国立学園入学希望
前前世はちょっぴり真っ黒な会社勤めの社畜、柏木彩芽
前世は結構奇想天外な変人たちとともに旅をした、アヤメ・カシワギ
そして今世は平和でのどかな村に生まれた、アイリス・オークランド。
ではここで、アイリス・オークランドの生まれについて。
彼女がアイリスとして生まれたのはスエルテ王国という国の東南東、国と国の間に広がる巨大な森に隣接して存在する、端っこの村。
森と隣接し、更には村の周りには時折行商や旅人が通るくらいで人気も少なく、所謂周りに人気どころか自然しかない田舎の村。
さて、前回いったようにこの世界は剣と魔法の世界だ。
当たり前のように存在する魔法は、当たり前に認知されている。
けれど、だからといって誰もが使えるものではなかった。
人に骨があり、血が流れているように、魔力というのも誰でも持つ身体機構として存在する。
だが魔力を使い、魔法を使用する、メジャーなところで言えば炎を出す、水を出す、風を起こすといったところだろうか。
そういったものを扱えるのは、誰でもという訳ではなかった。
都会、例えばスエルテ王国の中心部である王立都市なんかでは日常的に魔法道具や魔法が飛び交っているものだが田舎の外からだって滅多に人が来ない村なんかじゃあ、魔法という存在そのものが非日常的だった。
なにせ魔法について、その使い方、種類、そんな類を学ぶような学校や本なんかもないのだから仕方ない。
彼女が生まれた村は決して貧しくはないが裕福でもない、その1日を生きている、そんな村だった。
そんな訳でアイリスは村にとっては非常に珍しい存在だった。
習ってもいないのに多種多様な魔法が当たり前に使えて、どこで学んだのか色んな知識も持っている、前世があるのでなんて言い訳は使えない。
だが嬉しいことに、この村は非常に奇特で珍しい村だった。
なにせまだ幼いアイリスが森で獣や魔物を狩ってきたり、あると便利だよねと井戸を作ったり、強力な魔法を使ったり、そんなアイリスだというのに彼ら村人はそれを利用したり逆に恐ろしいもののように扱ったりしないのだからお人好しというかなんというか。
しかし彼らからしてみればお人好しはアイリスの方でもあった。
強力な魔法やどこで会得したのか大量の知識を持っているくせに、それを使うのは村の暮らしが便利になるために使ってばかりなのだから。
本人からすれば自分の暮らしのためにやっていることでもあったが、そこは閑話休題、言わぬが花。
見た目もあったかもしれない、なにせまだまだ幼いばかりの子供だった。
付け加えれば、これは柏木彩芽の頃に身につけたものだが人の輪にするりと入り込むのが上手だった、相手をいかに怒らせないか、どんな話が好きか、情緒不安定のお局様すら相手していた彼女にそんなものお茶の子さいさいというやつだった。
ついでに、身体年齢に引っ張られてはいるものの精神的に重ねた年齢は結構なものだ、小さな子供は誰も可愛い、生意気な近所で有名な悪餓鬼だって彼女にかかればこたつの中の猫。
本人は自覚していないが顔、性格、立ち振る舞いに村のためにやってくれていること、幼いのにわがままも言わず年下の子供たちの面倒を見てくれる。
寧ろわがまま言っていいんだよ?なんて言葉が出てしまうほど、可愛がられて大事に重宝されて、普通の子供と同じように育てられた。
さて、そんなある日のことだった。
スエルテ王国王立都市にある国立学園グラスフィール学園。
アイリスは村から出た事はないが色々とあって王立都市に知り合いがいた、それについてはまだ後日。
その知り合いからグラスフィール学園の話を聞かされたアイリスは、非常に興味をそそられた。
考えてみて欲しい、剣と魔法な世界の学校なんて興味がそそられないわけがない。
先程言ったばかりではあるが、アイリスは村にとって“顔よし、性格よし、村のために切磋琢磨してくれて幼い頃からわがまま言わず年下の子供たちの面倒も見てくれる”子供であった。
行ってみたいなぁ…、その初めてに近いわがまま、アイリスからのお願い。
