異端の桁外れ実力者
アイリスにとっては大事件である”転生したら前世が英雄扱いされていた件について“、これに関しては無かったことにしたのでひとまず置いておいて[。
ミシェル・ケイネスという少年についてである。
ミシェルはアイリスへの評価を変更することにした。
入学試験では武器使用のほうも魔法使用のほうも、それから授業でも”滅茶苦茶“で理解が追いつかないことばかり。
その癖に外見は儚くて可愛らしい、珍しい髪色を持つ女の子で、全く噛み合わないその2つは結果として興味と好奇心、そして畏怖を交えた評価を産んだ。
少しだけ付き合いが他よりも長い、それを知るよりも前に知り合ってしまったがためのフラン以外は誰も話しかけない、そうすれば更に溝が開いていってどう接すれば良いかわからない女の子、それがアイリスだった。
ではなぜ、ミシェルはあの時、食堂で声をかけたのか。
正直に言ってしまえば、利用してやろうと思ったからだ。
口がよく周ると自負しているミシェルは、アイリスという強カードを自分のために利用してやろうと、考えていた。
だが蓋を開けてみればこれがまた、とんでもなく想像は真逆だった。
ミシェルの名前だって覚えてもいないだろう”扱いやすい“なのだろうと思っていれば、クラスメイトだからと名前も覚えていて、普通に接しやすいただの女の子。
かと思えば”8人の英雄“も知らない世間知らずで、金銭感覚も価値観もズレている。
自分がどれほど非日常を詰め込んだ存在かも理解していない。
その癖に人の輪にするりと入り込むのが上手で、滅茶苦茶なのに変わりはないが一緒にいても心地のいい不思議な雰囲気を纏った女の子。
気がつけば利用することも忘れて振り回されてばかりの毎日、フランとは苦労人仲間の同盟を結んだくらいだ。
だからこそわかる。
それでもアイリスに実際に接してみなければわからない。
碌に話もしていない周りからすれば、興味を恐怖が上回るのだろう。
なにせ、見た目はとんでもなく儚げで可愛らしくて、ギャップに萌えるどころの落差では無かった。
そんなわけで、アイリスに話しかけるのはフランに増えて、ミシェルくらいしかいなかった。
「…あれ?おかしくない?」
「何がだよ」
「いや、あの…あれ?私、フランとミシェルのこと好きだよ、とても、好き」
「きゅ、急に何だよ」
「わぁありがとー」
突然の告白に、フランは頬を染めてミシェルはさらりとお礼の言葉を返す。
事実だが、それはそれとして。
「なんで私が話しかけると、2人以外の人は顔が引き攣るんだろう」
「「あぁ…」」
ようやく気づいたアイリスに、同じ表情を浮かべて頷く。
2人だけ全てわかっていると言わんばかりのそれに、アイリスは頬を膨らませた。
世間知らずだが馬鹿ではなしそこまでの鈍感でもない、流石に気づいていた。
けれど確かに世間知らずは自覚したが、どれほど非日常を詰め込んでいるかなど自覚していないアイリスは周りから腫れ物を扱うようにされる理由がわからない。
「まぁさ、そりゃあお嬢さんは色々規格外だからね。関わって”利用価値“を得るよりも、関わった後が想像できないから怖いんだよ。手に余る爆弾を抱え込むなんて誰だって怖いでしょ?」
「そこで真正面から私自身に『利用価値』を言えるのがミシェルの良いところだと思うよ、うん」
ミシェルがアイリスに、利用価値目的に近づいた事実を2人は知っている。
気づいたというわけではなく、純粋にミシェルから告げられたのだ。
『俺、お嬢さんにはこいつ利用してやろーって思って近づいたんだよね。』と。
あまりにもあっさりと、世間話の延長線に言われたものだから呆気に取られた。
ミシェルは『それでもいいわけ?』と笑ってみせて、けれど正しく怪訝な顔をしたフランをよそにアイリスは今日の夕食を決めるように『別にいいんじゃない?』と、全く気にしていないのだから逆にミシェルの方が心配になった。
因みに、ミシェルがアイリスに向かって呼んだ”お嬢さん“という呼称はその世間知らずからつけられた渾名だ。
理由を聞いてこそアイリスは不服そうにしたが、フランは最高だと腹を抱えて褒め称えた。
「お嬢さんの桁外れの実力、大概強い力を持ってる奴は人を見下す奴の方が多いからね。まぁお嬢さんはそんな奴と真反対にいるような人だけど、みんなお嬢さんの本性知らないから」
「アイリスとかみたいな人種のが珍しいだろ」
「先入観で俺も、お嬢さんのこと、まともに話すまではそう思ってたからね、まぁそういう類の奴らは大概褒め称えとけば簡単だし利用できるかなーって。まさかこんなのとはおもわなかったけど…」
「あぁわかる、見た目詐欺だよな」
「ひどくない?というか、褒め称えられても困るし…」
すっかり仲良くなったフランとミシェルに、アイリスは大きくため息を吐いた。
アイリスはフランもミシェルも好きだ、親愛的な意味で友人として。
周りの評価はアヤメの頃にきにしなくなったし、友達が多ければ多いほどいいと思ってもいない。
けれどここまであからさまに怖がれ、嫌煙されてしまうと少しだけ気にしてしまう。
嫌われたくない、とか、そういう意味ではなく。
単純に、女子の目が怖い。
フランとミシェルは顔がいい。
アイリスと一緒にいない時に女子に話しかけられているところも何度かみている。
女の子は、時として、とても怖い、嫉妬的な意味で。
わかるとも、フランとミシェルはとてもかっこいい。
此方の方は肝心の本人達はあまり気づいていないようだけれど。
「ま、舐められるよりはいいだろ」
「だねぇ、センパイ方は目の敵にしてる奴らも多いみたいだけどよっぽどの馬鹿じゃない限り喧嘩も売ってこないでしょ」
アイリスの葛藤も知らず、フランとミシェルは会話を進める。
アイリス達にとっての先輩たちが、いきなり現れた謎の天才児を目の敵にするのは仕方のないことかもしれない。
彼女に碌に関わっている生徒がいないのも原因の一つだ。
けれど、問題を起こせば罰則もあるのがこの学園。
目の敵にされていても、直接的な手出しはない。
更に前述通り噂ばかりが一人歩きしているせいで、報復や逆に目をつけられることへの恐れもあるのだろう。
人はこれを、フラグとよぶ。
その翌日のことだった。
たったフラグはあっという間に回収される。
「調子に乗るなよ!」
王道のセリフを吐いてアイリスたちに突っかかる男が現れた。




