流れていく感覚、体の底から冷えていくような心地、全て彩芽の身に起きた事実だった。


“トリップ”ならば怪我の有無、更にはベースが変わっていないとはえ髪色や瞳の色の変化、更に外見年齢も幼くなっているのはおかしい筈だ。

けれど“転生”というならば彩芽は別人として一から生まれ直した訳でもない。


(トリップものでも外見が変わるってのはよくあったっちゃあったし、転生ものと違って外見も色以外はほぼ私のまま。トリップ寄りにはなるのかなぁ…?世界観は確実に剣と魔法のファンタジーを添えてだなうん!)


ちょっとだけ彩芽は混乱していた。


律儀に待っているマーリンに視線を戻すと、やっと遊んでもらえると尻尾を振る犬のようにきらきらとした目を向けてきてぐっと言葉が詰まった。

やったことや理由はまるで誘拐犯だというのに、どうにもこの喜びばかりの笑顔に毒気が抜かれてしまっていた。


「えー…と。まず、1ついいですか。私を軽い誘拐もどきをしたのはその、色が一緒だったから、ってだけ?」

「ん?うーん、まぁそうかなぁ。あと助けてって言ってたから湖から離したんだよ」

「わーぉそりゃそうですよねー聞いてますよねー、忘れてください」


湖の中心で叫んでいた事など、正気に戻ると恥ずかしいことでしかない。

あの時は狼に追われた上に水に立つという理解できない状況にパニックで頭が支配されていたのだ。


「あ、そういえば君の名前はなに?」

「えーと、柏木彩芽……いや、彩芽・柏木です」


マーリンが“そう”だったように、名前の順番が日本のそれとは逆だと判断した彩芽がそう言えば彼らからすれば耳に馴染みにくいであろうその名前にぱちぱちと瞬きをして首を傾げていた。


「アヤメ・カシワギ?この辺りじゃ珍しい名前だね!なんかへんなかんじ。」

「あー、そりゃ、まぁ……」


国どころか世界が違う名前だ、マーリンが不思議そうにするのも無理はなかった。

けれどいくらファンタジーな世界とは言えあって間も無くの人間が「私別の世界から来たんです」なんて言い出すなんて、引かれるだけマシだ。


(……そういえば英語っぽい名前なのに使ってるのは日本語だけど……あっこれがトリップ特典?全自動翻訳的な…)


続けて何かを言おうとしたマーリンの言葉を遮ったのはドアを勢いよく開ける音だった。

バダン!と扉が壊れそうな勢いで押し開けた灰色の髪の男は緑色の瞳をひどく吊り上げ、鮫のような歯をぐわっと見せながら苛立ちげに吼えた。


「おいマーリンテメェ気紛れに嫌がらせしかけんのやめろ!!」

「我は面白かったぞ」

「そりゃあお前は被害ないもんな!!俺見て笑ってただけだもんな!!!」

「うるさい、リード。ボクの耳に多大な被害。……ん、誰?」


騒ぎながら部屋に入ってきた3人組は、金髪の中性的少女が彩芽を見て言い放った言葉にしぃんと静かになった。

3人からの視線が一気に集まって居心地が悪いのは彩芽だった。

しばらくのあと、鮫のような男はゆっくり、ゆっくりと口を開けた。


「マーリンテメェ……ついにやっちまったのか……お前、いくらなんでも、そりゃねぇわ……」


顔を青ざめながら口に手を当て、そっと一歩下がる彼は確実にマーリンを犯罪者を見る目で見つめた。

それに続くのは紫色の髪をした大人びた少年のような男だった。


「我も驚きじゃ、しかして人は傲慢なものじゃ……まさかマーリンがそのような事をするとは思っておらんかったが」


男は首を振り、残念だと言わんばかりに肩をすくめた。


「マーリン……見損なったよ」


中性的な少女に至ってはぐっと目を半目にして呆れたものも言えないとばかり。

これにはマーリンもただ黙ってはいれない。


「俺が何したと思ってるのさ」

「誘拐だろ?」

「誘拐じゃろ」

「誘拐」


反論すれば返ってきたのは3人の息のあった言葉で、マーリンは心外だと頬を膨らませた。

残念ながら彩芽からすればマーリンは助けてくれた恩人であり誘拐犯疑惑が未だ消えない男であることに変わりはなかった。


「そんな事してないよ!……ん?あれって誘拐の定義に当てはまるのかな、どう思う?」

「俺に聞くなっての!ったく、元いたところに返してきなさい」


鮫のような男のそれは、まるっきり子供がペットを連れてきた時のような扱いだった。

するとマーリンは「えええええーーーーーーー!」と叫んで駄々を捏ね始めた。

がばりと彩芽を抱きしめてすりすりと頬ずりをしながら「やだー!」と叫んだ、それが彩芽の耳元だったので彩芽は大声にぐわんと声で殴られた心地だったがマーリンは気づかない。


「やーーーーだーーーーーー!だって俺この子気に入ったんだもーーーん!だってほら、見て!俺とおんなじ色した人間初めてみっけたんだよー?」

「だーかーらー!そりゃお前の方の事情で其奴は巻き込まれただけだろうが。はぁ……あー、そこのお前、巻き込んじまって悪いな。そのアホは無視してくれて構わねぇから、家は何処だ?わかるか?」


大きな溜息を吐きながら頭をかいた鮫のような男はついていけないと視線を彷徨わせたばかりの彩芽に気づき、マーリンにかけていたよりも幾ばくか柔らかくした声色で問いかけた。