寧ろ待ったましたと言わんばかり、村人たちは一丸となった。
入学試験はどうするんだ、という話になったが知り合い曰く『実技の試験があるからアイリスならそれで大丈夫』と、言葉を濁されつつお墨付きすらもらったアイリスは村人たちからの猛烈なお祝いモードに背中を押され入学を決意することとなった。
大人たちはこぞってこれ持っていきなと食べ物やら少なくはあるがお金すら押し付け、子供達は寂しさに泣きつつも頑張ってねお姉ちゃん!と抱きついた。
いってらっしゃい、いってきます、村人総出で送り出されたアイリスはそうして学園への第一歩を踏み出した。
行商の馬車を乗り継ぎつつ、その途中馬車を降りて歩いていたところに妙な外装の白い塔に間違えて入り込んだり大きな獣に出くわして美味しいご飯にしたりとしたが、この話もまた後日。
かくもさておき、アイリスは無事に王立都市に辿り着いた。
しかしここで問題が発生した、アイリスは王立都市には来たことがないのだ。
「グラスフィール学園って、どの建物…?」
グラスフィール学園の場所なんてわかるはずがない。
前世で旅をしていたのでわかるのでは?そんなわけない、何千年前の話か。
王立都市に知り合いがいる、と言ったもののだからといって学園の場所がわからないと忙しいらしい彼を呼び寄せるのは非常に申し訳ない。
きょろ、きょろ、と困った顔で辺りを見渡すその姿はどうみたって田舎の村から出てきたと言わんばかり。
そしてその容姿は彼女自身は自覚していないが非常に非常に珍しい雪の様に白い髪に海のように青い瞳、誰もがちらりと視線を送ってしまうほど整った容姿。
スエルテ王国は平和な国だ、けれど犯罪者が1人も出ない国なんてありえない。
アイリスに向かって下卑た笑みを浮かべた人影がゆっくりと近づく。
伸ばされた手がその肩に触れる前に、フードを深く被った少年がアイリスに近づき、立ち塞がるようにその間で彼女に話しかけた。
「なぁ、あんた」
「はい?」
「さっきからうろうろしてるけど何か困ったことでもあった?」
アイリスと同年代程にみえた少年のその問いかけに、そろそろ誰かに話しかけようと決意を固めたばかりだったアイリスは救いに船とぱっと顔を綻ばせた。
ふわふわと風に攫われて柔らかく揺れる白い髪に、少年は少しだけ目を伏せた。
「実はグラスフィール学園に行きたいんだけど、道がわからなくて……」
「……あぁ、今から試験受けに行くのか?俺もそうなんだ、よかったら一緒に行かないか」
「本当に!?ありがとう!あ、私アイリス・オークランド、君は?」
「フラン・ユーステスだ。じゃあ行くか」
フードの端から振り向きざまに、アイリスへと手を向けていた男たちを睨みつけてからフランを彼女と共にグラスフィール学園への道を歩き始めた。
ここで、グラスフィール学園の説明を補足しておこう。
グラスフィール学園とはスエルテ王国王立都市に設立された国立学園である。
学園について説明するならば非常にシンプルだ、完全な実力主義、ただそれに尽きる。
貴族、平民、身分は一切関係なく入学試験さえ突破すれば貧しい子供でも入学できる。
逆に言えばどれほど身分が高くても、どれほど金を持っていようとも実力がなければ入る事はできない。
入学試験でそれぞれの実力に応じてクラスを分けられるものの、当然その後の成績によっては降格も昇格もあり得る。
そして、例えばアイリスなど、遠くからやってきた生徒のために寮も存在する。
寮は基本的には二人部屋だが成績上位者は一人部屋を与えられることもある。
そして卒業試験をクリアした卒業者は、総じてD級冒険者の資格を与えられる。
田舎の村出身のアイリスでも入ることが出来るうえ、剣術、体術、魔法に彼女の知らない多数の知識を学ぶ事も出来る。
アヤメであった頃、彼女は旅人だった、そもそも学校という制度すら確立されていなかった。
その全ての知識は友人たちから与えられたものであり、もちろん友人同士の教え合いっこは楽しかったとも。
けれど、学校、学生生活、なんという甘露な響き、興味がそそられないわけがない!
