第1回勉強会開幕
「だいいっかーい、突然始まりましたよ急展開!どきっぽろりもあるかも?魔法だらけのおべんきょーかーい!」
「なんだこれ」
「何このテンション」
少しどころか随分と古いテンションを提げ、黒板の前に立ちチョークを持ち、更にご丁寧に丸眼鏡をかけたアイリスに、向き合う2人は引き気味だった。
そもそもの始まりは、いつものようにフランの部屋で駄弁っていた時、ふと言い放ったミシェルの一言からだった。
『お嬢さんの使う魔法って色々種類あるけど正確にはどんななの?』
好奇心から発せられた言葉だった。
更に同調したフランが続けて
『いっても俺たち、そこまで魔法詳しくねぇしな…アイリスほど規格外は早々いないだろうけど、俺たちが原理を理解できないような魔法なんてこれから先ざらだろうし』
それならと続けて
『じゃあ勉強会でもする?』
そうアイリスが言ったことで、冒頭に戻る。
創造魔法によって作り出した黒板、チョーク、そして丸眼鏡。
可笑しなテンションとノリでアイリスがはしゃぐ。
創造魔法でするりと創り出されたそれらに、彼らはツッコミを放棄した。
彼らは知っている、アイリスが日常的によく使うその魔法が笑ってしまえるほど高難度の魔法だと言うことを。
創り出すものが例え構造としては単純な物でも、魔法の使用を終えても壊れない限り残り続けるものを実際に“創り出す”それは決して簡単ではない。
フランとミシェルも一度創ってみたもののできたものは“物”とは言えず、魔力が形を取れずふやけた落書きのようなものになっていた。
「…まぁあれだよね、流されるのが1番楽だよねー」
「お前、この短期間でそこまで…!」
「あ、わかったこれ、かるーく馬鹿にされてるよね、私のこと、遠回しにディスってるよね?」
「そんなことありませんよ」
「突然の敬語やめて傷つくから!」
達観した笑顔にフランは涙ぐんだ、微笑みあう2人にアイリスの方が泣きそうになった。
半分拗ねたアイリスに、ミシェルはゆらりと手を挙げた。
割と本気で言った言葉だが本気で拗ねられる前に宥めようと言う魂胆だった。
「はーいせんせー、じゃあ質問、創造魔法についてお願いしまーす」
アイリスの最初の設定に乗っかって“生徒役”として質問を投げかけたミシェルに、ぷくりと頬を膨らませながらもそれに返事を返す。
「……なんだかんだで、ミシェルって割とノリいいよね。もう!……こほん、いいですかぁ?そもそも創造魔法とは、魔法そのものに実体を与えて想像したものを創り出す魔法です。」
“先生役”として、丸眼鏡をきらりと光らせながら黒板にチョークで文字を書いていく。
「コツは創り出す物の形、色、更には硬度、構造、動く物ならばどう動くかなど、細部に至るまでを精密に想像すること。それが足りてなければ創り出した物の形が不安定になります。ただし、例え実体があっても元は魔力、魔法で出来たものなのでその後に魔力に分解して消したりもできます。」
丁寧な文字と少し崩れたイラストを一緒に描いて“先生役”をこなす。
言うなれば、彼らは暇だった。
学校も休みだったために、その結果として“お勉強回”という思いつきのお遊びに素直に巻き込まれたということだ。
大切なのはお遊びなのに内容はちゃんとしているという点である。
「アイ………んん、じゃなくて…センセイ。ケーリングセンパイの土の巨人に撃ってた魔法…銃弾だっけか?あれはなんですか」
「取ってつけた感じの敬語が逆にグッジョブだと思いますよ!えー、こほん。銃弾とは、特に属性を付与していない魔力を指先に溜めて文字通り、銃弾のように撃ち出してるのです」
照れ恥ずかしそうに“生徒役”に乗っかったフランのそれに、彩芽がひょこりと顔を出しながらも説明をするアイリスは、鼻歌まじりに今度は銃弾についての説明を始める。
「放出系の魔法を撃つのと同じ、指先大程度に凝縮させた魔力を弾丸をイメージして……ばぁん!勿論属性や強化を乗っけたらそれの弾丸になります。威力は魔力量に完全依存しますし、正直なところただ撃ち飛ばしてるだけなんですけどね」
「普通に撃ち飛ばすにしてはスピードが段違いだよね、弾丸をイメージして魔法を構築してるから?」
「そうですね、ただうち飛ばしてるだけじゃなくって弾丸に沿って螺旋回転も入ってます」
親指と人差し指を立てて、手を銃の形にしたアイリスは撃ち出す仕草をしながら「連発すると楽しい」と乱射魔染みた事を付け加えた。
「あとは……天体魔法、は、説明聞いてもよくわかんなかったから置いといて。んー、あ、状態異常の魔法とか聞きたいでーす。今まで見た事ないんだよね。」
「あ、俺も。話とか授業ではそれとなく聞いたことあるけど実際に使ってる人見た事ねーわ」
状態異常魔法とは、その名の通りの状態異常を付与する魔法だ。
そもそも状態異常とは例えば速度低下、毒、炎症、麻痺、睡眠、といったゲームでよくあるようなデバフである。