けれどその質問は鬼門だった。

なにせ彩芽にとっての家は“わからない”の一言に尽きたからだ。

トリップよりの転生のような体験をしているだけの彩芽には、家族も家もきっと存在しない。

なにせ目が覚めれば森の中だった。


黙って俯いたままの彩芽に、鮫のような男は怯えていると勘違いしたらしく困った声を出しながら両手を上げた。


「別に、お前に危害は加えねぇよ。怖い目に合わせるつもりもねぇ、な?」

「安心するのじゃー、これはロリコンじゃから」


少年のような男の不本意な呼ばれ方をして柔らかく表情を繕っていた鮫のような男はぐわりとぎざぎさの歯を剥き出しにしてぎぃぎいと叫んだ。


「アロガルーーー!!だーれがロリコンだーーー!!」

「リードの事じゃ。だってお主ちんまい娘の前では借りてきた猫みたいじゃろ、怖がらせんよーに気持ち悪い声出しよって」

「黙れチビ!!」

「誰がチビじゃ!!我はチビじゃないぞ!身長がちょっと平均よりないだけじゃ!!」

「それがチビって言うんだよ!ちょっとじゃなくてかなりな!!!」


チビの言葉が地雷らしい少年のような男は地団駄を踏みながらぎゃんぎゃんと食ってかかる。

鮫のような男の体格がいいこともあって、少年のような男は更に小さく見えていた。


その2人の会話に混ざることなく、呆れたようにしている中性的な少女は金色のポニーテールを揺らして彩芽の方へとちらと視線を向けてた。

しかし目があった瞬間勢いよく顔を逸らされた。


密やかにショックを受けているとぎゅうぎゅうと彩芽を抱きしめたままでいたマーリンがふと彩芽の顔を覗き込んだ。


「ねぇアヤメって家あるの?」

「えっ………な、なんで?」


確信を持っているようなその言葉に返事が詰まった。


「あの森俺たち以外あんまり入ってこないから、あんな所に人が居るのって珍しいんだよね。だからもしかして家とかないんじゃないかなーって思って」

「あー……うん、実は、だから厚かましいかも知れないんですけど街とかに案内してほしいなぁと」

「えっやだ」

「えっ、やだ!?」


へらりと愛想笑いで困ったように眉を下げた彩芽に、マーリンは間髪入れずそれを拒絶した。

どこか面白くなさそうに顔を背けたマーリンは「いいこと思いついた!」と、漫画やアニメなら電球マークをつけてにぱっと顔を輝かせた。



「そうだ、アヤメ今日から俺らの一員ね!家無いんだって、だったらいいでしょ?」



花が咲いたような笑顔で言いのけたマーリンに、言い合っていた2人はぴたりとそれをやめて勢いよくマーリン、そして彩芽に視線を向けた。

鮫のような男の顔に浮かんでいた感情は彩芽と同じで「何言ってんだ此奴」とでかでかと書かれていた。


「おいマーリンお前なぁ、えーと、アヤメ、だったか?其奴が家無いっての兎も角な、俺らの一員って…何言い出すんだよ……」

「いいじゃん、俺アヤメのこと気に入ったから一緒にいたいなぁって」

「あ、の、なぁ!お前の都合じゃねぇんだよ、その子の都合もあるだろ!」


鮫のような男の最もな指摘にマーリンは鼻がくっつくほど彩芽に顔を近づけた。

同じ色をした瞳がらんらんとしていて、体が後ろに下がりかけるがぎゅうと抱きしめられているせいで逃げ場なんてなかった。


「アヤメ、家無いんだよね、家族は?戻らなきゃだめな場所は?」

「えー、と、あるといえばあるけど無いといえばないといいますか」

「よし、つまり無いんだね!じゃあアヤメ今から俺らの一員ね!はい決定はいけってーい!」


異論も反論も認めない笑顔でとっときのプレゼントをもらったように楽しげな声を上げたマーリンに、鮫のような男は頭を抱えた。


「おいマーリン!!お前その自分がこうと決めたら絶対強引な癖なんとかしろ!!」

「リードうるさーいよー!」


肝心の本人を抜いて勝手に決められていく出来事に、耐性のない彩芽はただただ黙って見つめることしかできない。

ふと、彩芽の肩に手が置かれた。

今まで黙っていた中性的な少女は表情を動かすことはなく、けれどじっと彩芽を見つめながら口を開いた。


「諦めて。これからよろしく」

「………えぇぇぇぇ……どーいうことなの……」


「我、新しい奴が増えたーって他の奴らに教えてくるぞー」

「いってらっしゃーい!」

「待てアホガル!!だーーー!勝手に決めてやるなーーー!」


部屋から出て行った少年のような男を慌てて追いかける鮫のような男を見送りながら、彩芽は少しだけ理解した。

“他の奴ら”がどんな人たちなのかはわからないが、きっと鮫のような男は見た目に反して苦労人の世話焼き気質なのだろう、と。


ようやく叱りつける男がいなくなったとマーリンは、心の底から嬉しそうに花が咲いたような笑顔で彩芽の手を握りしめた。






「アヤメ!“ノーフェイス”にようこそ!これからよろしくね!!俺、君がとってもとっても大好きになりそうだよ!」






____彼等はのちに8人の英雄と呼ばれる旅人たち

____けれど彼等が自分から英雄であろうとした事ははたして一度もない



____後世に伝わる事のなかった、彼等が語った自らの名前は“ノーフェイス”


____彼等は旅人、誰かに縛られる名も顔もないただの自由な旅人だ


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