(あー楽しみ〜!彩芽の頃は思わなかったけど、何だかんだ勉強が楽しみ〜!)
変わってグラスフィール学園の入学試験に話は移る。
学園の入学試験は大学センター試験に国語英語数学などといったように科目が分けられるように、2つの併合試験が存在する。
筆記試験と実技試験だ。
筆記試験50点、実技試験50点合わせて100点。
筆記試験は文字通り。
そして実技試験に関しては、満点50点となっているもののその結果によっては超える点を与えられることもある。
端的に言えば、『脳筋でも実力あれば合格できるよ!』ということだ。
ここに実力主義学園の悪いところが出ていた。
マジレスしてしまえば、グラスフィール学園に色々な家庭環境の子供が入学すること。
筆記的な知識を会得する機会なんて少なかったであろう子供も。
アイリスだって、前世があるから知識があるだけで、なければそんな知識を学習する機会ほとんどなかった。
さて、救いに船ことフランの案内のおかげで学園に辿り着く事ができたアイリスは、無事入学試験を受けることが出来た。
知り合いの話を信じ、筆記的な勉強は一切していない。
村にはあまり本もなかったので仕方ないのだが。
どきどきしながら受けた筆記試験、多少不安は残るものの全部の欄はきちんと埋めた。
数打ちゃ当たる戦法だ、書かなきゃ普通にバツだが書いたら合うかもしれない。
前世の知識を駆使したものの時代は移り変わり知識は変性される、自信はない、半分くらいは適当である。
そして肝心の実技試験、筆記試験の結果はわからないが確定でボロボロの自信しかない。
つまり、アイリスにとっては最後の砦、これを落とせばそもそも入学はできない。
あんなにも快く、そして総出で見送ってくれた村の彼らを思い出す。
もしこれで入学すら出来ず出戻りなんてことになったら恥ずかしいよりも何より申し訳ない。
実技試験は2つ。
ひとつ、制限時間内に武器を使い多数の的をいくら破壊できるか。
ただし武器に限らず肉体による物理攻撃、魔法を外的に発動させない場合ならば魔剣なども含む。
ふたつ、制限時間内に魔法を使い多数の的をいくら破壊できるか。
ただし本人が生み出した魔法に限らず魔法を付与された魔法道具の使用は許可する。
指向性、力、使い方やその効率性、それらの能力を総合した結果により点数がつけられる。
……ということを、アイリスは筆記試験と実技試験の間にフランから聞いた。
呆れた顔を向けるフランにアイリスはちょっぴり困った顔で苦笑い。
学校への興味と楽しみだけが募ってそんな事一切調べなかったのだ、旅人時代に培われた悪いくせである。
「お前なぁ……よくそんなんで受けようと思ったな」
「いやぁあはは。返す言葉もありません…興味はあったんだけど調べる手立てとかもほとんどなかったし、学園の事教えてくれた知り合いもあんまり詳しく教えてくれなかったし…べ、べつにいっかなぁって」
彼女の知り合いが教えてくれたことといえば学園のことと入学試験の時期、あとはアイリスならまぁ大丈夫だよという曖昧な言葉だけ。
馬車に乗せてくれた行商に話を聞いたりもできただろうが、残念、全く思いつきもしなかった。
何度も言うが興味と楽しみで頭がいっぱいだったのだ。
その会話を打ち切ったのは現れた試験官の、空中を切り裂くような大きい声だった。
「これより実技試験を開始する!不正等発見された場合は即刻で試験参加の権利を剥奪とする!では、まずはアイリス・オークランド!」
大声で名前を呼ばれびくりとアイリスの肩が跳ねる。
「そう言えば武器は持ってきてるのか?」
「大丈夫!ある!」
力強くうなづいた彼女の手には、確かに剣がいつの間にか握りしめられていた。
アイリスの背中を少し不安そうに見送ったフランは、しかしここで1つ彼女に投げかけ損ねた疑問が頭をよぎった。
(……?あいつ何処にあの剣を持ってたんだ?)
