闇の巫女の独白 ~光の勇者と闇の巫女~
別作品『光の勇者と闇の巫女』の前日談です。此方を先に読まれないと、内容がよく分からないと思います。
奏視点で、異世界へ召喚される前の彼の独白です。
こんにちは。
僕は響 奏。
地元で普通に高校生をやっていたのですが。
この度、姉の織音と共に、異世界に召喚されました。
居並ぶ異世界人を前に、びっくりしすぎて言葉も無い姉。可愛い。
そしてその隣で、僕は小さく苦笑する。
(いやぁ……まさか、もう1度『こっち』に来られるとはなぁ……)
そう。
僕にとってこの世界は、初めて来た場所じゃなかったんだ。
──え?
何を言っているんだって?
そうだよね、そう思うよね。
でも、本当なんだ。
僕にとっては『異世界』じゃなくて、『元居た世界』だったんだから。
元々僕はこっちの世界で生まれたんだけど、ちょっとごたごたに巻き込まれてね。
まぁ、俗に言う後継者争いなんだけど。
何でも先代魔王が自分の息子に譲位したいが為に、僕を消しにかかったんだよね。
実力主義の魔物の世界では、僕が次代魔王だったから。
でも僕としては、魔王になんてなりたくもなかったし、どうでも良かった。
刺客の相手が面倒だったから、異世界へ避難したんだ。
そして其処で──。
織音に、出逢えた。
先代には、今では感謝してるんだよ?
だって僕が異世界へ行くことにならなければ、彼女にも会えなかったんだから。
避難した先の世界には、魔力なんて存在しない。
だから僕は姿を変えて、大人しくすることにしたんだ。
そうしたら、織音と一緒に居られたからね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(……──あ、姉さん)
教室の窓から、彼女の姿が見えた。
凛とした空気をまとい、真っ直ぐに前を見据えて歩く様に、僕はしばし見入ってしまう。
本当に、彼女は綺麗だ。
不思議だけど、どんな人混みの中でも、姉が何処に居るのか、僕にはすぐ分かる。
惚れた弱味?なのかな?
そこまで考えて、ふふ、と小さく笑った。
『……──如何なされましたか? 我らが王』
響いたのは、人間ではないモノの声。
喉のつくりが違うのか、嗄れたような、唸るような声だ。
獣じみたそれに、僕は否応なく現実に引き戻された。
ゆっくり振り返って、『それ』に目をやる。
「…………何でもないよ。……それより、その『王』って言うの、やめてくれない?」
心の底から不本意なんだけど。
そういう思いを込めて睨んでやれば、相手はびくりと身を竦めた。
真っ黒な羽毛に覆われ、鋭い嘴を持つ鳥。
一見烏に見えるけど、そうじゃないのは明らかだ。
目が禍々しい深紅だし、体長が1メートル程もある。
こんな烏が町中を飛んでたら、僕の静かな日常が崩れてしまう。
……お察しの通り、魔物だよ。
僕の居た異世界からやって来て、こちらの動物に憑依しているんだ。
ただ乗っ取られた動物の体が魔物の力に耐えきれなくて、こうやって突然変異みたいに姿を変えてしまう。
こうして空き教室に隠れているから良いものの、普通にその辺りに居たら間違いなく大騒ぎだ。
『……申し訳ございませんが、それは致しかねます。貴方様が我らが王であることに変わりはないのですから』
「そう言うと思ったよ……。君もアスに言われて来たの?」
『……? あす、とは……?』
「あぁごめん。アスタロトのことだよ」
『はい。左様でございます』
大きな図体でちんまり頷く彼。
その彼をこちらの世界に送り込んで来たのは、あちらの世界の僕の育ての親。
僕が生まれてから世話をして育ててくれた魔物で、アス──アスタロトって言うんだ。
そしてその彼の遣いで来たと言うなら、この黒い魔物が次に言うことも分かっている。
「…………何度も言うようだけど、僕は『そっち』に戻るつもりは無いよ」
『そ、そんな……』
きっぱり告げた途端、彼はしょんぼりと頭を下げた。
──そう。
彼の……と言うか、アスタロトの目的は、僕を元の世界に戻して、魔王の玉座に就かせることだ。
何でも前代魔王の後継者争いで、向こうは揉めに揉めているらしい。
こうやって何度も送り込まれて来た魔物達に言われ、説得され、涙ながらに懇願されることが度々あったから、その状況を僕はつぶさに知っている。
確かにそれは由々しき事態で、大変だなとは思うよ。
思うけれど──。
「……──冗談じゃないよ」
意図せず、僕は独り言ちていた。
先程までと一変した低い声に、黒の魔物はビクッと身を竦める。あれ、何かゴメンね?
だって、本心なんだ。
向こうに帰ることになったら、姉さんと離れてしまう。
そんなの、嫌だ。
そんなの、認めない。許せない。
もし、そんなことになったら──。
「……もし、勝手に僕を召喚、なんてしたら──」
おかしいな。
声音は普段通りに戻した筈なのに、彼はまだぶるぶる震えている。
どうしたの?
あ。汗だくじゃないか。
大丈夫なのかい?
ふふ。
僕は努めてにっこり微笑んで見せた。
「──全部、壊すからね?」
僕から姉さんを奪うなんて、許さない。
彼女だけは、離さない。
あぁ、姉さん。
姉さん姉さん姉さん。
姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん。
──織音。
ずっとずっと、一緒に居ようね。
けれど、僕は知らなかった。
この日の僅か3日後に、姉さんと共に異世界召喚される、なんて。
それも、『勇者』と『巫女』として、だなんて。
──あぁ。
でも……。
これで、ずっと、一緒だね。
織音。
ちょっと微ヤンデレっぽいでしょうか…?
彼の中で最初から織音は、姉という家族ではなく、手に入れたいと恋願う相手です。
弟にそんなふうに想われていることも、魔物が定期的に弟をスカウト?していることも、織音は全く知りません。今度は彼女目線で書いてみようかな(^-^;
拙作をお読みくださり、ありがとうございました。