「状態異常の魔法はですね…使い辛いです。とっても!」
悔しげに拳を握り締め、創造魔法ですら使いこなすアイリスの言葉に2人は驚く。
そんな様子にも気づかずアイリスはそのまま言葉を重ねていく。
「魔法としてはとっても便利です。対大勢にも一気にかけられますし、かかってしまえば例えば解呪魔法の状態無効、弱体解除の特殊ポーションを使うか、もしくは術者の魔力供給が途絶えない限りずぅっとかかったままです。魔力をいっぱい放出すればいいってわけでもないですし、コントロールと管理が大変ですし……だから普通はデバフで弱体化させつつ他の魔法だったりでトドメを…ってのが王道なんですけど…」
つらつらと一拍も開けずに言い募ったアイリスはかつての友人の1人を思い出す。
大量の敵を相手に一歩も動かず、そして相手に一度も動きを許さずに状態異常だけで全てが地面に伏せたあの光景を。
「状態異常魔法だけで相手を倒せる人っていうのは、ほんと、もう…すごいんだよぅ…」
「お嬢さんがそこまで言うんだ…」
“使いづらい”という私怨じみたコメントを崩れたイラストとともに書き殴る。
最後の方、敬語を忘れているあたりに悔しさが滲み出ていた。
彼はとても面倒くさがりだった。
少ない労力のためになら頑張れるがただ働くのは頑張れない、そういう男だった。
その彼の得意魔法が状態異常魔法だった。
ゲームで例えるならば1ターンごとにデバフだけでHPが4分の1ずつ削られる、というような現象を現実に起こしてみせるような男だった。
全ての原動力は最低限の労力で全てを済ませるためであった。
「あー、なるほど。だから話は聞くけどメジャーに使う人が少ないのか。なぁ、状態異常に掛けられるとどんな感じなんだ?」
原理は理解できても使えない、使えたとしてもそれだけでは戦えない、だから主流としてつかう人は少ない。
フランの質問にうぅんと腕を組みながら、かつて彼にかけられたそれを思い出す。
「んー…まず、普通の炎魔法を創造してください。炎は外に放たれて、体を焼きます。つまり、外側から攻撃です。状態異常魔法の“炎症”はそれとは真逆、皮膚と魔力回路の間に傷を埋め込むんです。魔力操作とある意味似てますね。かきむしったところで怪我は皮膚の内側、強い異常であればあるほど体の中に炎を埋め込まれたみたいな苦しみが……あれ…きついんだよね」
「うわえげつ。それって解呪できない場合は魔法が切れるまでずっと苦しみ続けるんだよね…」
「個人的にキツかったのは炎症と湿疹かなぁ…あっついし皮膚が内側から焼かれてる感覚だし、湿疹は抉ってもずっと痒いし…」
解呪魔法を会得するために、と勿論威力を抑えられた状態異常をかけられた日のことを思い出す。
立っていられないほど、魔法陣を練り上げるなんてことを考えられなくなるくらい、かきむしっても抉っても解けない限りはずっとそのまま。
意識を失う寸前に弱体解除のポーションを飲んで、そして思った。
(死ぬ気で解呪魔法覚えよう)と。
指先一つで強力な状態異常魔法を操る友人は、類を見ないほど面倒くさがりな彼は日常においては猫みたいな友達だったけれど。
「……ん、あ、そろそろ夕食の時間じゃない?混むから早めに行かないと」
「あ、ほんとだ。意外と時間潰しになったね」
「ミシェルが思いの外ノリノリだった事が驚きだよ」
「いやぁそれほどでもー、お嬢さんの先生役もはまってたよー」
「照れるー」
空気が抜けたような音と共に創造魔法で創り上げた黒板たちは溶けて消えていった。
「しっかしお嬢さんって、ほんと色んな魔法知ってるよねぇ」
「友人の1人が魔法とか色々教えてくれたんだ。とっても説明が上手で、先生みたいな友人だった。その時とった杵柄ってやつだね」
「ふーん、其奴らもお前と同じくらい規格外か?」
冗談まじりで聞いた質問に、アイリスはきょとりと目を丸くしながらあははと腹を抱えて笑い出した。
「あはは、まさか!私なんか目じゃないよ。あの人達、私なんかよりずっと滅茶苦茶だもん」
「……え、まじで?」
引き攣った2人の顔にはデカデカと「それって人間なの?」と書かれていた。
規格外で非日常を詰め込んだメチャクチャな存在、それがアイリスだ。
けれど、アヤメがそうだったかといえばそうでもない。
彩芽からアヤメになったばかりの頃は滅茶苦茶と言われるようなそれではなかった。
アヤメを育てたのは、日常を教えたのは後々8人の英雄と呼ばれるようになった、アヤメ以外の7人だ。
何ならアヤメは彼らの中ではストッパー寄りの枠組みにあったくらいだ。
アヤメを彼らのうちに引き摺り込んだ、リーダーみたいだった彼は特に話をかけて自由奔放だったのだから。
残念ながら、周りからすれば“どっちもどっち”と言うやつだが。
かくして、暇潰しから始まった第1回のお勉強会は幕を閉じた。
もしかしたら第2回もあるかもしれない。