試験を受けにきた子供たちは総じて、その腰や傍に武器を持っている。
だというのに、つい先ほどまでアイリスは妙に身軽な姿をしていた。
まさかこの外見で超肉体派か、小さな武器を持っているものかと思っていたのに、彼女は一体どこからあの武器を取り出したのだろうか。
「制限時間内に標的をどれ程破壊できるか、武器の数種類は問わない、魔剣などの付与のかかった武器は使用は許可するが、魔法の使用はこの試験では禁止する!退魔結界が張っているので隠そうとしてもすぐにわかる、もし使用すればその時点で試験失格とする!」
アイリスの周りには様々な大きなの的が多数設置されていた。
物によっては非常に高い位置にあったり、非常に大きなものもあった。
試験官の合図がかかる。
その瞬間のことだった。
地面を蹴る音すら置き去りに、スタート地点で立っていたはずのアイリスの姿はその一瞬に見ているものすべてを置き去りにした。
空中で一切姿勢を崩すことなく、設置されている中で最も大きな的、アイリスの体よりも何倍も大きなまるで岩のようなそれの前に現れた。
大きいだけではない、硬さもそれ相応、碌な剣や刀ならばその方が負けてぺきりと折ってしまうようなそれ。
誰もが彼女の姿を認識するよりも前に、その全てを把握する前に。
っひゅ、と空気を切り裂く音。
彼女に手に握りしめられた、言い方は悪いが、どこにでもありそうな普通のシルバーソードのその一閃。
が、っらぁん!
その轟音に、ようやく誰かが呟いた。
「…え?」と。
今まで数多の入学希望者たちが剣を向け、けれど壊すことのできなかったそれ。
そもそも壊せることを前提とした的ではない。
それを、いの一番にあっさりと壊してしまった。
剣は刃こぼれすら許さず、魔法だって使っていない。
理解不能が驚きにすら変わる暇もなく、アイリスはまるで踊るように結界内を縦横無尽に動き回る。
一閃、一突き、的確に、最短距離で的から的へ移動し、その細い腕からは考えられない斬撃は一瞬切られたことすらわからないくらい綺麗な切れ味で的を破壊した。
時間にしてみればほんの少しだった。
与えられた時間の半分足らず、アイリスは全ての的を壊し切った。
試験官の終わりの合図すら放たれず、その場はつい先ほどまでの賑やかさを忘れきっていた。
意味がわからない光景を目にすると人は言葉すら出ないらしい。
いつまで経ってもぽかんと口を開けて何も言わない試験官に、アイリスといえば困り顔だ。
恐る恐る、試験官にあのぅと声をかける。
「終わったん、ですけど…もしかして壊し方、もっと壊した方がいいとかあったりするならいって欲しい、でーす」
「……っ!あ、アイリス・オークランド、し、終了して、出てきてくれて構わない」
こほ、ご、ごほん、と咳払いをしてなんとか誤魔化しながらそう告げた試験官の顔は周囲の入学希望者たちと同じく、呆気に取られているばかり。
未知の生物と遭遇した、みたいな顔をされるのだから肝心のアイリスといえば彼女の方が意味がわからない。
(あれっ、あれっ…?なんかやらかした……?えっ、試験のルール通りにやった、よね!?なんか叫んでた?気づかないうちに??)
彼女からすれば試験のルール通りにしただけなのだから、この反応に理解できなくとも仕方がない。
これはアイリスが知らないことだ。
アヤメだった頃の話だ、彼女が初めて会い、そしてのちの友人となった彼らは奇想天外自由勝手な変人揃い。
非常識が日常、そんな彼らともにいたアヤメが“そう”ならないわけがない。
なにせ、決してありふれた普通ではないと突っ込んでくれるような人間はいなかったのだから。
そしてアイリスとして生まれた村は国の外れ、隅っこにある田舎の村。
魔法も、知識も、その体術も、比べる相手などいやしない。
彼らは魔法を使うと言うそれが身近ではなかったのだから仕方ない。
勘違いは訂正されることなく、非日常は日常のまま、寧ろアイリスこそが非日常を体現しているといっても過言ではないというのに、それだって指摘されることもない。
だから、彼女にとって彼女のなしえた事は、特に代わり映えない“普通”である。
それがどんなにめちゃくちゃでも、他の人からしてみれば“普通”じゃないなんてこと、知らないのだから仕方ないことだ。